上 下
3 / 104
第一章

ひみつの王子と夜伽の聖女

しおりを挟む


 伸ばされた手に腕をとられ、あっという間に抱き上げられ、そして腫物でも扱うようにそっと置かれたベッドの上。
 広くて大きなベッドはどこもかしこも柔らかく、あっという間に沈む体重。
 そこにノヴァの分が加わった。
 ギシリと、鳴るのはどこのベッドも同じらしい。
 だけど押し倒した側がどこか泣きそうな顔をした濡れ場など、おそらく誰も求めてないだろう。

 ――18年間ずっと、ベッドの上だった。
 僅かに外で過ごした記憶はあるけれど、それより遥かにベッドの上で過ごすことの多い人生だった。
 今いるベッドの厚みは半分くらい。転院も多かったので自分の物なんて殆ど置かず。
 いついなくなっても良いような、そんな空間でずっと。その時を待っていた。

「…わたしの、名前を訊かないのはどうして…?」
「…それは…」

 もとの世界で。
 身体の自由なんて殆どなかった。
 痛みと苦痛しかなかった。
 それから虚無と絶望。
 望みはただひとつ。
 予想していたのとは少し違うかたちだけれど、それが今叶ったのだ。
 ――この人の、ノヴァのおかげで。

「…優しいひと。あなただけが悪役になることなんてない。あなたの望みは叶えてあげる。だからお願い…わたしの敵には、ならないで」

 わたしの言葉にノヴァの瞳が丸くなる。その瞳が滲んで揺れる。
 まだ幼さを残しながら、だけど感情はその使命感に殆ど押し込められていた。
 必死に押し隠して、そしてわたしを傷つける覚悟を決めて、その身を犠牲にしようとしていたひと。
 おそらくこの、呪われた王国の為に。

 誰も知らない、ひみつの王子さま。
 決めた。
 “わたし”のはじめても最後も、彼にあげよう。

「大丈夫。あなたの望む、“聖女”になってあげる。できる限りのことはしてあげる。だからあなたは…あなただけは。覚えていて欲しいの。やっぱり少し、未練はあるから」

 そっと、今度は自分から。
 手を伸ばしてみる。ノヴァの冷たい頬に指先だけ。
 それからそっと露出した肌をなぞる。黒く蠢く“呪い”に向かって。
 びくりとその細い身体が一瞬撥ね、それから頬が一瞬だけ赤くなった。
 ようやく覗いたノヴァの感情。不慣れと戸惑いに揺れるその様子が少しだけかわいいと思った。

 もちろんわたし自身も慣れているわけではないし、れっきとした処女である。
 二次元で培った知識だけは山ほどあるけれど、現実はそう簡単ではないことくらい解っている。
 何より怖くないわけがない。
 初めてのその行為も、わたしとノヴァの身体を利用しようとしているその相手も、そして彼らを侵す呪いに触れるのも。
 怖い。わかっている。でも。

「わたしの名前は、小夜子。今日ここで居なくなる。新しい名前はあなたがつけて。なんでも良いよ、聖女さまっぽいやつ。…ノヴァ。“わたし”のはじめても最後も、あなたにあげるわ。あなたのその心の為に」
「…まだ、なにも。ぼくはちゃんと、貴女に説明していません…説明してからでは…遅いからです。拒否権は、ないから。ぼくも、貴女も…」
「拒否しない。わたしはもうここでしか、生きられないのだから。だからせめてお互いもう少し、歩み寄るのはどうかな。協力者として…いっしょに生きて、いく為に」

 両の手でノヴァの頬をやさしく包んで、まっすぐ目を合わせて見つめ合う。
 手の平で感じる肌の温度も感触も、自分たちが今ここにいるという証だ。
 ずっと震えていたノヴァの身体が、ようやく熱を取り戻す。その瞳にわたしを映して。

「……小夜、子」
「この世界であなただけが、わたしが七尾小夜子という人間であったことを、知っていてくれれば良い。あとはほんの少しの自由があれば…そしたらわたしはいくらでも、聖女として夜伽でもなんでもしてあげる」

 ノヴァが一度だけかたく目を瞑り、それからようやくわたしの上に覆いかぶさっていた体を避けて身を起こした。
 添えられていたわたしの手をとったまま、温もりだけをまだ、繋いだまま。

「…どうして。貴女にはこの世界の…この国のことなど、まるで関係のないことなのに」
「だから、かな」

 今自分はこの世界で、自分でも驚くほど身軽なのだ。
 引き受けてしまった以上できる限りのことはするけれど、ぜんぶ自分の思うままで良い。
 無関係だから、無関心だから。
 それでこの国が滅びても、たぶんわたしの胸はそれほど痛まないだろう。ノヴァには申し訳ないと思うくらい。
 でも、だからこそ。

「身体は好きにして良いけど、心だけは最期…わたしが持っていく。だからその時までは…本当にわたしが、聖女なら。少しくらいは役にたってみせるよ」

 わたしの答えに目の前のノヴァは未だ納得していないようで、どこか考えこむ素振りを見せる。

 本来なら彼の役割は、その呪われた身体に本当にわたしという存在が有効であるかを確かめる、いわば毒見のような役目だったのだろう。
 王子という身分とはかけ離れた人身御供。おそらく誰かにそう、命じられて。

 本当にわたしの夜伽で王子たちの呪いが解けるのか。正統なる王子たる身に不確定なままの得体の知れない存在を交わらせることはゆるされない。
 それを確かめる為に、ノヴァはわたしを抱く必要がある。わたしという存在を確かめる必要が。
 得体の知れない、本当に聖女かも分からない、会ったばかりの女を、だ。

 憐れだと思うし同情する。
 相手がわたしであることにも、それを命じられ断れない彼の立場にも。

「どうせなら痛くないほうが良いし、何か他にやりようがあるかもしれない。もう少し、いっしょに。探してみようよ、傷つけず、傷つかずに済む方法を」

 受け容れる覚悟ならできているのだ。
 だけど痛いのも苦しいのもできればもうイヤ。
 やると決めたなら、やりたいようにやる。
 少しでも自由に、悔いの残らないように。

「…わかりました」

 小さく、ノヴァがそうこぼし、そっとわたしの手の平に唇を寄せた。
 冷たい手の平と、濡れた唇の感触がわたしの手を包み込んで。
 その碧い瞳がまっすぐとあたしを見つめる。その瞳にまだ迷いは揺れているけれど。

「…セレナ、と。そう呼ばせてください」
「いいね、素敵な名前。わたしは今から、夜伽聖女のセレナね」

 新しい名前が決まった。
 いま、この瞬間。
 新しい人生が始まる。
 不安は多いけれど。
 なかなかの再スタートではないか。

 満足げに笑うわたしに、ノヴァもどこか仕方なさそうに困ったように、だけどようやく小さな笑みを見せた。それだけでわたしも嬉しかった。

「貴女の身体を使わせて頂く代わりに、ぼくも自らの意志をもって、この身体を差し出します。兄上たちの呪いを解きたいのはぼくの心からの本心でもある。だから、セレナ。貴女の力を、ぼくに貸してください」

 はっきりと、ノヴァはわたしの目を見て心の内を告げる。
 握った手は繋いだまま。おそらく彼の、決意と共に。

「ぼくもぼく自身の望みの為…この国の為。貴女は、ぼくが守ります。この身にかえても」

 守るものは、多くないほうがきっと良い。
 そう思ったけれど言葉にはしないでおいた。
 彼は彼の心のままに、動くだけ。
 たぶん彼に、わたしは守れないだろうけれど。

「よろしく、ノヴァ」

 わたしのひみつの王子様。
 いつか彼の毒が、わたしを侵す日がきても。
 わたしはこの選択を悔いたりしない。絶対に。



 この日――夜伽聖女セレナが、誕生した夜。
 月明かりだけがふたりをそっと包み込んでいた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王女、騎士と結婚させられイかされまくる

ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。 性描写激しめですが、甘々の溺愛です。 ※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。

騎士団長の欲望に今日も犯される

シェルビビ
恋愛
 ロレッタは小さい時から前世の記憶がある。元々伯爵令嬢だったが両親が投資話で大失敗し、没落してしまったため今は平民。前世の知識を使ってお金持ちになった結果、一家離散してしまったため前世の知識を使うことをしないと決意した。  就職先は騎士団内の治癒師でいい環境だったが、ルキウスが男に襲われそうになっている時に助けた結果纏わりつかれてうんざりする日々。  ある日、お地蔵様にお願いをした結果ルキウスが全裸に見えてしまった。  しかし、二日目にルキウスが分身して周囲から見えない分身にエッチな事をされる日々が始まった。  無視すればいつかは収まると思っていたが、分身は見えていないと分かると行動が大胆になっていく。  文章を付け足しています。すいません

【R18】騎士たちの監視対象になりました

ぴぃ
恋愛
異世界トリップしたヒロインが騎士や執事や貴族に愛されるお話。 *R18は告知無しです。 *複数プレイ有り。 *逆ハー *倫理感緩めです。 *作者の都合の良いように作っています。

完結 R18 媚薬を飲んだ好きな人に名前も告げずに性的に介抱して処女を捧げて逃げたら、権力使って見つけられ甘やかされて迫ってくる

シェルビビ
恋愛
 ランキング32位ありがとうございます!!!  遠くから王国騎士団を見ていた平民サラは、第3騎士団のユリウス・バルナムに伯爵令息に惚れていた。平民が騎士団に近づくことも近づく機会もないので話したことがない。  ある日帰り道で倒れているユリウスを助けたサラは、ユリウスを彼の屋敷に連れて行くと自室に連れて行かれてセックスをする。  ユリウスが目覚める前に使用人に事情を話して、屋敷の裏口から出て行ってなかったことに彼女はした。  この日で全てが終わるはずなのだが、ユリウスの様子が何故かおかしい。 「やっと見つけた、俺の女神」  隠れながら生活しているのに何故か見つかって迫られる。  サラはどうやらユリウスを幸福にしているらしい

貧乳の魔法が切れて元の巨乳に戻ったら、男性好きと噂の上司に美味しく食べられて好きな人がいるのに種付けされてしまった。

シェルビビ
恋愛
 胸が大きければ大きいほど美人という定義の国に異世界転移した結。自分の胸が大きいことがコンプレックスで、貧乳になりたいと思っていたのでお金と引き換えに小さな胸を手に入れた。  小さな胸でも優しく接してくれる騎士ギルフォードに恋心を抱いていたが、片思いのまま3年が経とうとしていた。ギルフォードの前に好きだった人は彼の上司エーベルハルトだったが、ギルフォードが好きと噂を聞いて諦めてしまった。  このまま一生独身だと老後の事を考えていたところ、おっぱいが戻ってきてしまった。元の状態で戻ってくることが条件のおっぱいだが、訳が分からず蹲っていると助けてくれたのはエーベルハルトだった。  ずっと片思いしていたと告白をされ、告白を受け入れたユイ。

【R-18】悪役令嬢ですが、罠に嵌まって張型つき木馬に跨がる事になりました!

臣桜
恋愛
悪役令嬢エトラは、王女と聖女とお茶会をしたあと、真っ白な空間にいた。 そこには張型のついた木馬があり『ご自由に跨がってください。絶頂すれば元の世界に戻れます』の文字が……。 ※ムーンライトノベルズ様にも重複投稿しています ※表紙はニジジャーニーで生成しました

王太子の子を孕まされてました

杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。 ※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。

【R18】純情聖女と護衛騎士〜聖なるおっぱいで太くて硬いものを挟むお仕事です〜

河津ミネ
恋愛
フウリ(23)は『眠り姫』と呼ばれる、もうすぐ引退の決まっている聖女だ。 身体に現れた聖紋から聖水晶に癒しの力を与え続けて13年、そろそろ聖女としての力も衰えてきたので引退後は悠々自適の生活をする予定だ。 フウリ付きの聖騎士キース(18)とはもう8年の付き合いでお別れするのが少しさみしいな……と思いつつ日課のお昼寝をしていると、なんだか胸のあたりに違和感が。 目を開けるとキースがフウリの白く豊満なおっぱいを見つめながらあやしい動きをしていて――!?

処理中です...