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第四章
ハサミ女 6
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真っ黒なビデオテープには見覚えのないラベルが貼られていた。『変身』と書いてある。月明りにビデオをかざすと、内側で神経のように張り巡らされた、色とりどりの魔力の線が見えた。
「このラベルは」
「お義父さんが現場から回収した時にはすでについていたみたい。たぶん、穂結君がそれで『変身』したから、変身用のテープとしての呪がかかったのだと思う」
「変身……」
あの包帯姿の事だ。自分の体ではないかのような運動神経と身体能力の向上。それに攻撃的な高揚感。
「穂結君。ビデオデッキ、出してみて」
「え?」
言われて、煌津は初めて、今、自分の体にビデオデッキが現れていない事に気が付いた。
那美はじっと煌津の腹の辺りを見つめている。
「あの、そんな見つめられても……」
「早く。自分の意思で出せないと、いざというときやられるだけ」
那美の目はあくまでも冷静だ。確かに、次にあのハサミ女が出てきた時に、包帯姿になれないのはまずいだろう。
「……わかった。やってみる」
ふん、とお腹に力を入れる。特別に体を鍛えていたわけではないので、六つに割れた腹筋が出るわけでもない。ビデオデッキも出てこない。
「ふんっ、ふんっ」
那美はその様子をじっと眺めている。出ろ、出ろと念じながら力を入れるが、一向にビデオデッキは現れない。
「あの、ごめん。出てこな――」
「魔力を感じ取れていない」
口元に手をやったまま、那美が言った。
「穂結君も循環が乱れている? いや、違うな。センサーがうまく働いていないんだ」
「あの九宇時さん――」
リボルバーをホルスターに仕舞った那美が立ち上がり、ベッドの上の煌津にまで近付いてくる。
「あの、あの!」
月明りしかない部屋の中とはいえ、間近で見ると那美はなおいっそう美人だった。否が応にも心臓がどくどくと鳴る。
「静かに。目を閉じる」
右手の人差し指と中指を伸ばして、那美がその先端を煌津の額につけた。
何だかひどく心臓がバクバクする!
「あああああ、あの、あの!」
「目を閉じる。早く」
「わかった! わかったって!」
ビデオを抱えて目を閉じる。見えるのは瞼の裏側の暗闇だけだ。
「軽く魔力を送るから、まずそれを感じ取って」
「オ、オッケー!」
額に何か温かいもの感じた瞬間、煌津の意識が切り替わる。暗闇の中を、桜色の光の球が落ちていく。煌津はその様子を閉じた目で追った。体の中で、細胞の一つ一つが動き出していた。赤や、緑や、黄色や、青の細い糸。それらが桜色の光球を追って、暗闇の内側から伸びてくる。魔力の線の一本一本が、煌津の中の暗闇を照らしていく。
煌津の視点は、海中を進む探査艇のように自身の意識の中へと潜っていく。
「あ、何かある」
「見えた?」
「うん。何か、四角い……魔力の線で出来た感じの……」
「その四角いのに魔力の線を集めてみて。より正確に言えば、魔力は常に体を循環しているから、穂結君はその流れを認識すればいい」
中華料理屋でやった要領を思い出す。魔力の線の一本一本が、辺だけで形作られた四角い箱に流れて、出ていくのが見えた。
「ボタンがあったはず……」
ぼんやりと煌津は呟く。魔力の線が〇を描き、【再生】ボタンや【早送り】ボタンが出来ていく。いやボタンだけではない。まるで本物のビデオデッキが煌津の中で製造されているかのように、細かなパーツの一つ一つが、魔力の線によって描かれていく。
「――っ!」
お腹の下に鈍い衝撃を感じる。入院着をまくると、腹部にあのビデオデッキが現れていた。
「九宇時さん! 出た、出たよ!」
「うん。いいね。綺麗に出ている」
言いながら、那美はビデオデッキを指でなぞり、ビデオの取り出し口の蓋を指でパカパカと開閉する。
「あの……パカパカしないで」
「え? ああ、気になる?」
「何か、すごくその、くすぐったい」
「そうなの?」
言いながらも、那美はまだ蓋をパカパカ開け閉めしている。
「パカパカしない!」
色んな意味でくすぐったすぎて思わずちょっと大きい声を上げた。
「わかった。ごめん。パカパカしない。もうしないから」
言いながら、那美は両手を挙げて降参のポーズをした。
「このラベルは」
「お義父さんが現場から回収した時にはすでについていたみたい。たぶん、穂結君がそれで『変身』したから、変身用のテープとしての呪がかかったのだと思う」
「変身……」
あの包帯姿の事だ。自分の体ではないかのような運動神経と身体能力の向上。それに攻撃的な高揚感。
「穂結君。ビデオデッキ、出してみて」
「え?」
言われて、煌津は初めて、今、自分の体にビデオデッキが現れていない事に気が付いた。
那美はじっと煌津の腹の辺りを見つめている。
「あの、そんな見つめられても……」
「早く。自分の意思で出せないと、いざというときやられるだけ」
那美の目はあくまでも冷静だ。確かに、次にあのハサミ女が出てきた時に、包帯姿になれないのはまずいだろう。
「……わかった。やってみる」
ふん、とお腹に力を入れる。特別に体を鍛えていたわけではないので、六つに割れた腹筋が出るわけでもない。ビデオデッキも出てこない。
「ふんっ、ふんっ」
那美はその様子をじっと眺めている。出ろ、出ろと念じながら力を入れるが、一向にビデオデッキは現れない。
「あの、ごめん。出てこな――」
「魔力を感じ取れていない」
口元に手をやったまま、那美が言った。
「穂結君も循環が乱れている? いや、違うな。センサーがうまく働いていないんだ」
「あの九宇時さん――」
リボルバーをホルスターに仕舞った那美が立ち上がり、ベッドの上の煌津にまで近付いてくる。
「あの、あの!」
月明りしかない部屋の中とはいえ、間近で見ると那美はなおいっそう美人だった。否が応にも心臓がどくどくと鳴る。
「静かに。目を閉じる」
右手の人差し指と中指を伸ばして、那美がその先端を煌津の額につけた。
何だかひどく心臓がバクバクする!
「あああああ、あの、あの!」
「目を閉じる。早く」
「わかった! わかったって!」
ビデオを抱えて目を閉じる。見えるのは瞼の裏側の暗闇だけだ。
「軽く魔力を送るから、まずそれを感じ取って」
「オ、オッケー!」
額に何か温かいもの感じた瞬間、煌津の意識が切り替わる。暗闇の中を、桜色の光の球が落ちていく。煌津はその様子を閉じた目で追った。体の中で、細胞の一つ一つが動き出していた。赤や、緑や、黄色や、青の細い糸。それらが桜色の光球を追って、暗闇の内側から伸びてくる。魔力の線の一本一本が、煌津の中の暗闇を照らしていく。
煌津の視点は、海中を進む探査艇のように自身の意識の中へと潜っていく。
「あ、何かある」
「見えた?」
「うん。何か、四角い……魔力の線で出来た感じの……」
「その四角いのに魔力の線を集めてみて。より正確に言えば、魔力は常に体を循環しているから、穂結君はその流れを認識すればいい」
中華料理屋でやった要領を思い出す。魔力の線の一本一本が、辺だけで形作られた四角い箱に流れて、出ていくのが見えた。
「ボタンがあったはず……」
ぼんやりと煌津は呟く。魔力の線が〇を描き、【再生】ボタンや【早送り】ボタンが出来ていく。いやボタンだけではない。まるで本物のビデオデッキが煌津の中で製造されているかのように、細かなパーツの一つ一つが、魔力の線によって描かれていく。
「――っ!」
お腹の下に鈍い衝撃を感じる。入院着をまくると、腹部にあのビデオデッキが現れていた。
「九宇時さん! 出た、出たよ!」
「うん。いいね。綺麗に出ている」
言いながら、那美はビデオデッキを指でなぞり、ビデオの取り出し口の蓋を指でパカパカと開閉する。
「あの……パカパカしないで」
「え? ああ、気になる?」
「何か、すごくその、くすぐったい」
「そうなの?」
言いながらも、那美はまだ蓋をパカパカ開け閉めしている。
「パカパカしない!」
色んな意味でくすぐったすぎて思わずちょっと大きい声を上げた。
「わかった。ごめん。パカパカしない。もうしないから」
言いながら、那美は両手を挙げて降参のポーズをした。
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