上 下
3 / 39
第一話 まずはプレイしてみましょう。

3

しおりを挟む
 大事な用を済ませるべく、わたしは足早に帰路を急ぐ。大学から借りているアパートの最寄り駅までは一時間ほどかかるが、用事はどうせわたし一人のものだ。誰かを待たせるわけじゃない。最寄り駅には急行電車が止まらないが、駅周りには活気があった。この辺は住宅街で、近くには小学校や、別の大学があるのだ。

 ケーキ屋で、予約していた一人用ホールケーキを受け取り、コンビニに立ち寄った。少し迷ったが、今日は良し! と自分を許して一・五リットルのジュースを買い、ついでに夕飯を手早く済ませられるよう、適当な弁当を買う。

『世界中で大人気! 《彼方かなた国物語くにものがたり》カードゲームは今年で四十周年! モーソンではコラボ実施中! 店内放送の音声は、あの人気配信者〝azumatsu〟が担当!』

 世は空前のトレーディングカードゲームブーム、なのだそうだ。国産、舶来を問わず、多種多様なトレーディングカードゲームが売れ、大会が開催され、コラボグッズが出ている。物理的なカードからデジタルカードゲームまで、あるいは物理的なカードゲームのデジタル版まで、実に多くのカードゲームが巷に溢れている。

 当然、今や立派な職業となったゲーム配信でもカードゲームのプレイを見る事は多い……のだそうだ。

「ありがとうございましたー」

 店員の声を背に、これ以上店内放送を聞かないように、コンビニを出る。
 別に、長居しなくていい。今日というは自分のために使うんだから。
 放送なんか、聞かなくていい。今では街のいたるところで聞けるんだから。

「ただいまー」

 誰もいないけど、アパートの部屋に帰ってわたしは挨拶の言葉を口にする。鍵を閉める。部屋に上がる。荷物を置いて、手洗い、うがい。一人暮らしも一年でずいぶん慣れた。

 買ってきた弁当を温め、ぱっぱと食事を済ます。洗い物を済ませると大き目の皿を出し、買ってきた一人用のホールケーキを出す。グラスにジュースを注ぐ。

 ネガティブな事は考えない。今日は大事な日だ。

「誕生日おめでとう。わたし」

 四月十二日。大学生。二回目の春。
 わたしはとうとう二十歳になった。

 今朝がた、両親からはメッセージをもらった。蘇我さんからの飲み会の誘いは断ってしまったが仕方ない。今日は金曜日。次のバイトは月曜日。それまで予定はない。これから、土曜、日曜と時間を使える。

 二十歳の誕生日は、ずっと前から、こうしようと決めていた。変えるのだ。自分を。いつまでもネガティブに過ごしていては駄目だ。

 苦手を、苦手のままにしていては駄目だ。

「今日で決着をつけてやる」

 言って、わたしはコントローラーを手に取ると、ゲーム機の電源を入れた。
しおりを挟む
1 / 3

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

猫と話をさせてくれ

現代文学 / 連載中 24h.ポイント:99pt お気に入り:7

ー 殉情の紲 ー

ライト文芸 / 連載中 24h.ポイント:56pt お気に入り:69

片思いに未練があるのは、私だけになりそうです

青春 / 完結 24h.ポイント:227pt お気に入り:27

『別れても好きな人』 

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:227pt お気に入り:10

境界のクオリア

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:12

処理中です...