夜伽聖女と呪われた王子たち

藤原いつか

文字の大きさ
上 下
5 / 104
第一章

甘い毒に赤い痕

しおりを挟む


 そっとおろされたベッドの上。再びギシリと鳴るベッド。
 向かい合ったまま腰を下ろし、暗闇の中視線だけで互いを探る。
 天蓋つきのベッドで月明かりが阻まれて、目が慣れるまではもう少し。

 ふと何かの気配を感じた。目の前のノヴァのものではない。
 微かで、でも膨大な。異質で、でも繊細な。
 視線を向けると目の前に、いつの間にか寛げられたノヴァの胸元。
 そこに蠢く黒い痕。
 ――王子さまにかけられた、呪い。
 ノヴァの姿はまだはっきりと見えないのに、やけにその痣が、痕が。存在を主張しているように見えた。

 一度明かりの下で見たときは黒いものだと思った。そう見えた。
 だけど、違う。
 ――赤、だ。
 まるで血のように、もしくは散らされた花弁のように。
 不思議と、薄気味悪さや不気味さはもう感じなかった。
 それよりも綺麗だと、ぽつりと思う。

「…これ、暗闇だと色が変わるの…?」

 そっと落とした質問に、ノヴァがびくりと体を揺らして、それに合わせてベッドも小さく軋んだ。

「え、な、なんのこと、ですか…」
「この、呪い…? の、痣みたいなやつ」
「…いえ…色が変わったところは、見たことがありません。師である先生にも何度か診て頂いてますし、先生は他の王子たちの呪いによる変調も診察されてますが…色が変わるだなんて聞いたことはありません」

 ノヴァはわたしの質問に間を置いて、それから慎重にそう答える。
 呪いについて解っていることは多くはなく、ただフィラネテスの血をもつ王子にのみ、生まれながらに受け継がれるようにこの痣があると。そう聞いていた。
 これも、事前に話したことのひとつ。
 呪いについて解ることを、情報を。ひとつでも多く見つけること。
 だから気付いたこと、気になったことはすべてその場で確認する。たとえ情事の最中だろうと。
 この後ほかの王子たちを相手するならなおさら、呪いについて…それを宿す身体について。
 知らなければならないことは多い。知らないと対応もできないからだ。
 王子の御身に何かあってはいけないからと、ノヴァは言うけれど。
 ていよく実験体扱いされて、ノヴァはいったいどう思っているんだろう。

「そっか、じゃあこれ…わたしだけなのかな」
「…そう、なのかもしれません」

 他のひとと違う、それだけで。自分の存在の希少性がひとつ上がる。
 “聖女”である証の材料集めみたいだ。
 互いに無言でその事実を胸に刻みながら、わたしはそっとノヴァの肌に手を伸ばす。

 次第に明確になる視界の端で、ノヴァが僅かに息を呑むのを感じた。
 生きた呪いは同じ場所に留まらず、いまはノヴァの心臓の上。ちらちらと、小さく散りながら。まるで意思をもつかのように踊っている。
 傍から見るだけなら確かに少し不気味かも。でも。

「…きれいだよ、赤い痕。花びらが散ってるみたいで」

 この呪いは。
 生まれながらに王子たちの体に刻まれ、昼間は苦痛を伴い不調をきたし、そして徐々に寿命を奪うらしい。
 王家の血が途絶えることはなかったが、先の国王はそれをおそれ正妃以外にも多くの妻を迎え子を増やした。
 そうして受け継がれてきた血と呪いがいま、五人の王子たちの身を侵している。

 その苦痛と呪いの痣は次第に質量を増し、現国王は自分の子の代でとうとう死人が出るのではと相当気を揉んでいる。
 そしてそれに呼応するように、この世界での魔のモノが瘴気と猛威をふるい、町や森は深刻な状態にまできてしまった。
 王家が隠してきた呪いの噂が国民の間でささやかれ始め、そして国王は仮初の聖女を仕立てあげる。
 仮初とはいえ巫女の血統にあたるその娘は、浄化の効果も見せ国民の希望となった。
 それが今この国の現状だ。

 それでも王子の呪いが解けない限り。この国が危うい状態だということに変わりはない。
 だからわたしの出番なのだ。
 本当にわたしにどうにかできる代物なのか。
 話を聞いたときはそれなりに恐ろしさを感じていたものだけれど…こうしてみると、思っていたより。
 こわくない。それが正直な感想だ。

「さわってみるね」
「…はい」

 返事を待ってから、そっと。
 ノヴァの肌に触れたその時。

「……っぁ…!」

 触れた瞬間に、頭上から上がったノヴァのその声。
 思わずとっさに手を離す。
 ノヴァが片手で自分の口元を覆うのとほぼ同時だった。
 見上げたノヴァの顔がみるみる赤くなり、驚きと戸惑いで目を丸くしている。
 驚いたのはわたしもなんだけれど、なんとなく言葉を発しにくい空気でお互い黙りこむ。

 今の反応は…いきなり触って驚いたとか、手が冷たかったとか、そういうものではないような。
 それはおそらくノヴァ本人も不本意なものだったようで、だんだんと顔色が悪くなってくるのが分かった。
 敏感なのかな、とか。流石に口には出さないけれど、この行き場のない手をどうしようか悩む。
 もう一度触れても良いだろうか。断られそうだけれど。

「えっと…続けても、良い?」
「ま、待ってください、その、これは予想外だったというか…」

 ノヴァの言いたいことは分かるけれど、でもここで待っていても進まないしな。
 なるべく互いの気持ちを尊重して、あくまで利害の関係で。そういう約束だったけれど。
 これもおそらく、呪いに関する解明の一歩。
 今度は無断でノヴァの肌に触れた。

「…っ! せ、セレナ…!」
「あ、名前。もっとちゃんと呼んでね、慣れるまで」
「待って、と…!」
「うん、でも。きっと大事なことだと思って」

 ぴたりとその汗ばんだ肌に、手の平を添わせて。心臓の上から散らばる赤い痕を、指先でなぞるように追いかける。
 だけど追う必要はないのだとすぐに知る。
 呪いの、ほうから。自分の熱に吸い寄せられるように、手の平の下に集まってくるのだ。

「……!」

 集約する呪いに反応するように、ノヴァの身体が熱と反応を増す。
 試しにと何もない肌にも触れてみたけれど、明らかに様子が違う。反応が。
 触れる度にびくびくとノヴァの身体が熱を上げ、そして殆ど無意識にかその腰が揺れ、小さくベッドを鳴らしていた。
 眼鏡のレンズの向こうで歪められる顔が、わたしのお腹の奥をくすぐる。

 これはなかなか、おもしろい成果だ。
 ノヴァ本人にとってはおもしろくないだろうけれど。

 制御できない己の事態にノヴァが奥歯を強く噛みしめる音がした。
 少しだけかわいそうになってきて、撫でまわしていた手を止めその肌から離した、その瞬間。
 咄嗟にか、無意識にか。
 ノヴァの手がわたしの手を掴み、まるで懇願するようにその碧い瞳がわたしに縋った。

「ま…っ」

 口に出してからノヴァは、はっと口元を押えて。
 わたしの手をとったその手は震えている。
 これはどっちの、待てなのか。

 掴まれた手に熱が集まる。そしてわたしの熱を覚えたのか、呪いの痣が、赤い痕が。互いの手の平へと吸い寄せられ、触れた部分からノヴァへと、快楽を伝えた。
 目の前でそうして自分からノヴァへと与えられるものの様子をじっと見て。それでも離さないノヴァの手をぎゅっと握り返した。
 ノヴァの顔が再び歪む。泣きそうに。
 その顔はちょっとずるいなぁと思う。まるでわたしがいじめてるみたいだ。

「…わたしは…これに、好かれてるみたい」

 それがひとつの答えで、そして、もうひとつ。
 “夜伽”でなくてはならない意味を、知る。
 わたしに、できるなら。


「おいで、わたしがもらってあげる」

しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

だいたい全部、聖女のせい。

荒瀬ヤヒロ
恋愛
「どうして、こんなことに……」 異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。 いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。 すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。 これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。

この戦いが終わったら一緒になろうと約束していた勇者は、私の目の前で皇女様との結婚を選んだ

めぐめぐ
恋愛
神官アウラは、勇者で幼馴染であるダグと将来を誓い合った仲だったが、彼は魔王討伐の褒美としてイリス皇女との結婚を打診され、それをアウラの目の前で快諾する。 アウラと交わした結婚の約束は、神聖魔法の使い手である彼女を魔王討伐パーティーに引き入れるためにダグがついた嘘だったのだ。 『お前みたいな、ヤれば魔法を使えなくなる女となんて、誰が結婚するんだよ。魔法しか取り柄のないお前と』 そう書かれた手紙によって捨てらたアウラ。 傷心する彼女に、同じパーティー仲間の盾役マーヴィが、自分の故郷にやってこないかと声をかける。 アウラは心の傷を癒すため、マーヴィとともに彼の故郷へと向かうのだった。 捨てられた主人公が、パーティー仲間の盾役と幸せになる、ちょいざまぁありの恋愛ファンタジー短編。 ※思いつきなので色々とガバガバです。ご容赦ください。 ※力があれば平民が皇帝になれるような世界観です。 ※単純な話なので安心して読めると思います。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

聖女の、その後

六つ花えいこ
ファンタジー
私は五年前、この世界に“召喚”された。

稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています

水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。 森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。 公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。 ◇画像はGirly Drop様からお借りしました ◆エール送ってくれた方ありがとうございます!

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

誰も信じてくれないので、森の獣達と暮らすことにしました。その結果、国が大変なことになっているようですが、私には関係ありません。

木山楽斗
恋愛
エルドー王国の聖女ミレイナは、予知夢で王国が龍に襲われるという事実を知った。 それを国の人々に伝えるものの、誰にも信じられず、それ所か虚言癖と避難されることになってしまう。 誰にも信じてもらえず、罵倒される。 そんな状況に疲弊した彼女は、国から出て行くことを決意した。 実はミレイナはエルドー王国で生まれ育ったという訳ではなかった。 彼女は、精霊の森という森で生まれ育ったのである。 故郷に戻った彼女は、兄弟のような関係の狼シャルピードと再会した。 彼はミレイナを快く受け入れてくれた。 こうして、彼女はシャルピードを含む森の獣達と平和に暮らすようになった。 そんな彼女の元に、ある時知らせが入ってくる。エルドー王国が、予知夢の通りに龍に襲われていると。 しかし、彼女は王国を助けようという気にはならなかった。 むしろ、散々忠告したのに、何も準備をしていなかった王国への失望が、強まるばかりだったのだ。

処理中です...