ぐるりぐるりと

安田 景壹

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第五章

影の中で 10

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 ――波の音が聞こえる。
 埃の臭いを嗅ぎ取って、煌津は目を覚ました。ひどく汗をかいている。手を見ると、指ぬきグローブがない。包帯もだ。変身が解けている。
 煌津は辺りを見回す。どうやら、居間のようだった。出しっぱなしの炬燵、散らばった本、散らばった衣類。
「っ、九宇時さん」
 やはり変身が解けて銀髪に戻った那美が近くに倒れていた。何度か声をかけて、揺さぶる。
「……っ、穂結君?」
「大丈夫?」
「私は平気。……ここは?」
 那美の目が、古いテレビを見た。そして山積みになって崩れたビデオテープを見た。
「まさか、ここは……」
 那美が呟く。煌津は炬燵の上を見た。
 あの時見た、あるであろうはずの物が見当たらない。
「九宇時さん、外へ」
 言うが早いか、煌津は玄関へと駆けた。那美もそれに続く。
 外の様子がおかしかった。青、赤、緑。さまざまな色の光が、滑らかな膜のようになって、家や家の前の道、そして向かいの鬱蒼とした森を覆っている。
 煌津は家の前の看板を見る。やはり、間違いない。
 ――《あだむの家》
「まさか、こんなタイミングでここへ戻るとはね」
 声が聞こえた。静星の声が。
 家のすぐ傍で、静星は海を眺めていた。煌津たちと同じように、静星もまた変身が解けている。栗毛色の長い髪を揺らし、手にはノートと、ビデオを持っている。
「そのビデオ……」
 静星は振り返り、ラベルの側を見せてにやりと笑った。ラベルには『変身』と書いてある。
「返せ!」
 駆け出そうとした煌津に対して、静星は崖っぷちに隠してあった剣を抜いた。天羽々斬を。
「何で、全部取られているの」
 那美が苦々しげに煌津に耳打ちする。
「怒らないで、九宇時先輩。わたしのほうが早く起きたってだけだから」
「ここで止まっているわけにはいかないんだ!」
 煌津は叫んだ。
「いいかい。ここは、十二時間で元の世界の半年分の時間が経過する! 一分でおよそ六時間ほどだ! ぐずぐずしていたら、全員揃って浦島太郎だぞ!」
「知っているよ」
 煌津は静星が手に持ったノートに目をやった。
「それ読んだからだろ」
「いいえ、違う。これを書いたのはわたしだもの。わたしはここをよく知っている」
 剣を地面に突き刺し、静星はノートを放り投げる。
『運悪くこの世界にたどり着いてしまった方へ』
 ノートの一節が見えた。
「君が……?」
「昔々の事だよ。事情があってね、小さかったわたしは、厄介な悪霊に目を付けられてしまって、安全のために山に隠された」
 淡々と、静星は言った。
「山の中を何日も彷徨い、気が付くと、この世界に来ていた。青い海と、青い空と、廃屋一歩手前の一軒家しかないこの世界にね。そうして何日も、助けがくるのを待っていた」
 煌津は、小さな女の子が、真っ暗なあのあだむの家の中にいる様子を想像した。物音は、波の音だけだろう。この世界に、夜はくるのだろうか。
「でも、何日待っても誰も来なかった。わたしはずっと小さな女の子のまま、あの家で暮らした。ある日、知らない男がやってきて、この世界からわたしを元の世界に連れ戻した。でも、元の世界に着いても、両親は迎えには来なかった。そこでようやくわかったの。両親はわたしを隠したんじゃなくて、捨てたんだって。自分たちの安全のためにね!」
 静星の顔が怒りに歪む。
 つい今の今まで、命を削るやり取りをしていた相手が、今はただの人間のように怒りを露わにしていた。何年も、心の中に突き刺さったままの楔が、彼女を苦しめているのだ。その痛みが怒りを呼び、憎しみを増幅させ、彼女に闇への道を歩ませたのだ。
「わたしは人間の世界への情を捨てた。呪術師となり、闇霧の世界の存在を知り、その一員となろうと決めた。当然のように幸福を享受する奴らを、苦しみのどん底まで落としてやろうと決めたんだ!」
 ノートから黒い靄が噴出する。呪力だ。何年もノートに蓄積された呪力が立ち昇り、稲妻のようにスパークしている。
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