魔の鴉がやってくる。SS『開かずの間・自動開閉』

安田 景壹

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『開かずの間・自動開閉』

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 私ことかささぎ八代やしろは、昨年二冊目の著書を上梓した新人の怪奇ライターである。著作はどちらも実話怪談集であり、掲載されている話は全て取材で得たものだ。ライター業は副業なので、次に本を出すのはいつになるかわからないが、三冊目の出版に向けて取材を続けている。
 三冊目のテーマに選んだのは『魔女』と呼ばれる奇妙な人物についてである。彼女はここ最近、全国のいたるところに現れ、様々な怪奇現象の場で目撃されている。


 幸いな事に、私が集めたこの『魔女』にまつわる怪奇体験談が、この度インターネット連載される運びとなった。私にとっては初の連載である。記事がある程度の量になったら、三冊目の著作として出版される予定だ。
 鵲八代名義で連載される事で、狭い怪談文芸業界の中でも他のライターを牽制出来る。『魔女』ネタの実話怪談は、鵲八代が初出という認識が広まれば、類似のネタや企画はやりづらくなるはずだ。自分だけのネタを堂々と発表出来るのは、新人ライターにとっては大きなアドバンテージだろう。


 今のところ、『どうして』、『ぐんちゅう』という二つの原稿を提出している。本稿がサイトにアップされている頃には、すでに連載記事として皆さんの目に触れているはずだ。
前二回を読んでくださった方には、同じ説明をするようで申し訳ないが、連載する記事の性質上、今後もこの連載が『魔女』を追う記事である旨の説明は入れさせていただく。こうしておけば、誰がどの記事から読んでも内容を理解しやすいはずだ。

 件の『魔女』について、簡単に特徴を列挙する。
・比較的最近取材した方から聞いたお話のうち、全く接点のない(内容にも結びつきは見られない)方々の話に、ちょくちょく登場する。
・目撃される地域に法則性はない(どこにでもいる)
・魔女としか呼びようがないほど、魔女らしい格好をしている。黒いとんがり帽に、黒マント。そして黒い長髪である。少女のような外見をしているが、今のところ彼女に年齢を聞いたという目撃者はいない。

 以上を踏まえて、今回のお話を紹介しよう。
 ある一軒家で起きた出来事である。
 人物名や場所には仮称を用いさせていただくが、これは全て実話である。

      〇

「最悪でしたよ」
 お話を伺った大脇さんは、開口一番にそう言った。
 場所は、都内某所の喫茶店である。
 取材には、私の担当編集者である黒井も立ち会っていた。たまたま、同じ日の午前に打ち合わせがあり、大脇さんにも喫茶店に来ていただいたのだ。
「盆休みは例年実家に帰るんですが、今年は行きたくなかったですね。何が起きているのかは親父から聞いていたし、それに……」
 ふっと紫煙を吐き出し、大脇さんは言った。
「実はまだ解決していないんですよ」


 大脇さんの実家には、いわゆる『開かずの間』があった。
 何のことはない、仏壇がある仏間なのだが、その部屋には仏壇以外なにも置いていない。元は祖父や祖母の着物を入れていた箪笥があったが、祖父が亡くなったのを機に部屋から出してしまった。
 以前から、仏間に入ると奇妙な事が起こった。
「誰かがね。話しかけてくるんですよ。遊ぼうとか、こっちに来いとかね。子どもの時ならともかく、俺が高校卒業する頃になってもまだ聞こえてきましたからね」
 大脇さんだけではなく、父も母も、実家で暮らす者全員が、仏間の声を聞いていた。当然、祖父もだ。父は何も知らなかったので、大脇さんは祖父に仏間の声について尋ねてみた。


『あれには返事したらいかん。聞き流しておけばええ。お前くらいの歳にはよく話しかけられるじゃろうが、ワシくらいになれば向こうも関わってこんようになる』
 そういう次第だったので、祖父が存命中、仏間は閉ざされずにいた。
 祖母が生きていた頃は二人で、祖母がなくなったあとは祖父が一人で、仏壇の前で手を合わせているのを見た。時折、父も参加していたが、決まって嫌そうな顔をしていた。そのあと、必ずと言っていいほど、父と祖父は喧嘩をしていた。父は仏壇を処分しようと言うが、祖父はそんな事は出来ないと言って突っ撥ねるのが常だった。
 大脇さん自身は、仏壇に手を合わせた事がない。やろうとしたが、祖父に止められたのだ。
 小さい頃こそ、大脇さんは周りの友人に実在する怪談として仏間の事を言いふらしていたが、信じてもらえなかった。やがて大脇さんは仏間の事を秘密にするようになった。



 祖父が亡くなってからは、父が一人で仏壇に手を合わせていたという。大脇さんは、大学を卒業後は都内で働き始めたので、詳しい事は知らない。
 だが、盆や正月に実家に帰るたび、実家の中が荒れている事に大脇さんは気付くようになった。
 たとえば仏間の周囲からひどい臭いがする。動物のフンのようでもあり、硫黄のような臭いでもある。生ゴミ臭い時もあった。
 原因となるようなものは家の中には見当たらない。そうこうしているうちに臭いが収まり、今度は家の壁にペンキのような緑色の液体がぶちまけられているのを発見する。幸い、液体は念入りにこすれば落ちるが、今度は台所の食器が独りでに棚から飛び出て割れている。飛び出したところを見たわけではないが、割れ方を見るとそんな感じなのだ。


 母はすっかりノイローゼになってしまった。もうこの家にはいたくないと言い、体調を崩してしばらく近所の病院に入院していた。
 大脇さんは対策に乗り出す事にした。このままでは家族が壊されてしまう。
 インターネットで調べた末に、大脇さんは『退魔屋』に行き着いた。
 『退魔屋』はいわゆる拝み屋であり、除霊など、霊障への対処を専門に引き受ける業者の事だ。
 まるでインターネット黎明期のような、イモっぽい造りの退魔屋のサイトで、大脇さんは料金を確認した。対策料として提示された料金は目玉が飛び出るほどだったので、事前調査を念入りにやった。
 詐欺師でない事を入念に確認したうえで、大脇さんは依頼する事にした。やって来たのは、橙色の袈裟に身を包んだお坊さんである。小柄だが、風格のある人だった。


 仏間を案内すると、お坊さんはひどく顔をしかめた。
 お経か呪文かよくわからない言葉をひとしきり唱えたあと、一枚のお札を取り出して言った。
「必要なものは全て取り出して、この部屋を開かずの間にしてください。襖にはこれを貼っておくように」
 それだけか。そう思いながらも、大脇さんは父と協力して言われた通りにした。箪笥を運び出し、襖にお札を貼ったのである。
 不思議な事に、その日からぴたりと大脇家で起きていた怪現象は止んだ。入院中の母も、日に日に以前の明るさを取り戻した。
 大脇さんはお坊さんに礼を言い、結構な額の謝礼を支払った。お坊さんは言葉少なく頭を下げた。
 去り際、お坊さんの顔が強張っていたように見えたのが、少し気になった。
「ここまでが二年前です。二年間は無事でした。ですがね、今年の八月、急に様子が変わってきたんです」


 仏間を開かずの間にしてから、母は退院して家に戻ってきていた。家の構造上、仏間のほうに近付かなくても生活に支障はない。
 異変が起きたのは、盆休みに入る直前の事である。母の入院生活も思い出に変わってきた頃だった。
 その日、父は朝から町内会の会合で出かけていた。家の中には母一人である。元々明るい性格の母で、仏間にまつわる怪現象も努めて忘れられるくらいには肝っ玉の太い人だ。以前はノイローゼで落ち込んだとはいえ、いつまでも同じように怯えてはいない。


 二階のベランダで洗濯物を干し、母は一階に戻ってきた。
 その時、廊下に紙切れが落ちている事に母は気が付いた。
 縦長の薄い紙。何か、くねったような字が書いてある。
 ――あのお札だ。仏間を開かずの間にした、あのお札。
 仏間は一階だが、今いる廊下からは離れている。それに、二階に上がる時にこんなものは落ちていなかった。
 忘れていた恐怖が蘇りつつあった。


 それまで手掛けていた家事を中断し、母は家の外に出て父の帰りを待った。
 経緯を説明すると、父は固い顔をした。また、あの気味の悪さと対峙しなければならないのかと。
 だが、異常が起きているのなら自ら把握しておいたほうが良いのも事実だ。
 父は仏間へと向かった。
 やはり、お札は仏間の襖から剝がれていた。糊を使ってお札を貼り直そうと準備を始めた、その時だった。


 ――ゴォーン、ゴォーン、ゴォーン。
 お寺にあるような大きな鐘を突く音が、仏間から聞こえ、
 自動ドアのように仏間の襖が左右に開いた。
「来い」
 命令するような声がした。祖父(父にとっては父親だが)にも似ているが別人だ。
「来い」
 電気をつけていない仏間は薄暗い。
 父はその中で、黒い影が蠢いているのを見たという。
 人の頭のようなものに、何本もの黒い腕。そこまで見て、父は急いで台所へ戻ると、母を連れて家を出た。


 すぐに大脇さんが呼び出された。確かに気味が悪いし、両親の事も心配だが、大脇さんが行ってどうなるものでもない。
 しかし、行かないわけにもいかないので大脇さんは盆休み早々、実家に戻った。
 途中、二年前にお世話になった例のお坊さんの事務所に電話をかけたが、誰も出なかった。こんな時に、と苦い思いになったが出ない以上は仕方がない。
 お札を貼るための新しい糊を用意したうえで、家の中に入る。両親は少し離れた街のホテルに泊まっているので、家中は静まりかえっている。
 とっとと終わらせるのが吉だ。大脇さんはずんずんと中を進み、仏間へと向かった。


 お札は仏間の少し手前に落ちていた。それを拾い上げると、仏間の襖が見えた。
 閉まっていた。
 仏間の襖はぴたりと閉じていた。父親の話では、仏間で何か気味の悪いものを見てからすぐ逃げ出したので、話の通りなら、襖は開いているべきだ。
 独りでに閉じたという事か……。
 これは、もうお札を付け直すだけでは無理だ。大脇さんは直感した。お坊さんを……退魔屋を呼ばなければ……


 ――ゴォーン、ゴォーン、ゴォーン。
 鐘を突く音がする。天井辺りからだろうか。
 大脇さんは襖から目が離せなかった。まるで調子の悪い自動ドアのように、つっかえつっかえになりながら、襖が独りでに開いていく……。
 トタタタ、と背後で小さな足音がした。
 子どもが走っているような。
 心臓が止まりそうになるというのは、まさにこの事を言うのだろう。廊下の先は行き止まりだ。逃げるなら、来た道を戻るしかない。
 だが、後ろは……
 トントンと。
 誰かが肩を叩いた。
「遊ぼう?」
 耳元で囁かれた子どもの声に大脇さんは喉が裂けんばかりの絶叫を上げた。


 気付いた時には、病院のベッドの上だったという。
 ベッドの脇には、見知らぬ大男と、魔女の格好をした少女がいた。
 大脇さんが何か言う前に、大男と魔女は自分達の事を告げた。
「我々は、二年前にあの家の退魔を担当した○○の知り合いです」
 ○○というのは、無論、あのお坊さんの名前だ。
 二年前、彼はお札を大脇さんの家に預けた後、自ら山中にある御堂に籠り、加持祈祷に励んだのだそうだ。
 大脇家の仏間に潜む怪異は、数世代の時を経て少しずつ根付いてしまったものであるため、生半可な方法では祓えない。


 お坊さん自身の生活を犠牲にし、山中で法力を高め、時間をかけて弱らせ封じ込める。壁についた汚れを少しずつ擦り落とすようなやり方で、怪異を祓おうとしたのだ。
 大脇さんたちに家を出てもらう選択肢もあったのだが、そうした場合、怪異もまた大脇さんたちを探し求めて外に出ようとする危険があった。大脇さんの父母や、その血筋の人間があの家で暮らす事自体、一種封印の役割があったのだという。


「我々は保険です。もし怪異が大きく育ち過ぎてしまった場合は、我々とその仲間であの家の怪異を滅する。まあ、やる事は大がかりになってしまいますが、仕方ありません」
 お坊さんは、盆休みに入る直前あたりに、御堂の中で倒れているところを発見された。かなり衰弱していたが、一命は取り留めたという。
 魔女と大男は、怪異を滅するための準備を急ピッチで整えた。事情を説明に向かった魔女が、家の中で倒れている大脇さんを助けてくれたのだそうだ。
 あの家にいるモノは一体何なのか。大脇さんは思い切って魔女に尋ねた。


「……そうですね。強いて言えば太古の粘菌のようなものです。遠い昔に誰かが持って来てしまったものが、そのまま根付いてしまった」
 これ以上は説明しないと魔女は言った。
 あまり知り過ぎると、その知識が別の怪異を呼んでしまう。だから知ろうとしなくて良いのだという。


 後日、退院した大脇さんは実家の周囲に木材が組まれ、屋根の上にさらに屋根のようなものが組み上げられているのを知った。
 遠くから見ると、外観が神社か寺にでも改装されているような感じである。
「申し訳ありませんが、しばらく立ち入りは出来ません。家の中は、いわば魔界ですので」
 大男がそう説明した。魔女の格好をした少女は、その時は家の中にいたという。
 ホテル暮らしを続けている両親や、自分たちを救うために自らの命を削ったお坊さんの事が頭の中にあったものの、大脇さんは近所の人に何て説明しようと思ったという。


「今週末には、最後の処理が終わる、なんて言ってましたけどねえ……」
 大脇さんは最後にそんな事をぼやいた。
 この話を伺ったのは九月の半ば頃だから、一ヶ月以上、怪異との戦いは続いているようだ。


 大脇さんが帰ったあと、好奇心を抑えられなくなった私は、その場で担当編集の黒井に、追加取材として大脇さんのご実家を訪ねてみたいと伝えたが、あえなく却下された。
 その理由は――
「首を突っ込み過ぎて、余計な怪異を編集部に持ち込まれては困ります」
 という事だ。


 怪談を扱う編集部としては弱腰かもしれないが、そうでなくてもこれ以上は大脇さんのご迷惑にもなりかねない。魔女に迫るチャンスではあったが、私はこれ以上の取材を断念した。
 ちなみに。
 家が神社か寺のように見えるくらいの改装といえば、当然目立つはずである。
 昨今のSNS事情やインターネット事情を鑑みれば、当然画像や動画でアップされていそうなものだ。記事として公開する手前、執筆中も大脇さんのご実家と思われる家がインターネット上にアップされていないか念入りに調べたが、SNSにも動画サイトにもそれらしいものを見つける事は出来なかった。噂話レベルものですら見当たらない。
 著者としても読者の皆様には探さないようお願い申し上げるが、おそらく、ほぼ確実に見つける事は出来ないはずだ。
 怪異の伝播を防ごうとする者たちの意思によるものだと、私は勝手に思っている。


                       了
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