75 / 119
第13章 失われるもの
4
しおりを挟む――真魚。
元気ですか。ごはんはちゃんと食べてますか。
学校はどうですか。勉強はサボっていませんか。お友達とちゃんと遊んでますか。
アルバイトはほどほどに、体が一番大事です。何かあったらいつでも頼ってください。
もうすぐ夏休みですね。
いつ頃帰ってきますか?
旅行の計画も、みんな楽しみにしてます。
おかあさんのお墓参りもあります。
おとうさんの礼服って、クリーニング出したっけ?
旅行用のカバンをどこにしまったのかも、訊かないといけません。
いつ頃帰ってこれるか、連絡ください。
その時真魚に、渡したいものがあります。
なるべくはやく、帰っておいで。
待っているよ、みんな。
―――――――…
メールの画面を開いて、閉じて。もう一度だけ開いて。
一度読んだきりだったそれを改めて読み返す。
お父さんからのメール。
シェルスフィアに再びくる前に受信して、それきりだった。
今読んだことを少しだけ後悔する。
他にも何件かメールと電話がきていたけれど、それは流石に確認できなかった。
確認せずともその大半はおそらく七瀬だと予想がついた。
ポケットに入れっぱなしだった携帯電話は、防水機能も完備しているから水に濡れることの多いこの世界でも見事に無事で、多少充電は減っているものの、まだなおふたつの世界を繋いでいた。
電源を切ろうか迷って、やめて、またポケットにしまう。
久しぶりに機能を果たし僅かに熱をもったそれに、胸が疼くのを感じた。
作業の合間の休憩中。
刺青としていれる、簡単で分かり易いマークは何かないかと検索しようと思い立ったのがきっかけだった。
結局見つからず、重たい気持ちだけが胸に溜まった。
「マオ、今日の分は次で最後だ。今仕事中の奴らは明日はやくにまとめてやる」
「わかった。ジャスパーは?」
「あいつもまだ仕事中だ。…おまえが平気なら、空いてる時間にでもやってやって構わない」
用意した顔料での、呪の刺青。
船員全員分の刺青を、あたしが施すことになった。
といっても定常通りの全身にいれていたら時間が足りないので、一番大事な部分、心臓の上にのみ。
レピドが率先して指揮をとり、各自仕事の合間、手隙の船員から順番に呼び出し、レイズに手習いながら青を入れていく。
いざ模様を描くとなった時、普段みんながいれている複雑な模様は無理だと言ったら、紋様はおまえが決めろとレイズが言い出した。
急だったので戸惑い、複雑なものを船員全員に描く時間も気力もない。良い案もみつからなかった。
こういうのは、ようは気持ちだと自分に言い聞かせて、至ってシンプルなそれを気持ちを込めて心臓に描く。
それを見た時の、なんだこれ、と怪訝そうなレイズ達の顔。この世界にこのマークはないのかとカルチャーショック。
描いたのはハートマーク。
なんと説明していいか分からず、「あなたが大事です、のマークだよ。あたしの世界での」とだけ答えてあとは濁した。
流石に愛のシンボルだとは言えなかった。解釈は人それぞれ多様なのだ、こだわる必要はない。
これなら間違えることもないし簡単だしわかりやすい。あくまであたしにとってだけど。
屈強な海の男たちに不釣り合いかと思ったけれど、元や周りの紋様と馴染むように多少形は変えたりして、だけど等しく同じ場所に、同じ色の祈りを描き込んでいく。
幸いみんな意外と気に入ってくれた。この世界にはない特別なそれは、まるでマーキングみたいだなと冗談混じりに。
描いている間、短いながらひとりひとりと会話をして、航海の無事を心から祈る。
あっという間に日が傾き、最後のひとりを終える頃には空は藍色に染まっていた。
紋様を簡単にしたお陰か思ったよりも作業はスムーズに進み、大方の船員達の刺青はいれ終えた。
レピド曰く、残り5人。明日朝いちで作業することになった。
そのメンバーにはジャスパーもはいっていて、だけどレイズは分かり易く、特別待遇。
時間外だけど、会えたら刺青をいれてやってくれと言っているのだ。勿論そのつもりだったけど、その物言いはレイズらしくて笑ってしまう。
それでもレイズは、本当は真っ先にジャスパーに加護を持たせたかったに違いない。
それでも職権乱用しないのがレイズの生真面目なところなのだろう。
クオンとイリヤが担当した貴石のブレスレットは、全員に配り終えたと聞いたところだ。
「夕食を終えた後にでも、声かけてみる」
作業場として選んだのは、船長室。思えばいつの間にか一番馴染んだ場所になっていた。
レイズのベッドの上に腰掛けてそう答えたあたしの頭を、隣りに座っていたレイズがくしゃりと撫でる。船長の顔を、少しだけ外して。
「疲れたろ、休んでろ。ジャスパーに言ってここに夕食を運ばせる」
換気の為に窓もドアも開いているけれど、顔料の匂いが部屋いっぱいに充満している。
少しだけその匂いと、作業疲れに酔ったのか、確かに体は疲労を訴えていた。
終わりの合図に、どっと力が抜けていく。
その様子を見てとったレイズが、撫でていた手に力を込めて、自分の方へと強くひく。
抵抗する術もなく倒れ込む。レイズの腕の中。というより膝の上。
「…ごめん、ねむい…」
「寝てろ。起こしてやる」
珍しく静かな声音のレイズの声が、降ってくる。今度はやさしく、添えられる手の平。
横になった途端に限界がきた。
意識がもたない。声が、音が、遠ざかる。
沈んでいく意識の片隅で、スカートのポケットの中の携帯電話が小さく振動した。
メールだろうか。誰からだろう。
お父さんからのメール。返事はまだ、返せない。
渡したいものってなんだろう。
たったその一言で、期待する自分が居る。
ねぇ、お父さん。
帰れないって言ったら、どうする?
怒られるかな。あっさり許されるかな。
どっちもこわい。
だけど一番こわいのは、かなしいのは。
会いには来てくれないこと。
迎えには来てくれないこと。
もし、あたしが居なくなっても――
哀しんでくれなかったら。
泣いてなんてくれなかったら――
そんなバカなことばかり考えてる。
だから会いに行けなかった。
たぶん世界の距離なんか、関係なくて。
自分の家なのに、一番遠くて遠くて、近寄りがたい場所。
それでも。
会いたいと、久しぶりにそう思った。
お父さんと、お母さんに。
0
お気に入りに追加
36
あなたにおすすめの小説
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
【完結】烏公爵の後妻〜旦那様は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜
七瀬菜々
恋愛
------ウィンターソン公爵の元に嫁ぎなさい。
ある日突然、兄がそう言った。
魔力がなく魔術師にもなれなければ、女というだけで父と同じ医者にもなれないシャロンは『自分にできることは家のためになる結婚をすること』と、日々婚活を頑張っていた。
しかし、表情を作ることが苦手な彼女の婚活はそううまくいくはずも無く…。
そろそろ諦めて修道院にで入ろうかと思っていた矢先、突然にウィンターソン公爵との縁談が持ち上がる。
ウィンターソン公爵といえば、亡き妻エミリアのことが忘れられず、5年間ずっと喪に服したままで有名な男だ。
前妻を今でも愛している公爵は、シャロンに対して予め『自分に愛されないことを受け入れろ』という誓約書を書かせるほどに徹底していた。
これはそんなウィンターソン公爵の後妻シャロンの愛されないはずの結婚の物語である。
※基本的にちょっと残念な夫婦のお話です
私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】
小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。
他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。
それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。
友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。
レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。
そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。
レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】
迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。
ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。
自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。
「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」
「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」
※表現には実際と違う場合があります。
そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。
私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。
※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。
※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。
【R18】騎士たちの監視対象になりました
ぴぃ
恋愛
異世界トリップしたヒロインが騎士や執事や貴族に愛されるお話。
*R18は告知無しです。
*複数プレイ有り。
*逆ハー
*倫理感緩めです。
*作者の都合の良いように作っています。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる