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第三話 蘇我瑞葉のプロローグ

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「美味しい。ハマっちゃうかも」
「まじか。気に入ってくれて嬉しいよ。川崎はとにかくご飯が美味しいよ。大会帰りのご飯なんて最高だね」
「そうなんだ」

 何だか、憧れる。高校の頃は部活もやっていなかったから、そういえば大会というもの自体に縁がない。

「このあと、どうする? またカード屋戻ってもいいけど」
「あー……ちょっと、お茶したいかも」

 濃い味のものを食べたし、それに少し休憩したい。

「オッケー。喫茶店に行こう」

 食べ終えて、店を出る。混んでない喫茶店を探す。とはいえ、日曜のこの時間だ。なかなか混んでいない、というのも難しいだろう。ましてや、ここは川崎である。
 人込みの激しい銀柳街ぎんりゅうがいでは見当たらず、結局一回見て駄目だったチネチッタ通りに戻り、ちょうど席が空いたらしい喫茶店に飛び込んだのは、焼きそば屋を出てから三十分ほどしたあとだった。

「いやあ、ようやく座れたねえ」

 蘇我さんがパッションティーを頼み、わたしはブルーレモネードを注文する。

「……蘇我さんって何者なの?」

 飲み物が運ばれてきて、人心地つくと、わたしは思い切って尋ねた。

「え? どした、急に。あたしそんなに正体不明かな」
「あ、いや、そういうわけじゃなくて……」

 ……いや、違うな。

「……うん。まあ、正体不明といえばそうかも。ゲーム詳しいし、強いし、そのうえプログラミングも得意。濃い食事目当てで飲み会行くけどお酒は飲めないし、結構人懐っこいていうか、懐入るのうまいっていうか。誰とでもすぐ打ち解ける感じあるし。それに」

 ずっと気になっていたもやもやを、わたしはようやく言葉にする。

「何でわたしと仲良くしようとしてくれてるのかなーって」

 蘇我さんは気まずそうに、パッションティーをストローで啜る。

「あー……怪しかった?」
「怪しくは……ないけど。これまで接点なくない? たまたま同じ授業取っていただけっていうか」
「…………ひょっとして本千葉さん、覚えてない?」
「何を?」
「いや、ほら。一年の時」
「一年?」

 一年生の時? 誰かと話した記憶なんてないけれど……。

「まじかよ。見覚えくらいはあるでしょ、あたしに」
「……教室で見たなー、でなく?」
「もっと前。最近じゃない。一年生の時の。ほら新歓の列でさ」

 蘇我さんの目が思い出してくれよーっと言っている。

「……何かしたっけ。わたし」

 全く思い出せない。

「ほら。食堂と図書館の前で新入生を部活に誘ってたじゃん。各部活やサークルがさ」

 蘇我さんが身振り手振り説明する。

「で、あれは、テニスだったか何だったか。とにかくスポーツ系に擬態したいかにもな飲みサーがさ、あたしをしつこく誘ってたわけ。何回も断ってんのに、無理矢理新歓コンパに誘って、何かビール缶みたいなのも開けようとしててさ」

 ――困り果てた蘇我さんがどうにか勧誘を振り払おうとした、その時。

『やめなよ』

 そんな声が、頭上から降って来たのだという。
 その声の主は、地上から食堂二階テラス側にある喫煙所へと繋がる外階段の手すりに、文庫本片手に寄り掛かり、桜吹雪の中、陽光に眼鏡のレンズを光らせ、蘇我さんと飲みサーの連中を見下ろしていたのだそうだ。
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