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第三話
しおりを挟む◇◆◇
商人さんにもらった食料のおかげで買い出しの手間が省けたので、そのまま屋敷に帰れたのは幸いだった。
疲労と空腹と眠気が限界だったのだ。この屋敷に来てからしばらくは不安でなかなか眠れなかったし。
久しぶりにしっかりとした食事をとり、シャワーを浴びてベッドに潜りこんだ。まだ日は高いけれど、眠気に抗えない。
目を覚ました時にはすっかり日が暮れていた。半日近く寝ていたらしい。おかげで頭も体もすっきりしている。
そうすると体と思考の余裕も戻ってきて、自分の現状について考えてみた。ベッドでまるくなりながら。
今後どうするべきか。と言っても錬金術師として錬成物をお金にしていく他に手段はないのだけれど。
(スキルに関しては疑いようもないから、問題はこのスキルをどう扱っていくかってことよね)
今は自分のレベルに見合わないスキルのため、効果が漏れ出したりと制御ができていない状態。
商品としても安定しない品質は買い取り価値として下がるだろう。そもそも買い取ってもらえるかも怪しいところだ。
(ちょっとズルだけど、レベルアップ効果大のアイテムで無理やりにでも引き上げてみようかしら……)
錬成物が売れないと死活問題だ。
けれどアイテムの効果は個人差がある上に高価で、あまり結果が得られなかった時のことを考えると簡単に手が出せない。
「……ひとまず、失敗品を処分しよう」
買い取ってもらった魔法薬は『成功』したものだ。それまでの過程で『失敗』した物も少なくない。
処理を施して綺麗になったら庭に撒き、不純物が残るようだったら裏の井戸に貯めて少しずつ浄化する。
ひとまずできることから始めようと、ベッドから下りて作業場に向かった。
室内は真っ暗で月明かりを頼りに扉を開ける。そういえば蝋燭ももう殆ど無いのだと思い出しながら。
そうして悲劇は起きる。
『失敗作』の山ほど積まれた作業場にて。
◇◆◇
「お~~い、新米錬金術師のお嬢さ~~ん。お届け物ですけどーー」
誰かの声がする。
扉の向こう。コンコンとノックする音。
返事しなきゃと思うのに声が出ない。
いま一体何時だろう。
わたしは一体どれくらい、こうして──
「……あらぁ。外まで漏れ出してるから何事かと思ったら……」
さっきまで扉の向こうから聞こえてきたはずの声が、なぜか今度は室内から聞こえた。
それから扉の開く音と、ごとりと重たい物が置かれる音。
声をかけられたわたしは寝室のベッドの上。荒い息ばかりが口をついて、朦朧とする意識に頭が追い付かない。
足音がゆっくり近づいてきて、ぎしりとベッドに体重が乗る。
蹲るわたしの様子を覗き込んだその瞳は、やっぱり色付きの丸メガネに阻まれて見えない。どんな瞳の色をしているのか、どんな顔で今のわたしを見ているのか。
見ないで。見られたくない。そう思うのに体はちっともいうことを聞かずに、甘ったるい空気の籠った室内に水音を響かせ続ける。
止まらない。止められないの。
「ひどいな、どれくらいの量を零したんだこれ。少し窓開けますよ」
パリンパリンと躊躇なく硝子を踏む音がして、それから窓を開ける音。涼しい風が室内に流れこんでくる。
どれくらい? どれくらいだろう。処分しようと思っていた『失敗作の媚薬』を抱えて、それらを床にぶち撒けたのは。
作業場の隣の寝室にまでそれは転がっている。
「だから言ったでしょう、気をつけろって」
そう言った声は呆れ混じりで、なのに大きな手が優しくわたしの目元の涙を拭った。
はじめ誰の声だか分らなかった。
追放された自分がひとりで住むこの屋敷に、訪れる者など誰もいない。
けれどそれは確かに聞き覚えのある声。
「でもまぁ、せっかくですからしっかりと知っておいた方が良いかもね、自分の作ったものの効果くらい」
呆れたような、小ばかにしたような、なのにどこか興奮を抑えた声が、自分の上から降ってくる。
あぁ、そうだこの物言い。昼間に会った人だ。
はじめて訪れた街で、魔法薬の鑑定と買い取りをしたお願いした商人さん。
名前はなんて言ったっけ。聞いたはずなのに思い出せない。
昼間とは違い頭を覆っていた布はなく、それでも長い長い前髪にその顔はほとんど見えない。
なのにこんな夜の暗がりに、その瞳の鋭い眼光だけは刺すようにわたしを見据えていた。そういえばいつの間にかあの胡散臭い丸メガネを外していて、初めてその瞳の色を見た。
ガラス玉みたいな透明な瞳。髪の色は珍しい白髪。胸元までのまっすぐな長い髪が、自分の素肌をくすぐっている。
飄々とした話し方は相変わらずで、何を考えているのか分からない。だけど分かる必要もない。
近くに転がっていた瓶を手にとった彼が、底に残っていた桃色の液体をわざと見せつけながら飲み干した。
その顔が自分に近づいてくるのをぼんやり見つめしかできない。
それよりもはやく、この先を。そんなわたしの心を見通しながら意地悪く笑って、わざと焦らすみたいなキスをされた。
口内全部を舐めまわされて、彼の唾液の混じった甘い液体が、喉を通って腹に溜まっていく。疼きとともに。
「しょうがないな、僕が手伝ってあげる」
ギシリとベッドに乗り上げた商人さんが、ゆっくりと自らの衣服を脱ぎ捨てていく。合間にわたしの衣服も剥ぎ取りながら。
彼の裸は月明かりにも照らされてひどく綺麗だった。思わず見惚れてしまう。これも媚薬の効果だろうか。
そのまま脚を開かされて、さっきまで自分で慰めていた手をとられて舐められる。べろりとわたしに見せつけるみたいに。
羞恥にめまいがする。やめての言葉も出てこない。
それよりもさっきから、そこに当たっている彼のものに意識のすべてを持っていかれる。
はぁはぁと息が漏れて、視線を逸らせない。
そんなわたしに商人さんはおかしそうに笑うだけ。
「自分で開いて、ほら。欲しいんでしょう? これが」
濡れてやまない秘部に押し付けられる肉欲。理性が削ぎ落されて答えることすらままならない。
なのに喉の奥から勝手に矯正が漏れ、体は素直に彼の言う通ことに従ってしまう。
自らの手で脚の内側を押さえて彼を迎える準備をして、こんなはしたない恰好を言われるままにするなんて。
そう思うのに文句や拒絶や抵抗よりも、待ち望む衝動に抗えない。
ずっと欲しかったそれ。
自分の指では足りない。
届かない。埋まらない。
お願いだから、もう──
広げられた脚の間、触れるだけだったその先端がぬかるみに沈み込む。ゆっくりと押し広げ、濡れた液体を零しながら。
待ち望んでいた充足感が快楽に上書きされていく。
ひゅっと喉の奥が鳴った。自分で昇り詰めるために何度も擦ったところを、今度は彼の熱にこすられただけなのに、自分でするのとはまるで違った。こんなの、知らない。ぜんぶ、なにも、知らなかったのに。
「媚薬のもたらすその衝動は、異性の魔力と精に触れるほどに大きくなり、ここに魔力を注ぎ込まれるまで決しておさまらない」
まるで説明書を読み上げるように言葉を並べながら、冷たい指先がわたしの下腹部を撫で上げる。
それからぐっと上から押さえられて、わたしは一際高い声を上げた。
商人の手とは思えない綺麗な指先といくつかの指輪。触れるだけで電流のように伝わる刺激に腹の奥が嫌でも戦慄く。
お腹を上から押さえたまま、商人さんは更に腰を押し進める。じれったくなるくらいゆっくりと。
「っぁ、あーー……!」
「ふ、欲しがりすぎ。お嬢さん、はじめてでしょうこの狭さ」
痛い、こわい、いたい。
破瓜の痛みではない。ようやく与えられた快楽を、体の奥底が心底悦ぶ痛みだった
ばちばちと目の奥で火花が弾ける。
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