アイより愛し~きみは青の王国より~

藤原いつか

文字の大きさ
108 / 119
最終章 アイよりカナし

7

しおりを挟む


『エリオナスは消えかけのアタシの力ではどうすることもできないと分かっている。そしてアンタの異質な力の本質は理解できていない。アタシ達ふたりを残したところでどうにもできないと思っているんだろう。だけど、マオ、アンタは。エリオナスの子であると同時に、マナのむすめだ』
「……どういう、こと…?」
『結晶化の能力は、確かにアタシらに扱うことはできる。トリティアも得意だった。だけど、アンタにしかできないことがある』
「……あたしに、だけ…」
『マナはアタシらとは違った意味で異質な存在だった。魔力の質も、量も、その使い方も。アンタにもその血が、力が流れている。マナはおそらくそれを予感していた。だからアンタに託したんだ』

 リズさんが静かに、だけど熱の篭った声とであたしを見据える。
 だけどリズさんの意図が、言わんとしていることが上手く理解できないあたしは、それをただ受け止めるしかできなかった。

 お母さんが、とてもすごい人だったということは分かる。
 それこそ海の神々を魅了するほどの。
 だからといって、それがあたしと結びつくとは限らない。
 あたしはお母さんの娘であっても、お母さんではない。

 もしかしてリズさんは、かつてのお母さんのようにあたしがシェルスフィアを救えると思っているのだろうか。
 でもそんなことありえない。できるわけない。
 お母さんと同じことができるなんて、思えない。

 見つめるその赤い瞳。
 何かを期待するような焦燥と、そして熱望の色。
 あたしに何を求めているのか。

 貴石いしがひとつになった時、なにが起こるのか――

「だけど、…もうひとつは、もう…」

 だけど、貴石いしは揃っていない。
 最後のひとつはおそらくもうどこにも存在しないのだ。
 
『いいや。あるよ。…ここに』
「…え…?」

 思わず間抜けな声を出すあたしを、リズさんは見つめたまま。
 そしてその指先が、あたしの体のある場所を無言で指差した。
 制服のスカート。ポケットの上。反射的に思わず手が伸びる。
 布越しに感じる堅い感触は、ついさっき反射的にしまってしまったもの。

 ようやくリズさんの意図を理解して、息が止まりそうになる衝動を抑えながら、スカートのポケットから再びシアの短剣を取り出す。
 果物ナイフほどの大きさのそれを確認して、リズさんがその目を細める。

 あの世界で一番はじめ、シアがあたしに預けてくれたもの。
 この剣が、シアの心が。
 何度もあたしのことを守ってくれた。
 遠く離れた場所に居ても。

 シェルスフィア王家の紋章がはいった、煌めく宝石の立派な短剣。
 おそらく王家に受け継がれてきたものなのだと、ここにきてようやく理解する。
 その中央にめこまれた、青い石。
 ただの石ではない。
 ――ただの石ではなかったのだ。

 もう片方の手に乗っていたふたつの貴石と並べてみるといやでも良くわかる。
 同じ色。同じかたち。もとはひとつだったもの。
 リズさんが遠い瞳でそれを告げる。

『…間違いない。ベリルの貴石いしだ』

 約束の貴石いしが。
 今、ここに。

「…そろった…」

 これが、彼の。
 シェルスフィアの最初の王様の、心なのだ。
 そう無意識に感じた。

 永い永い時を越えて。
 そうして辿り着いたみっつの想い。
 
 どうして分かたれたのか。
 ――いっしょには、居られないから。


 どうしてここで、出逢ったのか。
 ――約束、したから。


 胸の奥の奥の内側から。
 はやくと急かすこの焦燥。
 身勝手だと泣きながら笑ってやる。
 そうして文句を言ってやるのだ。今度こそ。

 手のひらに並べたそれに、意識と全神経を集中させる。
 世界を越えて、力が失われていったのはあたしも同じだ。
 あとどれくらい残っているのか。
 
 だけどこれが、あたしにしかできないのなら。
 成し遂げなければ。
 その為にあたしはここに居る。

 青い貴石が光り輝く。
 遠い海が波飛沫を上げた。時の止まったこの世界で。

 小さな水音と共に液体へとけるみっつの貴石いし
 それが目の前で、混ざり合い、ひとつになり。
 そして再びかたちをす。

 ――ひとつになる。


 同時に光が弾けた。世界に眩むほどの激しさで。
 目を開けていられない。立っているのもやっと。

 そして次第にひいていく光の果て。
 そこにはひとりの少女が居た。

 目を瞬かせながら思わず凝視する。
 突然現れた、その存在。
 同じ制服を着ていることからも、自分と同じ年くらいだろうか。
 相手も状況を理解できていないような、驚きに目を丸くしたままの顔であたしを見つめている。
 あたしも残った剣を抱きながら、石のように見つめ合う。

 そんなわけはないと思っていて、だけどそれ以外にはありえないとも思う、矛盾する心。
 何故だか涙が溢れていた。瞬きもできずに。

 先にその名前を呼んだのは、リズさんだった。

『――…マナ……!』
「……リリ…?」
『…ッ、ほんとうに、アンタは…!』

 泣き崩れるようにリズさんが、マナと呼んだ少女に抱きついた。
 その姿はリズさんもまた、少女そのもの。
 永くを生きたはずの神さまでさえも、声を上げて泣くことがあるのだ。

「リリ、なんでそんなボロボロなの? ベリルは…? リオは? いったい、どうなって――」
『…アンタ、全部知る前の思念を、貴石いしに残していったんだね…』

 やはり全く状況を掴みきれていないその様子に、呆れた顔を向けたリズさんが脱力する。
 それから動けずにいるあたしを見とめたリズさんが、視線を促した。
 マナと呼ばれたその少女が、あたしを再び見つめる。
 まっすぐと、揺るぎのないその瞳。
 そこに情けない顔をしたあたしが映っていた。

『……アンタの、むすめだよ』
「……え…」
『…遠い、未来から…アンタがここに、導いたんだ。助けてやりな』
「…あたしの…?」

 リズさんに背中を押されて、あたしと向き合う。

 ――お母さん。

 まさかこんなかたちで再会するなんて夢にも思わなくて、言葉が出てこない。
 その再会が、自分と同じ年頃で、そしておそらく“あたし”を知らない、状況だなんて。

「…そう…あたしの。あたし、子ども産めたんだ。てっきり生む前に死んじゃうと思ってた」

 無邪気にそう言って、まじまじとあたしを頭から爪先まで無遠慮な視線が舐め回す。
 お母さんというより本当にまだ少女そのもの。
 あたしの中に居るお母さんと、まるで違うその様子。

「良かった、ちゃんと。守りきれていたのね、あたし。それだけで十分。きっとあたし、倖せな人生だったわ」

 そう言って笑い、背伸びしてそっとあたしの頭を撫でたその仕草。
 覚えるあるその手の感触も、声音も。
 どこか違うのに、だけど紛れもなくどこかが、お母さんだと感じる。

 子どものように泣き出したあたしに、知らないはずなのに、まるですべてを知っているかのように目を細めて。
 それからあたしを抱き締めた。華奢なその身体で力いっぱいに。

「“そこ”に、あたしはもう居ないのね。そしてあなたを…きっとたくさん傷つけたのね。だけどここに、来てくれたのね」

 …どうして。
 何も、言っていないのに。
 言えないのに。

「あなたのおかげで、あたしの一番大切なものだけは、大切なひとに届けられた。約束を守れた。ありがとうね、真魚まお
「……!」
「あたしの心を、守ってくれて…届けてくれて。ありがとう。きっとあなたのことは、あたしが守るから。いつかのあたしが、あなたに出逢うまで」

 お母さん、とは。
 やっぱり呼べなかった。
 目の前のひとのことを、どうしても。

 だけど紛れもなくこの人は、あたしのお母さんなのだ。
 どれだけ遠い場所に居ても、どんなかたちでも。

 そうしてあたしに、繋いでいるのだ。
 その命を。

 その想いが今のこのあたしだ。

「どれだけのことを、あなたにしてあげれたかは分からないけど…あなたが助けを求めているなら、最後くらいお母さんらしいこと、しなくちゃね」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

魔力ゼロの英雄の娘と魔族の秘密

藤原遊
ファンタジー
魔法が支配する世界で、魔力を持たない少女アリア・マーウェラ。彼女は、かつて街を守るために命を落とした英雄的冒険者の両親を持ちながら、その体質ゆえに魔法を使えず、魔道具すら扱えない。しかし、彼女は圧倒的な身体能力と戦闘センスを武器に、ギルドでソロ冒険者として活動していた。街の人々やギルド仲間からは「英雄の娘」として大切にされつつも、「魔力を捨てて進化した次世代型脳筋剣士」と妙な評価を受けている。 そんなある日、アリアは山中で倒れていた謎の魔法使いイアンを助ける。彼は並外れた魔法の才能を持ちながら、孤独な影を背負っていた。やがて二人は冒険の中で信頼を深め、街を脅かす魔王復活を阻止するため、「カギ」を探す旅に出る。 しかしイアンには秘密があった。彼は魔族と人間の混血であり、魔王軍四天王の血を引いていたのだ。その事実が明らかになったとき、アリアは「どんな過去があっても、イアンはイアンだよ」と笑顔で受け入れる。 過去に囚われたイアンと、前を向いて進むアリア。二人の絆が、世界を揺るがす冒険の行方を決める――。シリアスとギャグが織り交ざる、剣と魔法の冒険譚!

断罪後のモブ令息、誰にも気づかれずに出奔する

まる
ファンタジー
断罪後のモブ令息が誰にも気づかれないよう出奔して幸せを探す話

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

【完結】魔法大戦 〜失われた古代魔法で無双する!〜

加瀬 一葉
ファンタジー
 王立魔法学校。高等部に編入してきた冴えない生徒ラフィト。エリートが集うこの学校で、辺境出身のラフィトは落ちこぼれの劣等生なのだが……。  実は彼は、失われたはずの古代魔法を操る一族の末裔。魔族の脅威が増す時代に、ラフィトは人類を救うことができるのか?  過去と現在が交錯する、魔法ファンタジー。

処理中です...