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第四章
ハサミ女 10
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「退魔屋が我留羅を倒す方法は大別して二つ。一つは浄力を掛け続けて我留羅を構成する呪力をゼロにする事。もう一つは大きな魔力を与える事で、呪力を消し飛ばす事。とはいえ、浄力を身に着けるには修行と信仰によって己を磨き上げるしかない。だから、一朝一夕で浄力を扱う事は出来ない。穂結君が我留羅を倒すためには、術によって魔力を放ち、呪力を消し飛ばすほかない」
煌津は蔵の中をあらためて見渡した。見れば見るほど蔵は大きく広がっていくようで、星の数とも思えるほどの膨大な冊数は、明晰夢の中とはいえ、とても一冊一冊確かめてはいられないだろう。
「この中から、自分に合う術を見つけるって事? それは、その、かなりの時間が……」
「大丈夫。ここでは本来、人が本を選ぶのではなく、本が人を選ぶのが正しい形だから。魔力を放って、本に自分の事を知らせてみて。相性の良い本が、穂結君のところへとやってくるから」
煌津は頷いた。さっきの詰め込みビデオで、魔力を使う初歩は体得している。
床に手を置き、煌津は念を掌に込める。夢の中ではあるが、床は冷たく現実との違いはわからない。息を吐くのと同時に、弱めた魔力の波が掌から放出される。オレンジ色の燃えるような魔力の波が緩やかに床に広がり、角にぶつかって壁を昇る。
天井まで魔力の波が届くと、しばしの静寂が訪れた。
「反応ない……?」
「……いや」
さらに待つ。しかし、何も起こらなかった。
「嫌われてる?」
「……みたい」
えぇ……。
本の様子を見ていた那美が続ける。
「魔物喰らいの帯のせいかな。どの本も自分が喰われると思っている」
「じゃあ、どうしようもないじゃないか」
「うーん……」
那美が唸った。唸るなよ……。煌津は心の内側で呟く。どうしたらいいんだ。夢から覚めろとでも言うのか。
かたかた、という音が微かに聞こえた。煌津が音源を探るより早く、こつんと頭に何かがぶつかる。
「痛っ!?」
後頭部をさすりながら落ちた物を探す。足元に本が落ちていた。古ぼけた赤い本。表紙には漢字が二文字、書いてある。ひへんに玄武の玄。これで一文字。『炫』。そして次に、『毘』。
「これ、何て読むかわかる?」
那美が本の表紙を覗き込んだ。
「これは……『炫毘』ね。火の光を意味する言葉だったはず」
「炫毘……」
煌津は本の中身を見た。中身は漢文だ。授業ではやったが、全く読めない。目で読むより先に情報が頭の中に入ってきて、その処理で精一杯だ。
「――っ、読み終わった」
「どんな術?」
那美がすぐさま聞いてくる。煌津は、今頭の中に入った情報を見直す。
「ええっと……光を出す術だ。手からでも足からでも、どこからでも」
「光? 光ってどんな?」
「こうびかーっとだよ。何かそういうイメージがある。たぶん、出来る。出るとしたら、こう、びかーっとした光だ」
「何それ……」
那美は煌津が手に持った本のページをめくった。
「確かに光の術みたい。作者が書いていない。かなり古い術だね……。どこからでもって言った?」
「どこからでもって言った」
「……口からとかも?」
「出来るね。頭の中にイメージがある」
「やってみて」
そう言ったものの、那美の顔は困ったような風だった。
「その……光がびかーっと出るのが、どれくらいの武器になるかはわからないけど。使える術は確かめておかないと」
「そうだね。そりゃそうさ」
反対する理由はない。煌津は、イメージした。教習用ビデオによれば、術を使うにはイメージが重要だ。気を集中し、大きく息を吸い込む。
「すぅー……炫毘!」
煌津がそう叫んだ途端、口の中に熱を感じたのも束の間、何かが爆発したような音とともに、強烈な火光の爆炎が、煌津の口から飛び出した。
「爆発してるじゃねーか!」
唐突に那美がキレた。
「口悪いな!? 仕方ないだろ! 俺のイメージでは爆発しなかったんだ!」
「びかーっと光るだけの術が何で爆発すんの! 蔵が燃えたらどうするつもり!?」
「夢でしょ!」
実際問題、本に燃え移った爆炎は、しかしまるで何事もなかったかのように修復されていく。
「ただ光るだけの術が何でこんな……。いや、まあいい。これだけの威力なら大抵の奴は消し飛ばせるし」
那美は頭を掻いた。
「課題はこれで終了? 結構あっさり終わったね」
「いいえ」
那美は手をかざし、ゲートを開く。
向こうに見えているのは、白昼夢の広間だ。白い空間の中で、何かが動いている。鬼のような化け物や、校庭を歩いている二宮金次郎像。テケテケ。花子さん。怪談によく出てくる怪異たち。
「これからその術、特訓してもらう」
煌津は蔵の中をあらためて見渡した。見れば見るほど蔵は大きく広がっていくようで、星の数とも思えるほどの膨大な冊数は、明晰夢の中とはいえ、とても一冊一冊確かめてはいられないだろう。
「この中から、自分に合う術を見つけるって事? それは、その、かなりの時間が……」
「大丈夫。ここでは本来、人が本を選ぶのではなく、本が人を選ぶのが正しい形だから。魔力を放って、本に自分の事を知らせてみて。相性の良い本が、穂結君のところへとやってくるから」
煌津は頷いた。さっきの詰め込みビデオで、魔力を使う初歩は体得している。
床に手を置き、煌津は念を掌に込める。夢の中ではあるが、床は冷たく現実との違いはわからない。息を吐くのと同時に、弱めた魔力の波が掌から放出される。オレンジ色の燃えるような魔力の波が緩やかに床に広がり、角にぶつかって壁を昇る。
天井まで魔力の波が届くと、しばしの静寂が訪れた。
「反応ない……?」
「……いや」
さらに待つ。しかし、何も起こらなかった。
「嫌われてる?」
「……みたい」
えぇ……。
本の様子を見ていた那美が続ける。
「魔物喰らいの帯のせいかな。どの本も自分が喰われると思っている」
「じゃあ、どうしようもないじゃないか」
「うーん……」
那美が唸った。唸るなよ……。煌津は心の内側で呟く。どうしたらいいんだ。夢から覚めろとでも言うのか。
かたかた、という音が微かに聞こえた。煌津が音源を探るより早く、こつんと頭に何かがぶつかる。
「痛っ!?」
後頭部をさすりながら落ちた物を探す。足元に本が落ちていた。古ぼけた赤い本。表紙には漢字が二文字、書いてある。ひへんに玄武の玄。これで一文字。『炫』。そして次に、『毘』。
「これ、何て読むかわかる?」
那美が本の表紙を覗き込んだ。
「これは……『炫毘』ね。火の光を意味する言葉だったはず」
「炫毘……」
煌津は本の中身を見た。中身は漢文だ。授業ではやったが、全く読めない。目で読むより先に情報が頭の中に入ってきて、その処理で精一杯だ。
「――っ、読み終わった」
「どんな術?」
那美がすぐさま聞いてくる。煌津は、今頭の中に入った情報を見直す。
「ええっと……光を出す術だ。手からでも足からでも、どこからでも」
「光? 光ってどんな?」
「こうびかーっとだよ。何かそういうイメージがある。たぶん、出来る。出るとしたら、こう、びかーっとした光だ」
「何それ……」
那美は煌津が手に持った本のページをめくった。
「確かに光の術みたい。作者が書いていない。かなり古い術だね……。どこからでもって言った?」
「どこからでもって言った」
「……口からとかも?」
「出来るね。頭の中にイメージがある」
「やってみて」
そう言ったものの、那美の顔は困ったような風だった。
「その……光がびかーっと出るのが、どれくらいの武器になるかはわからないけど。使える術は確かめておかないと」
「そうだね。そりゃそうさ」
反対する理由はない。煌津は、イメージした。教習用ビデオによれば、術を使うにはイメージが重要だ。気を集中し、大きく息を吸い込む。
「すぅー……炫毘!」
煌津がそう叫んだ途端、口の中に熱を感じたのも束の間、何かが爆発したような音とともに、強烈な火光の爆炎が、煌津の口から飛び出した。
「爆発してるじゃねーか!」
唐突に那美がキレた。
「口悪いな!? 仕方ないだろ! 俺のイメージでは爆発しなかったんだ!」
「びかーっと光るだけの術が何で爆発すんの! 蔵が燃えたらどうするつもり!?」
「夢でしょ!」
実際問題、本に燃え移った爆炎は、しかしまるで何事もなかったかのように修復されていく。
「ただ光るだけの術が何でこんな……。いや、まあいい。これだけの威力なら大抵の奴は消し飛ばせるし」
那美は頭を掻いた。
「課題はこれで終了? 結構あっさり終わったね」
「いいえ」
那美は手をかざし、ゲートを開く。
向こうに見えているのは、白昼夢の広間だ。白い空間の中で、何かが動いている。鬼のような化け物や、校庭を歩いている二宮金次郎像。テケテケ。花子さん。怪談によく出てくる怪異たち。
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