ぐるりぐるりと

安田 景壹

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第四章

ハサミ女 11

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 解放されたのは昼時だった。夢の中での特訓だったはずなのに、体はすでにバキバキだ。
「死ぬかと思った……」
「死なないよ。夢だもの。まあ、夢の中に侵入してくる我留羅や怪異もいるけど」
「めちゃくちゃ怖かった! 最悪だ。夢に出そうだ……」
「初期の訓練には、あの形式が一番手っ取り早いんだよ。勝つまでやらせるのがさ。いいじゃない、夢なんだから」
「何て巫女さんだ。怪異を操っている」
「シミュレーションだよ。それに、巫女さんである前に退魔屋だもの。魔に打ち勝つのが仕事なの」
 とんでもないな。煌津は自分のベッドに座る。ベッドテーブルの上にはすでに昼食の用意があった。
「じゃあ、状況を説明する」
 ロールパンをちぎりながら、那美は言った。
 バゲットに二人分のロールパンが山盛りになっていて、それぞれのトレイに昼食が並んでいる。入院患者にしてはすごい食事量だ。
「お昼のあとじゃ駄目? 少し休みたいんだけど……」
「私も休んでほしいけど、残念ながら時間がなくて」
 そう言って、那美はちぎったロールパンの破片を食べる。
「義兄さんがいなくなってからしばらくの間、この街の我留羅は鳴りを潜めていた。私一人でも何とかなる程度にはね。でも、ひと月ほど前から、大きめの我留羅による事件が発生するようになった。穂結君も見た、あのでかい顔……元は、《落ちる》ってコードネームの小さな地縛霊だった奴ね。あの混合型くらいレベルの我留羅が三体、立て続けに事件を起こしていた。全て祓ったけど、急に我留羅が活発化した原因がわからなくて、私はそれを探っていた」
 ちぎったロールパンを口に入れ、オムレツをフォークで切り取る。
「あの駅前の事件」
 那美の目が煌津を見る。
「捩じられた女の人の?」
「そう。あれも我留羅の仕業。残っていた穢れの質から考えて、あれをやったのも大物で間違いないと思う。でも、まだ見つけられていない。それどころか、ハサミ女が出てきてしまった」
 那美は手に残ったロールパンを半分に割った。
「その……ハサミ女って」
 那美は鞄の中から、古い新聞を取り出した。S県の地方紙だ。相当年季が入っている。日付を見ると、十年前の八月三十一日の新聞だった。
「十年前。宮瑠璃市は、ある我留羅に脅かされていた。死者二十一名、行方不明者六十五名、生還者十三名。皆一様に大きな刃物によって傷がつけられ、殺された。宮瑠璃市を呪うためだけに現れたような我留羅。それが、ハサミ女だよ」
 煌津は新聞を見た。一面には宮瑠璃市の事件について書かれている。見出しには『宮瑠璃市、行方不明者続く』とある。
「千恵里ちゃんも、この時に……?」
 那美は黙って頷いた。
「襲われた人に共通点はない。無差別に、無慈悲に、ただ淡々と殺すだけ殺した」
「一体何でそんな怪物が、いきなり宮瑠璃市に現れたんだ?」
「さあね。一説には、誰かが《闇霧ダークミストの世界》から呼び出したんじゃないかって言われている。原因は今もわからない。お義父さんも調べてはいたようだけど……」
「……何の世界だって?」
「ダークミスト」
 那美の指が瞬時に動き、空中に桜色の魔力の線で『闇霧』という文字が描かれた。
「異界の一つにして、悪しき者の根源。この世界が地球に影響し、我留羅や怪異が出現する。古い資料によれば、どこまでも続く暗闇と霧の世界と言われている。『闇霧やみきりの世界』とも言うね」
「……暗闇なのに霧が見えるの?」
「見えるらしいよ。闇霧の世界では肉体の機能ではなく、魂によって物事を見るから。剥き出しの霊魂の世界。ハサミ女レベルの怪物だと、おそらくここからやって来ている」
「そんな化け物とどうやって戦うんだ」
「十年前は数で戦った。私のお義父さん、お義母さん、義兄さん、ほかの街の退魔屋や、流れの術師たちと」
「九宇時も? だって……まだ当時は六歳くらいじゃ」
「宮瑠璃の魔力を得ているからね。この街で戦う限りは、たとえ六歳の子どもであっても強い」
 那美は水を飲んで、一呼吸置いた。
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