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第五章
影の中で 2
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壁がひしゃげる音が、背後した。背後から、長いブロックが飛び出す。壁だ。廊下の壁に、賽の目状の切り込みが入り、ブロック体となって波打っている。いや、壁だけじゃない。廊下の床、天井、照明。全てが悪趣味な映像のように揺らめいている。
「異層転移については、最初に会った時に講義したね。霊的なエネルギーが負の方向に作用する事で、生物がいる層に影響を与える。これはその応用編――《万華鏡工法》」
くるっ、と静星が手を回す。その瞬間、分割された天井や床や壁のブロックが一斉に射出された。突風が吹いたかのように、煌津の体もまた飛ばされる。射出されたブロックは縦横無尽に行き交い、時にはさながら万華鏡の如く揺らめきながら、組み上げられていく。その中で、煌津は飛び交うブロックの流れに逆らえず、あちらこちらにぶつかった。
「ぐうっ!」
地面に叩き落とされる。あっという間に、景色は一変していた。家の中にいたはずが、今はどことも知れぬ広い場所だ。等間隔に灯篭が立っているが、それは奇妙だった。灯篭は、よく見ればフローリングの床のような柄であったり、白い壁紙で出来ていたりしている。空は暗く、黒い。等間隔に並び立つ灯篭群は、無限の空間の中に広がっているようだった。
「異界……?」
「そんな大それたものじゃない。あくまで空間を改変しただけだよ」
煌津は上を見上げた。ハサミ女を従えて、稲を抱えた静星が空から下りてきた。
「呪力はあらゆるものに負の力を与える。呪う力が強ければ強いほど、世界をイカれた形に変化させる」
体は痛んでいるが、天羽々斬を杖代わりにして煌津は立ち上がった。寝転がっている暇はない。
「何が言いたいのかよくわからないけど、つまり君は何をしようっていうんだ」
「世界中を呪いで満たせたら楽しいと思わない?」
黒い靄が椅子を形作り、静星はそれに座った。稲は静星に抱きかかえられている。傍らにハサミ女が控えていて、無闇に手を出せば返り討ちにされるだろう。
「思わないね。中二病的な妄想じゃないか」
「ああ、そういう事言う奴一番嫌い。わたしはこの世界を改変したいの。闇の存在を知らず、ぬくぬくと一生を終えていく有象無象どもがのさばるこの世界に、現実を教えてやりたいんだよ」
「現実……?」
「平和な日向にいられるのは当然の権利じゃない。努力の結果でも、積んできた善行の数でもない。この奇怪で理不尽な世界では、安全や幸せを得られるのは須らく運なんだ。ただ運が良かっただけの連中が、わたしのような者の存在を無視し、人生を謳歌していく。そんな横暴を許せると思う? 奴らに教えてやるんだよ。お前たちはいつでも、影の中に堕ちるんだというという事をね!」
まるで自分の言葉で怒っているかのように、静星は熱っぽく語る。空間の中で、瘴気のようなものが増して息苦しくなる。
「だから世の中を呪おうっていうのか。そんな理屈が通るわけがないだろ」
「わたしの感情をこの程度の会話で理解してもらおうとは思わない」
灯篭の影で、うねうねと蠢くものがあった。直立した真っ白な芋虫のようで、くねくね、くねくねと動いている。一体ではない。そこら中にいる。
「異層転移については、最初に会った時に講義したね。霊的なエネルギーが負の方向に作用する事で、生物がいる層に影響を与える。これはその応用編――《万華鏡工法》」
くるっ、と静星が手を回す。その瞬間、分割された天井や床や壁のブロックが一斉に射出された。突風が吹いたかのように、煌津の体もまた飛ばされる。射出されたブロックは縦横無尽に行き交い、時にはさながら万華鏡の如く揺らめきながら、組み上げられていく。その中で、煌津は飛び交うブロックの流れに逆らえず、あちらこちらにぶつかった。
「ぐうっ!」
地面に叩き落とされる。あっという間に、景色は一変していた。家の中にいたはずが、今はどことも知れぬ広い場所だ。等間隔に灯篭が立っているが、それは奇妙だった。灯篭は、よく見ればフローリングの床のような柄であったり、白い壁紙で出来ていたりしている。空は暗く、黒い。等間隔に並び立つ灯篭群は、無限の空間の中に広がっているようだった。
「異界……?」
「そんな大それたものじゃない。あくまで空間を改変しただけだよ」
煌津は上を見上げた。ハサミ女を従えて、稲を抱えた静星が空から下りてきた。
「呪力はあらゆるものに負の力を与える。呪う力が強ければ強いほど、世界をイカれた形に変化させる」
体は痛んでいるが、天羽々斬を杖代わりにして煌津は立ち上がった。寝転がっている暇はない。
「何が言いたいのかよくわからないけど、つまり君は何をしようっていうんだ」
「世界中を呪いで満たせたら楽しいと思わない?」
黒い靄が椅子を形作り、静星はそれに座った。稲は静星に抱きかかえられている。傍らにハサミ女が控えていて、無闇に手を出せば返り討ちにされるだろう。
「思わないね。中二病的な妄想じゃないか」
「ああ、そういう事言う奴一番嫌い。わたしはこの世界を改変したいの。闇の存在を知らず、ぬくぬくと一生を終えていく有象無象どもがのさばるこの世界に、現実を教えてやりたいんだよ」
「現実……?」
「平和な日向にいられるのは当然の権利じゃない。努力の結果でも、積んできた善行の数でもない。この奇怪で理不尽な世界では、安全や幸せを得られるのは須らく運なんだ。ただ運が良かっただけの連中が、わたしのような者の存在を無視し、人生を謳歌していく。そんな横暴を許せると思う? 奴らに教えてやるんだよ。お前たちはいつでも、影の中に堕ちるんだというという事をね!」
まるで自分の言葉で怒っているかのように、静星は熱っぽく語る。空間の中で、瘴気のようなものが増して息苦しくなる。
「だから世の中を呪おうっていうのか。そんな理屈が通るわけがないだろ」
「わたしの感情をこの程度の会話で理解してもらおうとは思わない」
灯篭の影で、うねうねと蠢くものがあった。直立した真っ白な芋虫のようで、くねくね、くねくねと動いている。一体ではない。そこら中にいる。
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