ぐるりぐるりと

安田 景壹

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第三章

そしてテープは回り始める 3

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 煌津の隣に座った千恵里は、顔も上げずにクレヨンを画用紙に走らせている。
「二人は……この子が今もこの店にいる事を?」
「難波さんは知っている。お母さんは、彼女を認識出来ない。十年前の事で、今も苦しんでいるから」
 隣の女の子が手を止めた。どうやら絵が完成したようだった。
「はい」
 女の子が顔を上げ、煌津に描き上げた画用紙を差し出す。その声は、まるで生きている人のようだった。
「見せてくれるの? ありがとう――」
 画用紙を受け取ろうとして、煌津は千恵里の顔を見た。
「――――」
 ――決して、許容されるべきではない傷跡が、煌津の目に飛び込んだ。
 この姿が、今も父親の目には見えているのだろうか。
 この姿を、十年前に母親は目の当たりにしたのだろうか。
 煌津は黙って画用紙を受け取った。画用紙に指が触れた時には、彼女の姿も、画用紙もクレヨンも、まるで幻であったかのように、綺麗にいなくなっていた。
「……見える人が店に来ると姿を見せるの。今日はもう出てこないと思う」
 那美は静かに言った。
 煌津は、店の中が歪んでいるようにさえ感じた。いや、歪んでいるのは目の前のこの子のほうか。
「こんな事を……十年も?」
「九宇時の家の退魔屋や、ほかの退魔屋が来る事もあった。理解のある、一般人の見える人とかも。そういう人たちが彼女の相手をする。描いた絵を見せてもらったり、一緒に遊んだり。私が来る前は、義兄さんが来ていた」
「お父さんにとってはただの拷問じゃないか。あんな……あんなふうになってしまった自分のお子さんを見せつけ続けられるなんて」
「そんな事はわかっている。でも、どうしようもない。彼女の魂は今も自分が亡くなった事を認識していない。それを認識するという事は、生前の苦しみをもう一度思い出すという事だから。彼女自身が望んで選択しない以上、この状況はずっと続く。もし、私やほかの退魔屋が強引に彼女の魂を安らかな場所に送ろうとしても、彼女が拒めば儀式は失敗する。どころか、望まぬ送還によって彼女は魔物か悪霊かになるかもしれない」
「それでも……これは、あんまりにもだろ。一体誰のためになるっていうんだ」
「今の状況を望む人たちのためだよ。たとえそれがどんなに不毛に見えたとしても一緒にいるしかない。退魔屋の仕事は徹頭徹尾そういうもの。地球上の誰が折れたとしても、私たちだけは折れてはいけない。あの世とこの世の境目で立っていられるのは、私たちだけなのだから」
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