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カウント5◇すべて吹き飛ぶ前に跳べ
1:最悪の事件現場
しおりを挟む「――逸可」
呼ばれる声に視線を向けると、路上に停車していた車の後頭部の窓から見慣れた顔が覗いていた。
エンジンはかかっておらず、車内の明かりすら最小限におさえて夜に紛れている。
返事はせずに近寄ると静かにドアが開き、乗り込んだ先には真剣な面持ちの篤人がいた。運転席にはあの白瀬という刑事。
助手席が空席だったことに不信感を覚える。警察というのは大抵ふたり一組で動いているものだと認識している。
まぁ見たところ警察の車が他にも複数台そこら中に待機しているようだが。
バックミラー越しに白瀬が小さく声をかける。
「遅かったわね」
「……家で寝てたんだよ。……いいから状況を教えろ」
未だ疲労感の抜けない体で呼び出されたのだ。しかも呼び出された内容が内容だけに既に頭痛がする。できるなら来たくなかった。
不機嫌を隠さず言うと白瀬の苦笑いを漏らす気配が重たい車内を僅かに揺らす。心なしかこの前のような覇気が無い。流石にそういう状況ではないのだろう。
細い銀のフレームのメガネを指先で押し上げながら、視線を窓の外に向けて話し出した。
「アナタにはどこから話せばいいのかしら……アタシとサツキは一緒に暮らしてるんだけど、今日はあの子、調子が悪いから学校を休ませて……アタシは朝から捜査中の現場に張り込んでいて、いったんお昼頃サツキの様子を見に戻った時、捜査資料の一部を忘れて出てしまって……アタシがいない間に、サツキがその証拠品の過去を視てしまったの。あたしの許可なく捜査資料に手を出すなんて、初めて。いろいろ情報を引き出してくれたのは良かったんだけど……」
「長ぇよ要点だけまとめろよ時間も無ぇんだろ」
「砂月はその証拠品から犯人の情報と目的を知った。その最後の目的地がこの場所」
説明を継いだのは隣りに座っていた篤人だった。俺の到着を待っている間に一通り説明を聞いていたのだろう。
俺達が白瀬に呼び出されて来たのは、電車で1駅しか離れていない近隣の公立中学校だった。
時間は夜の九時を回ろうとしている。
「砂月はそれを知って、僕たちと白瀬さんにメールだけ残した。それで少しでも被害を食い止めようとして……先走った行動に出てしまった。そして……」
「見事犯人に捕まったってか」
入沢が俺と篤人にメールを寄越したのは夕方の四時頃。俺は家に帰って寝ていたのでそれに気付かなかった。
その後の篤人からの電話も完全にスルーし、俺が事の次第を知ったのは七時を過ぎた頃だった。
どうしても来て欲しいという白瀬の電話に呼び出されたのだ。
「学校占拠って中二のガキかっつーの」
「子供よ。相手はアンタ達とひとつしか年の変わらない少年」
「……身柄ようやく割れたのか」
「ええ、サツキのお陰でね。犯人の名前は川津雄二。自殺した女子中学生、岩本ゆりの幼なじみで、恋人。でも恋人だったことは周囲の人たちも殆ど知らなかったみたい。川津は十年も前に海外に引っ越していて、岩本ゆりとはほとんどインターネット越しのやりとりでしか繋がってなかったから」
「それなら少しは形跡が残ってたはずだろ。ネットワークの履歴だって調べられる」
「……川津の方が、一枚上手だったの。川津はアメリカで機械工学や情報技術を学んでいて情報操作に長けていた。川津が日本に戻ってきたのはほんの数週間前。その間にすべての準備を整えていた」
「少なくとも岩本ゆりの自殺の時もっと入念に情報捜査をしてたら関係者の中にその名前もあったはずだ。お前らの怠慢が今回の事件の被害を広げたんだろ」
車内の空気が熱を帯びていく。吐き出す息が気持ち悪い。
白瀬の表情は、見えない。
薄暗い窓の向こうに浮かび上がる、暗い校舎。そればかりが意識を奪う。
「……認めざるをえないわね。当時親族からあった被害届や学校側の実態調査を退けたのも事実よ。だけど今それを言っても何の解決にもならないわ。いじめ首謀者の3人と……そして今夜で川津の復讐は完遂する……ここは岩本ゆりの通っていた中学で、自殺現場でもある」
その視線の先は、俺と同じ場所。夜に浮かぶ学校の校舎がある。
俺たちが通う高校の校舎よりは少しだけ小さく見える箱庭だ。
でも実際はそれほど大きな差はないのだろう。
「中には犯人とサツキ以外に人質が数人いるわ。当時のクラス担任、副担任、生活指導教諭、教頭…川津は当時の関係者すべてに復讐するつもりよ。勿論アタシ達警察も含めて」
事態は最悪の一途を辿っている。
入沢は俺たちが想像するよりずっと、突っ走るタイプのバカだったのだ。
人質の数を自ら増やすなんて、呆れてものも言えない。
「本来創立記念日で休みだったこの学校に、川津はそれら関係者を何らかの手段で呼び出し、現状は拘束状態にされていると推測されるわ。川津の計画の最後は文字通りすべてを壊して復讐すること。日付が変わった深夜〇時、岩本ゆりの命日に学校を爆破させるつもりらしいわ」
――なんて、くだらない。
知能が高くても発想が中二以下じゃねぇか。
「で、なんで俺たちまで呼んだんだよ。こんな危ない現場に俺たちみたいな一介の高校生を」
入沢から俺と篤人へ届いたメールは、あくまで報告だ。助けや協力を求める言葉はひとつも無かった。
俺と篤人をここに呼び出したのは、白瀬だ。
「ここから先はどう考えても俺たちが踏み込む領域じゃないだろ。俺たちまで殺す気かよ」
「サツキがアナタ達に、心をゆるしたから」
運転席で白瀬は、振り返らずにはっきりと答えた。その返答に俺は眉根を寄せる。
「アナタ達の助けが必要なの」
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