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カウント6◆小さな正義と未来の不在

1:不可侵の未来

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 事件解決後、俺が家に帰り着いた時には既に日付が変わっていた。
 一応家のすぐ近くまでは車で送ってもらったが、ひとりでは帰り着けなかったかもしれない。
 事件に関する面倒事は、すべて白瀬が引き受けるらしい。

 いろいろと面倒な聴取や取調べ等を覚悟していたが、俺たちは意外なほどあっさりと解放された。
 俺たちの〝力〟に関することに関しても、その場にいた誰ひとり言及されなかった。
 人質だった一般人は優先的に避難させられていたし、残っていた大人の、おそらくあの現場にいたメンバーというのはそういうのに慣れている奴らなんだろう。

 俺たちが巻き込まれた爆破未遂事件は、ニュースになる前に一部の事実を残してもみ消されたらしい。
 〝連続殺人犯、幼馴染みのいじめ首謀者断罪の後に自首〟というシナリオを経て一応の終止符を打ったかたちだ。
 学校爆破未遂には一切触れていない。

 ただ唯一世間に公表された過去のいじめの存在と、学校・警察側の責任問題。
マスコミがこぞって取り上げているこれが、今回の川津と入沢の戦果といえるだろう。

 当人たちからしたら不本意な部分もあるだろうが、それが俺たち〝子ども〟の限界なのだ。
 俺たちができることなんて所詮限られていて、世界はそう簡単には変えられない。

 何にせよ翌日はベッドから起き上がる気になれずほぼ一日寝て過ごした。
 右手のケガはたいしたことは無かったけれど、簡単な処置と包帯だけ巻いてある。
 それよりも身体に残る力の反動の方がよっぽど影響を残していた。

 篤人も入沢も同じような状態らしく、揃って学校を休むはめになった。
 次の日は土日なのでしばらくは体を休ませられる。学校があっても行っていなかっただろうけど。

 休んでいる間に篤人とはメールでやりとりしていたが、意外な人物からのメールも届いた。
 そのせいであわよくば月曜も休もうかと思っていたのだが、学校に行く用事ができてしまった。
 断ろうかとも迷ったが、どんな顔で俺に何の用があるのかは気になったので行くことにした。

『昼休み、いつもの場所で』

 まるで逢引のメールだ。
 メールの差出人は入沢砂月だった。


◇ ◆ ◇


 史学準備室の扉を開けると、しんと静まり返る無人の空気に出迎えられた。
 先客がいないことに機嫌を良くし、扉を閉め鍵をかける。
 待ち合わせは昼休みで今はまだ午前中なので人がいないのは当然だ。

 体調はほぼ回復していたが何分やる気の起きない月曜日。午前の授業はサボることにしたのだ。近くの椅子に荷物を置き、持参したクッションをふたつソファに放る。
 来る時に少し寄り道して自腹で購入した。快適な環境作りの為には多少の出費は惜しまない。
 俺は自分でも意外なくらいに、この場所を気に入っていた。

 早速ソファに体を沈め枕に頭を預けると、見立て通りで満足のいく寝心地だった。
 休みの間十分寝ていたので寝足りないわけではないのだが、眠気に襲われ俺は早々に意識を手放した。

 ふ、と。瞼を開けるとそこはいつもの史学準備室。
 さっきまで寝ていたはずの俺が、ソファから少し離れた場所にいた。
 ソファにはふたつの人影。それを俺が見ている。

 馴染んだ感覚。
 すぐに状況を把握した。

 これは未来だ。この部屋の。

 メガネを外した覚えはないし、こんな無意識下で何の予告もなく未来を視るのはとても久しぶりだった。
 まだこの力を制御できていなかった頃、こういうことは度々あった。もう随分前の話だけれど。

 内心舌打ちをする。
 やはり本調子ではないのか。

 なんにせよ気に喰わない。ここ数日でこうも自分の力の制御を見失うなんて。
 不意打ちで視た未来は自分の意志では制御できず、途切れるのを待つしかない。

 だからイヤなんだ。自分の意思以外で未来を視せられるなんて不愉快もいいところだ。

 未来でソファに寝ていたのは入沢砂月だった。
 どれくらい先の未来だろう。感覚的にそこまで離れた未来ではない。

 入沢砂月は俺が持ってきたクッションを勝手に使用していた。
 俺は自分の物を他人に触られるのが嫌いだ。戻ったらきつく忠告しておく必要がある。

 そう心に決めて視線をずらすと、そこには未来の俺もいた。
 ソファで眠る入沢のすぐ脇に腰を下ろして見つめている。
 どういったシチュエーションだ。理解に苦しむ。

 ふと、視線の先の俺の体が傾く。
 その先には眠る入沢の顔があった。
 その距離がゆっくりと近づいていく。
 その光景に思わず目を|瞠った。

「……や、いやいや、待て俺。ありえないだろ、それは……」

 篤人と違ってこれは〝視て〟いるだけ。
 干渉はできない。
 わかっている。
 わかってはいるけれど、知らず口から漏れていた。

 未来の俺の手が入沢砂月の頬に触れ、目元にかかっていた髪を梳く。
 自分でも驚くほどのやわらかな手つきで。
 その目元には俺の影が落ちていた。

 ありえない。俺がそう簡単に、他人に触れるなんて。
 この、俺が。

「ちょ……っ」

 距離が縮まり隙間を埋める。
 俺の髪が、入沢の頬にかかる。

 入沢は目を覚まさない。
 境界が、なくなる――


「――やめろ……!」


 そこで漸く俺は、現実に引き戻された。

 勢いのまま体を起こすと、間違いなく今現在の史学準備室。
 俺はこの感覚を見失うことはない。

 息が上がり汗が滲む。心臓の鼓動がはやい。力を使った反動とは、明らかに別の。

 夢?
 違う、あの感覚を俺が間違えるはずがない。
 あれは、この部屋の、俺の――

「……大丈夫?」

 その声に思わず一瞬呼吸を止める。
 反射的に声の方に視線を向けると、少し離れた場所に入沢砂月が立っていた。

 無表情でこちらをまっすぐ見据えている。
 心臓が撥ねた。

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