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第一部 ご飯パトロン編
13. 筋を通して
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パトロン契約によって、柴田は柘植野の家の台所で料理をすることになっている。
柘植野は契約した直後に、大急ぎで使っていない調理器具を洗い、包丁を研ぎ、準備を整えたが、柴田が満足するか心配だった。
スーパーから戻った2人は、柘植野の家に上がった。
柴田を玄関より先に上げるのは初めてだ。
「お邪魔しまーす。わ、綺麗な台所」
「使ってないからね……」
柘植野は苦笑した。
「足りない道具があったら言ってください。買っておくから。それじゃ、よろしくお願いします」
「はーい! お気遣いありがとうございます!」
柴田は素直な返事をして、台所の収納を漁り始めた。
ワンルームの台所と部屋はカーテンで仕切ってある。柘植野の部屋は仕事部屋を兼ねており、極秘の資料が散らばっているので柴田は立ち入らない約束だ。
少し作業をして、柘植野は仕事に飽きた。うーんと伸びをして、柴田の様子をのぞきに行った。
「あ、フキ。僕もやります」
「え、もうすぐ終わりますよ」
柴田は床に座ってフキの筋を取っているところだった。
「柴田さん、クッションどうぞ。気が利かなくてすみません」
「いやいや。ありがとうございます」
「フキの筋を取るの、気持ちいいじゃないですか。やらせてくださいよ」
柴田は笑って、フキを1本柘植野に手渡した。
みずみずしい切り口に爪を立てて、ここが筋だという感触を捉えたら、勢いがよすぎないように引っ張って引っ張って……。
「あー。切れちゃった」
「逆からやればいいですよ」
2人は黙々とフキの筋を取っていたが、柘植野はこの状況がだんだん可笑しくなってきて、話を振ってみることにした。
「ねえ、柴田さんは大学の新入生なんですか?」
「そうです。すぐそこの。あっちの大学です」
柴田が指差した方角はてんで間違っていたが、引っ越してきたばかりで方角まで把握するのは難しいだろう。
柘植野は指摘せずにおいた。
「ほんとは、おれの親はもっと上に行ってほしかったんです。でもおれには無理だし。浪人させられたけど、おれは最初から今のとこに行きたかったから満足してます」
「そっか。あそこで勉強したいことがあるんですか?」
柘植野は柴田の話を聞きながら、当たり障りのない返事をした。
「おれには無理だし」の言葉に意識が向いていたのだ。
この明るい青年には、自分を卑下する癖がある。
柴田さんは、明るい笑顔の裏に暗いわだかまりを隠している。最初から分かっていたことだった。
問題は、僕がどこまで柴田さんの裏の顔に踏み込むかだ。
「いや、勉強したいことはいまいち分かんなくて。ただ、オープンキャンパスで、いい人に助けてもらったんです。単純に、いい人がいるからいい大学だなって。口にするとバカっぽいな~」
「いやいや、素敵な理由ですよ」
「とにかく、おれにはこれ以上は無理だって親も諦めたっぽくて」
「世間的には高学歴の部類じゃないですか」
柘植野は柴田の両親が理解できなくて、フォローを入れた。
実を言うと、柘植野は柴田と同じ大学を卒業している。卒業大学を言えば超高学歴扱いされるレベルの大学だ。
息子がそこに合格して満足しない親っているんだな。
柴田は厳しい家庭で育ったんだろうという予感が確信に変わった。
「そうなんですよ! 高学歴なんですよ! なのにおれなんかが合格していいんですか!? 間違ってないですか!?」
「柴田さんが頑張ったんでしょう」
柘植野が目を細めて褒めると、柴田は素直に頬をでれでれと緩めた。
この青年は、料理にまっすぐに取り組むのと同じように、ひたむきに受験勉強をしたのだろうと簡単に想像できる。
柘植野は柴田の性格を好ましく思った。
「本当は、調理師専門学校に行きたかったんですけどね。親が大学しか許してくれなくて。はい、全部終わりました。フキの筋取り、手伝ってもらって嬉しいです。妹も弟も、こんな簡単なことすら手伝ってくれないんだから……」
柘植野が何か言う前に柴田は話をキリにしてしまった。
手早くフキの筋をまとめて三角コーナーに入れ、次の工程に移る。
「僕には、手伝えることがあったら言ってくださいね」
「柘植野さんはパトロンだからやらなくていいんですよ。やりたいときだけ言ってください」
柘植野は反論しようとしたが、気がついた。この状態が、2人の関係に「パトロン」と名前を付けて一線を引いて、適切な距離感を保った状態なのだと。
僕自身がその境界線を越えようとしてどうするんだ。
「じゃあ、お言葉に甘えて。やりたいことだけ手伝います」
これで正解のはず。柴田がニカッと笑ったのに安心して、柘植野は仕事部屋に戻った。
柘植野は契約した直後に、大急ぎで使っていない調理器具を洗い、包丁を研ぎ、準備を整えたが、柴田が満足するか心配だった。
スーパーから戻った2人は、柘植野の家に上がった。
柴田を玄関より先に上げるのは初めてだ。
「お邪魔しまーす。わ、綺麗な台所」
「使ってないからね……」
柘植野は苦笑した。
「足りない道具があったら言ってください。買っておくから。それじゃ、よろしくお願いします」
「はーい! お気遣いありがとうございます!」
柴田は素直な返事をして、台所の収納を漁り始めた。
ワンルームの台所と部屋はカーテンで仕切ってある。柘植野の部屋は仕事部屋を兼ねており、極秘の資料が散らばっているので柴田は立ち入らない約束だ。
少し作業をして、柘植野は仕事に飽きた。うーんと伸びをして、柴田の様子をのぞきに行った。
「あ、フキ。僕もやります」
「え、もうすぐ終わりますよ」
柴田は床に座ってフキの筋を取っているところだった。
「柴田さん、クッションどうぞ。気が利かなくてすみません」
「いやいや。ありがとうございます」
「フキの筋を取るの、気持ちいいじゃないですか。やらせてくださいよ」
柴田は笑って、フキを1本柘植野に手渡した。
みずみずしい切り口に爪を立てて、ここが筋だという感触を捉えたら、勢いがよすぎないように引っ張って引っ張って……。
「あー。切れちゃった」
「逆からやればいいですよ」
2人は黙々とフキの筋を取っていたが、柘植野はこの状況がだんだん可笑しくなってきて、話を振ってみることにした。
「ねえ、柴田さんは大学の新入生なんですか?」
「そうです。すぐそこの。あっちの大学です」
柴田が指差した方角はてんで間違っていたが、引っ越してきたばかりで方角まで把握するのは難しいだろう。
柘植野は指摘せずにおいた。
「ほんとは、おれの親はもっと上に行ってほしかったんです。でもおれには無理だし。浪人させられたけど、おれは最初から今のとこに行きたかったから満足してます」
「そっか。あそこで勉強したいことがあるんですか?」
柘植野は柴田の話を聞きながら、当たり障りのない返事をした。
「おれには無理だし」の言葉に意識が向いていたのだ。
この明るい青年には、自分を卑下する癖がある。
柴田さんは、明るい笑顔の裏に暗いわだかまりを隠している。最初から分かっていたことだった。
問題は、僕がどこまで柴田さんの裏の顔に踏み込むかだ。
「いや、勉強したいことはいまいち分かんなくて。ただ、オープンキャンパスで、いい人に助けてもらったんです。単純に、いい人がいるからいい大学だなって。口にするとバカっぽいな~」
「いやいや、素敵な理由ですよ」
「とにかく、おれにはこれ以上は無理だって親も諦めたっぽくて」
「世間的には高学歴の部類じゃないですか」
柘植野は柴田の両親が理解できなくて、フォローを入れた。
実を言うと、柘植野は柴田と同じ大学を卒業している。卒業大学を言えば超高学歴扱いされるレベルの大学だ。
息子がそこに合格して満足しない親っているんだな。
柴田は厳しい家庭で育ったんだろうという予感が確信に変わった。
「そうなんですよ! 高学歴なんですよ! なのにおれなんかが合格していいんですか!? 間違ってないですか!?」
「柴田さんが頑張ったんでしょう」
柘植野が目を細めて褒めると、柴田は素直に頬をでれでれと緩めた。
この青年は、料理にまっすぐに取り組むのと同じように、ひたむきに受験勉強をしたのだろうと簡単に想像できる。
柘植野は柴田の性格を好ましく思った。
「本当は、調理師専門学校に行きたかったんですけどね。親が大学しか許してくれなくて。はい、全部終わりました。フキの筋取り、手伝ってもらって嬉しいです。妹も弟も、こんな簡単なことすら手伝ってくれないんだから……」
柘植野が何か言う前に柴田は話をキリにしてしまった。
手早くフキの筋をまとめて三角コーナーに入れ、次の工程に移る。
「僕には、手伝えることがあったら言ってくださいね」
「柘植野さんはパトロンだからやらなくていいんですよ。やりたいときだけ言ってください」
柘植野は反論しようとしたが、気がついた。この状態が、2人の関係に「パトロン」と名前を付けて一線を引いて、適切な距離感を保った状態なのだと。
僕自身がその境界線を越えようとしてどうするんだ。
「じゃあ、お言葉に甘えて。やりたいことだけ手伝います」
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