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幕間
幕間-前世の記憶①
しおりを挟む――夢のなか。
手を伸ばしてももう二度と触れられないかつての日常と、わたしの宝物がそこにはあった。
けれども殆ど無意識に手を伸ばしてしまう。
そこにあるはずの何かを、掴みたくて。
◇◆◇
「――――やばい、尊い、泣ける……!」
BGMと共にデスクトップいっぱいに映し出されるのは、今しがた攻略を終えたばかりのキャラのエンディングスチル。もちろんハッピーエンドだ。
幸せそうなその画に涙が止まらない。
なんて美麗なスチル。音楽。シナリオ。声。エンディング。
感極まりずっと抱えていたぬいぐるみが更に腕の中できつく押し潰される。
感情昂る時についそうしてしまうのは、いい大人になってもやめられないクセ。
この興奮を誰かに、何かに受け止めてもらわなければ、ひとりでは抱えきれないのだ。
物心ついた時から苦楽を共にしてきた白い犬のぬいぐるみは、少々くたびれてはいるけれど今でも現役だ。
そして愛猫のライバルでもある。
クロが家にくるまでは眠る時に抱き締めていたぬいぐるみだけれど、いつからかすっかりその役目はクロに取って代わられていた。
基本ツンデレなクロだけれど、気侭にわたしのシュミにも付き合ってくれる。
いつものようゲームの内容に一喜一憂して泣くわたしに、クロが擦り寄って頬を舐めてくれた。
その舌の感触と愛猫の優しさに更に涙が溢れてくる。
思わず抱きしめようとするもするりと逃げられた。
いつものことなので気にしない。
そんな時はシロ(ぬいぐるみ)を抱き締まるのだ。思う存分に。
今日もわたしの世界は平和だった。
「あ~~でもこれでようやく、シオンのルート解放だぁ……!」
メインの三人を攻略し条件を満たすと解放される、魔王・シオンの攻略ルート。
これまでは完全に敵対していた魔王が、これでようやく攻略可能となるのだ。
いよいよ推しメインのストーリー。興奮せずにはいられない。
初回は攻略サイトは見ないと決めていた。もちろんネタバレもこの時まで極力回避。
はやる気持ちをおさえつつも、心身共にコンディションを万全に整えてから臨まなければ。
休憩がてら立ち上がり、両腕と背筋を呻きながら伸ばす。首を回せばコキコキと小さく鳴った。
それから部屋に備え付けのミニ冷蔵庫の扉を開ける。
「思えば“フェリーチェ”の存在理由がイマイチ分からなかったけど……魔王ルートの為の布石だったのかぁ」
“悪役令嬢フェリーチェ”は、攻略対象のひとりでありメインヒーローでもある、ベリル王子の元婚約者だ。王子の婚約者に選ばれるだけの身分と美貌と資格を兼ね備えている。
けれど物語への干渉は予想していたよりはるかに少ない。
ヒロインがキャラたちとの親交を深める妨害行為は文字で描かれるていどのもので、物語上の影響はほとんどなく重要な役どころには思えなかった。
序盤でヒロインへの宣戦布告をして以来は、中盤の攻略妨害失敗からの婚約破棄、それから終盤の各キャラエンディングに付随して断罪される様子が描かれる。
だけどメインの三人を攻略してみたようやく理解した。
終盤のフェリーチェの反逆行為は実はメインシナリオと魔王ルートへの布石で、フェリーチェを介さないと魔王攻略の情報が揃わないのだ。
それぞれのルートから得た情報をもとに、魔王攻略は展開される。
登場回数の少なさの割にキャラクター設定やビジュアルがしっかり描かれていて不思議だったのだけれど、終盤に来てその重要度が増していくシナリオのようだ。
「出番は少ないけどメインキャラのどのルートにも必ず出てくるから、なんだかんだ名前も覚えたしね」
はじめは言い慣れなかったその名前も、馴染んでくると今度は別のものを想起させた。
冷蔵庫から冷えた水と作り置きしていたデザートを取り出し、スプーンをくわえて再びパソコンの前に戻る。
牛乳だけで量産できる上に美味しいし腹持ちも良いしコスパ最強な夜のおやつだ。
「でも、この子どのルートでも死んじゃうんだよね……」
物語には魔王討伐を邪魔し、ひいては王国へと仇なす反逆者がいる。
フェリーチェはその者にいいように利用され、魔王城の在る異界へと通じる扉の媒介とされるのだ。いわば餌であり生贄。
最後は消息不明となり死んだ扱いになるか、あるいは魔王に敵意を向けられて死ぬ。
なかなかに悲惨な役どころだ。若干同情してしまうほど。
「この子が生き残るルートはないのかなぁ……」
器の中のデザートをひとすくいし、ぱくりと口に含む。
程よい甘さとミルクの優しさが滲みた。味は王道のイチゴ味。
メインヒーロー三人の中でも、おそらく王道ルートは第二王子であるベリルとのエンディングだろう。
権力争いに巻き込まれながらも、王子としての務めを果たすべく最後は自ら危険を冒してまで魔王討伐隊の指揮をとる。もちろん最前線で。
そんな彼を支え、照らし、導く光の聖女であるヒロインとのシナリオは正直一番凝ってた。スチルも気合がはいってた。
そんなベリル王子を筆頭にメインルートは「打倒・魔王」が主目的となるので、つまりはラストで魔王が死ぬ。
推しが死んでハッピーエンドというのにはなかなかに精神が鍛えられた。
魔王ルートを把握していたからこそ耐えられたしプレイ中はそこそこ攻略中のキャラに没頭できたけれど、推しの死という単語がもうやばい。
ふるりと不吉を振り払い、改めて気合を入れて画面に向き直った。
「大丈夫今からわたしが救うから! 待っててシオン……!!」
まずは物語を再スタートをきるべくホーム画面へと戻る。
トップ画面に表示されていたイラストが変わっていて思わず食い入るように見つめてしまった。
ヒロインとメインヒーロー達だけだったのに、魔王とサブヒーローたちが加わっている。突然の供給に感動して胸を押えた。凝っている。やばい。
それからふとあるキャラの変化に目に目を瞠った。
「……あれ、このキャラ……」
それは物語の序盤に登場し、ヒロインや王子に“予言”を与えるキャラ。それきり表舞台にはほとんど出て来ない。
サブキャラなのは知っていたけれど、ルート解放後の様子が違って見える。
ルートが解放され攻略キャラに仲間入りしたのだから、別にそこまでの違和感はないのだけれど……
「後半だと意外と重要な役どころだったりするのかな? どれどれ攻略ウィキは――」
推し(シオン)至上主義なので、その他のキャラの情報に関しては貞操が緩い。
サブキャラのルートはメインキャラと比べてシナリオもボリュームも軽い(おまけ要素が強い為)ので、ネタバレというほどの情報量も無く事前に知っていた方が効率良く進めやすいだろうと判断した。
信頼の攻略サイトへアクセスし、シオンルートの攻略だけは最新の注意をはらって回避する。
攻略対象の項目から目当てのキャラを選び、詳細に目を通すと――
「え……」
文字の情報を追う目が、画面をスクロールする手が途中で止まる。
“彼”に関する情報は予想通りそう多くはない。
けれど。
「……ええぇ……?!」
◇◆◇
夢の中で叫んで、がばりと勢いよく起きたそこは
見慣れた“フェリーチェ”の部屋だった。
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