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2章
24話
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── ??? ──
歴史の断片を取得。
読み込み中……
37度目の世界と判明。
得点による習得内容。
若返りと魔力素質の保有、魔法行使能力の習得。
──以上。
時期……襲撃からの生存。
── ☆ ──
「難しいよ、ミラノ……」
「弱音を吐かない。簡単な魔法が使えてるんだから、段階を踏めば更に上にいけるわ」
僕……じゃない、自分はヤクモ。
元高卒の無職ニート。
ミラノに召喚されてから色々有ったけれども、何とか……今も生き延びている。
魔物による襲撃の中、ミラノに守られる形でなんとか無事に学園まで逃げる事ができた。
その時、ずっと鍛冶屋で借りた剣を握り締めたまま……何も出来ずに、その背中を見ていたのを忘れない。
綺麗だった、凄いと思った、あんなふうに自分も戦えたらと思った。
杖を振るい、詠唱をし、煌びやかな魔力の光を出しながら……。
「才能が無いわけじゃないと思うの。貴方は詠唱のほとんどを無視して、火なら三段階も使えたじゃない。それと同じ要領で、他の属性を試してみればいいのだから」
「けど……魔法が持続しないんだ」
ミラノと違って、火だとか炎だとか、そういった単語を用いれば自分にでも魔法は使える。
けれども、制御が難しい。
最初は自分の手を焼いてしまい、左腕がまるまる負傷中だ。
じゃあ、自分に影響を与えないように意識すると、今度は数秒発動するけれども持続しない。
今の課題は、自分に被害を与えずに魔法を長く持続させる事だった。
「……ミラノ。やっぱりさ、もっと怪我が治ってからにしようよ。そんな……一番怪我したのに」
ミラノは、貴族の高貴な務めとやらで、自分を守ってくれた。
その代わりにアルバートと並んで大怪我をしてしまい、左目を失ってしまった。
そうでなくても、左腕はギプスをして固定をしているし、左足だって歩くのが辛い筈なのに……。
けど、彼女は微笑み。
「良いのよ。学園主席だと思い上がってた私には、ちょうど良い罰だもの。その代償がこれで済んで、安いくらいだわ」
「だとしても……」
自分のせいだ。
もっと勇気があれば、もっと……頑張れてたら。
もっと強ければ、もっと戦えてたら。
彼女がこうならずに済んだんだろうと、後悔ばかりしている。
だから、少しだけ自分で頑張ってみたけど、全然足りない。
アルバートには敵わないと今でも思うし、魔法だってこの有様だ。
「……可愛かったのに、それを自分が台無しにしただなんて、耐えられないよ」
「──こ~ら。勝手に可愛くなくなったみたいに言うな。片目が何? そんなもので、私の価値が損なわれるとでも?」
「──……、」
これは、彼女なりの優しさだ。
絶対にミラノは気づいている、自分が裏でなんといわれているか。
目を失った事で、不出来な人間扱いされているのだ。
嫁入りできない、貰い手が居ないだろうと囁かれている位に。
「……ゴメン、弱音を吐いた。もっと、もっと魔法を教えてください、お願いします」
「うん、良い顔。貴方、ちゃんとたくましい顔もできるじゃない。出来れば、その顔を普段から見たいわね」
そう言って、彼女は微笑んでくれた。
……もし、自分が外見相応の年齢だったのなら、こんな子を好きになったのだろうと思う。
けれども、違う。
自分は、30にもなってうだつのあがらない、ただの……何の取り得も無い、ごく潰しだ。
「炎よ!」
そう言いながら、両手の中に魔法を出現させる。
自分へのダメージ……なし。
よし、これをこのまま維持させ続ける──。
「……はぁ」
何がいけないんだろう。
数秒の間、確かに炎は出てくれた。
けれども、すぐに燃え尽きてしまうのは何がいけないんだ?
「う~ん、もしかしたら考え方を変える必要があるかも」
「考え方を?」
「貴方、詠唱を聞いていて何か思う事はない?」
「聞いていてって言われても……。文章が綺麗だなって言うか、すんなり頭に入ってくる構文をしてるなとか……そういうくらいしか」
「そう、つまりは聞いていて想像しやすいと思わない?」
「それは思った」
「けど、貴方は詠唱をしないで結果だけを持ってくるから、想像しやすい部分に当たる箇所が不足してると考えられるの。んと、分かりやすくいうとね。貴方は今凍えてるとします。そうしたら、火を熾すわよね?」
「暖を取るためにそうするね」
「貴方は、薪を無しに火を出現させてるようなものだと考えれば、燃えるものが無い火はどうなる?」
「……燃え続けて、いられない?」
「そう、そのとおり。詠唱を使った魔法の行使では上手くいくんだから、可能性として考えられるのはこれだと思うの」
「じゃあ、どうすれば良いのかな」
「私の感覚でいえば、魔力を供給し続ける感じだけど……貴方だと勝手が違いそうね」
「う~ん……」
魔力を供給するという事は、燃料を供給するという事か……。
そもそも、魔力と言うのはなんなのだろう?
学園では学ぶ事らしいけれども、自分はそんなものは学んでない。
じゃあ、魔力じゃなくて別のものにしよう。
身近なものだと、ガス?
ガスなら可燃性で、目に見えなくても問題は無い。
ガスを自分から放出するって、なんだかオナラみたいだけど仕方が無い。
今度こそ……。
「炎よ」
ダメージ、なし。
あとはこれを……!
一秒、二秒、三秒──。
消え、ない!
十秒経過しても、炎は消えない。
消えろと念じればちゃんと消える。
今度は火や火炎で試してみたけれども、どちらも同じように使える。
「やっ、た……! やったよ、ミラ──」
喜んだ、少し前進した事を。
しかし、そんなものは彼女を見て脆くも崩れ去った。
彼女は、失った目を抑えてうずくまっている。
慌てて駆け寄って、額に手をやるとものすごく熱い。
これは、ヤバい!
「ハァ……ハァ……」
「ミラノ? ミラノ!」
ダメだ、反応が無い。
仕方が無いから彼女を抱きかかえる。
医務室、医務室!
はぁ、はぁ……。
体力が無い、力が足りない。
こんな14歳の子を抱きかかえているだけなのに、たどり着くまでに息が続かないし腕が持たない。
何度も落としそうになって、最終的に彼女を背負って何とか医務室にまでたどり着く。
「……安静ね。失った目から、菌が入ったんだと思う。暫くここで預かる事になるわ」
「そう、ですか……」
メイフェン先生が冷静にそう告げた。
当たり前、だよな……。
あの事件でミラノが休んでいたのは三日。
脳に近い目を失ったのに対して、到底足りる日数だとは思えない。
「アリアさんを呼んでくれるかな? 君も同室の主人がいなくて困るだろうし、傍に居る身内は彼女しかいないわけだから」
「分かりました……」
「……そう気落ちしなくていいよ。私が居るからには、ちゃんと君の所に帰してあげるから。ほら、行った行った」
……自分は、一歩踏み出しただけだった。
けど、ミラノは持っていたものをいくつも手放す事になった。
これからは片目で生きなければならない。
今は、怪我を抱えなきゃいけない。
学園主席なのに、その足を引っ張ってしまった。
情けない。
情けない情けない情けない情けない情けない……。
「や、ヤクモさん!」
「アリア……」
「その、姉さんが倒れたのを窓から見て……。ケホッ、ゲホッコホッ!!!」
……それくらい心配だったんだと思う。
急いできたからか息が切れていて、体調が良くない彼女はもう倒れそうになってる。
そうだ、こういうときこそ……さっき学んだ魔法を。
「み、水……!」
「水……?」
「の、飲んだら……少し、落ち着く、かも」
それくらいしか思いつかなかったし、いえなかった。
たぶん、彼女以上に変に切羽詰っているのは自分のほうかも知れなかった。
それでも、彼女は一口分の水球を口に含んで飲んでくれた。
……咄嗟に出したけど、水質とか味は大丈夫なのかな。
これで被害拡大なんかさせたら、目も当てられない。
「……姉さんは、どうなったんですか?」
「自分に付き合って、無茶をしたから……。けど、メイフェン先生は大丈夫だって言ってくれた。ただ、医務室で当分預かるから、アリアに話をって」
「──なるほど。姉さんが部屋に居なくなるから、私に声をかけたというのは正しいですね。暫く、私の部屋でお泊りですね」
そう言って、苦笑した彼女の笑みは無理やり作ったようなものだった。
本当なら、すぐにでも姉の所に行きたいに違いないのに。
その使い魔である自分が居て、慌てているから代理で責任を果たそうとしている。
「部屋の、合言葉は?」
「あ、そうでしたね。私が居ない時、魔法で施錠されちゃいますもんね。えっと……他の人には言っちゃダメですよ?」
「分かった」
「”絶対に忘れない”です」
ちなみに、ミラノの部屋の合言葉も”絶対に忘れない”である。
同じなんだけど、部屋の主が部屋に居る場合は”どうぞ”等と言ってもらえれば入れるから、忘れがちだった。
何を忘れないのだろう?
課題? それとも、主席であろうとする為の抱負?
分からないけど、大事な言葉なんだろう。
「ヤクモさんはお部屋で待っていてくださいね。私は、少し姉さんの様子を見てきます」
「うん、分かった……」
ずっと、人生の中で負け犬のままだった。
ここに来てからも、来る前からも。
両親に心配させ続けたまま、事故死してしまった。
そしてこっちでも、主人であるミラノに守られて倒れられてしまった。
今では、その妹にすら心配をされている。
何が男だ、何が成人だ……。
自分は、ただの生きている価値の無い人間だ。
誰かを食いつぶして生きているだけの……くそヤロウだ。
~ ☆ ~
翌日、ミラノが居ないからやる事の大半が浮いてしまった。
それでも、腕時計を使いながら少しだけ走ったりもしてみた。
一周がどれくらいか分からないけれども、14分くらい掛かってる。
それが早いのか遅いのかは分からないけれども、少しでも……少しでも立派にならないといけない。
腕立て伏せだってやらなきゃいけない、腹筋もやらないといけない。
他には分からないけど、思いつく限りの事をしないといけない。
じゃないと、何時までもミラノに守られなきゃいけない人間になる。
泣きそうだ、苦しい。
泣きそうだ、全然出来ない。
泣く……あのときのミラノを思い出すと、全然追いつけない。
近くに居たのに、遠くに見えるあの背中に追いつく為には全然足りない。
あの時の光景を、忘れられない。
綺麗だった、美しかった、強かった、自分とは住んでいる世界が違うと思った。
だから、少しでも追いつきたいと……そう願ったんだ。
「はぁ、はぁ……」
力仕事なんかした事の無い細腕が、今となっては恨めしい。
全盛期が学生時代とは言え、スポーツに打ち込んでいたわけでもない。
なんでもそつ無くこなせると言えば聞こえはいいけど、悪く言えば秀でた所も特に無い。
足が速いわけでも、持久力があるわけでもない。
ただ、平均的な体力と、短距離の逃げ足の速さくらいしかない。
だから、毎日が辛い。
「み、水よ……」
昨日学んだ事を、実践し続ける。
例え細かくても良い、便利な道具扱いでも構わない。
それでも、ミラノに追いつけるのなら……並び立てるのならそれで良い。
── やりたいことは、ないのか? ──
父親にそう言われた事がある。
ただ、立派な父親だなあとボンヤリとしたまま生きてきただけで、特段何かをした訳でもなかった。
言われるがままに国を転々とし、ただそれなりの成績を取って、凡庸に生きては来たけど。
結局、憧れるだけで何かになろうとすら思いもしなかったのだ。
父親は、それが言いたかったのだと思う。
将来どうしたいのか、何がやりたいのかを見つけなさいと。
けれども、高校生になっても、馬鹿な自分はそんな事にも気づかなかった。
でも、今ならはっきりとある。
ミラノと一緒に戦えるようになりたい。
魔法を使えて、戦えるようになりたいと……人生で、たぶん初めて思ったんだ。
「ヤクモ~」
「う゛……」
今日はもうあがろう……。
そう思っていると、一人の少女が呼んでいる。
それはグリムと言う、アルバートの従者だった。
直接関わった事は無いけれども、彼女もまたミラノと並んで凄い人だったことは覚えている。
違う……自分がダメすぎて、あの場に居た皆が凄く見えただけかもしれない。
それでも、ナイフ捌きは華麗だったと記憶してる。
「ご、ご機嫌麗しゅう……グリム、様」
息も絶え絶えで、その中でも何とか礼を尽くそうとする。
そうじゃないと、自分はタダの無力な人間に過ぎない。
ミラノは居ない、だからと言ってアリアを頼るわけにも行かない。
今は、自分にできる事ですべてを対処しないといけないんだ……。
なんか因縁をつけられるのだろうと思ったけれども、彼女はチョイチョイと手招きをするだけ。
なんだろうと思ったけれども、中々歩みを進めない自分にこう付け加える。
「──アルが、呼んでる」
行かざるを得ない訳だ。
あの決闘の時と、ミラノと方を並べて前衛を受け持っていた時の事を思い出してしまう。
相手をしたとき、強いと思った。
ミラノと肩を並べてる時、”だろう”ではなく確信になった。
アルバートもグリムも、強かった。
槍ではなく、剣を使っても強かったのだ。
そんな男が、今更何の様だろうか……。
「──……、」
招かれてついていった先は、闘技場だった。
男子生徒たちが武芸を磨く時間に使っている時間で、アルバートに決闘を申し込まれたのもここだった。
勿論、勝てるわけも無かったのだが。
「……来たか」
アルバートは、ミラノと同じくらいに大怪我をしている。
何かを失ったという事も無いが、それでも包帯だらけである。
杖をついて、それでも平気そうにしている。
彼もまた、本来療養すべき筈なのに医務室から出ている。
「アルバート、様。その……あの──」
「敬語は要らぬ。ただ、貴様はこれから言う事を黙って受け入れ、そして忘れよ。良いか」
「は、はい……」
グリムがアルバートの傍に行く。
そして、訓練で使う剣を二振り手に取っていた。
その一本を、此方へと投げ込んだ。
「──貴族の、高貴な務めとやらを、果たさねばならんと思ったのだ」
「あの、えっと……」
「もっとも、ミラノと共に戦うまで忘れかけていた物でしかないがな。……貴様は最近、鍛錬に勤しんでいるのに相違ないか」
「……はい」
「ならば聞こう。なぜそうしたいと思ったのかを率直に話せ。無論、嘘を吐いても構わんが、今は他者の目線が無い場所だと言う事を心がけながら、吐き出す言葉は慎重に選べ」
それは、気に入らなかったら痛めつけるとか、そういう話なのだろうか?
どちらにしろ、選択肢なんてあるようでなかった。
喉が痙攣する、胃がひっくり返りそうだ。
それでも、搾り出すように、考えをまとめ声を出した。
「自分が、情けなかったから……」
「ふむ」
「あの時、自分は本当に何も出来なかった。ミラノに守られて、決闘を挑んできたアルバートにも守られて、そこのグリムさんにも守られて……何も出来なかったんだ。それが、恥ずかしかった。ただただ悔しくて、情けなかった。だから……」
「だから、始めたと?」
「──……、」
うなずくしかない。
これは、今の自分が持てる精一杯の回答だった。
まさか、ミラノを守りたいだなんて、一緒に並んで立ちたいだなんて大言壮語、吐き出せるわけも無かった。
けれども、たぶん正解だったんだと思う。
深い、深いため息が漏れる。
アルバートは、その時初めて自分を見た。
「……良いだろう、その言葉を信じる。故に、我は貴様にグリムを貸し与える」
「え?」
「グリム、こ奴の面倒を見てやれ。文字通り、ミラノの盾になれる位には立派に教育を施せ」
「──わかった」
「あの、どういう……」
どういう話の流れでそうなったのだろうか?
理解が出来ない。
グリムが稽古をしてくれるという事は理解できるけれども、それがなぜなのかが理解できない。
「我は、自惚れていた。学園の中で腐している場合ではないと理解した。そして、我の力量では守れぬものもあると考えた結果、貴様にも多少は役立ってもらうほうが早いと判断したまでだ。良いか、貴様。これは二度とない絶好の機会だ。その吐き出した言葉、真実のままにするか偽りにするかは貴様次第だ。怪我が治るまでに、魔法も武芸も鍛え直しておけ。グリム、戦技魔法の使い方も叩き込め。我は……これから事情を話してくる。事後承諾にはなるがな」
「──ん、りょ~かい」
そう言って、アルバートは去っていく。
どうやら、あの魔物の襲撃の一件が何か……関係を回復する機会にはなったようだ。
けれども、理由は分からない。
「──ヤクモ、よく聞く」
「は、はい!」
「──ヤクモ、凄く弱い。とっても、とってもとってもとっても、弱い。けど、一つだけ褒める所がある。ヤクモ、守られてたけど、それでも混乱しなかった。それ、けっこーじゅうよ~」
「──……、」
「それに、一回だけ、ミラノ守った」
……守ったとは、言えないよ。
もしかしたら手出ししなければミラノは目を失わずに済んだかも知れないのに。
余計な事をしただけなんじゃって、今でも思ってる。
「──その顔、なっとくしてない」
「するわけ、ないだろ。結局、ミラノを庇う筈がそのまま動けなくなって、ミラノに庇われたんだからさ……」
「アル、ミラノのこと……大事に思ってる。だから、これはお礼。ヤクモ、少しでも強くすると、ミラノはもっと安全になる」
「──そっか。同じ公爵家だもんね」
それ以外の理由は分からないけれども、公爵家とは王家に次いで偉かった筈。
だから横のつながりは大事にする筈だけど……。
グリムさんは、なにか言いかけて──やめた。
──────────────────────────
フラグ管理:グリムからの信用が足りない。 ……FAILED.
──────────────────────────
「──ん、そゆこと」
「けど、恥ずかしいけど……」
「だいじょ~ぶ、ヤクモができるなんて期待してない。けど、少し自信つけるくらいは、できる」
「……お願いします」
勿論、彼女の期待を悉く裏切る事になる。
まず、構えが変だと指摘されまくる。
けれども、文句は言わない。
足の開き方、体重のかけ方、剣の握り方、目線の動かし方……。
何から何まで、全てをグリムに教わったけれども──。
「目を逸らさない、相手の動きを良く見る」
「いったぁ!?」
「痛くても、耐える。じゃ無いと、隙だらけになる」
痛みに蹲っていると、その頭に何度も練習用の剣を叩き込まれる。
勿論、手加減はしてくれている。
というよりも、痛いのがイヤなら早く立てと言わんばかりの威力だ。
7回くらい叩かれてから、防ぐように剣を上げるけど意味が無い。
結局、いいようにされただけだった。
「──訓練の内容、こういうのが有る。少なくとも、走るだけよりは効率がい~」
「ホント?」
「ん。嘘つかない。ヤクモ、魔法がちゃんと使えるようになってきたら、もう少し使い物になる。けど、基本とかが出来てないと魔法で強化しても意味が無い」
「……基本基礎、かぁ」
「──イヤ?」
「ううん。どうせまだ魔法も使えないんだし、魔法で能力を強化しても手足を自在に使えないのなら意味が無いって事くらいは……僕──じゃない、自分にも分かる」
どうせ何も無いんだ。
なら、失うものなんてこれ以上は無い。
目も有る、手足もある、身体も無事……。
時間くらい、たいした出費じゃない。
「……また、明日もよろしくお願いします」
「ん、任された~」
そうだ、自分はもっと強くなる。
ミラノを守れるくらいに、もっと……もっと強く──。
────────────────────────
エラー、歴史の再生に不具合が発生。
歴史の寸断を確認。
エラー項目をログとして放出。
────────────────────────
フラグ管理:ミラノの五体満足、条件未達成。 ……FAILED
フラグ管理:帰省までに戦力が不足していた。 ……FAILED
フラグ管理:得点が足りなかった。 ……FAILED
フラグ管理:騎士になれなかった。 ……FAILED
エラー、エラー、エラー……。
────── 結果 ──────
クラインの生存フラグを達成できませんでした。
マリーを守る能力が足りませんでした。
公爵に認められる事ができませんでした。
アルバートからの信頼が足りませんでした。
グリムからの信頼が足りませんでした。
ミラノはユニオン共和国の侵攻に抵抗できませんでした。
アリアは辺境伯によって連れ去られ、消息不明になりました。
アルバートは内乱に巻き込まれ、消息不明になりました。
グリムはアルバートを庇い、戦死しました。
マーガレットは死亡しました。
公爵家は貴族至上主義によって滅ぼされました。
お疲れ様でした、次のやり直しでは更に良い結果を得られるように祈っています。
現在再生中の歴史に戻ります。
────────────────────────
────────────
──── ☆ ────
なんだか、目が赤くなってから嫌な夢を見てばかりだ。
失敗する夢を、沢山見た。
これは自分の畏れなんだろうと自覚している。
自信なんて無いけれども、それでも自衛隊時代や両親の教育を含めて他者から与えられた物は……意味があると思ってる。
それでも、絶対なんて無い。
間違っていたらどうしようと、失敗したらどうしようとずっと考えてしまう。
だから、後悔しない為に……色々やるしかないんだ。
────────────────────────────
フラグ管理:グリムから戦いの訓練を受けた。 ……SUCCEED
結果:以降のヤクモに、剣のスキルが蓄積されました
────────────────────────────
フラグ管理:ミラノから魔法の講釈を受けた。 ……SUCCEED
結果:魔法の基本・基礎的な知識が受け継がれるようになりました
────────────────────────────
クラインを演じるのは、決して小さくない負担だと自覚している。
けれども、ヤクモとしてここに来るよりは多くの知識や見聞は得られるはず。
なら、一つでも多くのことを吸収して、生き抜かないと。
次に何があるのか、いつどうなるかなんて分からないのは、この前の襲撃で分かった事だ。
自分は、ミラノを守りたい。
世話になった、色々な知識を与えてくれたし、日常を……与えてくれた。
5年間、死んだように生きてきた時間は、思えば苦痛だった。
誰とも関わらず、誰とも話をせず、誰も居ない生活は……心が死んでいたからこそ耐えられただけで、今じゃ恐い。
人間らしさを再び体験させてくれた、それは万金だろうと手に入らない大事なもの。
だから、ミラノやアリアを……守りたいと思う。
それに、学園で主席たる所以を後ろから見つめていると、守らなきゃって……そう思うんだ。
ミラノに怒られたり、色々と教わるあの時間は──出来れば失いたくない。
ちがう……守りたい。
ミラノに怒られたりして、アリアがそれを苦笑してからたしなめて、カティアがちょっと小ばかにしながらも味方してくれて、アルバートが上から目線で何かを言いながらもメッキが剥がれて大慌てをして、グリムがボケーッとしながらも時折アルバートに容赦の無い突込みを入れる。
あの時間を、守りたいんだ。
────────────────────────
フラグ管理:ミラノが無事である。 ……SUCCEED
フラグ管理:騎士になった。 ……SUCCEED
フラグ管理:アルバートとグリムからの信頼を得た。 ……SUCCEED
フラグ管理:公爵からの信頼を得た。 ……SUCCEED
フラグ管理:帰省までに戦力が足りている。 ……SUCCEED
────────────────────────
クラインの生存フラグを確立。
クラインの演技をすることで、様々な知識に触れられる条件を達成。
クラインを演じる事で、アリアが辺境伯に誘拐される事件を防ぐ可能性が解放された。
アルバートとの友誼を確立した。
グリムから認められ、ヴァレリオ家にとっても有益な人物だと報告された。
ミラノが無事である事で、ユニオン共和国の侵攻に抵抗可能性があがった。
戦力が十分な事により、マリーを死なせずに済む展開が解放された。
──────────────────────────────
お疲れ様でした。
これからも、物語をお楽しみください……。
歴史の断片を取得。
読み込み中……
37度目の世界と判明。
得点による習得内容。
若返りと魔力素質の保有、魔法行使能力の習得。
──以上。
時期……襲撃からの生存。
── ☆ ──
「難しいよ、ミラノ……」
「弱音を吐かない。簡単な魔法が使えてるんだから、段階を踏めば更に上にいけるわ」
僕……じゃない、自分はヤクモ。
元高卒の無職ニート。
ミラノに召喚されてから色々有ったけれども、何とか……今も生き延びている。
魔物による襲撃の中、ミラノに守られる形でなんとか無事に学園まで逃げる事ができた。
その時、ずっと鍛冶屋で借りた剣を握り締めたまま……何も出来ずに、その背中を見ていたのを忘れない。
綺麗だった、凄いと思った、あんなふうに自分も戦えたらと思った。
杖を振るい、詠唱をし、煌びやかな魔力の光を出しながら……。
「才能が無いわけじゃないと思うの。貴方は詠唱のほとんどを無視して、火なら三段階も使えたじゃない。それと同じ要領で、他の属性を試してみればいいのだから」
「けど……魔法が持続しないんだ」
ミラノと違って、火だとか炎だとか、そういった単語を用いれば自分にでも魔法は使える。
けれども、制御が難しい。
最初は自分の手を焼いてしまい、左腕がまるまる負傷中だ。
じゃあ、自分に影響を与えないように意識すると、今度は数秒発動するけれども持続しない。
今の課題は、自分に被害を与えずに魔法を長く持続させる事だった。
「……ミラノ。やっぱりさ、もっと怪我が治ってからにしようよ。そんな……一番怪我したのに」
ミラノは、貴族の高貴な務めとやらで、自分を守ってくれた。
その代わりにアルバートと並んで大怪我をしてしまい、左目を失ってしまった。
そうでなくても、左腕はギプスをして固定をしているし、左足だって歩くのが辛い筈なのに……。
けど、彼女は微笑み。
「良いのよ。学園主席だと思い上がってた私には、ちょうど良い罰だもの。その代償がこれで済んで、安いくらいだわ」
「だとしても……」
自分のせいだ。
もっと勇気があれば、もっと……頑張れてたら。
もっと強ければ、もっと戦えてたら。
彼女がこうならずに済んだんだろうと、後悔ばかりしている。
だから、少しだけ自分で頑張ってみたけど、全然足りない。
アルバートには敵わないと今でも思うし、魔法だってこの有様だ。
「……可愛かったのに、それを自分が台無しにしただなんて、耐えられないよ」
「──こ~ら。勝手に可愛くなくなったみたいに言うな。片目が何? そんなもので、私の価値が損なわれるとでも?」
「──……、」
これは、彼女なりの優しさだ。
絶対にミラノは気づいている、自分が裏でなんといわれているか。
目を失った事で、不出来な人間扱いされているのだ。
嫁入りできない、貰い手が居ないだろうと囁かれている位に。
「……ゴメン、弱音を吐いた。もっと、もっと魔法を教えてください、お願いします」
「うん、良い顔。貴方、ちゃんとたくましい顔もできるじゃない。出来れば、その顔を普段から見たいわね」
そう言って、彼女は微笑んでくれた。
……もし、自分が外見相応の年齢だったのなら、こんな子を好きになったのだろうと思う。
けれども、違う。
自分は、30にもなってうだつのあがらない、ただの……何の取り得も無い、ごく潰しだ。
「炎よ!」
そう言いながら、両手の中に魔法を出現させる。
自分へのダメージ……なし。
よし、これをこのまま維持させ続ける──。
「……はぁ」
何がいけないんだろう。
数秒の間、確かに炎は出てくれた。
けれども、すぐに燃え尽きてしまうのは何がいけないんだ?
「う~ん、もしかしたら考え方を変える必要があるかも」
「考え方を?」
「貴方、詠唱を聞いていて何か思う事はない?」
「聞いていてって言われても……。文章が綺麗だなって言うか、すんなり頭に入ってくる構文をしてるなとか……そういうくらいしか」
「そう、つまりは聞いていて想像しやすいと思わない?」
「それは思った」
「けど、貴方は詠唱をしないで結果だけを持ってくるから、想像しやすい部分に当たる箇所が不足してると考えられるの。んと、分かりやすくいうとね。貴方は今凍えてるとします。そうしたら、火を熾すわよね?」
「暖を取るためにそうするね」
「貴方は、薪を無しに火を出現させてるようなものだと考えれば、燃えるものが無い火はどうなる?」
「……燃え続けて、いられない?」
「そう、そのとおり。詠唱を使った魔法の行使では上手くいくんだから、可能性として考えられるのはこれだと思うの」
「じゃあ、どうすれば良いのかな」
「私の感覚でいえば、魔力を供給し続ける感じだけど……貴方だと勝手が違いそうね」
「う~ん……」
魔力を供給するという事は、燃料を供給するという事か……。
そもそも、魔力と言うのはなんなのだろう?
学園では学ぶ事らしいけれども、自分はそんなものは学んでない。
じゃあ、魔力じゃなくて別のものにしよう。
身近なものだと、ガス?
ガスなら可燃性で、目に見えなくても問題は無い。
ガスを自分から放出するって、なんだかオナラみたいだけど仕方が無い。
今度こそ……。
「炎よ」
ダメージ、なし。
あとはこれを……!
一秒、二秒、三秒──。
消え、ない!
十秒経過しても、炎は消えない。
消えろと念じればちゃんと消える。
今度は火や火炎で試してみたけれども、どちらも同じように使える。
「やっ、た……! やったよ、ミラ──」
喜んだ、少し前進した事を。
しかし、そんなものは彼女を見て脆くも崩れ去った。
彼女は、失った目を抑えてうずくまっている。
慌てて駆け寄って、額に手をやるとものすごく熱い。
これは、ヤバい!
「ハァ……ハァ……」
「ミラノ? ミラノ!」
ダメだ、反応が無い。
仕方が無いから彼女を抱きかかえる。
医務室、医務室!
はぁ、はぁ……。
体力が無い、力が足りない。
こんな14歳の子を抱きかかえているだけなのに、たどり着くまでに息が続かないし腕が持たない。
何度も落としそうになって、最終的に彼女を背負って何とか医務室にまでたどり着く。
「……安静ね。失った目から、菌が入ったんだと思う。暫くここで預かる事になるわ」
「そう、ですか……」
メイフェン先生が冷静にそう告げた。
当たり前、だよな……。
あの事件でミラノが休んでいたのは三日。
脳に近い目を失ったのに対して、到底足りる日数だとは思えない。
「アリアさんを呼んでくれるかな? 君も同室の主人がいなくて困るだろうし、傍に居る身内は彼女しかいないわけだから」
「分かりました……」
「……そう気落ちしなくていいよ。私が居るからには、ちゃんと君の所に帰してあげるから。ほら、行った行った」
……自分は、一歩踏み出しただけだった。
けど、ミラノは持っていたものをいくつも手放す事になった。
これからは片目で生きなければならない。
今は、怪我を抱えなきゃいけない。
学園主席なのに、その足を引っ張ってしまった。
情けない。
情けない情けない情けない情けない情けない……。
「や、ヤクモさん!」
「アリア……」
「その、姉さんが倒れたのを窓から見て……。ケホッ、ゲホッコホッ!!!」
……それくらい心配だったんだと思う。
急いできたからか息が切れていて、体調が良くない彼女はもう倒れそうになってる。
そうだ、こういうときこそ……さっき学んだ魔法を。
「み、水……!」
「水……?」
「の、飲んだら……少し、落ち着く、かも」
それくらいしか思いつかなかったし、いえなかった。
たぶん、彼女以上に変に切羽詰っているのは自分のほうかも知れなかった。
それでも、彼女は一口分の水球を口に含んで飲んでくれた。
……咄嗟に出したけど、水質とか味は大丈夫なのかな。
これで被害拡大なんかさせたら、目も当てられない。
「……姉さんは、どうなったんですか?」
「自分に付き合って、無茶をしたから……。けど、メイフェン先生は大丈夫だって言ってくれた。ただ、医務室で当分預かるから、アリアに話をって」
「──なるほど。姉さんが部屋に居なくなるから、私に声をかけたというのは正しいですね。暫く、私の部屋でお泊りですね」
そう言って、苦笑した彼女の笑みは無理やり作ったようなものだった。
本当なら、すぐにでも姉の所に行きたいに違いないのに。
その使い魔である自分が居て、慌てているから代理で責任を果たそうとしている。
「部屋の、合言葉は?」
「あ、そうでしたね。私が居ない時、魔法で施錠されちゃいますもんね。えっと……他の人には言っちゃダメですよ?」
「分かった」
「”絶対に忘れない”です」
ちなみに、ミラノの部屋の合言葉も”絶対に忘れない”である。
同じなんだけど、部屋の主が部屋に居る場合は”どうぞ”等と言ってもらえれば入れるから、忘れがちだった。
何を忘れないのだろう?
課題? それとも、主席であろうとする為の抱負?
分からないけど、大事な言葉なんだろう。
「ヤクモさんはお部屋で待っていてくださいね。私は、少し姉さんの様子を見てきます」
「うん、分かった……」
ずっと、人生の中で負け犬のままだった。
ここに来てからも、来る前からも。
両親に心配させ続けたまま、事故死してしまった。
そしてこっちでも、主人であるミラノに守られて倒れられてしまった。
今では、その妹にすら心配をされている。
何が男だ、何が成人だ……。
自分は、ただの生きている価値の無い人間だ。
誰かを食いつぶして生きているだけの……くそヤロウだ。
~ ☆ ~
翌日、ミラノが居ないからやる事の大半が浮いてしまった。
それでも、腕時計を使いながら少しだけ走ったりもしてみた。
一周がどれくらいか分からないけれども、14分くらい掛かってる。
それが早いのか遅いのかは分からないけれども、少しでも……少しでも立派にならないといけない。
腕立て伏せだってやらなきゃいけない、腹筋もやらないといけない。
他には分からないけど、思いつく限りの事をしないといけない。
じゃないと、何時までもミラノに守られなきゃいけない人間になる。
泣きそうだ、苦しい。
泣きそうだ、全然出来ない。
泣く……あのときのミラノを思い出すと、全然追いつけない。
近くに居たのに、遠くに見えるあの背中に追いつく為には全然足りない。
あの時の光景を、忘れられない。
綺麗だった、美しかった、強かった、自分とは住んでいる世界が違うと思った。
だから、少しでも追いつきたいと……そう願ったんだ。
「はぁ、はぁ……」
力仕事なんかした事の無い細腕が、今となっては恨めしい。
全盛期が学生時代とは言え、スポーツに打ち込んでいたわけでもない。
なんでもそつ無くこなせると言えば聞こえはいいけど、悪く言えば秀でた所も特に無い。
足が速いわけでも、持久力があるわけでもない。
ただ、平均的な体力と、短距離の逃げ足の速さくらいしかない。
だから、毎日が辛い。
「み、水よ……」
昨日学んだ事を、実践し続ける。
例え細かくても良い、便利な道具扱いでも構わない。
それでも、ミラノに追いつけるのなら……並び立てるのならそれで良い。
── やりたいことは、ないのか? ──
父親にそう言われた事がある。
ただ、立派な父親だなあとボンヤリとしたまま生きてきただけで、特段何かをした訳でもなかった。
言われるがままに国を転々とし、ただそれなりの成績を取って、凡庸に生きては来たけど。
結局、憧れるだけで何かになろうとすら思いもしなかったのだ。
父親は、それが言いたかったのだと思う。
将来どうしたいのか、何がやりたいのかを見つけなさいと。
けれども、高校生になっても、馬鹿な自分はそんな事にも気づかなかった。
でも、今ならはっきりとある。
ミラノと一緒に戦えるようになりたい。
魔法を使えて、戦えるようになりたいと……人生で、たぶん初めて思ったんだ。
「ヤクモ~」
「う゛……」
今日はもうあがろう……。
そう思っていると、一人の少女が呼んでいる。
それはグリムと言う、アルバートの従者だった。
直接関わった事は無いけれども、彼女もまたミラノと並んで凄い人だったことは覚えている。
違う……自分がダメすぎて、あの場に居た皆が凄く見えただけかもしれない。
それでも、ナイフ捌きは華麗だったと記憶してる。
「ご、ご機嫌麗しゅう……グリム、様」
息も絶え絶えで、その中でも何とか礼を尽くそうとする。
そうじゃないと、自分はタダの無力な人間に過ぎない。
ミラノは居ない、だからと言ってアリアを頼るわけにも行かない。
今は、自分にできる事ですべてを対処しないといけないんだ……。
なんか因縁をつけられるのだろうと思ったけれども、彼女はチョイチョイと手招きをするだけ。
なんだろうと思ったけれども、中々歩みを進めない自分にこう付け加える。
「──アルが、呼んでる」
行かざるを得ない訳だ。
あの決闘の時と、ミラノと方を並べて前衛を受け持っていた時の事を思い出してしまう。
相手をしたとき、強いと思った。
ミラノと肩を並べてる時、”だろう”ではなく確信になった。
アルバートもグリムも、強かった。
槍ではなく、剣を使っても強かったのだ。
そんな男が、今更何の様だろうか……。
「──……、」
招かれてついていった先は、闘技場だった。
男子生徒たちが武芸を磨く時間に使っている時間で、アルバートに決闘を申し込まれたのもここだった。
勿論、勝てるわけも無かったのだが。
「……来たか」
アルバートは、ミラノと同じくらいに大怪我をしている。
何かを失ったという事も無いが、それでも包帯だらけである。
杖をついて、それでも平気そうにしている。
彼もまた、本来療養すべき筈なのに医務室から出ている。
「アルバート、様。その……あの──」
「敬語は要らぬ。ただ、貴様はこれから言う事を黙って受け入れ、そして忘れよ。良いか」
「は、はい……」
グリムがアルバートの傍に行く。
そして、訓練で使う剣を二振り手に取っていた。
その一本を、此方へと投げ込んだ。
「──貴族の、高貴な務めとやらを、果たさねばならんと思ったのだ」
「あの、えっと……」
「もっとも、ミラノと共に戦うまで忘れかけていた物でしかないがな。……貴様は最近、鍛錬に勤しんでいるのに相違ないか」
「……はい」
「ならば聞こう。なぜそうしたいと思ったのかを率直に話せ。無論、嘘を吐いても構わんが、今は他者の目線が無い場所だと言う事を心がけながら、吐き出す言葉は慎重に選べ」
それは、気に入らなかったら痛めつけるとか、そういう話なのだろうか?
どちらにしろ、選択肢なんてあるようでなかった。
喉が痙攣する、胃がひっくり返りそうだ。
それでも、搾り出すように、考えをまとめ声を出した。
「自分が、情けなかったから……」
「ふむ」
「あの時、自分は本当に何も出来なかった。ミラノに守られて、決闘を挑んできたアルバートにも守られて、そこのグリムさんにも守られて……何も出来なかったんだ。それが、恥ずかしかった。ただただ悔しくて、情けなかった。だから……」
「だから、始めたと?」
「──……、」
うなずくしかない。
これは、今の自分が持てる精一杯の回答だった。
まさか、ミラノを守りたいだなんて、一緒に並んで立ちたいだなんて大言壮語、吐き出せるわけも無かった。
けれども、たぶん正解だったんだと思う。
深い、深いため息が漏れる。
アルバートは、その時初めて自分を見た。
「……良いだろう、その言葉を信じる。故に、我は貴様にグリムを貸し与える」
「え?」
「グリム、こ奴の面倒を見てやれ。文字通り、ミラノの盾になれる位には立派に教育を施せ」
「──わかった」
「あの、どういう……」
どういう話の流れでそうなったのだろうか?
理解が出来ない。
グリムが稽古をしてくれるという事は理解できるけれども、それがなぜなのかが理解できない。
「我は、自惚れていた。学園の中で腐している場合ではないと理解した。そして、我の力量では守れぬものもあると考えた結果、貴様にも多少は役立ってもらうほうが早いと判断したまでだ。良いか、貴様。これは二度とない絶好の機会だ。その吐き出した言葉、真実のままにするか偽りにするかは貴様次第だ。怪我が治るまでに、魔法も武芸も鍛え直しておけ。グリム、戦技魔法の使い方も叩き込め。我は……これから事情を話してくる。事後承諾にはなるがな」
「──ん、りょ~かい」
そう言って、アルバートは去っていく。
どうやら、あの魔物の襲撃の一件が何か……関係を回復する機会にはなったようだ。
けれども、理由は分からない。
「──ヤクモ、よく聞く」
「は、はい!」
「──ヤクモ、凄く弱い。とっても、とってもとってもとっても、弱い。けど、一つだけ褒める所がある。ヤクモ、守られてたけど、それでも混乱しなかった。それ、けっこーじゅうよ~」
「──……、」
「それに、一回だけ、ミラノ守った」
……守ったとは、言えないよ。
もしかしたら手出ししなければミラノは目を失わずに済んだかも知れないのに。
余計な事をしただけなんじゃって、今でも思ってる。
「──その顔、なっとくしてない」
「するわけ、ないだろ。結局、ミラノを庇う筈がそのまま動けなくなって、ミラノに庇われたんだからさ……」
「アル、ミラノのこと……大事に思ってる。だから、これはお礼。ヤクモ、少しでも強くすると、ミラノはもっと安全になる」
「──そっか。同じ公爵家だもんね」
それ以外の理由は分からないけれども、公爵家とは王家に次いで偉かった筈。
だから横のつながりは大事にする筈だけど……。
グリムさんは、なにか言いかけて──やめた。
──────────────────────────
フラグ管理:グリムからの信用が足りない。 ……FAILED.
──────────────────────────
「──ん、そゆこと」
「けど、恥ずかしいけど……」
「だいじょ~ぶ、ヤクモができるなんて期待してない。けど、少し自信つけるくらいは、できる」
「……お願いします」
勿論、彼女の期待を悉く裏切る事になる。
まず、構えが変だと指摘されまくる。
けれども、文句は言わない。
足の開き方、体重のかけ方、剣の握り方、目線の動かし方……。
何から何まで、全てをグリムに教わったけれども──。
「目を逸らさない、相手の動きを良く見る」
「いったぁ!?」
「痛くても、耐える。じゃ無いと、隙だらけになる」
痛みに蹲っていると、その頭に何度も練習用の剣を叩き込まれる。
勿論、手加減はしてくれている。
というよりも、痛いのがイヤなら早く立てと言わんばかりの威力だ。
7回くらい叩かれてから、防ぐように剣を上げるけど意味が無い。
結局、いいようにされただけだった。
「──訓練の内容、こういうのが有る。少なくとも、走るだけよりは効率がい~」
「ホント?」
「ん。嘘つかない。ヤクモ、魔法がちゃんと使えるようになってきたら、もう少し使い物になる。けど、基本とかが出来てないと魔法で強化しても意味が無い」
「……基本基礎、かぁ」
「──イヤ?」
「ううん。どうせまだ魔法も使えないんだし、魔法で能力を強化しても手足を自在に使えないのなら意味が無いって事くらいは……僕──じゃない、自分にも分かる」
どうせ何も無いんだ。
なら、失うものなんてこれ以上は無い。
目も有る、手足もある、身体も無事……。
時間くらい、たいした出費じゃない。
「……また、明日もよろしくお願いします」
「ん、任された~」
そうだ、自分はもっと強くなる。
ミラノを守れるくらいに、もっと……もっと強く──。
────────────────────────
エラー、歴史の再生に不具合が発生。
歴史の寸断を確認。
エラー項目をログとして放出。
────────────────────────
フラグ管理:ミラノの五体満足、条件未達成。 ……FAILED
フラグ管理:帰省までに戦力が不足していた。 ……FAILED
フラグ管理:得点が足りなかった。 ……FAILED
フラグ管理:騎士になれなかった。 ……FAILED
エラー、エラー、エラー……。
────── 結果 ──────
クラインの生存フラグを達成できませんでした。
マリーを守る能力が足りませんでした。
公爵に認められる事ができませんでした。
アルバートからの信頼が足りませんでした。
グリムからの信頼が足りませんでした。
ミラノはユニオン共和国の侵攻に抵抗できませんでした。
アリアは辺境伯によって連れ去られ、消息不明になりました。
アルバートは内乱に巻き込まれ、消息不明になりました。
グリムはアルバートを庇い、戦死しました。
マーガレットは死亡しました。
公爵家は貴族至上主義によって滅ぼされました。
お疲れ様でした、次のやり直しでは更に良い結果を得られるように祈っています。
現在再生中の歴史に戻ります。
────────────────────────
────────────
──── ☆ ────
なんだか、目が赤くなってから嫌な夢を見てばかりだ。
失敗する夢を、沢山見た。
これは自分の畏れなんだろうと自覚している。
自信なんて無いけれども、それでも自衛隊時代や両親の教育を含めて他者から与えられた物は……意味があると思ってる。
それでも、絶対なんて無い。
間違っていたらどうしようと、失敗したらどうしようとずっと考えてしまう。
だから、後悔しない為に……色々やるしかないんだ。
────────────────────────────
フラグ管理:グリムから戦いの訓練を受けた。 ……SUCCEED
結果:以降のヤクモに、剣のスキルが蓄積されました
────────────────────────────
フラグ管理:ミラノから魔法の講釈を受けた。 ……SUCCEED
結果:魔法の基本・基礎的な知識が受け継がれるようになりました
────────────────────────────
クラインを演じるのは、決して小さくない負担だと自覚している。
けれども、ヤクモとしてここに来るよりは多くの知識や見聞は得られるはず。
なら、一つでも多くのことを吸収して、生き抜かないと。
次に何があるのか、いつどうなるかなんて分からないのは、この前の襲撃で分かった事だ。
自分は、ミラノを守りたい。
世話になった、色々な知識を与えてくれたし、日常を……与えてくれた。
5年間、死んだように生きてきた時間は、思えば苦痛だった。
誰とも関わらず、誰とも話をせず、誰も居ない生活は……心が死んでいたからこそ耐えられただけで、今じゃ恐い。
人間らしさを再び体験させてくれた、それは万金だろうと手に入らない大事なもの。
だから、ミラノやアリアを……守りたいと思う。
それに、学園で主席たる所以を後ろから見つめていると、守らなきゃって……そう思うんだ。
ミラノに怒られたり、色々と教わるあの時間は──出来れば失いたくない。
ちがう……守りたい。
ミラノに怒られたりして、アリアがそれを苦笑してからたしなめて、カティアがちょっと小ばかにしながらも味方してくれて、アルバートが上から目線で何かを言いながらもメッキが剥がれて大慌てをして、グリムがボケーッとしながらも時折アルバートに容赦の無い突込みを入れる。
あの時間を、守りたいんだ。
────────────────────────
フラグ管理:ミラノが無事である。 ……SUCCEED
フラグ管理:騎士になった。 ……SUCCEED
フラグ管理:アルバートとグリムからの信頼を得た。 ……SUCCEED
フラグ管理:公爵からの信頼を得た。 ……SUCCEED
フラグ管理:帰省までに戦力が足りている。 ……SUCCEED
────────────────────────
クラインの生存フラグを確立。
クラインの演技をすることで、様々な知識に触れられる条件を達成。
クラインを演じる事で、アリアが辺境伯に誘拐される事件を防ぐ可能性が解放された。
アルバートとの友誼を確立した。
グリムから認められ、ヴァレリオ家にとっても有益な人物だと報告された。
ミラノが無事である事で、ユニオン共和国の侵攻に抵抗可能性があがった。
戦力が十分な事により、マリーを死なせずに済む展開が解放された。
──────────────────────────────
お疲れ様でした。
これからも、物語をお楽しみください……。
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