ぐるりぐるりと

安田 景壹

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第三章

そしてテープは回り始める 6

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 煌津の問いに那美は答えなかった。片手でくるくるとリボルバーを回す。まるでエネルギーを充填するかのように。
 パシッ! と、那美がリボルバーの回転を止めた。
 その瞬間、色とりどり光や、歪みの一切が止んだ。電灯も、先ほどまでと変わらず普通に点灯している。
 ただ一つ、千恵里だけは蹲って震えたままだ。
 がらっと音を立てて、店の戸が開いた。
「こんにちはー。一人なんですけど」
 聞こえてきた声は、それまでの空気にはそぐわないあっけらかんとしたものだった。店の入り口に立った人物に、煌津は見覚えがあった。
「柳田先生……?」
「あれ、穂結君?」
 保健室の柳田先生が、そこにいた。ラフな軽装だった。
「今日は学校の子によく会うなあ。さっきもね、そこで――」
 言いながら、柳田先生は一歩踏み出す。
 目に見えてわかるほどの負のオーラが、先生の足元から店内の全てにかけて広がるのが、煌津には見えた。
「触媒か」
 那美が呟く。
「先生、待って!」
 煌津の声に、柳田先生は呆けた声を出した。
「え?」
 次の瞬間、柳田先生の口と腹から、無数の白い腕が飛び出した。再び異層転移が始まる。周囲の壁が、天井が、けばけばしいまでの色彩と光によって歪められていく。
「退魔屋チェンジ!」
 桜色の光が迸る。同時に銃声が轟いた。迫り来る白い腕を銃弾が粉砕し、跳躍した那美が柳田先生を外まで蹴り飛ばす。
「フジバカマノヒメ! ハゼランノヒメ!」
 御札から呼び出された二人の姫が、再び吐き出された白い腕の侵攻を障壁でもって防ぐ。白い腕は障壁を破ろうとしながら、必死にある方向へと手を伸ばしていた。
 白い腕が手を伸ばす先には、小さな女の子が蹲っている。
「狙いは彼女? そんな……」
 那美が驚いたように呟くのも束の間、きっとした目で煌津を見た。
「穂結君、千恵里ちゃんを連れて逃げて」
「逃げろって……」
「守らなきゃいけない奴が多いと私も動けない。いざとなったら、君の中の包帯が何とかしてくれる。ビデオを持って、早く!」
 白い腕が今にも、障壁を破ろうとしている。……迷っている暇はない。
「っ、わかった」
 椅子の背にかけた鞄を取る。自分でも驚くほどの速さで、千恵里を抱える。
 白い腕が煌津のほうを向いた。
「急いで!」
 銃声とともに白い腕が粉砕されるのを横目に、煌津は走り出す。口からは自分のものとは思えない絶叫が迸っていた。
 外は血のように真っ赤な空に覆われている。すでにここは異界だ。千恵里が泣き叫んでいるのは、追われる恐怖からか、家を出された悲しみからか。
「ちょっと、我慢してくれよ!」
 行き先も考えず全速力で、煌津は駆けた。

 浄力を込めた銃弾と、夥しい数の矢によって、白い腕は動きを止めていた。
 依然、異層転移は止まっていない。柳田先生は気を失っているようだが、彼女の内部からは白い腕が出たままだ。 厨房の二人は無事だろうか。物音が聞こえない。
「ノウマクサンマンダバサラダンセンダンマカロシャダヤソハタヤウンタラタカンマン」
 不動明王真言慈救咒じくじゅを唱えつつ、那美は愛銃M586の空薬莢を排莢し、素早くスピードローダーで次の六発を装填する。
 ――確かに、あいつの気配がした。
 だが、ここにいるのは、あいつではない。
「出てこいよ。見ているのはわかっている」
 未だ姿を現さない次なる敵に向かって、那美は言った。
「あっあっああっああ――――――――――!?」
 どさっ、と。
 那美の背後に、何かが落ちた。
「あれ? おっかしいなあ……」
 声が聞こえた。男の声が。
 那美は振り返る。視線の先に、顔を歪めて笑うスーツ姿の男がいた。
「何で見ている人がいるのかなああああああああ」
 銃口を向ける。照星を見る。にやけた悪霊の額に照準を合わせる。
「ほざくな、出歯亀野郎」
 不気味な笑みを浮かべた悪霊が襲い掛かってくる。那美は引き金を引く――
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