上 下
12 / 28
第2章 眠れない騎士アランの憂鬱

6.アラン・ルーベルトのこと_②

しおりを挟む


 *


 そうして気付いた時には、フェリーチェは王立騎士養成学校の寮の、アランの部屋に居た。

 二人部屋らしいけれど今現在相方はおらず、ひとりで使っているという。
 なんとなく見えない力を感じるし、おそらく本人も分かっているのだろう。

 一階の角部屋。裏庭に出る外用扉のすぐ脇の部屋。しかも隣りは空き部屋。
 女を連れ込むにはもってこいの環境だった。

「あっさりついて来ちゃって、良かったの?」

 部屋に入ったものの扉の前でかたまるフェリーチェに、アランはおかしそうに声をかける。
 あくまで優しく紳士的に、なのに「自ら望んでついてきた」という事実を突き付けられるような質問には何も返せない。

 アランは制服の上着を脱いで慣れたように椅子にかけ、腰元に下げていた剣をベッドの脇に置く。
 その時初めてフェリーチェはアランの帯刀に気付いた。おそらくずっと身に付けていたはずなのに。
 そもそも見習いの時点での帯刀は許可されていない。おそらくアランが例外なのだろう。

 それからぎしりと音をたてて、アランはベッドの淵に腰掛けた。扉の前に立つフェリーチェを真っ向から見つめたまま。

「もしかして緊張してる? 意外だね、誘われるの嫌だった?」

 そういうわけではない。結果的には有難い。
 強張る表情をどうにかしようとするけれどどうにもできず、せめて見られないように必死に顔を逸らしているだけ。

「誘ってほしそうに、見えたけど」

 その通りだ。でも否定したい気持ちを否めない。

 アランはフェリーチェの噂もおそらく知っているのだろう。
 婚約者がいながら他の男に手を出す貞操観念のゆるい令嬢。
 そういう設定だ。分かっている。でも。

 今のフェリーチェにとってはすべてが初めて。不安も躊躇いもあって然るべきなのだ。
 けれどもそんな事は言えないし、表に出すわけにもいかない。

 このイベントがどうしても必要なのだ。
 スカートの裾をぎゅっと握りしめながら、自分を必死に叱咤激励しようやくアランに向き直る。

「……いいえ、寮というものは初めてで、興味をひかれいただけです。とても落ち着く部屋ですね」
「そっか、こういう部屋でするのは初めてかな。たまにはこういう趣向も良いと思うよ、思い出として」

 暗にこれきりだと言外に含まれて内心ほっとした。相手もそのつもりであるという事実は有難い。
 割り切った関係というのは大事だ。特に互いにはまだそれなりの肩書があるのだから。

 怯える心を気取られないように、フェリーチェは笑う。
 そんなフェリーチェを確認してから、アランは右手を差し出した。

 一瞬の躊躇を置いて、フェリーチェは自分の手をアランのものに重ねる。覚悟と共に。

 初めて触れる手の感触に、心のどこかで感慨に耽る自分が居た。

 目覚めてから人に触れたのはこれが初めてだ。
 ここには確かに相手が、そして自分が居る。
 ようやくそれを自覚した。

 ここはゲームの世界かもしれないけれど、今生きている自分は現実なのだと。

「……アラン様、お願いがあります」


しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

神さま…幸せになりたい…

恋愛 / 完結 24h.ポイント:213pt お気に入り:152

聖女の紋章 閑話集 ファリカの冒険

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:42pt お気に入り:35

[完結]悪役令嬢に転生しました。冤罪からの断罪エンド?喜んで

恋愛 / 完結 24h.ポイント:276pt お気に入り:202

幼馴染を追って王都に出て来たけれど…うまく行きません

恋愛 / 完結 24h.ポイント:106pt お気に入り:1,736

ナタリーの騎士 ~婚約者の彼女が突然聖女の力に目覚めました~

恋愛 / 完結 24h.ポイント:355pt お気に入り:303

私たちの世界の神様探してるんですけど、どこにいるかご存知ですか?

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:0

星空に導かれて~仲間を連れてほのぼの暮らします

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:272

処理中です...