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最終章 アイよりカナし

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『エリオナスは消えかけのアタシの力ではどうすることもできないと分かっている。そしてアンタの異質な力の本質は理解できていない。アタシ達ふたりを残したところでどうにもできないと思っているんだろう。だけど、マオ、アンタは。エリオナスの子であると同時に、マナのむすめだ』
「……どういう、こと…?」
『結晶化の能力は、確かにアタシらに扱うことはできる。トリティアも得意だった。だけど、アンタにしかできないことがある』
「……あたしに、だけ…」
『マナはアタシらとは違った意味で異質な存在だった。魔力の質も、量も、その使い方も。アンタにもその血が、力が流れている。マナはおそらくそれを予感していた。だからアンタに託したんだ』

 リズさんが静かに、だけど熱の篭った声とであたしを見据える。
 だけどリズさんの意図が、言わんとしていることが上手く理解できないあたしは、それをただ受け止めるしかできなかった。

 お母さんが、とてもすごい人だったということは分かる。
 それこそ海の神々を魅了するほどの。
 だからといって、それがあたしと結びつくとは限らない。
 あたしはお母さんの娘であっても、お母さんではない。

 もしかしてリズさんは、かつてのお母さんのようにあたしがシェルスフィアを救えると思っているのだろうか。
 でもそんなことありえない。できるわけない。
 お母さんと同じことができるなんて、思えない。

 見つめるその赤い瞳。
 何かを期待するような焦燥と、そして熱望の色。
 あたしに何を求めているのか。

 貴石いしがひとつになった時、なにが起こるのか――

「だけど、…もうひとつは、もう…」

 だけど、貴石いしは揃っていない。
 最後のひとつはおそらくもうどこにも存在しないのだ。
 
『いいや。あるよ。…ここに』
「…え…?」

 思わず間抜けな声を出すあたしを、リズさんは見つめたまま。
 そしてその指先が、あたしの体のある場所を無言で指差した。
 制服のスカート。ポケットの上。反射的に思わず手が伸びる。
 布越しに感じる堅い感触は、ついさっき反射的にしまってしまったもの。

 ようやくリズさんの意図を理解して、息が止まりそうになる衝動を抑えながら、スカートのポケットから再びシアの短剣を取り出す。
 果物ナイフほどの大きさのそれを確認して、リズさんがその目を細める。

 あの世界で一番はじめ、シアがあたしに預けてくれたもの。
 この剣が、シアの心が。
 何度もあたしのことを守ってくれた。
 遠く離れた場所に居ても。

 シェルスフィア王家の紋章がはいった、煌めく宝石の立派な短剣。
 おそらく王家に受け継がれてきたものなのだと、ここにきてようやく理解する。
 その中央にめこまれた、青い石。
 ただの石ではない。
 ――ただの石ではなかったのだ。

 もう片方の手に乗っていたふたつの貴石と並べてみるといやでも良くわかる。
 同じ色。同じかたち。もとはひとつだったもの。
 リズさんが遠い瞳でそれを告げる。

『…間違いない。ベリルの貴石いしだ』

 約束の貴石いしが。
 今、ここに。

「…そろった…」

 これが、彼の。
 シェルスフィアの最初の王様の、心なのだ。
 そう無意識に感じた。

 永い永い時を越えて。
 そうして辿り着いたみっつの想い。
 
 どうして分かたれたのか。
 ――いっしょには、居られないから。


 どうしてここで、出逢ったのか。
 ――約束、したから。


 胸の奥の奥の内側から。
 はやくと急かすこの焦燥。
 身勝手だと泣きながら笑ってやる。
 そうして文句を言ってやるのだ。今度こそ。

 手のひらに並べたそれに、意識と全神経を集中させる。
 世界を越えて、力が失われていったのはあたしも同じだ。
 あとどれくらい残っているのか。
 
 だけどこれが、あたしにしかできないのなら。
 成し遂げなければ。
 その為にあたしはここに居る。

 青い貴石が光り輝く。
 遠い海が波飛沫を上げた。時の止まったこの世界で。

 小さな水音と共に液体へとけるみっつの貴石いし
 それが目の前で、混ざり合い、ひとつになり。
 そして再びかたちをす。

 ――ひとつになる。


 同時に光が弾けた。世界に眩むほどの激しさで。
 目を開けていられない。立っているのもやっと。

 そして次第にひいていく光の果て。
 そこにはひとりの少女が居た。

 目を瞬かせながら思わず凝視する。
 突然現れた、その存在。
 同じ制服を着ていることからも、自分と同じ年くらいだろうか。
 相手も状況を理解できていないような、驚きに目を丸くしたままの顔であたしを見つめている。
 あたしも残った剣を抱きながら、石のように見つめ合う。

 そんなわけはないと思っていて、だけどそれ以外にはありえないとも思う、矛盾する心。
 何故だか涙が溢れていた。瞬きもできずに。

 先にその名前を呼んだのは、リズさんだった。

『――…マナ……!』
「……リリ…?」
『…ッ、ほんとうに、アンタは…!』

 泣き崩れるようにリズさんが、マナと呼んだ少女に抱きついた。
 その姿はリズさんもまた、少女そのもの。
 永くを生きたはずの神さまでさえも、声を上げて泣くことがあるのだ。

「リリ、なんでそんなボロボロなの? ベリルは…? リオは? いったい、どうなって――」
『…アンタ、全部知る前の思念を、貴石いしに残していったんだね…』

 やはり全く状況を掴みきれていないその様子に、呆れた顔を向けたリズさんが脱力する。
 それから動けずにいるあたしを見とめたリズさんが、視線を促した。
 マナと呼ばれたその少女が、あたしを再び見つめる。
 まっすぐと、揺るぎのないその瞳。
 そこに情けない顔をしたあたしが映っていた。

『……アンタの、むすめだよ』
「……え…」
『…遠い、未来から…アンタがここに、導いたんだ。助けてやりな』
「…あたしの…?」

 リズさんに背中を押されて、あたしと向き合う。

 ――お母さん。

 まさかこんなかたちで再会するなんて夢にも思わなくて、言葉が出てこない。
 その再会が、自分と同じ年頃で、そしておそらく“あたし”を知らない、状況だなんて。

「…そう…あたしの。あたし、子ども産めたんだ。てっきり生む前に死んじゃうと思ってた」

 無邪気にそう言って、まじまじとあたしを頭から爪先まで無遠慮な視線が舐め回す。
 お母さんというより本当にまだ少女そのもの。
 あたしの中に居るお母さんと、まるで違うその様子。

「良かった、ちゃんと。守りきれていたのね、あたし。それだけで十分。きっとあたし、倖せな人生だったわ」

 そう言って笑い、背伸びしてそっとあたしの頭を撫でたその仕草。
 覚えるあるその手の感触も、声音も。
 どこか違うのに、だけど紛れもなくどこかが、お母さんだと感じる。

 子どものように泣き出したあたしに、知らないはずなのに、まるですべてを知っているかのように目を細めて。
 それからあたしを抱き締めた。華奢なその身体で力いっぱいに。

「“そこ”に、あたしはもう居ないのね。そしてあなたを…きっとたくさん傷つけたのね。だけどここに、来てくれたのね」

 …どうして。
 何も、言っていないのに。
 言えないのに。

「あなたのおかげで、あたしの一番大切なものだけは、大切なひとに届けられた。約束を守れた。ありがとうね、真魚まお
「……!」
「あたしの心を、守ってくれて…届けてくれて。ありがとう。きっとあなたのことは、あたしが守るから。いつかのあたしが、あなたに出逢うまで」

 お母さん、とは。
 やっぱり呼べなかった。
 目の前のひとのことを、どうしても。

 だけど紛れもなくこの人は、あたしのお母さんなのだ。
 どれだけ遠い場所に居ても、どんなかたちでも。

 そうしてあたしに、繋いでいるのだ。
 その命を。

 その想いが今のこのあたしだ。

「どれだけのことを、あなたにしてあげれたかは分からないけど…あなたが助けを求めているなら、最後くらいお母さんらしいこと、しなくちゃね」

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