ぐるりぐるりと

安田 景壹

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第五章

影の中で 5

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「遅いよ! どこ行ってたんだ!」
「どこにも行っていない。ただちょっとズレた層で様子を伺っていただけ」
「俺、結構やばかったんだよ!?」
「知ってる。よく切り抜けたね」
「嬉しくない! 褒められたって!」
 言いながら、煌津は那美の横に並び立つ。
「ふ、ふふふ、あはははは」
 光の箱の中で、静星が堪え切れず笑い出した。
「静星さん……まさか、あなたが黒幕だったとはね」
 那美の言葉にも、静星は笑ったままだ。
「ふふふ、九宇時先輩。わたしの記憶を消せなくて残念でしたね」
 静星の余裕は崩れていない。煌津は剣を身構えた。
「記憶を消す必要はなくなった。あなたにはこれから、知っている事を洗いざらい吐いてもらう必要
がある。手始めにここを抜けさせてもらう」
「はっ。先輩。まさか、この程度でわたしを捕まえたつもりでいるんじゃないでしょうね」
 スナップを利かせた裏拳で、静星が光の壁を叩くと、たちまちバリン! という小気味良い音立て
て、四枚の光の壁が割れる。
「行きなさい、ハサミ女。わたしは先輩らと遊んでいく」
「嫌だっ! 助けて九宇時君! 助けて!」
 稲の悲鳴が不気味な空間に木霊する。
「待っ――」
 追いかけようとする煌津を、那美は手で制した。
「九宇時さん!?」
「大丈夫」
 ハサミ女は無表情に泣き叫ぶ稲を連れて、後方に開いた〝切れ目〟に姿を消した。
「大丈夫って!」
「向かったのは病院でしょう。あそこにはお義父さんたちが待ち構えている。ここであいつと静星さ
んの二人を相手にするよりはいい」
「へえ、自信ないんだ?」
 自由になった静星は挑発的に言った。
「誰にも邪魔されずにあなたをボコボコにしてやりたいの。ムカつくから」
 いつもと変わらない口調で、那美は言い返す。静星の顔が歪んだのは苛立ちのせいか。
「やってみなよ。退魔屋チェンジも出来ない程度の魔力で!」
「穂結君、行くよ!」
 言うが早いか、那美はリボルバーを構えて飛び出した。退魔屋チェンジしていないのに、気付くの
が一瞬遅れる。静星の側面に回り込み、容赦なく銃弾をぶっ放す。煌津は正面から斬りかかる。射
線上でお互いがかち合うのを防ぐため、挟み撃ちには出来ない。
「はははっ! 無駄無駄!」
 黒い靄に姿を変え、静星は二人の攻撃を躱す。動きを止めなければ駄目だ。煌津は、一度剣を上
へ放り投げる。
「絡み付く包帯!」
 両手から射出したうじゃうじゃとした包帯が、静星に襲い掛かる。
「だーかーらー、無駄だってば!」
 黒い靄と化した静星の体のせいで、包帯の先端が攻撃を外した、かのように見えた。
「今だ! 吸い取る包帯!」
 瞬時に包帯の特性を切り替え、黒い靄を吸い上げる。
「ちょっと吸ったらすぐ吐き出せ!」
 うじゃうじゃとした包帯は、まるで水飲み鳥のように靄をちょっと吸ってはすぐに吐き出し、またすぐに吸い上げる。ハサミ女を吸い上げた時の二の舞にはならない。
「ちょっ! 気持ち悪! 何すんの!」
 思わず実体に戻った静星が苛立たしげに叫んだ時、少し離れたところから放たれた銃弾が、その胴体を貫く。
「ぐっ!」
 浄力の込められた銃弾を喰らっても、静星には大してダメージになっていないようだ。それなら。
「炫毘!」
 左手からの光り輝く炎の攻撃に、静星はたまらず後ろに下がる。
「ああ、もう! 邪魔くさい!」
 黒い紐の気配を感じ、煌津は一瞬後ろにステップする。が、駄目だ。手のほうは避けたが、足のほうは紐で括られ、煌津は地面に倒れる。すぐ近くに、放り投げた天羽々斬が突き刺さった。
「ぐっ!」
「ははっ! そこで寝てな、先輩!」
 静星の嘲笑が聞こえる。銀色の髪が、その後ろに迫っていた。
「ノウマクサンマンダバサラダンセンダンマカロシャダヤソハタヤウンタラタカンマン」
 真言を唱えながら、那美が距離を詰め、リボルバーを軽く回す。
「退魔屋チェンジ!」
 桜色の光に包まれ、巫女姿へと変じた那美が、リボルバーの引き金を引く。浄力の高められた銃
弾が、静星の胴体を貫いた。呻き声が上がる。
 だが、服に穴は空いたものの、血の一滴さえ出てきはしない。
 那美は煌津に近付き、右手で刀印を作って黒い紐の上で斬るような動作をした。たちまち黒い紐が斬られ、煌津の足は自由になる。
「ありがとう」
「いいから立って。まだ終わっていない」
 頷き、煌津は地面に刺さった天羽々斬を抜く。
「退魔屋……チェンジ。そこそこ回復していたってわけね」
 撃たれた箇所を抑えながらも、静星は不敵に笑みを浮かべていた。
「確かに。二対一ではこちらの分が悪い」
 煌津と那美は、じりじりと距離を詰めている。黒い靄が漂い始めた。何かをする気だ。
「それに、こんな格好じゃあ戦い辛い」
 栗毛色のポニーテールを解き、手をくるっと回す。
 現れたのは、リングだ。円盤の中身がないような、まるで薄い刃物のようで平べったく、内側に特に黒い円、外側に特に白い円が走っている。
「あれは……何?」
 那美が訝しげに呟く。
「《古き神の環サターン・リング》は特別な呪物。わたしに力を与えてくれる」
 黒い靄が静星を覆っていく。その中で、稲光が弾ける。サターン・リングと呼ばれた輪っかが静星の頭上に移動し、瞬時に広がる。
「呪術師チェンジ」
 サターン・リングが静星の頭からつま先まで下りて、黒い靄を実体化させていく。ボディスーツのようでありながら、鎧めいたプレートをつけたスーツ。下ろした髪は真っ黒に染まり、エネルギーが満ちている事を示すかの如く、揺らめく。
 静星の瞳の色は、紫へと変じていた。全身に満ちているのは、呪力だ。
「さあ、もう少しだけ続けましょうか」
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