ぐるりぐるりと

安田 景壹

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第三章

そしてテープは回り始める 2

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 隣の席には、知らない子どもがいた。まだ小さい。六、七歳くらいの子ども。黄色の雨合羽を着ている。たぶん女の子だと煌津は思った。雨合羽のフードからちょっと長い前髪がのぞいていた。彼女は、テーブルの上で、それまでなかったはずのスケッチブックに、クレヨンで何かを描いている。
「九宇時さん、この子は」
「難波さんのお子さん。名前は千恵里ちえりちゃん。十年前に亡くなった」
 厨房に聞こえないほどの小さな声で、那美は言った。
「十年……?」
「年月は関係ない。彼女の魂は、今も帰る家を求めてここにある。――あ、難波さーん。私、担々麵とダブルギョーザね。穂結君は?」
「へ? え、ええと、じゃあチャーハンセットで」
「……杏仁豆腐も」
 那美が小さく言った。
「え?」
「杏仁豆腐。彼女に」
 女の子は煌津にも那美にも目を向けないまま、一心にクレヨンで何かを書き殴っている。
「あ、あと杏仁豆腐も!」
「あいよー」
 厨房から返事が聞こえた。
「……この子が十年もここにいるなら、どうして成仏させてあげないんだ」
「それは誤認だよ。成仏はさせるものではなく本人が納得したうえで成し得るもの。他人が成仏させているように見えるなら、それはあくまで霊魂本人が成仏するのを手伝っているに過ぎない」
 極めて冷静に、那美は言った。
「十年前、その子はある出来事が原因で命を失った。本来ならば、失われるべきではなかった命。なら、この現世で、少なくとも他人に迷惑をかけないのなら、いつまでも霊魂のまま留まるのも一つの選択だよ。尊重されるべきだと思う」
「それは……」
「確かに、魂が現世に残り続ける事で悪霊と化してしまう事もあり得る。その時は、私が決着をつける。けど、退魔屋の仕事は悪霊と戦う事が本質じゃない。あらゆる魂と向き合い続けるのがこの仕事なの。その子は、生きていれば私たちと同い年だった」
 二人の前に水が差し出されたのはその時だった。エプロンをした女将さんがにこにこしながら言った。
「二人とも水も飲まないで、大丈夫なの?」
「あ、ありがとうございます」
「どういたしまして。那美ちゃん、いつもありがとうね」
「いえ。難波さんとこの中華、美味しいから」
「嬉しいね。うちも、もう十年以上やってるからね。これも御贔屓にしてくれる皆さまのおかげだよ。お兄さんは、はじめてだよね?」
「あ、はい。この間引っ越して来たばかりで……」
「そうなんだ。せっかくだし、いっぱい食べていってね」
「はい」
 にこにこしたまま女将さんが厨房に入っていく。
「彼女のお母さん」
 出された水をひと口飲むと、那美はそう言った。
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