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本編

憧れはミント、欲望はライム

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 おれの脳内デートスポットマップには、ほどよくあざとい店しか入ってないのよ。上品な年上の男に気取られることなく、したたかに距離を詰められるような、ね。
 年上のエロい軍人さんを、何回か行ったことあるビルの二階のバーにご案内する。カップルシートというほどでもないけどさりげなく二人席があるとこ。
 平日夜だし、まだ18時過ぎだし店内はがらがらで、二人席に通してほしいな~って顔をしたら通してくれた。気が利く店はありがたいねぇ。
 メニューはなくて、頼めば何かしら出てくる店。おれ、実は割と酒弱いのが不安材料なんだよね……。波鶴ちゃん、華奢な女の子みたいな見た目で酒豪だったらマジで困る。強い人って、「弱くはない」って言うじゃん? 言いがちじゃん? その謙遜、いらないから正確なところを教えてもらえますか?
「日本酒を使ったものはありますか?」
 波鶴ちゃん、店員さんには敬語なんだ。ちょっとおもしろい。
「ご用意できますよ」
「度数はどの程度になりますか?」
「15度から……30度程度でご用意がございます」
「ああ、ではお任せで」
 15度から30度って言われてお任せしないでよ~!! 強いじゃん……。
 こりゃセーブ一択だわ、とモヒートを頼む。この店のやつはそんな強くないからありがたい。
 カクテルを、それはそれは綺麗に飲む波鶴ちゃん。カクテルグラスの持ち方も、添えた指のすらりと伸びた感じも、めちゃくちゃ上品。おれはどう足掻いても上品な男じゃないから、こういうの見ると素直に綺麗だなーって思う。次はあれか。夜景の見渡せる最上階のレストランでフルコースを食べてもらうか。
「うまいな」
 薄く口角を上げて、満足そうな顔を見せてくれる。笑ってくれた。かわいー! その笑顔、めちゃくちゃかわいいね! 初デートで見せちゃっていいやつなのかな? おじさん心配……。
「もしかして、日本に日本酒しかなかった頃から生きてるの?」
「まあな。米から作る酒には慣れているからそこまで酔わない」
「まあ、ずっと飲んでれば、そっか~……」
 ヤバいヤバい。ソフドリの気持ちで頼んでる!? いやどういうカクテルかによるじゃん。日本酒以外のお酒も混ざってれば、ねぇ? いけるいける。いや~~今日はセーブだ。おれはとにかくセーブ一択。
「ん~。でも赤くなってるよ」
「体質だな。すぐ赤くなるが酔わない」
 ん~~! 一瞬期待したおれがバカでした! でも赤い顔してるってだけでかわいい。てかめちゃくちゃかわいい。おれが酔ってるからそう見えてんのかな~?
「永山は? アルコール」
 聞かれてギクっとする。でも色々見透かされてる気もするし、しょうがないな~。
「おれ? 弱いよ。結構弱い」
「ああ。その一杯は?」
「これで潰れるほどじゃないからだいじょぶよ~」
「ならいい。私はもう一杯飲む。ノンアルコールの何かを頼むといい」
 波鶴ちゃんもう一杯行く気なのか。15度なのか30度なのかも聞かずに、もう一杯行くのは決定なんだ。強いな~。まあおれはノンアルだ。
 色々話題を振ってみるけど、仕事の話はかわされる。趣味の話は教えてくれる。やっぱりファッションはめちゃくちゃ好きだって。ハイブランドの表参道店に、担当さんがいるっていうからガチよ。ガチのファッションオタクだし、ガチの高給取り。
 うまいデートを提案できないな~。若い女の子が喜ぶような国内のファッションショーなら、関係者チケット手配してあげられるけど。波鶴ちゃんはパリコレしか見たくないっぽいしな……。
「彼女はいないんでしょ? パンケーキ一緒に行く女の子いないもんね」
「いないな。久しくいない。90年くらいか?」
「おっ……90年。なるほど」
 予想の遥か上を行かれて、変な返しをしちゃった。一体全体何歳なんだろうなー。
 じゃあ90年ご無沙汰なの? ……これを、もうちょっと波鶴ちゃんにお酒が回ったタイミングで聞く。まだ早い。それまで潰れるわけにはいかない。勝機見えてきたよ~。軽い恋バナに見せかけて、どんどん探り入れちゃいましょうねー。
「出会いがないの? 処理班って女の子は少ないの?」
「いや。処理班は措置官、つまり戦闘員と、事務官に分かれるが、措置官も東京だと女性比率が3割を超えたところで……あ、」
「んー? 続けていいよ~」
 おれの誘導尋問で、処理班の隊員だって白状しちゃう波鶴ちゃん。ほんとかわいいわー。
「まあいい。事務官の女性比率は4割程度だな」
 軽く口角を上げて、説明を続けてくれる。別に隠さなくていいお仕事なのか、それとも割と適当なのか。意外な側面ってやつ、いいねー。
「んー。バレンタインチョコもらわないの?」
「もらうな。男女ともにもらう」
「モテるじゃーん。なんで彼女いないの?」
「んー……。私は階級が、まあ上だから、部下と付き合うとなると、どこか面倒だな」
「お偉いさんなんだ」
「幹部でも司令官でもない。階級が上というだけだ。上層部は私を舐めているし、私も上層部が本当に嫌いだ」
 言ってることは過激だけど、ニヤーっと口角を横に引いて、可笑しそうに話すから、そんなヤバい話じゃないんだろうなとわかる。
「軍人さんってのは大変だねぇ~」
「どの組織でもそうだろう。永山は? 芸能事務所に勤めているのか?」
 話を振られて、なんだかんだおれの仕事の話もする。

「次、頼むか?」
 そう言われて、おればっかりしゃべってたことに気付いた。氷が溶けて薄くなったモヒートを飲み干して、次はジンジャーエールでいいことにする。また波鶴ちゃんが、綺麗な腕の掲げ方で店員さんを呼んでくれる。左手を上げて、右手で袖口を押さえているのが、なんかすごいな。着物のときの癖なのかな?

 控えめなジャズがBGMの薄暗い店内。まだ席はがらがら。ゆったりと時間の流れるシックな空間に、波鶴ちゃんのはっきりした声が通って……。

 うっとりしちゃった。酔ったかな~……。
「15度未満で、なにかさっぱりしたものを。柑橘系だと嬉しいです」
「承知しました」
 15度未満って、おれ的には全然弱い指定じゃないけどな~!
 酔ってるは酔ってる。仕事の話してるうちに、波鶴ちゃんに愚痴っちゃったもん。波鶴ちゃん、穏やかな相槌で聞いててくれた。なんで聞き上手なのよ。軍人さんって、上から命令してるイメージしかなかったよ。めっちゃいい上司なんだろうな~……。

 今日波鶴ちゃんに触りたい。手を繋ぐだけでもいいっちゃいいけど。もっとちゃんと、ゆっくり、ふたりきりになって触りたい。
 酔っちゃったし、欲しくなっちゃった。欲しくなっちゃったもんはしょうがないから、どうするか考えよ。

 波鶴ちゃんは、すべてが整って、上品で、そんな端正なところにどうしようもなくときめいてる。

 いつもそう。上品な子が好き。都会育ちのお嬢さまなんて、すぐ好きになっちゃう。おれが上品な男じゃないから、だからこそ触らせてほしくなっちゃう。
 傷つけたいわけじゃないのよ。ただ、綺麗だから触りたくなっちゃう。でもおれ、上品な人間じゃないし、一度触ってから大事にするやり方がわかんないのよ。それだけなのよ……。

 今日は我慢して、連絡先だけ聞いて帰ったらいいのかな。次の約束を取り付けて、何回かデートして、波鶴ちゃんが「これはデートだ」って思ってくれるまでデートして、それから手を繋いで、あー……。どうするんだっけ。そんなちゃんと「順番通りの恋愛」やったの、いつが最後だったか全然覚えてないわ。

 性欲とかあるの? ないから彼女いないのかな。なかったら「順番通りのデート」も無駄足なだけじゃん。もう聞いちゃおっか。
「ね。90年ご無沙汰なの?」
 若干身を乗り出して、嫌味にならないくらいの上目遣いで。
 波鶴ちゃん、どうだったかな、って目線を上に泳がせた。嫌な顔するかもって思ったのに。
「忘れた。さすがに何かしらあったんじゃないか? 恋人はずっといない。ここ10年は何もなかった気がする。面倒だからな」
 あらら。そういうのはOKなんじゃん。おれ、もう波鶴ちゃんが欲しくてしょうがないけど、大丈夫そう?
「ふーん。何が面倒なの」
「なんというか……性行為に付随して発生する人間関係? あと、周囲に知れたときに発生するあれこれもな」
「ん。おれは割り切れるよ~」
 完全に嘘でーす。おれが波鶴ちゃんをキープするのか、おれが波鶴ちゃんにキープされんのか知らないけど、ずるずるやってく気しかないよー。わかってんでしょ? わかってよー。
 目線は上に泳がせたまま、波鶴ちゃんは少しだけ目を見開く。驚いたときのリアクション? それとも考えるときの癖? 持ち上げたままの華奢なグラス。少しだけ残ったカクテルの水面は、少しも波立たない。そういうとこに、グッとくるじゃん?
「公務員だから面倒なんだ。あまり派手にやるとな……。ほら、前に警察官が遊んでたとかで、それだけででかい不祥事扱いだっただろう。くだらない……。うちはそこまで大ごとにはしないだろうが、私は上層部に嫌われているから面倒だ」
「ふーん。なんで嫌われてるの? 波鶴ちゃんが強すぎてパワーバランス崩壊しちゃうから?」
 冗談めかして言うと、波鶴ちゃんは呆れた顔で、カクテルを飲み干した。
「処理班のトップが元妻なんだ。不老でな。結婚して、3年で離縁を言い渡されて、それ以来ずっと嫌われている。どうしようもない職場だ」
 くつくつと笑う波鶴ちゃん。まだニヤッと感は残ってるけど、くしゃくしゃっとした笑顔って……もうおれの理性はゼロよ?
「元奥さんが上司なの? 私怨で嫌われてんの? かわいそー。転職しなよ。ほら。芸能界とかどう?」
「芸能界は無理だ。全く……部下を私怨で嫌う総司令なんてどうしようもない。だが事実なので……」
 波鶴ちゃんを遮って、店員さんにお会計を頼む。いやいや波鶴ちゃん。おれが奢るから、おれの家に来てくれるよね?
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