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第四章
ハサミ女 17
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『はい』
気怠そうな女性の声が聞こえてきた。那美が軽く息を吸った。
「三原さん。お久しぶりです。九宇時です」
向こうの女性が、押し黙ったような気配があった。
「三原さん。稲さん、いらっしゃいますよね?」
あくまで冷静な口調で、那美は言う。
『一体、何の御用なんです?』
「稲さんの身に危険が迫っています。ご存知ですよね。稲さんの様子が、最近また変わってきていらっしゃる事は?」
『……別に、普段と変わりませんが』
「――不自然な家の軋み。重圧感。寒すぎるほどの空気」
玄関のドアに手をかざし、那美は言った。
「三原さん。家の中に自分たち以外の何者かがいる気配を感じていませんか。……以前のように」
『……ッ!』
あからさまに舌打ちされて、通話が切れる。
「怒らせた?」
「もうずっと怒っているよ、あの人は」
淡々と那美は言った。
「ドアが開く」
「わかるの?」
「リーディングで、ちょっとだけ」
リーディングが何の事かはわからなかったが、問い返す前に鍵の開く音がして、玄関のドアが開く。
「……どうぞ」
陰鬱な顔をした女性が、あからさまにこちらを睨みながら言った。
「お邪魔します」
那美がそう言って中へと進み、煌津も挨拶をして家の中に入る。
予想に反して、家の中でも妙な気配はしなかった。
ただ、物音がしない。一切。
「稲さんは二階ですか」
「ええ……」
不審そうな目で、女性は那美を見た。
「でも、信用していいんですか。結局あなた方は娘を救えなか――」
「失礼」
女性の言葉を無視して那美は二階に進もうとしたが、その腕を女性はがっちりと掴んでいた。
「ちょっと! まだ話は終わってないんですよ!」
腕を振り払うでもなく、じっと女性を見つめ返しながら、那美は口を開く。
「穂結君、行って」
「……わかった」
女性が反応するより早く、煌津は二階への階段を駆け上がった。女性の金切り声が聞こえてくるが聞き流して上に進む。
二階の廊下は短く、いくつかの部屋があった。どこが三原稲という人の部屋なのだろう。やはり、不気味なまでに物音がしない。
一歩を踏み出す。手当たり次第ドアを開けている暇はないだろう、という予感があった。
アタッシェケースを床に置き、ショルダーバッグからビデオを取り出す。ショルダーバッグは、そのまま床に置いた。ビデオで変身するなら、邪魔になるだけだ。
「ふー……」
腹部を指の腹で二回叩く。服の上からビデオデッキが現れる。ビデオをそのまま取り出し口に押し込むと、中へ吸い込まれていく。
ドン! と家全体に衝撃が走った。
まるで、何かが家の外からぶつかってきたような音だ。続いて、ひどい家鳴りが聞こえてくる。梁が軋んでいるかのような激しい家鳴り。気が付けば、ひどく空気が冷たい。
それに、廊下の奥の部屋。目が離せない。ひどく、怖い。怖いのに目が離せない。
いるのだ。中に。あの部屋の中だ。この異様な気配の発生源はあの部屋の中からだ。
家鳴りが止まない。下のほうは一体どうなっているのだろう。何故那美は上がってこない?
――ぎぃいい。
ひと際大きな音が聞こえた。
気怠そうな女性の声が聞こえてきた。那美が軽く息を吸った。
「三原さん。お久しぶりです。九宇時です」
向こうの女性が、押し黙ったような気配があった。
「三原さん。稲さん、いらっしゃいますよね?」
あくまで冷静な口調で、那美は言う。
『一体、何の御用なんです?』
「稲さんの身に危険が迫っています。ご存知ですよね。稲さんの様子が、最近また変わってきていらっしゃる事は?」
『……別に、普段と変わりませんが』
「――不自然な家の軋み。重圧感。寒すぎるほどの空気」
玄関のドアに手をかざし、那美は言った。
「三原さん。家の中に自分たち以外の何者かがいる気配を感じていませんか。……以前のように」
『……ッ!』
あからさまに舌打ちされて、通話が切れる。
「怒らせた?」
「もうずっと怒っているよ、あの人は」
淡々と那美は言った。
「ドアが開く」
「わかるの?」
「リーディングで、ちょっとだけ」
リーディングが何の事かはわからなかったが、問い返す前に鍵の開く音がして、玄関のドアが開く。
「……どうぞ」
陰鬱な顔をした女性が、あからさまにこちらを睨みながら言った。
「お邪魔します」
那美がそう言って中へと進み、煌津も挨拶をして家の中に入る。
予想に反して、家の中でも妙な気配はしなかった。
ただ、物音がしない。一切。
「稲さんは二階ですか」
「ええ……」
不審そうな目で、女性は那美を見た。
「でも、信用していいんですか。結局あなた方は娘を救えなか――」
「失礼」
女性の言葉を無視して那美は二階に進もうとしたが、その腕を女性はがっちりと掴んでいた。
「ちょっと! まだ話は終わってないんですよ!」
腕を振り払うでもなく、じっと女性を見つめ返しながら、那美は口を開く。
「穂結君、行って」
「……わかった」
女性が反応するより早く、煌津は二階への階段を駆け上がった。女性の金切り声が聞こえてくるが聞き流して上に進む。
二階の廊下は短く、いくつかの部屋があった。どこが三原稲という人の部屋なのだろう。やはり、不気味なまでに物音がしない。
一歩を踏み出す。手当たり次第ドアを開けている暇はないだろう、という予感があった。
アタッシェケースを床に置き、ショルダーバッグからビデオを取り出す。ショルダーバッグは、そのまま床に置いた。ビデオで変身するなら、邪魔になるだけだ。
「ふー……」
腹部を指の腹で二回叩く。服の上からビデオデッキが現れる。ビデオをそのまま取り出し口に押し込むと、中へ吸い込まれていく。
ドン! と家全体に衝撃が走った。
まるで、何かが家の外からぶつかってきたような音だ。続いて、ひどい家鳴りが聞こえてくる。梁が軋んでいるかのような激しい家鳴り。気が付けば、ひどく空気が冷たい。
それに、廊下の奥の部屋。目が離せない。ひどく、怖い。怖いのに目が離せない。
いるのだ。中に。あの部屋の中だ。この異様な気配の発生源はあの部屋の中からだ。
家鳴りが止まない。下のほうは一体どうなっているのだろう。何故那美は上がってこない?
――ぎぃいい。
ひと際大きな音が聞こえた。
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