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第五章
影の中で 19
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「それだよ。静星さん、君は――」
静星の顔が、どこか追い詰められたような表情をしていた。
「ずっと遊んでいたかったんじゃないのか。学校の後輩として、先輩たちと」
「違う! わたしは、あくまであんたら格下を試しただけで」
「なるほどね」
那美が、くねくねモドキの影から現れた。
「私たちの事を先輩と呼び続けるのも、遊びの一つ。あなたはずっとごっこ遊びをしていたかったんだ。戦いごっこに、後輩ごっこを」
那美の目が昏く、静星を見つめた。
「呪術師ごっこも、ね」
「違う! 全然違う!」
まるで駄々っ子のように、静星は唾を飛ばして叫ぶ。
「わたしはこの世を呪ってやるんだ! この世界を呪ってやるんだ! わたしを見捨ててのうのうとのさばっていた奴らに思い知らせてやるんだ。怪物になって、この世界を滅ぼしてやるんだ!」
「そんなの出来ないよ。だって……」
煌津は、一歩静星に近付いた。
「君は今も、人間でいたがっているんだから」
「違う! 違う! 違う! わたしは呪術師だ! もう人間じゃない。人間になんて、戻りたくもないんだ!!」
静星は泣いていた。そこにいるのは、サターン・レディでも、呪術師でもなかった。人間として生まれて、人間として傷つき、そして人間ではないものになってしまった、ただの女の子だった。
「わかった。サターン・レディ」
炫毘の燃え盛る剣を、煌津は静星に向ける。
「終わりにしよう。君が背負ってしまったものは、俺が祓う」
「やってみろ。やってみやがれ。ぽっと出の退魔屋モドキが、このわたしに敵うと思うなよ」
静星が、構えた。突進の姿勢だ。煌津も同様に構えた。
――静寂。
次の瞬間、煌津は動いた。黒い靄を噴出させながら、静星も突っ込んでくる。
ガン! 金属と金属が噛み合い、大ハサミが宙を舞う。
「まだだ!」
静星が振り向きざまの一撃を狙う。煌津はその一瞬のタイムラグを逃さなかった。
煌めく炎の剣が、静星の胴体を突き刺した。黒い靄となって躱す事の出来ないタイミングだった。
「あ……」
静星が、小さく声を上げた。
血は流れない。出るのは呪力である黒い靄だけだ。
那美が、煌津が剣の柄を握る手に、そっと自分の手を重ねた。
「穂結君」
言われなくても、何をするかはわかっていた。
那美の凛とした声に、煌津は合わせる。
「「掛けまくも畏き伊邪那岐、伊邪那美大神の大前に畏み畏みも白さく、諸の罪、穢れ、禍事に囚われ、我留羅と成りし魂魄を憐れみ給い、慈しみ給い、導き給え。セイ、ジン、チ、ジャ、タイ、ウン、メイ――」」
静星の目が、煌津を見た。涙を流し続けた女の子の目が。
「「ぐるりぐるりと」」
静星の体に、ぼうっと、炎が灯った。
静星だけではない。無数に屹立するくねくねモドキ、巨大なハサミ女の体にも炎が灯る。
「おめでとう……ございます。先輩。勝てましたね」
音も立てず燃える炎の中で、静星乙羽は言った。
「これで呪詛は消えますよ。良かったですね。嬉しいでしょう?」
嬉しくはない。安心したのはそうかもしれないが、嬉しいとは違う。そう言おうとしたが、静星の顔を見ていると何も言えない。
「一生続く戦いの始まりです。せいぜい頑張る事ですね。わたしは……」
静星は、笑った。
「一足先にお休みします」
そうして、静星乙羽は炎の中で消えた。
くねくねモドキを燃やしていた炎が消え去ると、赤い靄もまた晴れていた。
河原の風景は、いつもとどこも変わらない。
「穂結君、あれ!」
那美が、川のほうを指差した。見れば、三原稲が川のほとりに流れ着いていた。
煌津は包帯を伸ばし、稲の全身を包帯でくるんで、自分の傍まで寄せた。
「吸い取る包帯――」
稲をくるんだ包帯が、たちまち水分を吸い上げ始める。これで彼女の体が冷える心配はない。あとは病院に連れて行かなければ。
西の空に夕日が落ちつつあった。灰褐色の雲の間に見える夕日は、平穏とも不穏とも言えない気持ちにさせた。
「まだ終わっていない」
那美が言った。
「静星乙羽が呼び出した我留羅は、まだ全部見つかっていない。それに今日の一件で、何かほかの影響も出ているかもしれない。調査をしないと」
「一生続く戦いの始まり……」
静星が言った事を、ふと言ってみる。
「怖くなった?」
からかうふうでもなく、静かな口調で那美は問う。
「いいや、やるよ」
これは九宇時那岐が通った道でもある――……
「本当にいいの? 先に待つのは後悔だけかもしれない。我留羅との戦いで死ぬかもしれない。ちょっと腕に覚えがあるだけの素人として生きているほうが、ずっと楽なんじゃないの?」
「出来る事があるのに、やらないままでいるのは良くないよ。心霊現象なんて、身近にあるものなんだし」
煌津は三原稲を両腕で抱えて立ち上がる。
「魂ある者全て。闇から救う」
ふと、煌津はすぐ傍に千恵里の気配を感じた。
『呪いのビデオとリボルバー編』了
静星の顔が、どこか追い詰められたような表情をしていた。
「ずっと遊んでいたかったんじゃないのか。学校の後輩として、先輩たちと」
「違う! わたしは、あくまであんたら格下を試しただけで」
「なるほどね」
那美が、くねくねモドキの影から現れた。
「私たちの事を先輩と呼び続けるのも、遊びの一つ。あなたはずっとごっこ遊びをしていたかったんだ。戦いごっこに、後輩ごっこを」
那美の目が昏く、静星を見つめた。
「呪術師ごっこも、ね」
「違う! 全然違う!」
まるで駄々っ子のように、静星は唾を飛ばして叫ぶ。
「わたしはこの世を呪ってやるんだ! この世界を呪ってやるんだ! わたしを見捨ててのうのうとのさばっていた奴らに思い知らせてやるんだ。怪物になって、この世界を滅ぼしてやるんだ!」
「そんなの出来ないよ。だって……」
煌津は、一歩静星に近付いた。
「君は今も、人間でいたがっているんだから」
「違う! 違う! 違う! わたしは呪術師だ! もう人間じゃない。人間になんて、戻りたくもないんだ!!」
静星は泣いていた。そこにいるのは、サターン・レディでも、呪術師でもなかった。人間として生まれて、人間として傷つき、そして人間ではないものになってしまった、ただの女の子だった。
「わかった。サターン・レディ」
炫毘の燃え盛る剣を、煌津は静星に向ける。
「終わりにしよう。君が背負ってしまったものは、俺が祓う」
「やってみろ。やってみやがれ。ぽっと出の退魔屋モドキが、このわたしに敵うと思うなよ」
静星が、構えた。突進の姿勢だ。煌津も同様に構えた。
――静寂。
次の瞬間、煌津は動いた。黒い靄を噴出させながら、静星も突っ込んでくる。
ガン! 金属と金属が噛み合い、大ハサミが宙を舞う。
「まだだ!」
静星が振り向きざまの一撃を狙う。煌津はその一瞬のタイムラグを逃さなかった。
煌めく炎の剣が、静星の胴体を突き刺した。黒い靄となって躱す事の出来ないタイミングだった。
「あ……」
静星が、小さく声を上げた。
血は流れない。出るのは呪力である黒い靄だけだ。
那美が、煌津が剣の柄を握る手に、そっと自分の手を重ねた。
「穂結君」
言われなくても、何をするかはわかっていた。
那美の凛とした声に、煌津は合わせる。
「「掛けまくも畏き伊邪那岐、伊邪那美大神の大前に畏み畏みも白さく、諸の罪、穢れ、禍事に囚われ、我留羅と成りし魂魄を憐れみ給い、慈しみ給い、導き給え。セイ、ジン、チ、ジャ、タイ、ウン、メイ――」」
静星の目が、煌津を見た。涙を流し続けた女の子の目が。
「「ぐるりぐるりと」」
静星の体に、ぼうっと、炎が灯った。
静星だけではない。無数に屹立するくねくねモドキ、巨大なハサミ女の体にも炎が灯る。
「おめでとう……ございます。先輩。勝てましたね」
音も立てず燃える炎の中で、静星乙羽は言った。
「これで呪詛は消えますよ。良かったですね。嬉しいでしょう?」
嬉しくはない。安心したのはそうかもしれないが、嬉しいとは違う。そう言おうとしたが、静星の顔を見ていると何も言えない。
「一生続く戦いの始まりです。せいぜい頑張る事ですね。わたしは……」
静星は、笑った。
「一足先にお休みします」
そうして、静星乙羽は炎の中で消えた。
くねくねモドキを燃やしていた炎が消え去ると、赤い靄もまた晴れていた。
河原の風景は、いつもとどこも変わらない。
「穂結君、あれ!」
那美が、川のほうを指差した。見れば、三原稲が川のほとりに流れ着いていた。
煌津は包帯を伸ばし、稲の全身を包帯でくるんで、自分の傍まで寄せた。
「吸い取る包帯――」
稲をくるんだ包帯が、たちまち水分を吸い上げ始める。これで彼女の体が冷える心配はない。あとは病院に連れて行かなければ。
西の空に夕日が落ちつつあった。灰褐色の雲の間に見える夕日は、平穏とも不穏とも言えない気持ちにさせた。
「まだ終わっていない」
那美が言った。
「静星乙羽が呼び出した我留羅は、まだ全部見つかっていない。それに今日の一件で、何かほかの影響も出ているかもしれない。調査をしないと」
「一生続く戦いの始まり……」
静星が言った事を、ふと言ってみる。
「怖くなった?」
からかうふうでもなく、静かな口調で那美は問う。
「いいや、やるよ」
これは九宇時那岐が通った道でもある――……
「本当にいいの? 先に待つのは後悔だけかもしれない。我留羅との戦いで死ぬかもしれない。ちょっと腕に覚えがあるだけの素人として生きているほうが、ずっと楽なんじゃないの?」
「出来る事があるのに、やらないままでいるのは良くないよ。心霊現象なんて、身近にあるものなんだし」
煌津は三原稲を両腕で抱えて立ち上がる。
「魂ある者全て。闇から救う」
ふと、煌津はすぐ傍に千恵里の気配を感じた。
『呪いのビデオとリボルバー編』了
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