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第一章
触れたらもう戻れない
しおりを挟む恥ずかしさを隠すようにか、ノヴァの片手が自分の顔を覆い、荒い息を肩で吐く。
握ったままだったノヴァの手の人差し指。どちらともそれを、離さない。
その先でも主張する赤。それをぺろりと舐めてみる。
途端にびくんと大げなさほど、ノヴァが体を大きく揺らした。
覆った指の隙間からじろりと睨まれる。少しだけ潤んだ瞳で。
「ごめん」と心にもない謝罪をして、だけど舌は指先に絡んだまま。
なんとなく、離せなかったのは。甘い気がしたのだ。ノヴァの震える指先が。
「もう、充分…わかっているんでしょう。ソレ、は…いやでも貴女に反応する。貴女を求めて…貴女が、欲しいと。ぼくの内側で暴れまわる。ぼくの意思などお構いなく」
「ほんとうに、これ自身が意思をもってるみたい」
「セレナ、いったん離れてください。状況を…整理しましょう、じゃないと」
「待って、もうちょっとだけ。なんだか甘い、気がするの」
「…っ」
調査のため。言外にそう含んでノヴァの制止を押さえつける。
真面目なノヴァはそれだけでまた、自分の任務の為にわたしに再び嬲られるのに耐えなければいけなくなった。
わざとじゃない。必死に耐えるノヴァは確かにかわいくて萌えるとかちょっぴり思ったけれど、本当に気にかかったのだ。甘い、味が。
「味があるって、知ってた?」
「…いえ、流石にそれは…試みもしません、でした…」
「…きっと、わたしにだけ、なんだね」
怪しい赤に魅せられて、甘い蜜で吸い寄せられたみたい。
まんまとはまってしまったのは、どちらなのか。
舌先がぴりぴりと痺れる。ノヴァは必死に息を押し込めたまま。
決して自分からはわたしに触れようとはしない。
無理やり与えられる欲望に必死に抗いながら、むしろ腰をひいている。
当たり前か。この状況ではわたし自身が毒みたいなものだ。
「…まるで生存戦略みたい」
「…え…?」
どうしてわたしだったのか。その答えはいくら考えても分からない。
なのにノヴァの苦痛を和らげるにはどうしたら良いか、わたしは本能的に知っている。
ノヴァ自身からそれは、きっと求めはしないだろう。
最初から分かっていた。
だからわたしも利用するだけ。
「とりあえず、なんとなくだけど理解した」
言ってようやくノヴァの指先から離れる。
わたしの言葉にわかりやすくノヴァは安堵の息を漏らし、深く長く息を吐いた。
その吐息がわたしの前髪をやさしく揺らす。
油断したノヴァのその隙をつくように、わたしは身を乗り出して空いていた隙間を埋めるように距離を詰める。
ぎょっとするノヴァに構わずに、ノヴァの下腹部に手をかけた。
「セレナ!」
「ここまできたら引き返せないし、ノヴァもつらいでしょ。それにわたしも、ちゃんと知りたい」
わたしの行動に驚きで制止が遅れたのをいいことに、服の隙間からノヴァ自身へと直接触れた。
突然のその刺激にノヴァの体が大きく揺れ、声にならない悲鳴を上げて体を曲げる。
追いついたノヴァの手が布越しにわたしの行動を制止する。それからふるふると頭を振った。やめてくれと懇願するように。
だけど手は離さない。いやだと言っているのがわかっていても。
「お願い、ノヴァ。わたしも、その、初めてで…分からないことのほうが多いし、でもこれ以上ノヴァにだけ辛い思いをさせたくない。教えて、どうしたら良いか」
「…セレ、ナ…」
「とりあえず、舐めて良い?」
「…っ、セレナ…!」
「だってたぶん、それが一番効果あるんだよ」
わたしの言動にノヴァが肩を落としながら荒い呼吸をなんとか整えるのを、今度はわたしも大人しく待つ。
無理強いしたいわけじゃない。だけど寄り道している余裕もない。
ひとつずつふたりで、乗り越えていくしかないのだ。
わたしは半分好奇心もあるのだけれど。
それにさっきから、ずっと。体が疼いている。
たぶんあのクスリのせい。もしくは甘い、毒のせい。
「…わかってます…本当はぼくが、セレナを手解きしなくてはいけないのに…その為の知識も、教えられているのに…」
「え、じゃあもしかしてノヴァは、初めてじゃないの?」
「いえその、はじめて、ですけど…そういう話ではなくてですね、女性である貴女にこれ以上の負担を強いるのはどうかと」
「…わたし別に、負担じゃないよ」
ノヴァの見当違いな気遣いに、こんな時にこんな状態のまま、わたしは思わずくすりと笑った。
確かに女側のほうが負担はあるのかもしれない。
だけどお互い本心からの行為ではないことに変わりはないのに、わたしの心配ばかりして。
そっと、手のひらの中の熱をゆっくりと、撫でてみる。いとおしいと感じてしまったから。
ノヴァは小さく呻いてまたわたしを睨んだ。だけどちっともこわくない。
ノヴァが少しだけ体を起こして、体勢を直した。
すぐ目の前にノヴァの顔。吐き出す吐息を違いに呑んで。
いつの間にかその顔から眼鏡がなくなっていて、その綺麗な碧の瞳が良く見えた。そこに映る自分の顔も。
「…ぼくが、触れても…良いんですか」
「…いやじゃ、ないなら」
「…っ、いやと言ったのはセレナのことではなく、否応なく反応してしまうこの体のことで…!」
珍しく声を荒げるノヴァに、思わずまた小さく笑って。つられるようにノヴァも仕方なさそうに小さく笑った。笑うと小さな子どもみたいだ。いつも張りつめたような顔をしているから余計にそう見えるのかもしれない。
零した吐息が互いの唇を濡らす。
どちらからともなくお互いに、きっと同じことを考えていた。
そこには触れない方が良いと、解っていて。
だけどわたし達は瞼を閉じて、触れるだけのキスをした。
何故だか泣きそうになるのを必死に堪える。ノヴァがそんなわたしに気付いていたかは分からない。
それから重ねられたままだったノヴァの手に、ぐっと力が加わる。
それは先を導くように、行為の続きを促すものだった。
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