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第四章
ハサミ女 2
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「ふー……」
太陽の光は強く、建物が作る影はより濃くなった気がする。いや、気のせいではない。自分自身から伸びる影でさえ重たく、影の中から何者かがじぃっと自分を見ている気がする。呼吸をするので精一杯だ。
(チャンスは一度だ)
煌津は自分に言い聞かせる。ハサミ女が煌津を見た。その瞬間には、不気味な眼(まなこ)が煌津の身体を縛る。金縛りだ。やばい。息が出来ない。これでは……
ハサミ女が下りてくる。大きなハサミを携えて。あれが振るわれれば、死ぬ。煌津では耐え切れないだろう。避けなければ。
何とか、このボタンを押さなければ……!
ハサミ女が落ちてくる。刃が、迫る。すぐそこまで。煌津は指に力を入れる。己を縛る針金のような黒い線が見える。呪力。金縛りの正体が見えた。
「ぐぅうううっ!」
指の筋肉を重たい岩でも押すかの思いで動かし、煌津はボタンを押した。
【巻き戻し】
ぎゅるん、と音を立ててテープが回る。煌津の体を縛る黒い針金がぶちぶちと千切れていく。これまでの煌津の動作が逆再生される。家の前に行く。出入り口を開ける動作。閉める動作。包帯を出す動作。道路に出る。落下の反対。飛び上がる。ハサミ女のハサミは空を切る。
【停止】
煌津は屋根の上に着地する。死の一撃は躱した。あとは……。
「来い……」
煌津の声に応ずるかのように、金属音が聞こえてくる。
――カッ、カッ、カッ、カッ、カッ。
影が溶けて泥かコールタールのようになったモノに押し上げられて、ハサミを打ち鳴らすハサミ女が、下からぬるりと現れる。
「今だっ!」
両掌と背中から何本もの包帯を射出する。要領はさっきと同じだ。吸い取って排出する!
包帯の全てが、ハサミ女と黒い泥に突き刺さる。吸い上げを始める。どくん、どくんと包帯が律動する。
――白い包帯が、真っ黒に染まっていく。吸い上げているのではない。むしろ、ハサミ女の中身である呪力が、遡ってきていた。煌津はすでに包帯のコントロールを失っている。包帯を介して、ハサミ女の呪力が煌津の中へと逆流する――
「――っ!?」
それは、暗い記憶であった。
どんよりとした灰色の空が見える/大きなハサミにちょん切られて落ちたのは、男の生首だ/追われている学生服の女子生徒が転げると、その娘には足がない/カッ、カッ、カッ、カッ、カッ/悲鳴が聞こえる/怯えおののく老人が目を剥いてのけぞり、そのまま動かない/父親が、呆然と立ち尽くし/母親が慟哭している/雨合羽を着た小さな子どもが倒れている/誰かがいえる/家だ/居間だ/窓の向こうに果てしない海が広がり/何か、ノートに書いている……/運悪くこの世界にたどり着いてしまった方へ/彼女の憎悪と諦観と悲哀と憤怒とが/死ね/死ね死ね死ね死ね死ね死ね/わたしを見捨てたものども/皆殺しだ/
女の子だ。あだむの家に、女の子がいる。あの子が、あの子がノートを書いたのか……
太陽の光は強く、建物が作る影はより濃くなった気がする。いや、気のせいではない。自分自身から伸びる影でさえ重たく、影の中から何者かがじぃっと自分を見ている気がする。呼吸をするので精一杯だ。
(チャンスは一度だ)
煌津は自分に言い聞かせる。ハサミ女が煌津を見た。その瞬間には、不気味な眼(まなこ)が煌津の身体を縛る。金縛りだ。やばい。息が出来ない。これでは……
ハサミ女が下りてくる。大きなハサミを携えて。あれが振るわれれば、死ぬ。煌津では耐え切れないだろう。避けなければ。
何とか、このボタンを押さなければ……!
ハサミ女が落ちてくる。刃が、迫る。すぐそこまで。煌津は指に力を入れる。己を縛る針金のような黒い線が見える。呪力。金縛りの正体が見えた。
「ぐぅうううっ!」
指の筋肉を重たい岩でも押すかの思いで動かし、煌津はボタンを押した。
【巻き戻し】
ぎゅるん、と音を立ててテープが回る。煌津の体を縛る黒い針金がぶちぶちと千切れていく。これまでの煌津の動作が逆再生される。家の前に行く。出入り口を開ける動作。閉める動作。包帯を出す動作。道路に出る。落下の反対。飛び上がる。ハサミ女のハサミは空を切る。
【停止】
煌津は屋根の上に着地する。死の一撃は躱した。あとは……。
「来い……」
煌津の声に応ずるかのように、金属音が聞こえてくる。
――カッ、カッ、カッ、カッ、カッ。
影が溶けて泥かコールタールのようになったモノに押し上げられて、ハサミを打ち鳴らすハサミ女が、下からぬるりと現れる。
「今だっ!」
両掌と背中から何本もの包帯を射出する。要領はさっきと同じだ。吸い取って排出する!
包帯の全てが、ハサミ女と黒い泥に突き刺さる。吸い上げを始める。どくん、どくんと包帯が律動する。
――白い包帯が、真っ黒に染まっていく。吸い上げているのではない。むしろ、ハサミ女の中身である呪力が、遡ってきていた。煌津はすでに包帯のコントロールを失っている。包帯を介して、ハサミ女の呪力が煌津の中へと逆流する――
「――っ!?」
それは、暗い記憶であった。
どんよりとした灰色の空が見える/大きなハサミにちょん切られて落ちたのは、男の生首だ/追われている学生服の女子生徒が転げると、その娘には足がない/カッ、カッ、カッ、カッ、カッ/悲鳴が聞こえる/怯えおののく老人が目を剥いてのけぞり、そのまま動かない/父親が、呆然と立ち尽くし/母親が慟哭している/雨合羽を着た小さな子どもが倒れている/誰かがいえる/家だ/居間だ/窓の向こうに果てしない海が広がり/何か、ノートに書いている……/運悪くこの世界にたどり着いてしまった方へ/彼女の憎悪と諦観と悲哀と憤怒とが/死ね/死ね死ね死ね死ね死ね死ね/わたしを見捨てたものども/皆殺しだ/
女の子だ。あだむの家に、女の子がいる。あの子が、あの子がノートを書いたのか……
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