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1章
12話
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Dumping History to Time : 2017/○○/××
~ 再生された世界 ~
「他愛も無い」
「ちくしょう……」
アルバートとか言う男子生徒に、決闘を挑まれた。
どうしようもなくて、断る事もできなくて……一方的に、ボコボコにやられた。
ミナセが呼んで来たミラノの姿を見てから、俺の意識は遠のいた。
なにがヤハウェだ、なにがクロムウェルだ、なにがモンテリオールだ。
俺なんか、ただの高卒無職でしかないのに……。
こういうとき、可愛い使い魔とか居たら「ご主人様?」とか言って、慰めてくれるんだろうけどさ……。
「アンタ、お茶の淹れ方も分からない上に、情けなく負けるなんて……」
「……ごめんなさい」
お茶を淹れるように言われたけれども、淹れ方なんて分からない。
ライターも無い、ただ魔法に対する適正は得たけど魔法の扱いはミラノに言わせれば落第レベル。
何の取り得も無い、家畜のような奴隷。
情けないのは、少しだけ嫌だった。
俺は……香山大地。
29歳で、大学試験にも失敗して……ずっと、家に引き篭もっていたニート。
秋に寒さで心臓をやられて、死んで……異世界に行きませんかといわれた。
『二つだけ願いを叶えます』
そう言われて、若返る事だけをえらんだ。
魔法がついでに使えるようになったけれども、使えない。
情けない。
情けない情けない情けない。
そう、ホント……情けない。
だけど、そのままなのはいやだった。
だから、素振りだけでもと……そう思った。
「戦い方を教わりたい?」
「もしかして、この前のアルバートとの決闘で……」
「……情けないままなのは嫌なんだ。だから、お願いします」
ミナセとタケル位しか、俺にはこの場で頼れる人は居ない。
この二人は不出来な生徒だとか言われているけれども、俺はそれ以上に何も出来ない。
頭を下げてでも頼むことに何の躊躇も無かった。
「タケル。僕からも頼むよ。少しでも役に立てるのなら、それがいいかなって」
「ああ、分かってるさ。俺もあの時何もしてやれなかったから、少しは……って思ったから」
「有難う!」
「……じゃあ、素振りから始めようか。それと、夜や早朝とかに少し自分でも出来る練習方とかも教えるからさ」
そう言われて、俺は少しだけ変わろうと思った。
そう、ほんの少しだけ。
朝早く抜け出して、素振りくらいはしてみるようにした。
直ぐに手にマメができて、やる気が無くなる。
けど、あの時俺は1人を相手に手も足もでなかった。
魔法使いが相手だとそれが当たり前だとか言われたけど、そうじゃない……。
一発で倒されて、蹴られて、笑われて……。
これじゃ、死んだ父さんや母さんはまた悲しむ。
あの失望したような、悲しむ顔が今でもちらついてる。
いやだ。
いやだいやだいやだいやだ……。
「やだ、こんなのやだ……。けど、仕方が無いんだ。俺が無能だから、俺が馬鹿だから……俺が、何も出来ない子だから」
素振りをしながら、涙が出てくる。
弟にすら尊敬されず、妹にすら侮蔑される。
そんな長男になりたくは無かった。
尊敬されたかった、頼られたかった。
けど、そんな事は無い。
何も出来ず、何もやらず、何も想われず、何も遺せずにただ死んでいっただけの馬鹿だなんて。
思い出すだけで涙が出てくる。
無力すぎて、どこに行っても、異世界にきても無力なままで嫌だ。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
何をしていいのかわからなくて、けど聞くということも出来ないままほったらかしにして。
手を伸ばせば、訊ねれば良いこともしなくて……。
「手が痛い、息が苦しい……うぅ……」
泣きながら素振りをしても、何も変わらない。
ただただこうしたらいいよと言う事しか出来ないから、言われた事をやるだけ。
肩が痛い、腕が痛い、手が痛い、足が痛い、膝が痛い。
全身が痛むけど、やらなきゃ。
情けないのだけは、嫌だから。
「まっず」
「……ごめんなさい」
30分も早くお湯を沸かして準備したお茶は、また駄目だと言われた。
……母親が茶道をやっていたけれども、まったく知識が無い。
後悔ばかりしている。
死ぬ前も、死んだ後も。
「──まあいいわ。お茶を淹れるのは練習と言う事にしましょう。別に私だって自己流なんだし、魔法の扱い方も分からないアンタにいきなりそんな事を求めるのも、怒るのも間違ってるし」
「……ごめん」
「なにか、分からない事があったら聞いて。魔法でお湯を作って、それを茶葉にかけて、淹れてる所まではまったく一緒の筈よね?」
「あ、うん。沸騰させてから、茶葉にお湯をかけて、少し揺すって味を出して、それから淹れてるけど」
「……沸騰、させちゃいけないのよ。確かに高い温度が必要だけど、それだとやりすぎて味と香りが死ぬの」
「えぇ……」
……茶葉の種類で、そんなに違いがあるのだろうか?
何でもっと母親のしていた事に興味を持たなかったんだろう。
近くに答えがあったのに、なんで……。
そもそも、友達の父親に警察官や米軍軍曹とか居たのに、なんで見たはずの事を後になって思い出すんだ……。
アルバートに挑まれたとき、それを少しでも真似出来た筈なのに……。
「はあ、泣きそうな顔しないの。記憶が無いんだから、何も出来なくて当たり前なんだから。今日の授業が終わったら、もう少し魔法の練習をしてみましょう。私が居なくても、魔法の制御と維持という練習法もあるから、それを教えれば少しずつ上手くなるわ」
「なるかな……」
「なるなる、私が保障する。一年生になって学園に来た子の中には、同じように魔法が下手な生徒だっていたわ。けど、4年もここで毎日授業を受けいてれば、悪くても三等級の魔法までは使えるようになるんだから。あとは、貴方に適正がある事を祈りなさい」
「──うん」
適正なんて、あるのだろうか。
分からないけど、やらなきゃ……。
やらなきゃ、やらなきゃいけなかったんだ。
歯がなる、怖い。
なんで、こんな事に?
「貴方は後ろに居なさい。アルバート、アンタはグリムと一緒に前を持ちこたえさせて」
「あ、あぁ……」
「──りょーかい」
「アリア、魔法で私たちは援護をするわよ。簡単な詠唱で、近づいてきたのだけでいいから」
「ん、分かった」
情けない。
情けない情けない情けない情けない情けない。
タケルに学んだ戦い方の練習も、役に立たなかった。
心が既に折れていて、周囲の死に頭が溺れている。
痛いのは嫌だ、恐いのは嫌だ、死ぬのは嫌だ。
そんな考えで、涙が零れてくる。
けど、本当に何も出来なかったのは……その後だった。
先に学園へと逃げ込んで、アリアやグリム、アルバートが入ってくる。
そして、ミラノが入ろうとして……橋ごと投げ飛ばされた。
「ミラノぉぉぉおおおぁっ!?」
それが、今生の別れとなった。
次に会った時、彼女は既に命を失っていた。
死体と化して、棺桶に入っている。
無残で、残酷で、生きていた事を伺えないぐらいな屍になって。
死にたい、死んでしまいたい、殺したい、殺してしまいたい。
「あぁぁあああああッ!!! ああああああぁぁぁぁあぁっ!!!!!」
何も出来なかった、なにかされてばかりだった。
ただ、彼女が死んだという事実だけが酷く胸を穿つ。
やり直せると、情けなくても……やり直せると思ったのに。
俺は、全てを失敗した。
「違う、こんな筈じゃない。こんな筈じゃなかったんだ。
俺がもっとしっかりしていれば彼女は生きていられたんだ、俺がもっと立派だったら彼女はここまで来られたんだ!」
だから、俺は後悔したままに生き続けた。
失敗し続けて、色々な人を失って。
辺境伯にアリアを攫われ、帰ってこなかった。
ユニオン国が攻め込んできて、学園でアルバートを庇ってグリムが死んだ。
アルバートと親しくなったけど、ツアル皇国での魔物との攻防戦で死んだ。
ヴィスコンティの内乱で、公爵も何もかも失った。
それでも、俺だけが……呪われたように生かされ続けた。
皆を犠牲にして、みんなの命をすするようにして。
「私に話って?」
「……お願いします。時間を、アーニャが管轄するよりも更に前まで戻してください」
テレサと言う女神に、俺は頭を下げた。
もう、俺は絶望しきった。
アーニャに自殺を仄めかして脅し、彼女にまでたどり着けたのだ。
「俺は、自分の周りの人を不幸にして、死なせてまで生きて居たくないから。大事に思えてきたのに、そういう人が死んでいく人生に意味なんてない……」
「なら、アーニャちゃんに頼むだけでいいじゃない」
「いいや、駄目なんだ。俺が……もっと、根っこから変わらないと。もっと、色々な事に興味を持っていたら。それだけで全然違ったんだ!」
涙は熱くて、まるで血のように感じられた。
ただただずっと流れ続けて、それから手を握り締める。
「俺は、俺が憎い。殺しても、数千、数万、数億と殺しても足りないくらいに。いつも手遅れで、気づいた時には遅すぎて、理解した時にはもう誰かが死んでる。そんなのは、もう……」
「……例え時を戻したとしても、キミが望む世界になるとは限らないわよ?」
「それでも、良い。どうせ、俺は巻き戻しても同じくらい失敗する。なら、その度に死ねば良い。俺なんか。俺、なんか……」
彼女は溜息を吐いた。
それから、哀れむように俺を見る。
「……そうね。キミが不幸なまま生きても、意味が無いもんね。だから、ここに居る私はそれを受け入れる」
「ありが、とう……」
「だから、誓ってよね。数千、数万、数億とやり直してでも、幸せを手に入れるって」
「あぁ……あぁ!」
「なにか、イメージはある? 今度こそ失敗しないとしたら、どういう要素が有ればいいって」
「──もっと、周囲に興味を持った人間としていきたい」
「分かった。そうなるように、願ってね」
俺の異世界人生は、失敗だらけの中で幕を閉ざした。
世界ごと、自分が分解されていくのを感じる。
けど、それでいいんだ。
涙でもう何も見えないけど、誰もが生きているのなら……それで。
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rebooting History...
「まあまあなお茶ね」
「母さんがお茶の勉強をしてたんだ。それを少し、聞きかじった程度に真似して見たんだ」
「良いお母さんを持ったのね。魔法も少し使えるみたいだし、お茶もこれくらい美味しく淹れられるのなら、不安じゃないかも」
「そう思ってもらえるのなら嬉しいよ」
お茶を淹れるようにと言われた時にはどうなるかと思ったけど、母親が茶道をやっていた時のことを思い出せたので何とかなった。
色々な種類の茶葉があるけど、日本で親しまれている緑茶やヨーロッパの紅茶などで適した温度や蒸らし方、淹れ方が違うという事もなんとなく覚えていた。
まさかこういう時に役立つなんて、知っておいて損は無かったようだ。
「それじゃあ、今日の授業が終わったらもう少し魔法について突き詰めたお話をしましょう。大丈夫、才能無いわけじゃないみたいだし、きっと直ぐに上達するから。貴方に必要なのは、知識。その知識があれば、直ぐに簡単な魔法くらいは使えるようになる」
「だとしたらいいな」
うん、そこまでは良かった。
そう、良かったんだ──。
「ミラノ。魔法でだったら、俺も役に立てるかな?」
「あんま無茶しないの。けど、今は少しでも手を借りたいから、頼める?」
「ああ、任せてよ」
そう、ミラノ達のおかげで俺は魔法が使えるようになった。
けど、今度はそれがいけなかった。
魔法を使うと、音や光が周囲の敵を呼び寄せるとは考えなかったんだ。
だから……。
「生存者発見! あぁ、これは……!?」
魔法を使いすぎて、敵を増やしすぎてしまった。
敵が増えれば、必然的に騒ぎも大きくなる。
際限なく敵を呼び寄せた俺たちは、群れに飲み込まれて終わった。
瓦礫と死体の下で、俺は捜索の兵によって救助される。
生存者は……俺1人だけだった。
左腕を失って、それでも辛うじて生き延びた俺は寄る辺を失った。
ミラノ達の父親である公爵が情けをかけて拾ってくれたけれども、その後は転がり落ちるだけだった。
ヴィスコンティでの内乱で、俺たちは失敗した。
公爵は俺を逃し、貴族至上主義者たちに倒された。
処刑が行われ、俺の知り合いは誰も居なくなった。
「俺が……もっと確りしていたら」
だから、俺は望んだ。
軽佻浮薄な俺は嫌だと、そう願って。
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「くっそ、いてて……」
「驚いた。アルバートに決闘を挑まれて、私が来るまで持ちこたえたなんて……」
「少し、戦い方を学んでたんだ。だから、何とかなった」
戦い方を学んだ?
違う。元自衛官だから、ある程度の知識や技術があったというだけだ。
それでも、魔法使いであるというだけで相手がここまで強くなるだなんて思いもしなかったけれども。
ただし、左腕の骨が折れてしまって、全治一ヶ月ほどの重症になる。
それでも、負けなかっただけマシか……。
「……貴方って、意外と戦いの才能もあるのかも。魔法も幾らか扱えるし、凄いんじゃないかしら」
「どうかな。だとしても……片腕がこんなんじゃ、何の役にも立てないけど」
「片腕が使えないというのなら、使えないなりに出来る事をすればいいでしょ。けど、こうなったら貴方には護衛くらいはしてもらえるかも」
「あんまり期待はしないで欲しいな。少しなんだ……本当に、少し」
結局、元自衛官とは言っても陸曹にはなれなかった。
純粋に勉強力不足で、試験に合格できなかったのだ。
それに、体力も平々凡々だし……秀でた所も射撃くらいしかなかった。
けど、少しはそれらが報われる事を理解したのは、その後だった。
「はいって、早く!」
ミラノ達と協力して、片腕ながらも得点で貰った武器を取り扱って何とか魔物を撃退し続けてこられた。
アリアとミラノ、アルバートにグリム、そして俺も何とか橋を渡りきる。
直後、橋が崩壊する。
危なかった……、もたもたしていたら。
あるいは、もっと人数が居たら間に合わなかったかも知れない。
それに、願いを三つ叶えられるからと装備を貰ったのも大きかった。
おかげで戦闘が手早く済んだ。
『魔法は光を放つし、音もするから最小限最低限で行った方が良いと思う』
あの言葉は、思い付きだったけれども大分良かったと思う。
ミラノとの魔法の練習の時に、詠唱をすると声を出さなきゃいけないし、時間がかかる。
その上、発動時に杖の先端は光るし、魔法の属性に応じた音も出る。
それに対して俺の貰った銃は減音器を使えばある程度音を抑えられるし、魔法よりも素早く高威力で相手を制圧できる。
「や、やるな貴様……。だが、助かったぞ」
アルバートがそう言って、手を差し出す。
それを少しだけ眺めてから、握り返す。
決闘を挑まれてからは小康状態だったけれども、今回ようやく和解出来たような気がする。
少しずつ、状況が改善しているような……そんな気がした。
けど、そんなものは思い上がりだったのだ。
ユニオン共和国が学園にまで軍隊を派遣し、俺たちは呆気なく人質にされてしまった。
公爵家の者という事で俺たちはそのままユニオン共和国にまで連れ帰られ、帰る見込みはない。
「良いか。貴様らがここで頑張れば、その分我等が父は見直し、国へと帰らせてくれるだろう!」
ミラノ達とは、あれから長らく会っていない。
アルバートとグリムだけが傍に居て、使い捨ての兵士として使われている。
ユニオン共和国は、全国を敵に回した。
だが、銃に似た武器や人質と言う物が覇権主義を支えた。
内乱が同時期に発生したヴィスコンティは、その混乱を突かれる形で制圧された。
いや……俺たちが制圧してしまった。
もう大分学園の知り合いも数を減らした。
俺はアルバートとグリムと共に、首都の中心部や王都でユニオン共和国の旗を一番槍で突き立てたという功績がある。
だが、未だ解放される事はなかった。
「ヤクモ。我は……俺は──」
「気を確り保てアルバート。こんな所で終わるってのか!?」
アルバートは、アレから数年共に頑張ってきてくれた。
だが、それも限界だった。
戦いの度に互いに支えあってきたが、父親と身内が砲撃によって木っ端微塵にされてしまい、心が折れたのだ。
気勢のみで保たれていた身体が、無理に負け始めた。
何とかしてやりたかった、けれども……アルバートの心は、生きることを諦めてしまった。
戦いの中で虚無に染まったアルバートは、そのまま斃れて帰らぬ者となった。
グリムと二人きりになって、それでも諦めなかった。
結局、俺には何も出来なかった。
ツアル皇国の背後から魔王復活と魔物の大攻勢によって防衛線が食い破られ、ユニオン共和国にまで魔物の群れが押し寄せてきた。
その中、ミラノの父親が育ててきた反乱軍が時を見て立ち上がり、迎合する形で俺達も反旗を翻した。
けれども、そんな泥沼に一枚岩となれなかった人類は抵抗できなかった。
ツアル皇国が破れ、ユニオン共和国が後退し、ヘルマン国はだんまりを決め込んだ。
そして……俺たちは狩り出されるのを待つだけの、落ち人と化した。
グリムとの時間を共有するうちに、俺たちは自然とくっつく事となった。
転々としながら魔物から逃げる中で第一子が生まれ、その生命の誕生に喜ぶまもなく子を遺してグリムは歴史の一部となった。
最終的に、俺はグリムともうけた子供が五歳になる頃に、人類の敗北を受け入れることとなる。
フランツ帝国が陥落し、ヘルマン国は魔物と迎合し、ユニオン共和国は追いやられて自然消滅した。
俺はかつての世界地図を思い返しながら、トルコ経由で東へと逃げようとする。
もう、日本に向かう以外に考えは無かった。
けど、それは愚かな考えだった。
ユニオン共和国がなぜ東へと勢力を伸ばさなかったのか、その意味を俺は知らなかったからだ。
汚染された地域は子供を容赦なく蝕んだ。
どうしようもなくて、目の前で衰弱した娘を失う。
それから5年かけて、ボロボロになりながら香港辺りまで到達したが、世界が崩壊する事となった。
意味も理由も分からない。
ただ、空がガラスのように砕けていくのをみて、魔王などとは比較するのも馬鹿らしいような化け物が現れ、海は蒸発し、大地は割れ、荒廃していった。
最期に俺は願った。
もっと賢ければと、現状に満足するのではなく沢山の事を知り、手札を増やすような努力家であれたらと。
”神の遣い”のような化け物に殺される前に、そう願い続けた。
Over...
Over and over and over and over.
System error.
Over 15149911 times retried.
Historical settings changed.
Rebooting History...
remained point got.
And, now...
「ご主人様。考え事?」
カティアにそういわれて、俺はメモ帳を閉じた。
なんてことは無い、俺も世俗的なヒトでしかなくて、欲によって動いていたという事を再認識しただけだった。
俺は、ミラノを守りたい。
俺はアリアを守りたい。
アルバートを、グリムを、カティアを守りたい。
それは、俺が彼女達を気に入っているという個人的な願望からだ。
助けないという考えが頭を掠めたとき、胸が酷く苦しかった。
その理由は分からないけれども、俺は見捨てたくなかったんだ。
理屈じゃない、心が無自覚なうちに彼女達を守りたかったのだ。
誰も失いたくない、この学園の中でのちっぽけな生活を守りたい。
ただ、それだけなんだ。
陸曹になりかけて事故った俺でも、それくらいは出来るんじゃないかと。
例え5年間無職で引き篭もっていたとしても、何もしないまま情けないことをしたくない。
力も技術も知識も有るのだから、それを使わない理由なんてないんだ。
「カティア。俺、もう少し頑張ってみるよ」
「もう十分頑張ったじゃない」
「そうじゃなくて、日々の中で。今回俺は、錆びさせた技術と知識だったから上手くやれなかったんだ。だから、今度こそは……失敗したくない、誰も悲しませない為に」
そう、そうじゃないと意味が無い。
俺は……誰かの負担になって生きたいわけじゃない。
そんな俺に、価値なんて無い。
価値が欲しい、皆を助けて守れるくらいに立派になりたい。
今回は大丈夫でも、次は大丈夫とは限らない。
なら、元自衛官としても……国に尽くしてきた外交官である父親とその妻である母親に顔向けできるように。
弟や妹が誇ってくれるような兄であり続ける為にも。
俺は、やらなきゃいけないんだ。
目を閉じれば、”最悪の事態”は沢山浮かんでは沈む。
魔法を街中で放っていたのならとか……、俺が最後まで残らずに皆を最優先で学園に入れなかったらとか。
けど、それらの”最悪の事態”は実際に起きたので、妄想の類ではない事は確認できた。
それに、色々な知識や技術を興味を持って手を出し続けた事が、こんなにも助けになるだなんて。
「……一週間、安静かあ」
一週間は長すぎる。
その一週間もあれば今回のことで学びなおせる、見直せることが沢山ある。
瞼を閉じれば鮮明に思い返せる今回の出来事が消えてしまう前に。
「けど、ご主人様ってそんなにあの人たちが気に入ってるの? 一週間しか一緒に居なかったのに」
「……変、なんだろうな。けどさ、俺だって今考えるまで……なんで皆をこんなに守ろうと思ったのかなんて分かってなかったんだ」
「分かってなかったのに無茶をしたの?」
「けど、そんなものだと思う。理由なんかじゃない、理屈なんかじゃない。心や気持ちってのは先に動き出すもので、理由や理屈なんて後から納得する為につける言い訳でしかないんだから。カティアは、アリアと一緒の生活はつまらなかったか?」
「……ううん。アリア様は、私に良くしてくれた。髪を梳いてくれたり、本を読んでくれたり」
「アリアが困ったとき、助けになれたらなって思ったりはしない?」
「する」
「たぶん、それと一緒なんだよ」
そう、きっと一緒なんだ。
だから、自然なんだと思う。
一週間の付き合いであんなにしてやりたいと思うのは、きっと間違いなんかじゃない。
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~ 再生された世界 ~
「他愛も無い」
「ちくしょう……」
アルバートとか言う男子生徒に、決闘を挑まれた。
どうしようもなくて、断る事もできなくて……一方的に、ボコボコにやられた。
ミナセが呼んで来たミラノの姿を見てから、俺の意識は遠のいた。
なにがヤハウェだ、なにがクロムウェルだ、なにがモンテリオールだ。
俺なんか、ただの高卒無職でしかないのに……。
こういうとき、可愛い使い魔とか居たら「ご主人様?」とか言って、慰めてくれるんだろうけどさ……。
「アンタ、お茶の淹れ方も分からない上に、情けなく負けるなんて……」
「……ごめんなさい」
お茶を淹れるように言われたけれども、淹れ方なんて分からない。
ライターも無い、ただ魔法に対する適正は得たけど魔法の扱いはミラノに言わせれば落第レベル。
何の取り得も無い、家畜のような奴隷。
情けないのは、少しだけ嫌だった。
俺は……香山大地。
29歳で、大学試験にも失敗して……ずっと、家に引き篭もっていたニート。
秋に寒さで心臓をやられて、死んで……異世界に行きませんかといわれた。
『二つだけ願いを叶えます』
そう言われて、若返る事だけをえらんだ。
魔法がついでに使えるようになったけれども、使えない。
情けない。
情けない情けない情けない。
そう、ホント……情けない。
だけど、そのままなのはいやだった。
だから、素振りだけでもと……そう思った。
「戦い方を教わりたい?」
「もしかして、この前のアルバートとの決闘で……」
「……情けないままなのは嫌なんだ。だから、お願いします」
ミナセとタケル位しか、俺にはこの場で頼れる人は居ない。
この二人は不出来な生徒だとか言われているけれども、俺はそれ以上に何も出来ない。
頭を下げてでも頼むことに何の躊躇も無かった。
「タケル。僕からも頼むよ。少しでも役に立てるのなら、それがいいかなって」
「ああ、分かってるさ。俺もあの時何もしてやれなかったから、少しは……って思ったから」
「有難う!」
「……じゃあ、素振りから始めようか。それと、夜や早朝とかに少し自分でも出来る練習方とかも教えるからさ」
そう言われて、俺は少しだけ変わろうと思った。
そう、ほんの少しだけ。
朝早く抜け出して、素振りくらいはしてみるようにした。
直ぐに手にマメができて、やる気が無くなる。
けど、あの時俺は1人を相手に手も足もでなかった。
魔法使いが相手だとそれが当たり前だとか言われたけど、そうじゃない……。
一発で倒されて、蹴られて、笑われて……。
これじゃ、死んだ父さんや母さんはまた悲しむ。
あの失望したような、悲しむ顔が今でもちらついてる。
いやだ。
いやだいやだいやだいやだ……。
「やだ、こんなのやだ……。けど、仕方が無いんだ。俺が無能だから、俺が馬鹿だから……俺が、何も出来ない子だから」
素振りをしながら、涙が出てくる。
弟にすら尊敬されず、妹にすら侮蔑される。
そんな長男になりたくは無かった。
尊敬されたかった、頼られたかった。
けど、そんな事は無い。
何も出来ず、何もやらず、何も想われず、何も遺せずにただ死んでいっただけの馬鹿だなんて。
思い出すだけで涙が出てくる。
無力すぎて、どこに行っても、異世界にきても無力なままで嫌だ。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
何をしていいのかわからなくて、けど聞くということも出来ないままほったらかしにして。
手を伸ばせば、訊ねれば良いこともしなくて……。
「手が痛い、息が苦しい……うぅ……」
泣きながら素振りをしても、何も変わらない。
ただただこうしたらいいよと言う事しか出来ないから、言われた事をやるだけ。
肩が痛い、腕が痛い、手が痛い、足が痛い、膝が痛い。
全身が痛むけど、やらなきゃ。
情けないのだけは、嫌だから。
「まっず」
「……ごめんなさい」
30分も早くお湯を沸かして準備したお茶は、また駄目だと言われた。
……母親が茶道をやっていたけれども、まったく知識が無い。
後悔ばかりしている。
死ぬ前も、死んだ後も。
「──まあいいわ。お茶を淹れるのは練習と言う事にしましょう。別に私だって自己流なんだし、魔法の扱い方も分からないアンタにいきなりそんな事を求めるのも、怒るのも間違ってるし」
「……ごめん」
「なにか、分からない事があったら聞いて。魔法でお湯を作って、それを茶葉にかけて、淹れてる所まではまったく一緒の筈よね?」
「あ、うん。沸騰させてから、茶葉にお湯をかけて、少し揺すって味を出して、それから淹れてるけど」
「……沸騰、させちゃいけないのよ。確かに高い温度が必要だけど、それだとやりすぎて味と香りが死ぬの」
「えぇ……」
……茶葉の種類で、そんなに違いがあるのだろうか?
何でもっと母親のしていた事に興味を持たなかったんだろう。
近くに答えがあったのに、なんで……。
そもそも、友達の父親に警察官や米軍軍曹とか居たのに、なんで見たはずの事を後になって思い出すんだ……。
アルバートに挑まれたとき、それを少しでも真似出来た筈なのに……。
「はあ、泣きそうな顔しないの。記憶が無いんだから、何も出来なくて当たり前なんだから。今日の授業が終わったら、もう少し魔法の練習をしてみましょう。私が居なくても、魔法の制御と維持という練習法もあるから、それを教えれば少しずつ上手くなるわ」
「なるかな……」
「なるなる、私が保障する。一年生になって学園に来た子の中には、同じように魔法が下手な生徒だっていたわ。けど、4年もここで毎日授業を受けいてれば、悪くても三等級の魔法までは使えるようになるんだから。あとは、貴方に適正がある事を祈りなさい」
「──うん」
適正なんて、あるのだろうか。
分からないけど、やらなきゃ……。
やらなきゃ、やらなきゃいけなかったんだ。
歯がなる、怖い。
なんで、こんな事に?
「貴方は後ろに居なさい。アルバート、アンタはグリムと一緒に前を持ちこたえさせて」
「あ、あぁ……」
「──りょーかい」
「アリア、魔法で私たちは援護をするわよ。簡単な詠唱で、近づいてきたのだけでいいから」
「ん、分かった」
情けない。
情けない情けない情けない情けない情けない。
タケルに学んだ戦い方の練習も、役に立たなかった。
心が既に折れていて、周囲の死に頭が溺れている。
痛いのは嫌だ、恐いのは嫌だ、死ぬのは嫌だ。
そんな考えで、涙が零れてくる。
けど、本当に何も出来なかったのは……その後だった。
先に学園へと逃げ込んで、アリアやグリム、アルバートが入ってくる。
そして、ミラノが入ろうとして……橋ごと投げ飛ばされた。
「ミラノぉぉぉおおおぁっ!?」
それが、今生の別れとなった。
次に会った時、彼女は既に命を失っていた。
死体と化して、棺桶に入っている。
無残で、残酷で、生きていた事を伺えないぐらいな屍になって。
死にたい、死んでしまいたい、殺したい、殺してしまいたい。
「あぁぁあああああッ!!! ああああああぁぁぁぁあぁっ!!!!!」
何も出来なかった、なにかされてばかりだった。
ただ、彼女が死んだという事実だけが酷く胸を穿つ。
やり直せると、情けなくても……やり直せると思ったのに。
俺は、全てを失敗した。
「違う、こんな筈じゃない。こんな筈じゃなかったんだ。
俺がもっとしっかりしていれば彼女は生きていられたんだ、俺がもっと立派だったら彼女はここまで来られたんだ!」
だから、俺は後悔したままに生き続けた。
失敗し続けて、色々な人を失って。
辺境伯にアリアを攫われ、帰ってこなかった。
ユニオン国が攻め込んできて、学園でアルバートを庇ってグリムが死んだ。
アルバートと親しくなったけど、ツアル皇国での魔物との攻防戦で死んだ。
ヴィスコンティの内乱で、公爵も何もかも失った。
それでも、俺だけが……呪われたように生かされ続けた。
皆を犠牲にして、みんなの命をすするようにして。
「私に話って?」
「……お願いします。時間を、アーニャが管轄するよりも更に前まで戻してください」
テレサと言う女神に、俺は頭を下げた。
もう、俺は絶望しきった。
アーニャに自殺を仄めかして脅し、彼女にまでたどり着けたのだ。
「俺は、自分の周りの人を不幸にして、死なせてまで生きて居たくないから。大事に思えてきたのに、そういう人が死んでいく人生に意味なんてない……」
「なら、アーニャちゃんに頼むだけでいいじゃない」
「いいや、駄目なんだ。俺が……もっと、根っこから変わらないと。もっと、色々な事に興味を持っていたら。それだけで全然違ったんだ!」
涙は熱くて、まるで血のように感じられた。
ただただずっと流れ続けて、それから手を握り締める。
「俺は、俺が憎い。殺しても、数千、数万、数億と殺しても足りないくらいに。いつも手遅れで、気づいた時には遅すぎて、理解した時にはもう誰かが死んでる。そんなのは、もう……」
「……例え時を戻したとしても、キミが望む世界になるとは限らないわよ?」
「それでも、良い。どうせ、俺は巻き戻しても同じくらい失敗する。なら、その度に死ねば良い。俺なんか。俺、なんか……」
彼女は溜息を吐いた。
それから、哀れむように俺を見る。
「……そうね。キミが不幸なまま生きても、意味が無いもんね。だから、ここに居る私はそれを受け入れる」
「ありが、とう……」
「だから、誓ってよね。数千、数万、数億とやり直してでも、幸せを手に入れるって」
「あぁ……あぁ!」
「なにか、イメージはある? 今度こそ失敗しないとしたら、どういう要素が有ればいいって」
「──もっと、周囲に興味を持った人間としていきたい」
「分かった。そうなるように、願ってね」
俺の異世界人生は、失敗だらけの中で幕を閉ざした。
世界ごと、自分が分解されていくのを感じる。
けど、それでいいんだ。
涙でもう何も見えないけど、誰もが生きているのなら……それで。
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「まあまあなお茶ね」
「母さんがお茶の勉強をしてたんだ。それを少し、聞きかじった程度に真似して見たんだ」
「良いお母さんを持ったのね。魔法も少し使えるみたいだし、お茶もこれくらい美味しく淹れられるのなら、不安じゃないかも」
「そう思ってもらえるのなら嬉しいよ」
お茶を淹れるようにと言われた時にはどうなるかと思ったけど、母親が茶道をやっていた時のことを思い出せたので何とかなった。
色々な種類の茶葉があるけど、日本で親しまれている緑茶やヨーロッパの紅茶などで適した温度や蒸らし方、淹れ方が違うという事もなんとなく覚えていた。
まさかこういう時に役立つなんて、知っておいて損は無かったようだ。
「それじゃあ、今日の授業が終わったらもう少し魔法について突き詰めたお話をしましょう。大丈夫、才能無いわけじゃないみたいだし、きっと直ぐに上達するから。貴方に必要なのは、知識。その知識があれば、直ぐに簡単な魔法くらいは使えるようになる」
「だとしたらいいな」
うん、そこまでは良かった。
そう、良かったんだ──。
「ミラノ。魔法でだったら、俺も役に立てるかな?」
「あんま無茶しないの。けど、今は少しでも手を借りたいから、頼める?」
「ああ、任せてよ」
そう、ミラノ達のおかげで俺は魔法が使えるようになった。
けど、今度はそれがいけなかった。
魔法を使うと、音や光が周囲の敵を呼び寄せるとは考えなかったんだ。
だから……。
「生存者発見! あぁ、これは……!?」
魔法を使いすぎて、敵を増やしすぎてしまった。
敵が増えれば、必然的に騒ぎも大きくなる。
際限なく敵を呼び寄せた俺たちは、群れに飲み込まれて終わった。
瓦礫と死体の下で、俺は捜索の兵によって救助される。
生存者は……俺1人だけだった。
左腕を失って、それでも辛うじて生き延びた俺は寄る辺を失った。
ミラノ達の父親である公爵が情けをかけて拾ってくれたけれども、その後は転がり落ちるだけだった。
ヴィスコンティでの内乱で、俺たちは失敗した。
公爵は俺を逃し、貴族至上主義者たちに倒された。
処刑が行われ、俺の知り合いは誰も居なくなった。
「俺が……もっと確りしていたら」
だから、俺は望んだ。
軽佻浮薄な俺は嫌だと、そう願って。
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「くっそ、いてて……」
「驚いた。アルバートに決闘を挑まれて、私が来るまで持ちこたえたなんて……」
「少し、戦い方を学んでたんだ。だから、何とかなった」
戦い方を学んだ?
違う。元自衛官だから、ある程度の知識や技術があったというだけだ。
それでも、魔法使いであるというだけで相手がここまで強くなるだなんて思いもしなかったけれども。
ただし、左腕の骨が折れてしまって、全治一ヶ月ほどの重症になる。
それでも、負けなかっただけマシか……。
「……貴方って、意外と戦いの才能もあるのかも。魔法も幾らか扱えるし、凄いんじゃないかしら」
「どうかな。だとしても……片腕がこんなんじゃ、何の役にも立てないけど」
「片腕が使えないというのなら、使えないなりに出来る事をすればいいでしょ。けど、こうなったら貴方には護衛くらいはしてもらえるかも」
「あんまり期待はしないで欲しいな。少しなんだ……本当に、少し」
結局、元自衛官とは言っても陸曹にはなれなかった。
純粋に勉強力不足で、試験に合格できなかったのだ。
それに、体力も平々凡々だし……秀でた所も射撃くらいしかなかった。
けど、少しはそれらが報われる事を理解したのは、その後だった。
「はいって、早く!」
ミラノ達と協力して、片腕ながらも得点で貰った武器を取り扱って何とか魔物を撃退し続けてこられた。
アリアとミラノ、アルバートにグリム、そして俺も何とか橋を渡りきる。
直後、橋が崩壊する。
危なかった……、もたもたしていたら。
あるいは、もっと人数が居たら間に合わなかったかも知れない。
それに、願いを三つ叶えられるからと装備を貰ったのも大きかった。
おかげで戦闘が手早く済んだ。
『魔法は光を放つし、音もするから最小限最低限で行った方が良いと思う』
あの言葉は、思い付きだったけれども大分良かったと思う。
ミラノとの魔法の練習の時に、詠唱をすると声を出さなきゃいけないし、時間がかかる。
その上、発動時に杖の先端は光るし、魔法の属性に応じた音も出る。
それに対して俺の貰った銃は減音器を使えばある程度音を抑えられるし、魔法よりも素早く高威力で相手を制圧できる。
「や、やるな貴様……。だが、助かったぞ」
アルバートがそう言って、手を差し出す。
それを少しだけ眺めてから、握り返す。
決闘を挑まれてからは小康状態だったけれども、今回ようやく和解出来たような気がする。
少しずつ、状況が改善しているような……そんな気がした。
けど、そんなものは思い上がりだったのだ。
ユニオン共和国が学園にまで軍隊を派遣し、俺たちは呆気なく人質にされてしまった。
公爵家の者という事で俺たちはそのままユニオン共和国にまで連れ帰られ、帰る見込みはない。
「良いか。貴様らがここで頑張れば、その分我等が父は見直し、国へと帰らせてくれるだろう!」
ミラノ達とは、あれから長らく会っていない。
アルバートとグリムだけが傍に居て、使い捨ての兵士として使われている。
ユニオン共和国は、全国を敵に回した。
だが、銃に似た武器や人質と言う物が覇権主義を支えた。
内乱が同時期に発生したヴィスコンティは、その混乱を突かれる形で制圧された。
いや……俺たちが制圧してしまった。
もう大分学園の知り合いも数を減らした。
俺はアルバートとグリムと共に、首都の中心部や王都でユニオン共和国の旗を一番槍で突き立てたという功績がある。
だが、未だ解放される事はなかった。
「ヤクモ。我は……俺は──」
「気を確り保てアルバート。こんな所で終わるってのか!?」
アルバートは、アレから数年共に頑張ってきてくれた。
だが、それも限界だった。
戦いの度に互いに支えあってきたが、父親と身内が砲撃によって木っ端微塵にされてしまい、心が折れたのだ。
気勢のみで保たれていた身体が、無理に負け始めた。
何とかしてやりたかった、けれども……アルバートの心は、生きることを諦めてしまった。
戦いの中で虚無に染まったアルバートは、そのまま斃れて帰らぬ者となった。
グリムと二人きりになって、それでも諦めなかった。
結局、俺には何も出来なかった。
ツアル皇国の背後から魔王復活と魔物の大攻勢によって防衛線が食い破られ、ユニオン共和国にまで魔物の群れが押し寄せてきた。
その中、ミラノの父親が育ててきた反乱軍が時を見て立ち上がり、迎合する形で俺達も反旗を翻した。
けれども、そんな泥沼に一枚岩となれなかった人類は抵抗できなかった。
ツアル皇国が破れ、ユニオン共和国が後退し、ヘルマン国はだんまりを決め込んだ。
そして……俺たちは狩り出されるのを待つだけの、落ち人と化した。
グリムとの時間を共有するうちに、俺たちは自然とくっつく事となった。
転々としながら魔物から逃げる中で第一子が生まれ、その生命の誕生に喜ぶまもなく子を遺してグリムは歴史の一部となった。
最終的に、俺はグリムともうけた子供が五歳になる頃に、人類の敗北を受け入れることとなる。
フランツ帝国が陥落し、ヘルマン国は魔物と迎合し、ユニオン共和国は追いやられて自然消滅した。
俺はかつての世界地図を思い返しながら、トルコ経由で東へと逃げようとする。
もう、日本に向かう以外に考えは無かった。
けど、それは愚かな考えだった。
ユニオン共和国がなぜ東へと勢力を伸ばさなかったのか、その意味を俺は知らなかったからだ。
汚染された地域は子供を容赦なく蝕んだ。
どうしようもなくて、目の前で衰弱した娘を失う。
それから5年かけて、ボロボロになりながら香港辺りまで到達したが、世界が崩壊する事となった。
意味も理由も分からない。
ただ、空がガラスのように砕けていくのをみて、魔王などとは比較するのも馬鹿らしいような化け物が現れ、海は蒸発し、大地は割れ、荒廃していった。
最期に俺は願った。
もっと賢ければと、現状に満足するのではなく沢山の事を知り、手札を増やすような努力家であれたらと。
”神の遣い”のような化け物に殺される前に、そう願い続けた。
Over...
Over and over and over and over.
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And, now...
「ご主人様。考え事?」
カティアにそういわれて、俺はメモ帳を閉じた。
なんてことは無い、俺も世俗的なヒトでしかなくて、欲によって動いていたという事を再認識しただけだった。
俺は、ミラノを守りたい。
俺はアリアを守りたい。
アルバートを、グリムを、カティアを守りたい。
それは、俺が彼女達を気に入っているという個人的な願望からだ。
助けないという考えが頭を掠めたとき、胸が酷く苦しかった。
その理由は分からないけれども、俺は見捨てたくなかったんだ。
理屈じゃない、心が無自覚なうちに彼女達を守りたかったのだ。
誰も失いたくない、この学園の中でのちっぽけな生活を守りたい。
ただ、それだけなんだ。
陸曹になりかけて事故った俺でも、それくらいは出来るんじゃないかと。
例え5年間無職で引き篭もっていたとしても、何もしないまま情けないことをしたくない。
力も技術も知識も有るのだから、それを使わない理由なんてないんだ。
「カティア。俺、もう少し頑張ってみるよ」
「もう十分頑張ったじゃない」
「そうじゃなくて、日々の中で。今回俺は、錆びさせた技術と知識だったから上手くやれなかったんだ。だから、今度こそは……失敗したくない、誰も悲しませない為に」
そう、そうじゃないと意味が無い。
俺は……誰かの負担になって生きたいわけじゃない。
そんな俺に、価値なんて無い。
価値が欲しい、皆を助けて守れるくらいに立派になりたい。
今回は大丈夫でも、次は大丈夫とは限らない。
なら、元自衛官としても……国に尽くしてきた外交官である父親とその妻である母親に顔向けできるように。
弟や妹が誇ってくれるような兄であり続ける為にも。
俺は、やらなきゃいけないんだ。
目を閉じれば、”最悪の事態”は沢山浮かんでは沈む。
魔法を街中で放っていたのならとか……、俺が最後まで残らずに皆を最優先で学園に入れなかったらとか。
けど、それらの”最悪の事態”は実際に起きたので、妄想の類ではない事は確認できた。
それに、色々な知識や技術を興味を持って手を出し続けた事が、こんなにも助けになるだなんて。
「……一週間、安静かあ」
一週間は長すぎる。
その一週間もあれば今回のことで学びなおせる、見直せることが沢山ある。
瞼を閉じれば鮮明に思い返せる今回の出来事が消えてしまう前に。
「けど、ご主人様ってそんなにあの人たちが気に入ってるの? 一週間しか一緒に居なかったのに」
「……変、なんだろうな。けどさ、俺だって今考えるまで……なんで皆をこんなに守ろうと思ったのかなんて分かってなかったんだ」
「分かってなかったのに無茶をしたの?」
「けど、そんなものだと思う。理由なんかじゃない、理屈なんかじゃない。心や気持ちってのは先に動き出すもので、理由や理屈なんて後から納得する為につける言い訳でしかないんだから。カティアは、アリアと一緒の生活はつまらなかったか?」
「……ううん。アリア様は、私に良くしてくれた。髪を梳いてくれたり、本を読んでくれたり」
「アリアが困ったとき、助けになれたらなって思ったりはしない?」
「する」
「たぶん、それと一緒なんだよ」
そう、きっと一緒なんだ。
だから、自然なんだと思う。
一週間の付き合いであんなにしてやりたいと思うのは、きっと間違いなんかじゃない。
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