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本編
焼き尽くすならおれにしな
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ご注意:
中世から太平洋戦争にかけての戦時中の暴力への言及がありますが、戦争および戦争に付随する国家による暴力を賛美・容認するものではありません。
結局波鶴ちゃんに奢ってもらった。いや、これはさ~。どんだけ食べんの?って波鶴ちゃんが悪いよ。おれが想像する以上に高給取りなんだろうし。まあここはさすがに、ねぇ?
「家行きたいな~」
ビル街の歩道で、ギリギリ肩が当たらない距離まで詰めて、ちょーっとだけ甘えた声を出す。おれのキャラ的に、大外しはしない甘え方で。
早く抱きしめたい。明日には死んじゃうかもしれないなら、めちゃくちゃイイことしてあげたい。早く綺麗だよって囁きたい。どんな顔するかな。
波鶴ちゃんは目をちょっとだけ見開いて、一瞬考えるように目を伏せる。まつ毛長くて綺麗。
「ああ……書斎は入るなよ。あそこの配置を変えられると体調を崩す」
さらなる謎設定も、もはやミステリアスでエロいだけですから。
「永山」
ちょいちょい、と指で呼ばれて、ハテナ顔で屈んだらさ……。
ちゅ、って。一回重ねられて、おれがもう一回欲しくなっちゃうギリギリで離されて、ゆっくりもう一度。肉厚の舌でするっと、ほんのちょっと唇を舐められて……。で、もう波鶴ちゃん、なんでもないような顔で地下鉄入口に向かって行くんだもん!
待って! 待って! 待って!
おれのこと、欲しがってくれてる……!?
てか、え、そっちなの? 波鶴ちゃんがタチなの? え、男といける感じ?
いや、期待してなくはない。おれはリバだから、ちょっと、予行演習などは……。
指クイで屈まされるのも、上官って感じでグッとくる。おれの夜の総司令官殿になってよ! おれたちの夜の大演習の指揮を執ってよ! おれは……動揺しすぎて自分が何を言ってんのかわかんねぇよ~……。
玄関に上げてもらって、すぐさま抱きしめたいのに拒否された。
「待て。着替えてくる。においが移る」
おれのジャケットの袖を嗅いでみる。焼肉感ゼロ。全然ゼロ。
「え? 嗅がせて」
鼻が慣れたんじゃない?と思って、波鶴ちゃんの袖を捕まえて嗅ぐ。めっちゃ焼肉。
「なんでおれだけ! 自分もガードしてよ! そんな自己犠牲……」
「自己犠牲? 自己犠牲ではない。私のは元々洗うつもりの服だ。その服はいいものだろう。私もさすがに分かる」
「自己犠牲」というワードがよほどおかしかったのか、くすくす笑いながらおれを中に通してくれる。おれの一生懸命のおしゃれ、波鶴ちゃんに伝わってた。波鶴ちゃんガチのファッションオタクだから、むしろ結構恥ずかしー!
「……待って!? 今日一回も炎ボッてならなかった」
焼肉で、火がボッてなっちゃって、店員さんに氷もらう流れって定番だと思ってたけど……?
「奉行を拝命した者として当然の務めだ」
「すげーよ! ありがとう!」
ガチで炎を操れる男を前にしちゃったらにおいとかどうでもいいのに、抱きつきたいのに、腕を伸ばして距離を取られる。
「人を呼ぶ算段のない家だから、とりあえずそこの、そう、座布団で。すまない」
和風の、正座してものを書く高さの机。その前の座布団に座らせていただく。波鶴ちゃん、Tシャツを脱ぎながら続きの部屋に入っていくの、それはもうお誘いなの? 刺青、マジで忘れかけていた少年の心にグサグサ刺さるかっこよさだなー。
どういう部屋なんだろうな、ここ。見回す。今波鶴ちゃんが入って閉めちゃったドアがあって、廊下の奥にもう一部屋あったから、2DKのダイニング部分に通されてるっぽい。
ダイニングだけど、生活用の家具はこの和風の机しかない。あとは壁一面に本棚。マンガとかじゃなくて、大学図書館で見るような年季の入った本ばっかり。インテリの部屋だ! ヤバい。おれも知的な男にならないと……。
ダイニングを図書室に充てるの、斬新な間取りすぎる。でも書斎もあるんでしょ? ごはんはどこで食べてるの?
目の前の机には、パソコンとマウスだけ乗ってる。めっちゃ和風な漆塗りの机にパソコン乗ってるのがおもしろい。これをどければごはん食べれるか~。
この座布団、ぺらいな。あぐらにしよ。お誕生日プレゼント、フカフカの座布団とかどうかな?
「永山ー。今日は泊まるのか?」
ドアの向こうから、波鶴ちゃんが声を張り上げる。
「泊まるー!」
寝るのもベッドじゃなくてお布団なんじゃない? おれデカいし、波鶴ちゃんだって小柄って言っても167センチあるんだし。一人用の布団にミッチミチに抱き合って寝る大チャンスじゃね?
「寝巻きがない。浴衣でもいいか? 気温的には……」
ドアを開けた波鶴ちゃん……。茶色の浴衣着てるね!?
「え!! 浴衣が部屋着なの!?」
三十路とは思えない瞬発力でダイニングを横断し、波鶴ちゃんに抱きつくおれ。
「いや、すぐ風呂に入るのにルームウェアを着る方が面倒だろう。これは帯を結ぶだけなんだから」
「かっけーよ……。マジでかっけーよ……」
「これで寝られるか?と聞いたんだ」
「旅館じゃん! 全然全然! 寝られる寝られる!」
めっちゃはだけるやつね。了解了解。おれ明日の朝、セクシーにはだけて襲われ待ちしてるね~!
てか今襲ってくれないのかな。さっき路上でえっちなキスしてくれたのに。おれから襲った方がいいのかなー?
ずっと嗅ぎたかった白いうなじに鼻を押し付ける。男の汗のにおい。波鶴ちゃんのにおい。
深く息を吸い込むだけで、軽く身じろぎしちゃうね。ちゅ、ちゅ、って下から辿るともう何も言えないみたいで。首弱いんだ。この前気付かなくてごめんね。今日はいっぱい舐めてあげる。
「な、風呂に入りたい」
細くて、心配になるほど頼りない声。
「あ、ごめんね! 疲れちゃった?」
今まで波鶴ちゃん一度も、こんな、弱さの滲んだ声を出さなかったから……。
「いや……。いや。すまない、においが……」
「におい? 焼肉……?」
「生き物の肉の焼けて焦げるにおいだ。戦場のにおい。それで昂って、あんな場所で永山に迫るような人間だ、私は」
「波鶴ちゃん、」
すごくすごく哀しくて優しい目をしていて、でも。今その目は、ほかの誰でもない、おれを捉えてくれてんじゃん。
「私は上品な男ではない。戦場で育って、戦場から降りられない。戦場でしか感じられない高揚がある。戦場が私の居場所であり、死に場所だ。永山」
おれの名を呼ぶ声は、張り詰めてひりひりと痛かった。
「正確に言おう。殺すときにしか感じられない高揚が、ある。鍵荊だけではない。私は人を殺した。人数など数えていない。そのことを想像したか?」
「んー。日本軍にはいたかもなって思ったし、そしたら波鶴ちゃん、たくさん殺せるよなって思った」
「ほう」
可笑しそうな。それでいて、すっごくすっごく、安心した顔をしてくれた。
「思ったよりはバカじゃなかった?」
「きみはバカではない。周囲にバカだと言われるとしたら、自分の素質に応じてリソースを配分しているからだ。まあいい。安心した」
「素質~?? ま、いっか。ちゃんとこっち見て『安心した』って言って」
波鶴ちゃんの頬に手を添えたら、今までで一番の、くしゃくしゃっとした笑顔を見せてくれた。かわいいね。愛しいね。綺麗だね。ちゅーしようね。
唇を合わせたら、すぐに舌が迎えに来てくれる。ざらざらと擦り合わせる。波鶴ちゃんの息が熱くて、興奮してるの隠す気なんて全然ないみたい。
昂っちゃったもんね。おれもこんな熱い息感じたら、ヤバいくらい興奮しちゃった。今日はどっちが上とかあんま考えなくていっか。どっちがエスコートするとか、優しくするとかどうでもいいよね。そんなの全部覚えてないくらい、気持ちいいことしよっか。
今にもおれを焼き尽くしそうな目に覗き込まれて、どうしようもなく昂る。戦場に立つとき、全てを薙ぎ払うとき、波鶴ちゃんはこんな目をしてるのかな。
ベッドに雪崩れ込んで、波鶴ちゃんが帯を解くのも待ちきれなくて、着物の前をはだけて薄い胸に口づける。どっちがエスコート、とかなくて、そんなお上品なもんじゃなくて、ひたすらにお互いの身体をまさぐり、求める。
おれ、わかるよ。おれも波鶴ちゃんも、この目の前の身体を、自分だけのものにしたい。そんな衝動を隠す気なんて、少しもないんでしょ。
野生の獣、なんて見たことないけど、波鶴ちゃんの瞳にときどき燃え上がる炎は、人間の、大文明を築いた人類の、それでもどうしようもなく獣を捨てきれないその部分が、あかあかと光ってるんでしょ。いいよ。そのままおれに、触ってよ。
ああ。そんなに、あついのかよ。
「挿れて、ほしい、とか、だめかな……」
中までめちゃくちゃにしてほしくて、無理かな、なんならここで終わりって言われるかな、と思ったのに。
「いいのか」
いつもよりずっと低い、欲情の滲んだ声で囁かれて。
準備できたら抱きしめられて、おれはそんなのいいから欲しいのに、なんで分かんないんだよ。「痛くないか」なんて聞かなくていいよ。おかしいくらい気持ちいいだけだよ。全身で抱きすくめて、もっともっと奥に欲しがってるのに、なんでそんなおれに優しくしちゃうんだよ。
我慢できなくなっておれが上になって、腰をがっしり掴まれたらもう、たまんなくて。汚い声出ちゃうのも、かわいいって言ってくれるのなんなんだよ。
すごい深いイき方で、波鶴ちゃんの顔にちょっとかけちゃったのを、舌で舐めて飲み込んじゃだめだよ……。嬉しい、けどさ。
おれ、くたっと動けなくなっちゃって。やわらかい表情でティッシュとか全部片付けてくれた。
オーガズムの余韻から抜け出して、起き上がったところで温かいタオルを手渡されて……。事後に温かいタオルのサービスある男、全米が認めるいい男すぎるだろ!!
水も大きめなグラスで渡してくれた。北欧デザインのグラスだ。インテリアはあんまり業務に入ってこないからアレなんだけど。
「ん? グラスは二つなの」
人を呼ぶ算段はない、んじゃなかったの? まさか実はおれ以外の……。
「いや……。いや、永山を、呼ぶこともある、かと、思ってな」
気恥ずかしそうな顔で、波鶴ちゃんはおれの方を見てくれない。
買ってくれてんじゃん! おれのためにさぁ! そんな安くもないと思うよ!?
めちゃくちゃ嬉しくて愛しくて、波鶴ちゃんの肩に寄りかかる。波鶴ちゃんも、身体をおれに預けてくれる。
おれも、波鶴ちゃんも「好き」なんて言わない。おれは、波鶴ちゃんのタイミングじゃないと意味ないってわかるから、言わない。波鶴ちゃんは、言いたくても言えない。優しいから。苦しいよね。
ごめんね。おれが「もう会わない」とか言えばいいんだよ。でもおれは優しくないから、欲しいもんが欲しいから、言わない。
小ネタ
・永山さんの予想は当たりで、波鶴拉くんが大食いなのに痩せているのは術で消耗しているからです。
・精力増強の薬は作れません。違法だし。波鶴拉くんは医療系の術は苦手なので。
・波鶴拉くんの書斎は、本と巻物の置き場でもあり、波鶴拉くんと波鶴拉くんが使う術とのバランスを維持するための空間でもあります。
中世から太平洋戦争にかけての戦時中の暴力への言及がありますが、戦争および戦争に付随する国家による暴力を賛美・容認するものではありません。
結局波鶴ちゃんに奢ってもらった。いや、これはさ~。どんだけ食べんの?って波鶴ちゃんが悪いよ。おれが想像する以上に高給取りなんだろうし。まあここはさすがに、ねぇ?
「家行きたいな~」
ビル街の歩道で、ギリギリ肩が当たらない距離まで詰めて、ちょーっとだけ甘えた声を出す。おれのキャラ的に、大外しはしない甘え方で。
早く抱きしめたい。明日には死んじゃうかもしれないなら、めちゃくちゃイイことしてあげたい。早く綺麗だよって囁きたい。どんな顔するかな。
波鶴ちゃんは目をちょっとだけ見開いて、一瞬考えるように目を伏せる。まつ毛長くて綺麗。
「ああ……書斎は入るなよ。あそこの配置を変えられると体調を崩す」
さらなる謎設定も、もはやミステリアスでエロいだけですから。
「永山」
ちょいちょい、と指で呼ばれて、ハテナ顔で屈んだらさ……。
ちゅ、って。一回重ねられて、おれがもう一回欲しくなっちゃうギリギリで離されて、ゆっくりもう一度。肉厚の舌でするっと、ほんのちょっと唇を舐められて……。で、もう波鶴ちゃん、なんでもないような顔で地下鉄入口に向かって行くんだもん!
待って! 待って! 待って!
おれのこと、欲しがってくれてる……!?
てか、え、そっちなの? 波鶴ちゃんがタチなの? え、男といける感じ?
いや、期待してなくはない。おれはリバだから、ちょっと、予行演習などは……。
指クイで屈まされるのも、上官って感じでグッとくる。おれの夜の総司令官殿になってよ! おれたちの夜の大演習の指揮を執ってよ! おれは……動揺しすぎて自分が何を言ってんのかわかんねぇよ~……。
玄関に上げてもらって、すぐさま抱きしめたいのに拒否された。
「待て。着替えてくる。においが移る」
おれのジャケットの袖を嗅いでみる。焼肉感ゼロ。全然ゼロ。
「え? 嗅がせて」
鼻が慣れたんじゃない?と思って、波鶴ちゃんの袖を捕まえて嗅ぐ。めっちゃ焼肉。
「なんでおれだけ! 自分もガードしてよ! そんな自己犠牲……」
「自己犠牲? 自己犠牲ではない。私のは元々洗うつもりの服だ。その服はいいものだろう。私もさすがに分かる」
「自己犠牲」というワードがよほどおかしかったのか、くすくす笑いながらおれを中に通してくれる。おれの一生懸命のおしゃれ、波鶴ちゃんに伝わってた。波鶴ちゃんガチのファッションオタクだから、むしろ結構恥ずかしー!
「……待って!? 今日一回も炎ボッてならなかった」
焼肉で、火がボッてなっちゃって、店員さんに氷もらう流れって定番だと思ってたけど……?
「奉行を拝命した者として当然の務めだ」
「すげーよ! ありがとう!」
ガチで炎を操れる男を前にしちゃったらにおいとかどうでもいいのに、抱きつきたいのに、腕を伸ばして距離を取られる。
「人を呼ぶ算段のない家だから、とりあえずそこの、そう、座布団で。すまない」
和風の、正座してものを書く高さの机。その前の座布団に座らせていただく。波鶴ちゃん、Tシャツを脱ぎながら続きの部屋に入っていくの、それはもうお誘いなの? 刺青、マジで忘れかけていた少年の心にグサグサ刺さるかっこよさだなー。
どういう部屋なんだろうな、ここ。見回す。今波鶴ちゃんが入って閉めちゃったドアがあって、廊下の奥にもう一部屋あったから、2DKのダイニング部分に通されてるっぽい。
ダイニングだけど、生活用の家具はこの和風の机しかない。あとは壁一面に本棚。マンガとかじゃなくて、大学図書館で見るような年季の入った本ばっかり。インテリの部屋だ! ヤバい。おれも知的な男にならないと……。
ダイニングを図書室に充てるの、斬新な間取りすぎる。でも書斎もあるんでしょ? ごはんはどこで食べてるの?
目の前の机には、パソコンとマウスだけ乗ってる。めっちゃ和風な漆塗りの机にパソコン乗ってるのがおもしろい。これをどければごはん食べれるか~。
この座布団、ぺらいな。あぐらにしよ。お誕生日プレゼント、フカフカの座布団とかどうかな?
「永山ー。今日は泊まるのか?」
ドアの向こうから、波鶴ちゃんが声を張り上げる。
「泊まるー!」
寝るのもベッドじゃなくてお布団なんじゃない? おれデカいし、波鶴ちゃんだって小柄って言っても167センチあるんだし。一人用の布団にミッチミチに抱き合って寝る大チャンスじゃね?
「寝巻きがない。浴衣でもいいか? 気温的には……」
ドアを開けた波鶴ちゃん……。茶色の浴衣着てるね!?
「え!! 浴衣が部屋着なの!?」
三十路とは思えない瞬発力でダイニングを横断し、波鶴ちゃんに抱きつくおれ。
「いや、すぐ風呂に入るのにルームウェアを着る方が面倒だろう。これは帯を結ぶだけなんだから」
「かっけーよ……。マジでかっけーよ……」
「これで寝られるか?と聞いたんだ」
「旅館じゃん! 全然全然! 寝られる寝られる!」
めっちゃはだけるやつね。了解了解。おれ明日の朝、セクシーにはだけて襲われ待ちしてるね~!
てか今襲ってくれないのかな。さっき路上でえっちなキスしてくれたのに。おれから襲った方がいいのかなー?
ずっと嗅ぎたかった白いうなじに鼻を押し付ける。男の汗のにおい。波鶴ちゃんのにおい。
深く息を吸い込むだけで、軽く身じろぎしちゃうね。ちゅ、ちゅ、って下から辿るともう何も言えないみたいで。首弱いんだ。この前気付かなくてごめんね。今日はいっぱい舐めてあげる。
「な、風呂に入りたい」
細くて、心配になるほど頼りない声。
「あ、ごめんね! 疲れちゃった?」
今まで波鶴ちゃん一度も、こんな、弱さの滲んだ声を出さなかったから……。
「いや……。いや。すまない、においが……」
「におい? 焼肉……?」
「生き物の肉の焼けて焦げるにおいだ。戦場のにおい。それで昂って、あんな場所で永山に迫るような人間だ、私は」
「波鶴ちゃん、」
すごくすごく哀しくて優しい目をしていて、でも。今その目は、ほかの誰でもない、おれを捉えてくれてんじゃん。
「私は上品な男ではない。戦場で育って、戦場から降りられない。戦場でしか感じられない高揚がある。戦場が私の居場所であり、死に場所だ。永山」
おれの名を呼ぶ声は、張り詰めてひりひりと痛かった。
「正確に言おう。殺すときにしか感じられない高揚が、ある。鍵荊だけではない。私は人を殺した。人数など数えていない。そのことを想像したか?」
「んー。日本軍にはいたかもなって思ったし、そしたら波鶴ちゃん、たくさん殺せるよなって思った」
「ほう」
可笑しそうな。それでいて、すっごくすっごく、安心した顔をしてくれた。
「思ったよりはバカじゃなかった?」
「きみはバカではない。周囲にバカだと言われるとしたら、自分の素質に応じてリソースを配分しているからだ。まあいい。安心した」
「素質~?? ま、いっか。ちゃんとこっち見て『安心した』って言って」
波鶴ちゃんの頬に手を添えたら、今までで一番の、くしゃくしゃっとした笑顔を見せてくれた。かわいいね。愛しいね。綺麗だね。ちゅーしようね。
唇を合わせたら、すぐに舌が迎えに来てくれる。ざらざらと擦り合わせる。波鶴ちゃんの息が熱くて、興奮してるの隠す気なんて全然ないみたい。
昂っちゃったもんね。おれもこんな熱い息感じたら、ヤバいくらい興奮しちゃった。今日はどっちが上とかあんま考えなくていっか。どっちがエスコートするとか、優しくするとかどうでもいいよね。そんなの全部覚えてないくらい、気持ちいいことしよっか。
今にもおれを焼き尽くしそうな目に覗き込まれて、どうしようもなく昂る。戦場に立つとき、全てを薙ぎ払うとき、波鶴ちゃんはこんな目をしてるのかな。
ベッドに雪崩れ込んで、波鶴ちゃんが帯を解くのも待ちきれなくて、着物の前をはだけて薄い胸に口づける。どっちがエスコート、とかなくて、そんなお上品なもんじゃなくて、ひたすらにお互いの身体をまさぐり、求める。
おれ、わかるよ。おれも波鶴ちゃんも、この目の前の身体を、自分だけのものにしたい。そんな衝動を隠す気なんて、少しもないんでしょ。
野生の獣、なんて見たことないけど、波鶴ちゃんの瞳にときどき燃え上がる炎は、人間の、大文明を築いた人類の、それでもどうしようもなく獣を捨てきれないその部分が、あかあかと光ってるんでしょ。いいよ。そのままおれに、触ってよ。
ああ。そんなに、あついのかよ。
「挿れて、ほしい、とか、だめかな……」
中までめちゃくちゃにしてほしくて、無理かな、なんならここで終わりって言われるかな、と思ったのに。
「いいのか」
いつもよりずっと低い、欲情の滲んだ声で囁かれて。
準備できたら抱きしめられて、おれはそんなのいいから欲しいのに、なんで分かんないんだよ。「痛くないか」なんて聞かなくていいよ。おかしいくらい気持ちいいだけだよ。全身で抱きすくめて、もっともっと奥に欲しがってるのに、なんでそんなおれに優しくしちゃうんだよ。
我慢できなくなっておれが上になって、腰をがっしり掴まれたらもう、たまんなくて。汚い声出ちゃうのも、かわいいって言ってくれるのなんなんだよ。
すごい深いイき方で、波鶴ちゃんの顔にちょっとかけちゃったのを、舌で舐めて飲み込んじゃだめだよ……。嬉しい、けどさ。
おれ、くたっと動けなくなっちゃって。やわらかい表情でティッシュとか全部片付けてくれた。
オーガズムの余韻から抜け出して、起き上がったところで温かいタオルを手渡されて……。事後に温かいタオルのサービスある男、全米が認めるいい男すぎるだろ!!
水も大きめなグラスで渡してくれた。北欧デザインのグラスだ。インテリアはあんまり業務に入ってこないからアレなんだけど。
「ん? グラスは二つなの」
人を呼ぶ算段はない、んじゃなかったの? まさか実はおれ以外の……。
「いや……。いや、永山を、呼ぶこともある、かと、思ってな」
気恥ずかしそうな顔で、波鶴ちゃんはおれの方を見てくれない。
買ってくれてんじゃん! おれのためにさぁ! そんな安くもないと思うよ!?
めちゃくちゃ嬉しくて愛しくて、波鶴ちゃんの肩に寄りかかる。波鶴ちゃんも、身体をおれに預けてくれる。
おれも、波鶴ちゃんも「好き」なんて言わない。おれは、波鶴ちゃんのタイミングじゃないと意味ないってわかるから、言わない。波鶴ちゃんは、言いたくても言えない。優しいから。苦しいよね。
ごめんね。おれが「もう会わない」とか言えばいいんだよ。でもおれは優しくないから、欲しいもんが欲しいから、言わない。
小ネタ
・永山さんの予想は当たりで、波鶴拉くんが大食いなのに痩せているのは術で消耗しているからです。
・精力増強の薬は作れません。違法だし。波鶴拉くんは医療系の術は苦手なので。
・波鶴拉くんの書斎は、本と巻物の置き場でもあり、波鶴拉くんと波鶴拉くんが使う術とのバランスを維持するための空間でもあります。
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