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第2章 眠れない騎士アランの憂鬱
6.アラン・ルーベルトのこと_②
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そうして気付いた時には、フェリーチェは王立騎士養成学校の寮の、彼の部屋に居た。
二人部屋らしいけれど今現在相方はおらず、ひとりで使っているという。
なんとなく見えない力を感じるし、おそらく本人も分かっているのだろう。
一階の角部屋。裏庭に出る外用扉のすぐ脇の部屋。しかも隣りは空き部屋。
女を連れ込むにはもってこいの環境だった。
「あっさりついて来ちゃって、良かったの?」
部屋に入ったものの扉の前でかたまるフェリーチェに、アランはおかしそうに声をかける。
あくまで優しく紳士的に、なのに「自ら望んでついてきた」という事実を突き付けられるような質問には何も返せない。
アランは制服の上着を脱いで慣れたように椅子にかけ、腰元に下げていた剣をベッドの脇に置く。
その時初めてフェリーチェはアランの帯刀に気付いた。おそらくずっと身に付けていたはずなのに。
そもそも見習いの時点での帯刀は許可されていない。おそらくアランが例外なのだろう。
それからぎしりと音をたてて、アランはベッドの淵に腰掛けた。扉の前に立つフェリーチェを真っ向から見つめたまま。
「もしかして緊張してる? 意外だね、誘われるの嫌だった?」
そういうわけではない。結果的には有難い。
強張る表情をどうにかしようとするけれどどうにもできず、せめて見られないように必死に顔を逸らしているだけ。
「誘ってほしそうに、見えたけど」
その通りだ。でも否定したい気持ちを否めない。
アランはフェリーチェの噂もおそらく知っているのだろう。
婚約者がいながら他の男に手を出す貞操観念のゆるい令嬢。
そういう設定だ。分かっている。でも。
今のフェリーチェにとってはすべてが初めて。不安も躊躇いもあって然るべきなのだ。
けれどもそんな事は言えないし、表に出すわけにもいかない。
このイベントがどうしても必要なのだ。
スカートの裾をぎゅっと握りしめながら、自分を必死に叱咤激励しようやくアランに向き直る。
「……いいえ、寮というものは初めてで、興味をひかれいただけです。とても落ち着く部屋ですね」
「そっか、こういう部屋でするのは初めてかな。たまにはこういう趣向も良いと思うよ、思い出として」
暗にこれきりだと言外に含まれて内心ほっとした。相手もそのつもりであるという事実は有難い。
割り切った関係というのは大事だ。特に互いにはまだそれなりの肩書があるのだから。
怯える心を気取られないように、フェリーチェは笑う。
そんなフェリーチェを確認してから、アランは右手を差し出した。
一瞬の躊躇を置いて、フェリーチェは自分の手をアランのものに重ねる。覚悟と共に。
初めて触れる手の感触に、心のどこかで感慨に耽る自分が居た。
目覚めてから人に触れたのはこれが初めてだ。
ここには確かに相手が、そして自分が居る。
ようやくそれを自覚した。
ここはゲームの世界かもしれないけれど、今生きている自分は現実なのだと。
「……アラン様、お願いがあります」
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