タイムパラライドッグスエッジ~きみを死なせない6秒間~

藤原いつか

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カウント4◆未来からの手紙

2:過去である今へ

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 ――6

 視界が激しく揺れ、鼻先で赤い火花が弾け散る。
 あの時と同じだ。砂月を助けようとして飛び込んだあの時と。

 僅かな耳鳴りと視界のノイズ。
 落ちる感覚に足を地面に必死に踏ん張る。
 だけどその感覚すらどこか曖昧で。

 はっと目を開けるとそこは馴染んだ史学準備室だった。さっきまでの光景とさほど変わらない。
 あがる息を必死に整える。

 成功、したのだろうか。まだ分からない。
 とにかく落ち着いて状況を確かめなければ。
 きょろきょろと視線を彷徨わせる。

 棚で埋もれた壁、本や書類が乱雑に積まれた床、空っぽの金魚鉢。
 それから視線の行き着いた先に思わずぎくりとする。
 いつのものソファの指定席に逸可がいた。
 ソファに体を沈めクッションに肘をつき、こちらを見つめている。

「逸可……?」

 だけど違和感。
 なんだろう。ソファに座る逸可はいつもの光景だ。
 成功したのであれば、ここは一週間後の史学準備室で、昼休みのはず。

 でもそこに僕の姿は見当たらない。
 僕なら一緒に実験の結果を見届けそうなのに。

 ――5

「逸可、えっと……」

 なんと説明したら良いんだろう。説明している時間はない。
 でも未来の逸可なら、この実験のことを既に知っているはずだ。
 僕がここに来ることも、その経緯や理由や結論さえも。

「証拠、だろ?」

 逸可が笑う。
 なんだか随分逸可らしくない、大人びた笑いだった。
 心なしか雰囲気も違う気がする。

「ここがその、未来なら……」

 ――4

 無意識に刻むカウントダウンが、今僕が自分の力の中にいることの証のように思えた。
 カウントダウンは決して止まらない。
 僕だけに響いている。

「ここはお前らが想定した未来より、ずっと先の未来だ。つっても、何年も何十年も先とかじゃねぇけど」
「え……っ、そうなの?」

 確かに逸可は予定外の所に落ちる可能性も示唆していた。
 でも逸可は制服だしそう何十年もずれているようには見えない。
 見た目も〝今〟の逸可となんら変わらないように見える。
 少なくとも誤差は在学中だろう。

「でも、じゃあ僕はやっぱり……時間を跳び越えてるってこと……?」

 未だ半信半疑だった。
 だけど僕は今、未来にいる。
 目の前の逸可がそう言うのだ。きっとそれは間違いない。嘘をつく理由など逸可には無い。

 ――3

 逸可が少し笑う。
 やっぱり〝今〟の逸可とは少し違う印象だ。
 未来の逸可はこんな風になるのだろうか。たった一年か二年で。

「これ、持っていけ」

 そう言って差し出されたのは、水色の封筒。
 思わず食い入るように見つめてしまう。

「……手紙……?」
「そこにいる、藤島逸可に。だけど渡すのは〝その事件〟が解決してからだ」

 未来の逸可から、過去の……〝今〟の逸可への、手紙。
 僕は反射的に手を伸ばしながら、その手が震えていることに気付いた。

 なんだろうこの感覚は。
 触れた指先には確かな紙の感触と現実味があった。
 痺れるくらいにそれを感じて余計に戦慄する。
 だけど意識は目の前の逸可の言葉へと吸い寄せられた。

 ――2

「解決、するの……? 砂月は、今……」

 今この未来に砂月はいるのだろうか。
 それを聞いて、いいのだろうか。
 一番肝心なことが、いつも訊けない。
 僕は、いつも。

「お前次第だ」

 逸可が笑う。
 随分柔らかくなった気がするその目元。
 そうか、違和感の正体。
 ここに来る前にも見ていたせいで気付くのが遅れた。
 メガネが――

「じゃあな、篤人」

 ――1


「――――!」

 ぐんと身体がひっぱられる感覚。
 僕は慌てて手の中の手紙を制服のポケットに捻じ込んだ。

 目の前の光景が、逸可の顔が、視界が遮断される。
 抗いようのない力に身体からだごとぜんぶ持っていかれる――

 見えない何かに掴まれた、身体ごと乱暴に振り回されているみたいだ。
 平衡感覚を奪われて思わずきつく目を瞑った。

「――……っ!」

 がくんと膝が折れ、地面に手の平をつく。
 冷たい床の感触がした。
 荒い呼吸で必死に肺に空気を取り込む。
 先ほどとはどこか違うようで、でも確かに感じる現実の感触だった。

「……っ、篤人……!」

 すぐ傍で僕の腕を掴んでいた逸可も膝を折る。
 その姿を横目に見るも、自分の呼吸だけで手いっぱいだった。

「げほ、くそ、反動のがでけぇじゃねぇかよ……!」
「逸可、も……?」

 よく見ると逸可の方も呼吸が荒い。いつもの余裕ぶった表情も歪んでいた。
 時空を跳んだ僕自身だけじゃなく、跳ばした逸可の方にまで影響が出るのか。
 それは確かに想定外だ。

 互いがソファを背もたれに地面に座り込む。
 仰いだ蛍光灯の明かりが眩しくてハンカチをポケットから取り出し目元を隠すと少しだけ気持ちが楽になった。
 頭がくらくらして目を開けていられない。
 瞼の裏の残像が、心臓に痛い。沈黙を互いの呼吸が埋める。

「……で……?」

 いくらか落ち着いた声音で逸可が先に口を開いた。

「……行けたよ、未来……でも一週間後じゃなくて、もっと先の未来だった」
「……ちっ、マジかよ……つーか本当に跳べたのかよ……証拠は?」

 言われて無意識にポケットに手をやり、布越しにその存在を確かめた。
 証拠は確かにここにある。だけどこれは今はまだ渡せない。未来の逸可にそう頼まれたのだから。
 きっと大事なものなのだ。〝未来〟の逸可にとっても、〝今〟の逸可にとっても。頼まれた以上、僕はその約束を果たす義務がある。
 だけど逸可は鋭いし賢い。どうやって誤魔化そうか。

「それが、想定外の未来だったし、状況についていくのが必至でそんな余裕も時間もなくて……あ、でもそうだ、逸可の予想通りだったよ。僕が跳んだ先の時間にいられるのは、六秒間だけみたい」
「マジか……じゃあそのせいで俺にまで負荷がかかってんのかもな、その六秒分の。最初の時は想定外での一瞬だったし……それも影響して座標がずれたのか?」
「そういう意味では成功したことになるのかな、今回の実験は……まるまる六秒間、確かに僕は未来にいたんだから」

 意外と上手く気を逸らせたらしい。ほっと胸を撫で下ろしたその時だった。
 制服のポケットでバイブ振動がしている。

「ちょっと待って」

 もしかしたら砂月かもしれない。一応メールを入れておいたのだ、いろいろと心配だったし。
 逸可は返事の代わりに立ち上がって、いつものようにどかりとソファに身を沈めた。

「はーーにしても俺にまで負荷があるのは想定外だなマジで。慣らせばそれなりに減らせるのか精度は上がるのかもしれねぇけど、現状だと俺の制御まで外されるってのも気に喰わねぇし。これじゃああいつの力でなんて試せねぇな」

 それは僕も同感だった。逸可でさえ上手く時間を捕えることができなかったのだ。砂月だともっと難しいだろう。
 それに身体への負荷を考えると、そう使えるものではないことが容易に想像できる。
 あくまで予測の域を出ないけれど、現在の時間軸から遠いほど負荷は大きい気がした。

 携帯に届いたメールは予想通り砂月からだった。


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