ぐるりぐるりと

安田 景壹

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第三章

そしてテープは回り始める 14

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 ――りぃん。りぃん。
 術の展開に応じて、フジバカマノヒメとハゼランノヒメが再び姿を現す。二人が手に持った神楽鈴の音がさやさやと鳴り響く。
「吐菩加美、依身多女、祓い給え、清め給え。吐菩加美、依身多女、祓い給え、清め給え――」
 刀印で晴明桔梗を切りながら三種祓詞を唱え、次の術に移行する。
「吐菩加美」
 鈴の音が響く。影の群れが、動きを止める。
「依身多女」
 那美の指先が晴明桔梗を描く。すると、影の一体一体に仄かな光を放つ晴明桔梗が、那美の指の動きと全く同じ軌跡を描いて出現する。異界全体が揺らめいている。
「祓い給え――」
 四縦五横の光の線は異界の果てにまで伸びていき、晴明桔梗を描かれた影は次々と消し飛んでいく。
「清め給え――」
 神楽鈴が鳴る。那美を中心に、この場の浄力が高まっていく。呪力によって繋げられ、固定させられた、この赤い空の異界を揺るがせにしていく。
 すべき事があった。確実に、この場ですべき事が。それにはまず、那美の挙動を阻害する影の群れを祓わなければならない。それから、次の大仕事がある。
 那美は先を見据える。口と腹から白い腕がグロテスクに生えた柳田先生の姿を。
「吐菩加美」
 左へと刀印を一閃。
「依身多女」
 終点から右斜め下へ。そこから跳ね上がって上へ。
「祓い給え」
 左斜め下へ。
「清め給え」
 再び跳ね上がって図形の始点と線を結ぶ。
 憑依状態にある柳田先生の体に、光の線で描かれた晴明桔梗が現れる。
 煌津は留まりながらも周囲を警戒している。影は消し飛びつつあり、柳田先生は術中にある。だが、あの巨大な顔面がいつの間にか消えている――……
「付くも不肖、付かるるも不肖、一時の夢ぞかし。生は難の池水いけみずつもりて淵となる……」
 禹歩を行いつつ、自らが描いた晴明桔梗に意識を集中する。鎮守の森をイメージする。どこのものでもない。那美が巫女としての修行を積む過程で見出した、無意識の中にある『場所』である。異界は不安定な空間であり、呪力や浄力といったエネルギーが多ければ多いほど、その発生源の精神を反映しやすくなる。今、憑依された柳田先生の体は、静謐な鎮守の森の奥にある池の上で、宙に浮いていた。
「鬼神に横道なし。人間に疑いなし。教化に付かざるに依りて時を切ってすゆるなり。下のふたへも推してする」
 池の向こうに参道が見える。天から鳥居が下りてくる。一つ、二つ……。九宇時神社の参道が如く。
「アチメ! オーオーオー!」
 掌をかざし、邪霊除去の言霊を大声で唱える。大砲の弾が直撃したかのように空間が振動する。
「アチメ! オーオーオー!」
 登ります、トヨヒルメが御霊みたまほす、もとはカナホコ、すえはキホコ、もとはカナホコ、すえはキホコ。
 呪文を内心で黙唱し、「アチメ・オーオーオー」を口から唱える。祈念と詠唱による二重の言霊。これによって、憑依者の呪力を削っていく。
 どろり、と柳田先生の〝中〟で、何かが動いた。
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