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15. By Chance
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直人は、陽一が女子と歩く光景が頭から離れなかった。直人に気付きながらも声を掛けてくれなかった陽一の態度を繰り返し思い出した。そして、直人自身も陽一に話掛けなかった。追いかけて陽一に絡みついている女子の腕を剥がす事も、陽一の手を奪う事も出来ずにいた自分が無性に嫌になった。後悔と自己嫌悪で胸が苦しくなり激しい咳と共に涙が溢れ出た。
そんな直人が背後から抱きしめられ、倒れ込んだのは宇道の胸の中だったのだ。
「先生、離してください」
直人は宇道の腕を掃おうとしたが、宇道は更に強く直人を抱きしめた。
「橘! アーティストには色んな経験が必要だ。それが絵に生かされる事が多いからだ。でもな ・・俺は、お前のこんな姿を見たくない ・・泣かないでくれ ・・お願いだ」
そう告げると、宇道は直人の肩に顔を埋める。
「せん・・せい?」
「好きなんだ ・・橘お前の事を考えると胸が痛い ・・好きだ」
「へ?」
直人は、肩に蹲っている宇道の顔に目線を動かす。
「俺が初めて橘の作品と出逢ったのは、お前が中学の時だ。全国のコンクールで優勝した作品だ。俺は、当時、凄く荒んでてな。酒に飲まれ絵を描く事を止めてたんだ。そんな時に俺はお前の作品と出逢って救われた。言葉では上手く言えないが、お前の作品が放つ光に包まれた様な感覚になってな。もう一度絵を描きたい。絵と触れ合いたいって、そんな思いが死体だった俺の身体に蘇ったんだ。そして、こんな素晴らしい作品の作家を見たくなってな、青葉第一中学校まで行った。お前は、今と同じ様に校庭で絵を描いてたから一目で分かったよ。そして、その姿に心を持っていかれた。でも分かってたよ。当時大学生だった俺が中学生に、振り向いて貰える訳がないって、しかも男。自分を嘲笑ったよ。でもな、ずっとお前の姿が心から離れなかったんだ。幸運にもこの学校で再会して、こうやって俺の腕の中に居る。俺ならお前を幸せにしてやれる ・・だから」
「先生! 気持ちは凄く嬉しいです。男とか年上とかそんなの関係ありません。でも僕は、僕は・・」
「相澤か? こんなにお前を傷つけるのにか?」
「先輩の事は、好きとか愛とかそんなんじゃ語れない。ただ、あの人を心に抱いていないと僕は、絵も描けないし、呼吸の仕方も分からない」
「でも相澤は女が好きなんだぞ! お前の事なんて、きっと何とも思っていない。今、こんなに橘が泣いていてもアイツは全然気付いていない。そんな奴を何でお前はそこまで!」
「相澤先輩と恋人になりたいとか考えていません。そんなの ・・望んでも無理なのは分かっていますから ・・先輩は女性が好きなのも知っています」
「だったら、何故?!」
「それでも、先輩じゃなきゃダメなんです。あの人を想っていないと、僕は絵が描けない」
そう告げると、直人は絵具を掴んだ両手をグッと胸に抱き寄せ唇を押し当てた。
そんな直人を宇道は後ろから暫く見つめたが、直人を抱きしめていた両腕をゆっくりと引いた。次に、寂しくなった腕を床に置くと座ったままで、背中を後ろに剃り天を見つめた。
「あ――あ! この年でフラれるのは厳しいな~ 俺、立ち直れるかな?」
宇道から解放された直人は身体を背後に向ける。
「告白する気なんて無かったんだけどな~ こんなに弱ってるならチャンスだと思っちゃったんだよな。馬鹿だな・・俺」
「そ ・・そんな人の弱みにつけ込むような ・・お、大人なのに」
「ハハハ 本当だな。すまんすまん」
直人はいつもの宇道に戻っている事に少し安堵したが、彼の告白に困惑している直人は宇道と目が合わせられずにいた。
「橘、急に変な事言ってごめんな。でも俺は本気だから。本当にお前の才能に惚れてて、幸せになって欲しいって思ってる」
自分に対して呆れた様子の宇道は、天井を見上げていたが、突然目線を落とすと直人と合わせた。だが、直人は無意識に反らしてしまう。
「僕はその ・・幸せです。先輩の事を想っているだけで幸せなんです。筆が進むんです」
「あんな奴の何処がいいんだぁ~」
「あ、あんな奴って!」
「お、失礼。しっかし、どうすんだ。本当にこのままでいいのか? 告白しないのか?」
「今までずっとただ想っているだけで満足だったのに、高校に入って先輩を少し近くに感じれるようになって ・・欲が出たんです ・・だから女子と一緒に居るのを見て、勝手に傷付いた。どうしたいのか、どうなりたいのか ・・なんて僕にも分かりません。ただ先輩が卒業してまた会えなくなるのは、さみ・・しい」
「はぁ~ プラトニックかよ~」
「はい」
宇道は、相澤の姿を想像する度に頬を緩ませる直人を複雑な面持ちで見つめた。
サミットの窓際に座っていた宇道と再会した直人は、軽いカクテルを注文した。
「本当に久し振りですね。3年ですよね? それまで日本には帰ってきてたんでしょ?」
「否、3年振りの帰国だよ」
「そうなんですか? 今回はまた個展を開くんですか?」
「ああ、他の画家との共同開催だけど、デパートでの出店だから集客率は期待出来る」
「凄いですね。絶対に見に行きます。チケットください。2枚!」
「ご購入願います」
「え~ ケチ」
「ケチって橘、お前すっげー儲かってるだろ~が」
直人は膨らましていた頬をしぼめる。
「ぼちぼちです。あっでも、今度プラザの1階で俺と圭のコラボイベントを、YFA3周年記念の一環で企画してるんです」
「橘、何か良い事あった?」
「え?」
「お前が自分の仕事の話を、楽しそうに語るの初めて見たからさ。圭って奴と上手くいってるのか?」
直人は無意識に心が浮ついているんだと宇道の一言で気付かされる。圭が原因ではないと言う事も分かった。最近の自分がまた以前の様に筆を取ってみようと思え始めたのは、きっと陽一と再会してからだ。辛い現実を叩きつけられ久々に涙を流したが、それでも感性を取り戻しつつある自分に今気付いたのだ。
『俺の魂が蘇りつつある ・・のかな?』
「おい、どうした?」
「あ、すみません。何でもないです」
「なぁ、ここのホテルってさ」
宇道が、何かを語ろうとした時、サミットの入り口でラウンジでは不似合いな少女の声がした。
直人は咄嗟に振り返ると、長身の男性が直人の瞳に映る。
「陽さん・・・・」
直人の呟きに宇道が直人の目線の先を辿る。
サミットの入り口では、スーツに身を包んだ男性達が親し気に会話をしていた。そして、宇道もその内の1人が誰だか直ぐに気が付いたのだ。
「橘 ・・・・あれって」
「相澤先輩です」
直人は目線を陽一から外せないままで宇道に返答した。
そんな直人が背後から抱きしめられ、倒れ込んだのは宇道の胸の中だったのだ。
「先生、離してください」
直人は宇道の腕を掃おうとしたが、宇道は更に強く直人を抱きしめた。
「橘! アーティストには色んな経験が必要だ。それが絵に生かされる事が多いからだ。でもな ・・俺は、お前のこんな姿を見たくない ・・泣かないでくれ ・・お願いだ」
そう告げると、宇道は直人の肩に顔を埋める。
「せん・・せい?」
「好きなんだ ・・橘お前の事を考えると胸が痛い ・・好きだ」
「へ?」
直人は、肩に蹲っている宇道の顔に目線を動かす。
「俺が初めて橘の作品と出逢ったのは、お前が中学の時だ。全国のコンクールで優勝した作品だ。俺は、当時、凄く荒んでてな。酒に飲まれ絵を描く事を止めてたんだ。そんな時に俺はお前の作品と出逢って救われた。言葉では上手く言えないが、お前の作品が放つ光に包まれた様な感覚になってな。もう一度絵を描きたい。絵と触れ合いたいって、そんな思いが死体だった俺の身体に蘇ったんだ。そして、こんな素晴らしい作品の作家を見たくなってな、青葉第一中学校まで行った。お前は、今と同じ様に校庭で絵を描いてたから一目で分かったよ。そして、その姿に心を持っていかれた。でも分かってたよ。当時大学生だった俺が中学生に、振り向いて貰える訳がないって、しかも男。自分を嘲笑ったよ。でもな、ずっとお前の姿が心から離れなかったんだ。幸運にもこの学校で再会して、こうやって俺の腕の中に居る。俺ならお前を幸せにしてやれる ・・だから」
「先生! 気持ちは凄く嬉しいです。男とか年上とかそんなの関係ありません。でも僕は、僕は・・」
「相澤か? こんなにお前を傷つけるのにか?」
「先輩の事は、好きとか愛とかそんなんじゃ語れない。ただ、あの人を心に抱いていないと僕は、絵も描けないし、呼吸の仕方も分からない」
「でも相澤は女が好きなんだぞ! お前の事なんて、きっと何とも思っていない。今、こんなに橘が泣いていてもアイツは全然気付いていない。そんな奴を何でお前はそこまで!」
「相澤先輩と恋人になりたいとか考えていません。そんなの ・・望んでも無理なのは分かっていますから ・・先輩は女性が好きなのも知っています」
「だったら、何故?!」
「それでも、先輩じゃなきゃダメなんです。あの人を想っていないと、僕は絵が描けない」
そう告げると、直人は絵具を掴んだ両手をグッと胸に抱き寄せ唇を押し当てた。
そんな直人を宇道は後ろから暫く見つめたが、直人を抱きしめていた両腕をゆっくりと引いた。次に、寂しくなった腕を床に置くと座ったままで、背中を後ろに剃り天を見つめた。
「あ――あ! この年でフラれるのは厳しいな~ 俺、立ち直れるかな?」
宇道から解放された直人は身体を背後に向ける。
「告白する気なんて無かったんだけどな~ こんなに弱ってるならチャンスだと思っちゃったんだよな。馬鹿だな・・俺」
「そ ・・そんな人の弱みにつけ込むような ・・お、大人なのに」
「ハハハ 本当だな。すまんすまん」
直人はいつもの宇道に戻っている事に少し安堵したが、彼の告白に困惑している直人は宇道と目が合わせられずにいた。
「橘、急に変な事言ってごめんな。でも俺は本気だから。本当にお前の才能に惚れてて、幸せになって欲しいって思ってる」
自分に対して呆れた様子の宇道は、天井を見上げていたが、突然目線を落とすと直人と合わせた。だが、直人は無意識に反らしてしまう。
「僕はその ・・幸せです。先輩の事を想っているだけで幸せなんです。筆が進むんです」
「あんな奴の何処がいいんだぁ~」
「あ、あんな奴って!」
「お、失礼。しっかし、どうすんだ。本当にこのままでいいのか? 告白しないのか?」
「今までずっとただ想っているだけで満足だったのに、高校に入って先輩を少し近くに感じれるようになって ・・欲が出たんです ・・だから女子と一緒に居るのを見て、勝手に傷付いた。どうしたいのか、どうなりたいのか ・・なんて僕にも分かりません。ただ先輩が卒業してまた会えなくなるのは、さみ・・しい」
「はぁ~ プラトニックかよ~」
「はい」
宇道は、相澤の姿を想像する度に頬を緩ませる直人を複雑な面持ちで見つめた。
サミットの窓際に座っていた宇道と再会した直人は、軽いカクテルを注文した。
「本当に久し振りですね。3年ですよね? それまで日本には帰ってきてたんでしょ?」
「否、3年振りの帰国だよ」
「そうなんですか? 今回はまた個展を開くんですか?」
「ああ、他の画家との共同開催だけど、デパートでの出店だから集客率は期待出来る」
「凄いですね。絶対に見に行きます。チケットください。2枚!」
「ご購入願います」
「え~ ケチ」
「ケチって橘、お前すっげー儲かってるだろ~が」
直人は膨らましていた頬をしぼめる。
「ぼちぼちです。あっでも、今度プラザの1階で俺と圭のコラボイベントを、YFA3周年記念の一環で企画してるんです」
「橘、何か良い事あった?」
「え?」
「お前が自分の仕事の話を、楽しそうに語るの初めて見たからさ。圭って奴と上手くいってるのか?」
直人は無意識に心が浮ついているんだと宇道の一言で気付かされる。圭が原因ではないと言う事も分かった。最近の自分がまた以前の様に筆を取ってみようと思え始めたのは、きっと陽一と再会してからだ。辛い現実を叩きつけられ久々に涙を流したが、それでも感性を取り戻しつつある自分に今気付いたのだ。
『俺の魂が蘇りつつある ・・のかな?』
「おい、どうした?」
「あ、すみません。何でもないです」
「なぁ、ここのホテルってさ」
宇道が、何かを語ろうとした時、サミットの入り口でラウンジでは不似合いな少女の声がした。
直人は咄嗟に振り返ると、長身の男性が直人の瞳に映る。
「陽さん・・・・」
直人の呟きに宇道が直人の目線の先を辿る。
サミットの入り口では、スーツに身を包んだ男性達が親し気に会話をしていた。そして、宇道もその内の1人が誰だか直ぐに気が付いたのだ。
「橘 ・・・・あれって」
「相澤先輩です」
直人は目線を陽一から外せないままで宇道に返答した。
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