ぐるりぐるりと

安田 景壹

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第四章

ハサミ女 18

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 廊下の奥のドアが開いている。煌津は無意識に再生ボタンに右手の指を置いていた。だが、体は固まっていて、まともに動けるかがわからない。
 人影が、ドアの隙間から現れた。
 髪の長い、若い女の人だった。思ったよりも恐ろしく感じないのは、彼女から魔力も呪力も感じないからだろう。
「三原……」
 舌が喉に貼りつく。うまく声が出ない。
「三原、稲さん……?」
「あなた、誰?」
 稲の声は、決して怖い声ではなかった。こんな状況では普通過ぎるくらいだ。
 何か、既視感のようなものがあった。三原稲に、というより、その雰囲気にだ。三原稲の姿がぶれる。ノイズのように。どこかで見た。似たようなものを。どこで……。
 崖っぷちの家/居間/何かをノートに書いている子ども……
「あのノートは……」
「あなた――」
 稲の声が聞こえる。自分は怯えているのだろうか。とてつもなく怖いのに、稲だけが異質だ。
「九宇時、くん……?」
「――――え?」
 ――カッ。
 金属が打ち鳴らされる音がして、煌津の右肘の辺りに焼けるような激痛が走る。
「あ――」
 くるくると煌津の右腕が宙を舞い、
 真っ赤な血液が、切断面が噴出した。
「あぁああああああああぁあああっ!!」
 恐怖も何もかもを、右腕を斬り落とされた激痛に奪われて、絶叫を上げながら、煌津は床へと倒れ込む。
 血飛沫の向こう側に、ハサミ女がいた。煌津の血で濡れたハサミを振り上げて、今度は煌津の頭目がけて振り下ろしてくる!
「ああああぁがああああっ!!」
 渾身の力を振り絞って、煌津は左手で再生ボタンを押した。
再生リジェネーション
 瞬間、全身に魔力が通い、包帯に体が覆われてく感覚があった。斬られた腕にも包帯が巻かれて、触手のように伸びた包帯が、床に転がった右腕を掴み、断面と断面をぴたりとくっつける。魔力の糸が傷口を瞬時に縫い合わせていく。
「このっ!」
 くっついたばかりの右腕をバネにして飛び起きざま、左手をハサミ女に向けると同時に叫ぶ。
「絡み付く包帯!」
 左手の指ぬきグローブの亀裂のような模様から、触手のようにもつれあった包帯が放出される。血に濡れたハサミが包帯に巻き取られ、煌津は力づくでそのままハサミを奪い取り、放り投げる。
 くるくると回ったハサミが踊り場の上の天井に突き刺さった。
 ハサミ女の真っ白な目が、煌津を見ていた。
 変身した煌津は、今やその目を真っ直ぐに睨み返す事が出来た。最初に遭遇した時よりも、恐怖を感じていない。
「勝負だ。ハサミ女」
 その言葉に、ハサミ女は確かに嗤った。
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