2 / 33
カウント1◇過去はゆるやかに弧を描く
1:そして僕は時を止めた
しおりを挟むその時咄嗟に手を伸ばしたのは、たぶんクラスメイトである入沢砂月を助ける為じゃなかったと思う。
階下に吸い込まれるように落ちていく入沢砂月の姿が、あの日の光景と重なって見えた気がして……
だから思わずその後ろ姿を目が追って、無意識の内に手を伸ばして。
そして僕は時を止めた。
すべての音がなくなり、無意識に刻まれるカウントダウン。
時計の秒針の音のようであり、誰かの声のようにも聞こえる。
それは僕だけに、確かにはっきりと刻まれている。
――6
伸ばした手は入沢砂月には届かず空振った。
無理な体勢で勢いだけつけていたものだから、そのまま僕の身体だけが重力のままに階下へと投げ出される。
――5
無我夢中で伸ばした手に運良く階段の手すりがひっかかりなんとか頭からの落下は免れたものの、バランスは維持できず結局踊り場までもつれるように転がった。
静寂の中、僕の体が叩き付けられる音だけが響く。
――4
がばりと顔を上げるとすぐ傍には見知らぬ生徒。昼休みのこの時間はどこもかしこも生徒達で溢れている。
僅かに痛む体を抑えて起き上がると、階段の上には入沢砂月の姿が宙に浮いていた。
その両足は地面を離れ、傾いた体はそのまま階下へ落ちるだけだ。
そうならないのは"ここ″が、誰も微動だにしない時間の止まった世界だから。
僕以外は。
――3
時は止めたのに進んでいる。
僕の時間だけ。
六秒間だけ。
――2
階段を駆け上がり、手を伸ばす。
せめて、そう、せめて。
受け止めることができればきっと。
――1
世界は変わるはずだ。
少なくともさっきまでの、六秒前の世界とは。
「――……!」
「……痛ってぇ……っ」
「……!」
視界が激しく揺れ、鈍い衝撃と共に鼻先で火花が弾け散る。
入沢砂月の背中が落ちてくる残像。
赤い花がパッと散り、その向こうで人影が揺らいでいた。
なんだか現実離れした錯覚だ。
耳に戻ってくる世界の音。
喧噪、雑音、それから小さな悲鳴。
雑多な衝撃に鼓膜が震えて、そして僕はこのみんなと共に時間が進む世界へと帰ってきた。小さな温もりと一緒に。
おそるおそる目を開けると、腕の中には入沢砂月がいた。
事態を呑み込めていない彼女は呆けた顔して僕を見上げている。
良かった。とりあえず、無事だった。
「……ふ、っざけんなよお前ら……!」
おそろしいくらいに怒気を孕んだ声が聞こえてきたのは、不思議なことに自分の背中からだった。
そういえば覚悟していた痛みはほとんど無い。
「あれ……?」
そろりと振り返るとそこには男子生徒。
この顔は知っている。確か隣のクラスの藤島逸可だ。
体育が合同クラスだしその風貌でもちょっとした有名人だった。話したことは一度も無いけれど。
「いいからどけ!」
「うわ、ごめん」
慌てて起き上がり藤島の上から退く。
どうやら僕は助けようとした入沢砂月ごと、藤島の胸に盛大に飛び込んでしまったらしい。
落下地点に人がいたなんて、そこまで周りに気を配っている余裕はなかった。
結果、入沢砂月と僕は藤島に助けられたことになる。本人は甚だ不本意だろうけれど。
「……えっと、入沢、大丈夫……? その、階段から落ちそうになってて……」
結局落ちてしまったのだけれど。しかも勝手に巻き添えにした藤島の上に。
なので助けようとしましたなんてセリフはとてもじゃないけど言えないので口には出さないでおいた。
「……あ、んた……」
入沢砂月は大きな目を更に大きくしたまま、僕の顔を凝視している。
同じクラスの彼女の顔をきちんと見たのはこれが初めてだ。教室内でもほとんど話したことはないし、彼女の声を聞いた記憶もおぼろげなほど、僕らはただの"クラスメイト″だった。
特に外傷は無さそうなことを確認して、そっと離れる。
それから同じように体を押えながら唸る声の方へと振り返った。
「えーと、藤島だよな、ごめん巻き込んで」
背中を押さえながら立ち上がる藤島に声をかけるも、藤島は心から不愉快そうに眉根を寄せたまま。
それから辺りに視線を彷徨わせる。何かを探している素振りだった。
脇を行く何人かの生徒や知り合い達が心配そうに向ける視線に、僕は笑って応えて立ち上がる。
ひやりとする一幕ではあったとはいえ、大騒動には至らず辺りはいつもの昼休みに戻っていた。
「……おい」
藤島がぶっきらぼうに声をかける。僕ではなく入沢砂月の方に。
「おまえの足元の、ソレ。俺の」
視線を向けると、まだ座り込む入沢砂月の足元にメガネが転がっていた。
そういえば藤島はメガネをかけていた。
ぱっと見た様子だと割れてはいないようでほっと胸を撫で下ろす。
「……あ」
入沢砂月も藤島の意図に気付いたようで、そのメガネを手にしたその瞬間。
「……!」
一度手にとったメガネが、入沢砂月の手から弾けるように零れて踊り場に再び転がった。
落ちた、というよりは、咄嗟に落としたとように見えた。
カシャンと冷たい音が鳴る。
「……っ、なにしてんだよお前……!」
「……入沢?」
静電気だろうか。それとも上手く力が入らず落としてしまったのだろうか。
入沢砂月の視線はメガネでも僕でも無く、藤島へと向けられていた。
その顔は戸惑いと驚愕と恐怖とを混ぜたような複雑な色。
少なくとも僕にはそう見えた。
そっと入沢砂月の前に屈み代わりにメガネを拾い、顔を覗き込む。
もしかしてどこか怪我でもしていたのだろうか。しっかり抱き留めていたつもりだったけれど。
しかし次に入沢砂月の口から零れた言葉に、僕も、そして藤島も。自分の耳を疑うことになる。
「あんた、は……未来が、視えるの……?」
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
少年少女たちの日々
原口源太郎
恋愛
とある大国が隣国へ武力侵攻した。
世界の人々はその行為を大いに非難したが、争いはその二国間だけで終わると思っていた。
しかし、その数週間後に別の大国が自国の領土を主張する国へと攻め入った。それに対し、列国は武力でその行いを押さえ込もうとした。
世界の二カ所で起こった戦争の火は、やがてあちこちで燻っていた紛争を燃え上がらせ、やがて第三次世界戦争へと突入していった。
戦争は三年目を迎えたが、国連加盟国の半数以上の国で戦闘状態が続いていた。
大海を望み、二つの大国のすぐ近くに位置するとある小国は、激しい戦闘に巻き込まれていた。
その国の六人の少年少女も戦いの中に巻き込まれていく。
LOVE NEVER FAILS
AW
ライト文芸
少年と少女との出逢い。それは、定められし運命の序曲であった。時間と空間の奔流の中で彼らが見るものは――。これは、時を越え、世界を越えた壮大な愛の物語。
※ 15万文字前後での完結を目指し、しばらく毎日更新できるよう努力します。
※ 凡人の、凡人による、凡人のための物語です。
ノイズノウティスの鐘の音に
有箱
現代文学
鐘の鳴る午前10時、これは処刑の時間だ。
数年前、某国に支配された自国において、原住民達は捕獲対象とされていた。捕らえられれば重労働を強いられ、使えなくなった人間は処刑される。
逃げなければ、待つのは死――。
これは、生きるため逃げ続ける、少年たちの逃亡劇である。
2016.10完結作品です。
月の女神と夜の女王
海獺屋ぼの
ライト文芸
北関東のとある地方都市に住む双子の姉妹の物語。
妹の月姫(ルナ)は父親が経営するコンビニでアルバイトしながら高校に通っていた。彼女は双子の姉に対する強いコンプレックスがあり、それを払拭することがどうしてもできなかった。あるとき、月姫(ルナ)はある兄妹と出会うのだが……。
姉の裏月(ヘカテー)は実家を飛び出してバンド活動に明け暮れていた。クセの強いバンドメンバー、クリスチャンの友人、退学した高校の悪友。そんな個性が強すぎる面々と絡んでいく。ある日彼女のバンド活動にも転機が訪れた……。
月姫(ルナ)と裏月(ヘカテー)の姉妹の物語が各章ごとに交錯し、ある結末へと向かう。
青空の彼方にて
鈴原りんと
ライト文芸
「この世界でオレたちが生きている理由、繋は知りたくないか?」
親友の一吹に不意にそう言われ、自身が生きる世界への疑問を思い出した西条繋。この世界には、青空しか存在しない、街の外へは出られないなど、常識的に普通とは思えない多くの謎があった。
好奇心から生まれた疑問に、世界への違和感を思い出した繋は、いつメンである四人と共に世界への秘密を探る決心をする。
自分たちがこの学校に通い、この不思議な世界で生きる意味は何なのか。その世界には、一体どんな秘密が隠されているのか。
「秘密」を探しに奮闘する五人の少年少女たちの物語。
◇◇◇
他サイト様にて連載していたものの改稿版となります。
有涯おわすれもの市
竹原 穂
ライト文芸
突然未亡人になり、家や仕事を追われた30歳の日置志穂(ひおき・しほ)は、10年ぶりに帰ってきた故郷の商店街で『有涯おわすれもの市』と看板の掲げられた店に引き寄せられる。
そこは、『有涯(うがい)……生まれてから死ぬまで』の中で、人々が忘れてしまったものが詰まる市場だった。
訪れる資格があるのは死人のみ。
生きながらにして市にたどり着いてしまった志穂は、店主代理の高校生、有涯ハツカに気に入られてしばらく『有涯おわすれもの市』の手伝いをすることになる。
「もしかしたら、志穂さん自身が誰かの御忘物なのかもしれないね。ここで待ってたら、誰かが取りに来てくれるかもしれないよ。たとえば、亡くなった旦那さんとかさ」
あなたの人生、なにか、おわすれもの、していませんか?
限りある生涯、果てのある人生、この世の中で忘れてしまったものを、御忘物市まで取りにきてください。
不登校の金髪女子高生と30歳の薄幸未亡人。
二人が見つめる、有涯の御忘物。
登場人物
■日置志穂(ひおき・しほ)
30歳の未亡人。職なし家なし家族なし。
■有涯ハツカ(うがい・はつか)
不登校の女子高生。金髪は生まれつき。
有涯御忘物市店主代理
■有涯ナユタ(うがい・なゆた)
ハツカの祖母。店主代理補佐。
かつての店主だった。現在は現役を退いている。
■日置一志(ひおき・かずし)
故人。志穂の夫だった。
表紙はあままつさん(@ama_mt_)のフリーアイコンをお借りしました。ありがとうございます。
「第4回ほっこり・じんわり大賞」にて奨励賞をいただきました!
ありがとうございます!
三度目の庄司
西原衣都
ライト文芸
庄司有希の家族は複雑だ。
小学校に入学する前、両親が離婚した。
中学校に入学する前、両親が再婚した。
両親は別れたりくっついたりしている。同じ相手と再婚したのだ。
名字が大西から庄司に変わるのは二回目だ。
有希が高校三年生時、両親の関係が再びあやしくなってきた。もしかしたら、また大西になって、また庄司になるかもしれない。うんざりした有希はそんな両親に抗議すべく家出を決行した。
健全な家出だ。そこでよく知ってるのに、知らない男の子と一夏を過ごすことになった。有希はその子と話すうち、この境遇をどうでもよくなってしまった。彼も同じ境遇を引き受けた子供だったから。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる