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第一章
夜明けまではまだ遠い
しおりを挟む下着の中で、濡れている。ノヴァも、わたしもだ。
漏らす吐息と触れ合う部分だけがひたすらに熱い。手の中で脈打つ熱のかたまりに、湿度と粘度を絡ませて、導かれるままに手を動かす。それに合わせてベッドが揺れる。僅かな距離を保ったまま、体がぶつかってまた離れて。
動く度に目の前のノヴァは苦痛に顔を歪めて額に汗を浮かべた。余計につらそうで申し訳なくなる。
「…体、平気…?」
「…平気では、ありません…」
「ごめん、へたで…」
「ちがいます、そういう意味では…」
「やっぱり、口で」
「や、やめてください、そんなことしたら…!」
わたしの言葉にびくんとノヴァの体が反応した、その直後。
手の中でノヴァのものが熱と質量を増し、そして目の前でノヴァがかたく目を瞑り喉を震わせた。
どうしていいか分からず、ただ手の中で吐き出されたそれを受け止める。
荒い息を吐くノヴァは、脱力してわたしの肩に頭を預けた。顔を見られたくないのだろう、隠すように。どくどくと脈打つその赤い首筋が、恥ずかしさに染まるその耳が。かわいいと思えた。口には出さないけれど。
さらさらと、ノヴァの蜂蜜色の髪が自分の首筋で流れる。そして汗ばんだ肌にはりつく。たったそれだけなのに、わたしの体が律儀に反応する。
今ならちょっとだけ、いやだと言ったノヴァの気持ちが分かる気がした。自分の意思とは別に促される発情は、確かにちょっと居心地悪く気持ちが追い付かない。
「…セレナ…手を、…」
おさまりきらない呼吸で掠れるように言うノヴァは、どこかまだ情欲に溺れたままで色っぽい。頷きだけでそれに答え、なんとなくその横顔にキスをした。ノヴァが驚きで目を丸くする。
自分が誰かとこんなことをするとは、夢にも思わなかったなぁ。それどころかまともな恋愛も、人と関わることもできないまま。終わってゆくのだと思っていた。
未成熟で痛みもまだ残るけれど、それなりに体は正直だ。ノヴァの欲情に感化されるように、思考がぐずぐずに溶かされていくのがわかる。
クスリ、ちょっと厄介だったかも。次はもうやめておこう。
ノヴァに促されて、握っていたままだった手をようやく解き、下着のなからひきぬく。わざと、ノヴァ自身のそれも一緒に。突然外気に晒された刺激に、またノヴァが小さく息を漏らして体を揺らした。
気付かないふりをして体勢を起こし、自分の両手をじっと見つめる。そんなわたしの様子にノヴァは不審そうに気恥ずかしそうに身じろぎした。晒され続けている自身のそれを、しまいたいのだけれどしまえないのだろう。わたしとの距離が近すぎて。
それからわざと、見せつけるように。指先に絡むノヴァの放った精を、自分の口の中にいれた。そして喉を鳴らして飲みこむ。
わたしのその行動に、目の前の光景に。ノヴァが目を見開き顔を赤くして叫んだ。
「なにを…!」
「…みて、ノヴァ」
わたしは自分の胸元を開きながら、いたって平静を装いノヴァの視線を促す。ノヴァは若干狼狽えながも、黙ってわたしの言葉に従い暗闇に目を凝らした。
わたしのお腹が、一瞬だけ淡い光を放ち。そしてそこに浮かびあがる、赤い痕。
――ノヴァの、呪いだ。
「…!」
「ノヴァ、体は…? 何か感じる? 変わったカンジとか」
「い、いえ…呪いによってもたらされる痛みは、夜にはほとんど治まりますので、今は、なんとも…」
言いながらノヴァも自身の肌を確認する。確かにまだノヴァ自身の体にも呪いの痣は蠢いている。相変わらず赤く散ったまま。
だけどそれと同じものが、わたしの体にもできた。
――移ったのだ。ノヴァの身に宿っていた呪いの一部が。
これが、本当にノヴァの身から移ってきたものなのか、もしくは精を通して拡大したものなのかはまだ分からない。小さすぎて、少なすぎて。
夜伽と呼ぶには稚拙な前戯。だけど僅かでも効果は確認できた。
わたしの“身体”にはそれなりの効力がある。
ぜんぶあたしに移るまで、量を、回数を重ねれば。
ノヴァの呪いを解けるかもしれない。
「…じゃあ、明らかに目で見てとれるまで、やってみよう」
「……っ」
ノヴァの返事を待つ気はなかった。
これまでの情報と確信と予感。良いことも悪いことも、今は全部思考の外、暗闇にでも追いやって考えないようにして。
晒されたままだったノヴァのものを再び手にとり、そして躊躇なく口をつけた。
ノヴァが声にならない悲鳴を上げてわたしの頭を思わず掴む。だけどわたしが唾液を絡ませるほうがはやい。びくびくと、目の前で腰が小さく揺れる。
わたしのたどたどしい愛撫に律儀にノヴァは反応し、口の中で膨れ上がるそれ。
ああ、やっぱり。
苦味と独特の味わいに、ぽつぽつと混じる甘い毒。
ノヴァの自身に絡みつく呪いの痣が赤い色で埋め尽くされ、はちきれそうなくらいに涎を垂らしている。
それともこれは、わたしのか。もうどっちのものか分からない。どっちでも良い。
あまさず舐めとって腹に落とすと腰が痺れた。痛いくらいに。身体の痛みなんてもう感じないほどに。
だめ、もう、がまんできない。
その先も知らないくせに何故か快楽だけは知る体は、無意識に自分の腰を揺らしていた。それに気付いたノヴァが、刺激に怯えながらもわたしの身体に手を伸ばす。
びくりと、触れられた肌が。ノヴァの温度に歓喜する。
突然のその刺激に思わず歯を立ててしまい、ノヴァが痛みで顔をしかめた。いったん口から出して、ごめんねの代わりに舌先でなぞる。
その様子を見ながらノヴァが、何かを吐き出すように息を零すのが分かった。いつの間にかその呼吸は落ち着いたものになっていて。欲情を手なずけた顔がわたしを見据える。
「…ごめん、セレナ」
掠れる声でそう呟いて。何を、と訊く前に、腕をとられて強くひかれて、そして組み敷かれていた。ベッドがぎしりと大きく鳴る。暗闇でもどこか光を宿すその瞳が、まっすぐわたしを見下ろしていた。
「ノヴァ、わたしやめる気は」
「わかってます、ぼくももう…やめる気はありません」
「じゃあ、離してよ」
頭の上で両腕を掴まれて、自由を奪われる。これじゃあ続きができない。
不満顔のわたしにノヴァは少しだけ余裕の笑みを見せた。
リードされるのがイヤだったのかなとか、そんなことを思っていたら。
ノヴァのもう片方の手が中途半端に開いたままだったわたしの服を、指先ですべて取り払う。
咄嗟に隠そうとするも、ノヴァの拘束は解けない。まだ僅かに残る理性が羞恥心をひきつれてくる。
「…ああ…本当ですね」
その視線が、わたしの肌の何かを認めて少しだけ表情を緩める。何を見つけたのかは次のノヴァの行動でいやでも分かった。
「本当に、これは…触れて欲しいところを、教えてくれるんですね」
言って、身を屈め。そしてノヴァがわたしの胸元に顔を埋める。それから赤い舌先が、胸の頂きをがぶりと噛んだ。
「…! い、いたい、ノヴァ!」
「すいません、加減をまちがえました」
心にもないような謝罪をして、それから今度は口に含む。
きっとさっきの仕返しだ。ノヴァのものに歯をたててしまった時の。そうとしか思えない。わざとじゃないのに。
それから咥内で何度も何度も。先端を舐め回してきつく吸って、時々甘噛みをして。その度にわたしの腰が痺れてお腹の奥が熱くなる。熱さを通り越して痛いくらいに。あまりの刺激に頭がくらくらした。
それからようやくノヴァの手が、わたしの閉じていた脚を割って、内腿をすべる。ゆっくりと、だけど確かめるように。熱の痕を残しながら、ノヴァの指が辿り着く。
「…ノヴァ、わたし、暴れたりしないから…手、ほどいて」
「…駄目です」
言われて思わず泣きそうになる。
どうして、これじゃあ。
むりやりやられているみたいでなんだか嫌だ。
そしてなんの予告も声かけもなく。ぴたりと宛がわれたその指先。
思わず背中が撥ねる。ノヴァ、と。呼ぶ前にもう蠢く指先。
くちゅりと濡れた音がして、ノヴァの指先を濡らす感触。その事実に体中を熱が駆けあがる。
「っ、あ…!」
「息、止めないほうが良いですよ」
「ノヴァ、手、やだ…!」
「だめです」
ぐぷりと、さらに奥へと推し進められる指先。下腹部で増す異物感。
だけど想像していたよりも痛みはない。といってもまだ指だけなのだけれど。
浅く息を吐く呼吸を促すように、ノヴァがわたしの喉元に唇を寄せる。
ふとノヴァの視線が何かに気付き、顔を上げて何かを辿る。そして涙目のわたしの目の前までやってくる。
僅かに息を乱すノヴァと視線を合わせる。なんだか今さら、恥ずかしくなってくる。
月明かりに浮かぶその輪郭。今さらながらノヴァはとても綺麗だ。
「…セレナ、口を…」
「え…?」
「口、開けてください」
有無を言わせない口ぶりに、大人しく従って口を開いた。
いったい何。急になんで。
頭の中で文句を言って、ぎゅっと瞑った目の端から零れる涙。
触れたのは、甘い舌先。
油断していたわたしの舌を、ノヴァのそれが容赦なく食べるように。
「…っ」
びり、と。電流が走るように。身体を駆け巡る刺激。ノヴァの指をも締め付ける。
ノヴァが何に触れたのか。それはきっとあの赤い痕。あたしへと移った、ノヴァの呪い。目の前のノヴァもどこか苦しそうに顔を歪めた。
――不思議だ。呪いといいながらそれを共有して、快楽へと委ね合って。そうして後に残るものは一体なんなんだろう。
ぐい、と脚が持ち上げられて、ノヴァの身体が自分へと覆いかぶさってくる。
もう上手く頭はまわっていない。だけどいつの間にか腕の拘束は解かれていて、自由になった腕はノヴァの首にまわっていた。
ノヴァの吐息が、汗が。わたしにの身体に降ってくる。それが不思議と心地良かった。
「…ノヴァ」
かたく目を瞑ったまま。その首に抱きついて名前を呼ぶ。
ノヴァは浅い呼吸を繰り返しながら、抱きしめ返してくれた。重ねた肌に熱がかさむ。
くるしい。ノヴァの指先で身体中、もう痛いところなんてないはずなのに。
泣かないと思っていたのに、これぐらい平気だと思っていたのに。
それでもやっぱり、涙は流れた。
僅かに体を離したノヴァが、合図の代わりにキスをして、宛がっていた腰を推し進める。
「……っぁ…!」
「…、セ、」
瞼の奥で。赤い火花が散るように破裂して、一瞬意識をもっていかれる。
抱きついたノヴァの身体も、ぶるぶると小刻みに震えていた。
それをぎゅうっと抱き締めて。それが最初で最後の、一番鮮明な記憶だった。
たぶんお互いもう正気じゃなかった。後はただ求めるままだった。
ノヴァの腰の動きに合わせるように、わたしもそれを悦んで受け入れて。動きに合わせて互いの唇がぶつかり合って、合間に舌を絡め合った。
自分の内へと何かがやってくる。快楽と共に。
いつの間にか、きっと。
触れるだけで喘いでいたのはわたしだけだったと思う。
泣いていたのも多分きっと。
これはきっと愛でも恋でもないだろう。
それでもノヴァの身体から、その呪いがすべて消えることはなかった。
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