ぐるりぐるりと

安田 景壹

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第四章

ハサミ女 3

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 胸が、裂けた。太腿が、肩が、左目が、次々に切り裂かれていく。
 ぐらりと、後方へ体が倒れていく。血飛沫が太陽の光で煌いている。腹にハサミの刀身が突き立てられる。
 ハサミ女が煌津を見ている。真っ白な目の奥に広がっている、何も見えない真っ暗な闇。自分が感じているのは死への恐怖ではないと、煌津は悟った。目の前にいるのは、紛れもない怪物だった。
『まだだ』
 声が聞こえる。魔力の糸が体内に走る。破れて血が溢れ出した血管を修復する――筋肉を繋ぎ合わせる――骨を再生成する――内臓を縫合し再稼働させる――
「……ぐっ、ううぅ」
 突き立てられたハサミを、自分の体から引き抜いていく。かなりの膂力りょりょくがいる。体が治癒しつつある事は感覚でわかるが、同時にこの動作は自分の体をバラバラにしようともしている。
 ハサミ女の虚無に満ちた目が煌津を見ている。
 ふと、ハサミがするりと抜けた。
 ハサミ女がハサミを引き抜いていた。煌津の血で真っ赤に染まった刀身を拭いもせず、ハサミ女はじっと煌津を見つめている。
「お前……っ」
 食道からせり上がってきた血を思わず吐き出す。出血で頭がくらくらする。
「一体……」
 ハサミ女は身を翻していた。掻き消えるように煌津の視界から怪物は姿を消した。煌津にも、それ以上、怪物を追う余裕はなかった。
「はあ、はあ……」
 体が勝手に修復されていく。飛び降りようとして足に力が入らず、煌津は屋根の上から転げ落ちた。背中に鈍い衝撃。
「――うわっ!?」
 誰かの驚く声がした。私服の女の子がそこにいた。見覚えがある。
「せ、先輩!? 何で急に屋根から落ちてくんの!?」
「静星、さん……」
 よろよろと立ち上がりながら、煌津は口を開く。
「救急車、呼んで……もらえる?」
「え? へ、救急車……?」
 煌津は答えず、掌を中華料理屋の出入り口に向けようとした。が、腕に力が入らず、パタンと落ちる。指ぬきグローブの手の甲の側にも、白い亀裂のような模様が入っている。
 まずい。巻き付けた包帯を取り除かないと……。そう、頭で考えると、ぎゅるりと音がして、店に巻き付いていた包帯がたちまち手の甲の亀裂模様の中心へと吸い込まれていく。
 こんな事も出来るんだなと脳裏に過るが、その時にはすでに体から力が抜けていた。
「中に……人もい、る」
 か細い声でそう言って、煌津は倒れ込んだ。
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