ぐるりぐるりと

安田 景壹

文字の大きさ
上 下
87 / 100
第五章

影の中で 6

しおりを挟む
 ――結界が震えている。
 聖ジョージ総合病院の正門の前で、九宇時加茂かもは静かに敵がくるのを待っていた。出で立ちは紋
入りの紫袴の装束。全盛期には劣るものの、加茂の霊能力は今なお鋭く、街中のほんの僅かな悪し
き気配でさえ見逃しはしなかった。
 加茂が一線を退き、息子の那岐に退魔屋業を託したのは、肺の病のせいである。魔力で緩和する
事で何とか膠着状態を保っているものの、本来であれば戦うのは厳しい。だが、相手があのハサミ女
と知った以上、戦わないわけにはいかなかった。魔力を込めた鉱石を飲み込み、常時体を回復させ
ているような状態で、加茂は愛用の武器を手にここで門番をしている。鈴木と佐藤には中の守りを
任せてある。二人は宮瑠璃の我留羅には太刀打ち出来ないが、院内の守りは何も生きた人間だけ
ではない。巫術、魔術を始めとする数々のトラップも仕掛けてある。
「――来たか」
 椅子から立ち上がり、加茂の目は邪気の気配を追った。
 曇天の空の下を黒い何かが駆けてきた。
 結界を察知してか、はたまた加茂を察知しての事か、黒い何かは、正門より数メートル手前で止
まった。
 ハサミ女。
 以前とは微妙に姿も違うし、呪力はそれほど強くないが、それでも恐ろしい相手だ。手には、あの忌まわしい大きなハサミと、見知らぬ少女の襟首を掴んでいる。
「十年ぶりだな」
 両腰のホルスターから、グロッグ17Lを抜きながら、加茂はハサミ女に言った。
 相手は、無言だ。元より言葉を発するタイプの我留羅ではない。
 手に持った少女を放り捨て、ハサミ女は大きなハサミを構える。
 かつて、息子と一緒に封じ込めた我留羅だ。何故今になって復活したのかはわからないが……。
「今日は私一人だが、我慢してもらおう。今度こそ貴様を祓ってやる」
 二挺拳銃から雷電を纏った銃弾が発射される。ハサミ女の体に銃弾が着弾する手前で、大きなハサミが甲高い音を立てて、銃弾を弾き飛ばす。
「弾道が読めているのか」
 しかし、それは想定の範囲内だ。加茂は怯まずに攻撃を続ける。動きは早いが、予想出来る。雷電を纏った銃弾が、ハサミ女の体を掠める。悪くない。もう一押しといったところか。
 ハサミ女が、動く。目で追える。呪力でも追えている。狙いは外さない。次こそ、当てる――
「――!?」
 すんでのところで、加茂は照準を外して構え直した。
 ハサミ女は、自らが放り捨てた少女の前に立っていた。ここから見るに、少女は衰弱しているがまだ息はある。彼女も早く助けなければ。
 ハサミ女が、大きなハサミを地面に突き刺す。それから少女の胸倉を掴み、持ち上げる。
「何をする気だ……」
 ハサミ女の指が、少女の服を貫通する。血は、流れていない。突き刺したわけではない。霊体であるハサミ女の指が、少女の体を透過したのだ。
「……まさか」
 ハサミ女の狙いに気付き、加茂は決死の覚悟で接近する。危険だ。今すぐ止めなければ!
 ぞぶり、ぞぶり、と。生々しい音が聞こえる。加茂は銃を構える。狙いを定める。
 ――いや、駄目だ。間に合わない……!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

黒龍の神嫁は溺愛から逃げられない

めがねあざらし
BL
「神嫁は……お前です」 村の神嫁選びで神託が告げたのは、美しい娘ではなく青年・長(なが)だった。 戸惑いながらも黒龍の神・橡(つるばみ)に嫁ぐことになった長は、神域で不思議な日々を過ごしていく。 穏やかな橡との生活に次第に心を許し始める長だったが、ある日を境に彼の姿が消えてしまう――。 夢の中で響く声と、失われた記憶が導く、神と人の恋の物語。

『イケメンイスラエル大使館員と古代ユダヤの「アーク探し」の5日間の某国特殊部隊相手の大激戦!なっちゃん恋愛小説シリーズ第1弾!』

あらお☆ひろ
キャラ文芸
「なつ&陽菜コンビ」にニコニコ商店街・ニコニコプロレスのメンバーが再集結の第1弾! もちろん、「なっちゃん」の恋愛小説シリーズ第1弾でもあります! ニコニコ商店街・ニコニコポロレスのメンバーが再集結。 稀世・三郎夫婦に3歳になったひまわりに直とまりあ。 もちろん夏子&陽菜のコンビも健在。 今作の主人公は「夏子」? 淡路島イザナギ神社で知り合ったイケメン大使館員の「MK」も加わり10人の旅が始まる。 ホテルの庭で偶然拾った二つの「古代ユダヤ支族の紋章の入った指輪」をきっかけに、古来ユダヤの巫女と化した夏子は「部屋荒らし」、「ひったくり」そして「追跡」と謎の外人に追われる! 古代ユダヤの支族が日本に持ち込んだとされる「ソロモンの秘宝」と「アーク(聖櫃)」に入れられた「三種の神器」の隠し場所を夏子のお告げと客観的歴史事実を基に淡路、徳島、京都、長野、能登、伊勢とアークの追跡が始まる。 もちろん最後はお決まりの「ドンパチ」の格闘戦! アークと夏子とMKの恋の行方をお時間のある人はゆるーく一緒に見守ってあげてください! では、よろひこー (⋈◍>◡<◍)。✧♡!

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...