ぐるりぐるりと

安田 景壹

文字の大きさ
上 下
83 / 100
第五章

影の中で 2

しおりを挟む
 壁がひしゃげる音が、背後した。背後から、長いブロックが飛び出す。壁だ。廊下の壁に、賽の目状の切り込みが入り、ブロック体となって波打っている。いや、壁だけじゃない。廊下の床、天井、照明。全てが悪趣味な映像のように揺らめいている。
「異層転移については、最初に会った時に講義したね。霊的なエネルギーが負の方向に作用する事で、生物がいる層に影響を与える。これはその応用編――《万華鏡工法カレイドスコープ・メソッド》」
 くるっ、と静星が手を回す。その瞬間、分割された天井や床や壁のブロックが一斉に射出された。突風が吹いたかのように、煌津の体もまた飛ばされる。射出されたブロックは縦横無尽に行き交い、時にはさながら万華鏡の如く揺らめきながら、組み上げられていく。その中で、煌津は飛び交うブロックの流れに逆らえず、あちらこちらにぶつかった。
「ぐうっ!」
 地面に叩き落とされる。あっという間に、景色は一変していた。家の中にいたはずが、今はどことも知れぬ広い場所だ。等間隔に灯篭が立っているが、それは奇妙だった。灯篭は、よく見ればフローリングの床のような柄であったり、白い壁紙で出来ていたりしている。空は暗く、黒い。等間隔に並び立つ灯篭群は、無限の空間の中に広がっているようだった。
「異界……?」
「そんな大それたものじゃない。あくまで空間を改変しただけだよ」
 煌津は上を見上げた。ハサミ女を従えて、稲を抱えた静星が空から下りてきた。
「呪力はあらゆるものに負の力を与える。呪う力が強ければ強いほど、世界をイカれた形に変化させる」
 体は痛んでいるが、天羽々斬を杖代わりにして煌津は立ち上がった。寝転がっている暇はない。
「何が言いたいのかよくわからないけど、つまり君は何をしようっていうんだ」
「世界中を呪いで満たせたら楽しいと思わない?」
 黒い靄が椅子を形作り、静星はそれに座った。稲は静星に抱きかかえられている。傍らにハサミ女が控えていて、無闇に手を出せば返り討ちにされるだろう。
「思わないね。中二病的な妄想じゃないか」
「ああ、そういう事言う奴一番嫌い。わたしはこの世界を改変したいの。闇の存在を知らず、ぬくぬくと一生を終えていく有象無象どもがのさばるこの世界に、現実を教えてやりたいんだよ」
「現実……?」
「平和な日向にいられるのは当然の権利じゃない。努力の結果でも、積んできた善行の数でもない。この奇怪で理不尽な世界では、安全や幸せを得られるのは須らく運なんだ。ただ運が良かっただけの連中が、わたしのような者の存在を無視し、人生を謳歌していく。そんな横暴を許せると思う? 奴らに教えてやるんだよ。お前たちはいつでも、影の中に堕ちるんだというという事をね!」
 まるで自分の言葉で怒っているかのように、静星は熱っぽく語る。空間の中で、瘴気のようなものが増して息苦しくなる。
「だから世の中を呪おうっていうのか。そんな理屈が通るわけがないだろ」
「わたしの感情をこの程度の会話で理解してもらおうとは思わない」
 灯篭の影で、うねうねと蠢くものがあった。直立した真っ白な芋虫のようで、くねくね、くねくねと動いている。一体ではない。そこら中にいる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私と玉彦の暗闇の惨禍、或いは讃歌

清水 律
ライト文芸
『私と玉彦の学校七不思議』の続編となります。 玉彦との出逢いから十年。 彼の大学卒業と共に、鈴白村の正武家へと嫁ぐことになった比和子。 けれど祝言を前にして玉彦の部屋にて見つけてしまった手紙により、彼の浮気疑惑が浮上する。 自分ではない誰かに愛を囁き、惹かれている玉彦を前に比和子は……。 そして『いずれ訪れるその時』を迎えた正武家。 犠牲を払ったその先にあるものとは? ※今作品はエブリスタでも掲載しています。  現代ファンタジージャンル一位を獲得させて頂いております。

ミヨちゃんとヒニクちゃんの、手持ち無沙汰。

月芝
キャラ文芸
とある街に住む、小学二年生の女の子たち。 ヤマダミヨとコヒニクミコがおりなす、小粒だけどピリリとスパイシーな日常。 子どもならではの素朴な疑問を、子どもらしからぬ独断と偏見と知識にて、バッサリ切る。 そこには明確な答えも、確かな真実も、ときにはオチさえも存在しない。 だって彼女たちは、まだまだ子ども。 ムズかしいことは、かしこい大人たち(読者)に押しつけちゃえ。 キャラメル色のくせっ毛と、ニパッと笑うとのぞく八重歯が愛らしいミヨちゃん。 一日平均百文字前後で過ごすのに、たまに口を開けばキツめのコメント。 ゆえに、ヒニクちゃんとの愛称が定着しちゃったクミコちゃん。 幼女たちの目から見た世界は、とってもふしぎ。 見たこと、聞いたこと、知ったこと、触れたこと、感じたこと、納得することしないこと。 ありのままに受け入れたり、受け入れなかったり、たまにムクれたり。 ちょっと感心したり、考えさせられたり、小首をかしげたり、クスリと笑えたり、 ……するかもしれない。ひとクセもふたクセもある、女の子たちの物語。 ちょいと覗いて見て下さいな。

九龍懐古

カロン
キャラ文芸
香港に巣食う東洋の魔窟、九龍城砦。 犯罪が蔓延る無法地帯でちょっとダークな日常をのんびり暮らす何でも屋の少年と、周りを取りまく住人たち。 今日の依頼は猫探し…のはずだった。 散乱するドラッグと転がる死体を見つけるまでは。 香港ほのぼの日常系グルメ犯罪バトルアクションです、お暇なときにごゆるりとどうぞ_(:3」∠)_ みんなで九龍城砦で暮らそう…!! ※キネノベ7二次通りましたとてつもなく狼狽えています ※HJ3一次も通りました圧倒的感謝 ※ドリコムメディア一次もあざます ※字下げ・3点リーダーなどのルール全然守ってません!ごめんなさいいい! 表紙画像を十藍氏からいただいたものにかえたら、名前に‘様’がついていて少し恥ずかしいよテヘペロ

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

Postman AAA

オーバエージ
ファンタジー
謎のハッカー集団にインターネットと電話を止められた、荒廃した近未来。もはや連絡手段は皮肉にも郵便に頼るほか無かった。厳しい訓練を受けた郵便屋は、C~AAAに選別し、手紙を配達していた。AAAは大統領の証書・手紙を扱う重要な約束だ。 だが手紙は闇市で高く売れた。そのことを受けて郵便屋にはたくさんの強盗団に狙われることに…

家のハムスターの態度がでかすぎるけど、なんだかんだと助けてくれるからしょうがない?

DANDY
キャラ文芸
一人で探偵事務所を切り盛りする柊 和人はふと寂しくなってハムスターを飼うことに。しかしそのハムスターは急に喋り始めた!! しかも自分のことを神様だと言い出す。とにかく態度がでかいハムスターだが、どうやら神様らしいので探偵業の手伝いをしてもらうことにした。ハムスター(自称神様)が言うには一日一回だけなら奇跡を起こせるというのだが…… ハムスター(自称神様)と和人のゆる~い探偵談が幕を開ける!?

花の冠

小柴
キャラ文芸
 舞台は古代ギリシア。女神テティスとペーレウス王の息子、アキレウスは幼くして誰にも負けない力を持っている。だが母である女神テティスは「アキレウスが戦に参加すれば、栄光を勝ち得るが若くして死ぬ」という予言を恐れ、彼をスキュロス島に閉じ込めてしまう。  自由を奪われた青年は、幼なじみの少女の幸せを願う──…。☆全10話・完結済☆

怪しい二人 夢見る文豪と文学少女

暇神
キャラ文芸
 この町には、都市伝説が有る。  「あるはずのない電話番号」に電話をかけると、オカルト絡みの事件ならなんでも解決できる探偵たちが現れて、どんな悩み事も解決してくれるというものだ。  今日もまた、「あるはずのない電話番号」には、変な依頼が舞い込んでくる……  ちょっと陰気で売れない小説家と、年齢不詳の自称文学少女が送る、ちょっぴり怖くて、でも、最後には笑える物語。

処理中です...