34 / 100
第二章
運悪くこの世界にたどり着いてしまった方へ 12
しおりを挟む
どうやら相手が通話を切りそうな気配を感じて、煌津は慌てて声をかける。
「ちょ、ちょっと。この子ずっといるの? その、この、ハゼランノヒメって子」
『いるよ。明日うちにくるまではずっとね。君の家に、君を連れて帰ってきてから、寝顔をずっと見ていた。……ハゼランノヒメが、ね。私は見ていないから』
「さっき監視してるって……」
『人の寝顔に興味はない』
怒ったふうでもなく、九宇時那美は言った。
「じゃあ何で寝顔の話――」
『ちゃんとお風呂に入ってきてね。神前に出るのだから。じゃ、おやすみ』
九宇時那美の声はそれっきり沈黙した。
「九宇時さん……?」
念のため一分ほど待ってみたが、返事はなかった。
「電話じゃないからわかりづらいな」
まあいいか。通話は終わりだ。
薄暗い部屋の中には、相変わらず微笑みを浮かべたハゼランノヒメが佇んでいる。心なしか、煌津の顔をずっと見ているような気さえする。
「寝辛いな……」
明日の十時か。予定はない。いつもの日曜日のように、昼近く寝ているわけにもいかなさそうだ。
九宇時神社。九宇時那岐の実家。
「……」
電灯のリモコンを手に取る。寝やすいように、明かりを完全に決してしまおう。そう思ってスイッチを押すと、
「うわっ」
途端にハゼランノヒメの体がピンク色に光っていた。まるで蛍光ペンだ。
「ええ……」
壁のほうを向いて、なるべく目をやらないようにする。だが、部屋の隅がほんのり光っているのがわかる。これ、外から見えたりしないだろうか。
「ごめん……もうちょっと暗くならない?」
すっと、ハゼランノヒメの光量が落ちた。ダウンライトくらいに。
「ありがとう」
煌津は眠りに落ちた。
自分でも驚くほどすっきりと、悪夢の一つも見ずに煌津は目を覚ました。朝七時。風呂に入り、朝食を食べ、簡単に支度をした。九宇時神社の最寄り駅を確認し、以前部活で使っていた文庫本の古事記を読み返す。そうして、何となく落ち着かない時間を過ごした。
「行ってきます」
家を出た。
宮瑠璃線に乗り、学校とは反対方向に向かう。高天という駅が目的地である。急行が止まらない駅で、どれだけ焦っていたとしても、各駅停車に乗っていくしかない。
車両の中は煌津以外の人間はいなかった。高天は九宇時神社のほかは特に見るべきものもない駅だ。日曜とはいえ、各駅停車の利用者も少ないだろう。
人間は乗っていないが、人間でないものなら向かいの座席に座っている。ハゼランノヒメだ。昨晩から一向に変わる事なく柔和な微笑みを浮かべている。
(本当にずっとついてきている)
「ちょ、ちょっと。この子ずっといるの? その、この、ハゼランノヒメって子」
『いるよ。明日うちにくるまではずっとね。君の家に、君を連れて帰ってきてから、寝顔をずっと見ていた。……ハゼランノヒメが、ね。私は見ていないから』
「さっき監視してるって……」
『人の寝顔に興味はない』
怒ったふうでもなく、九宇時那美は言った。
「じゃあ何で寝顔の話――」
『ちゃんとお風呂に入ってきてね。神前に出るのだから。じゃ、おやすみ』
九宇時那美の声はそれっきり沈黙した。
「九宇時さん……?」
念のため一分ほど待ってみたが、返事はなかった。
「電話じゃないからわかりづらいな」
まあいいか。通話は終わりだ。
薄暗い部屋の中には、相変わらず微笑みを浮かべたハゼランノヒメが佇んでいる。心なしか、煌津の顔をずっと見ているような気さえする。
「寝辛いな……」
明日の十時か。予定はない。いつもの日曜日のように、昼近く寝ているわけにもいかなさそうだ。
九宇時神社。九宇時那岐の実家。
「……」
電灯のリモコンを手に取る。寝やすいように、明かりを完全に決してしまおう。そう思ってスイッチを押すと、
「うわっ」
途端にハゼランノヒメの体がピンク色に光っていた。まるで蛍光ペンだ。
「ええ……」
壁のほうを向いて、なるべく目をやらないようにする。だが、部屋の隅がほんのり光っているのがわかる。これ、外から見えたりしないだろうか。
「ごめん……もうちょっと暗くならない?」
すっと、ハゼランノヒメの光量が落ちた。ダウンライトくらいに。
「ありがとう」
煌津は眠りに落ちた。
自分でも驚くほどすっきりと、悪夢の一つも見ずに煌津は目を覚ました。朝七時。風呂に入り、朝食を食べ、簡単に支度をした。九宇時神社の最寄り駅を確認し、以前部活で使っていた文庫本の古事記を読み返す。そうして、何となく落ち着かない時間を過ごした。
「行ってきます」
家を出た。
宮瑠璃線に乗り、学校とは反対方向に向かう。高天という駅が目的地である。急行が止まらない駅で、どれだけ焦っていたとしても、各駅停車に乗っていくしかない。
車両の中は煌津以外の人間はいなかった。高天は九宇時神社のほかは特に見るべきものもない駅だ。日曜とはいえ、各駅停車の利用者も少ないだろう。
人間は乗っていないが、人間でないものなら向かいの座席に座っている。ハゼランノヒメだ。昨晩から一向に変わる事なく柔和な微笑みを浮かべている。
(本当にずっとついてきている)
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私のわがままな異世界転移
とみQ
ファンタジー
高校三年生の夏休み最後の日。
君島隼人は恋人である高野美奈の家で、友人椎名めぐみと工藤淳也の宿題につきあってやっていた。
いつもと変わらぬ日常を送っていた四人に突如降りかかった現実は、その平穏な日々を激変させてしまう出来事で……。
想いが人を強くする。
絆が織りなす異世界転移、バトルファンタジーここに開幕!
人の想いの強さをテーマにしております。
読む人の心を少しでも熱く、震わせられる作品にできたらなあと思って書いています。
よろしくお願いいたします。
アルファポリスでの更新を久しぶりに再開させていただきました。
これまでご拝読くださった方々、ありがとうございます。
よろしければまたお付き合いください。
言祝ぎの子 ー国立神役修詞高等学校ー
三坂しほ
キャラ文芸
両親を亡くし、たった一人の兄と二人暮らしをしている椎名巫寿(15)は、高校受験の日、兄・祝寿が何者かに襲われて意識不明の重体になったことを知らされる。
病院へ駆け付けた帰り道、巫寿も背後から迫り来る何かに気がつく。
二人を狙ったのは、妖と呼ばれる異形であった。
「私の娘に、近付くな。」
妖に襲われた巫寿を助けたのは、後見人を名乗る男。
「もし巫寿が本当に、自分の身に何が起きたのか知りたいと思うのなら、神役修詞高等学校へ行くべきだ。巫寿の兄さんや父さん母さんが学んだ場所だ」
神役修詞高等学校、そこは神役────神社に仕える巫女神主を育てる学校だった。
「ここはね、ちょっと不思議な力がある子供たちを、神主と巫女に育てるちょっと不思議な学校だよ。あはは、面白いよね〜」
そこで出会う新しい仲間たち。
そして巫寿は自分の運命について知ることとなる────。
学園ファンタジーいざ開幕。
▼参考文献
菅田正昭『面白いほどよくわかる 神道のすべて』日本文芸社
大宮司郎『古神道行法秘伝』ビイングネットプレス
櫻井治男『神社入門』幻冬舎
仙岳坊那沙『呪い完全マニュアル』国書刊行会
豊嶋泰國『憑物呪法全書』原書房
豊嶋泰國『日本呪術全書』原書房
西牟田崇生『平成新編 祝詞事典 (増補改訂版)』戎光祥出版
人喰い遊園地
井藤 美樹
ホラー
ある行方不明の探偵事務所に、十二年前に行方不明になった子供の捜索依頼が舞い込んだ。
その行方不明事件は、探偵の間では前々から有名な案件だった。
あまりにも奇妙で、不可解な案件。
それ故、他の探偵事務所では引き受けたがらない。勿体ぶった理由で断られるのが常だ。断られ続けた依頼者が最後に頼ったのが、高坂巽が所長を務める探偵事務所だった。高坂はこの依頼を快く引き受ける。
依頼者の子供が姿を消した場所。
同じ場所で発生した二十三人の行方不明者。
彼らが姿を消した場所。そこは今、更地になっている。
嘗てそこには、遊園地があった。
遊園地の名前は〈桜ドリームパーク〉。
十年前まで、そこは夢に溢れた場所だった。
しかしある日を境に、夢に溢れたその場所は徐々に影がさしていく。
老若男女関係なく、二十三人もの人が、次々とその遊園地を最後に、忽然と姿を消したからだ。あらゆる方向性を考え懸命に捜索したが、手掛かり一つ発見されることなく、誰一人発見される事もなかった。
次々と人が消えて行く遊園地を、人々はいつしか【人喰い遊園地】と呼び恐れた。
閉園された今尚、人々はその遊園地に魅せられ足を踏み入れる。
肝試しと都市伝説を確かめに……。
そして、この案件を担当することになった新人探偵も。
新人探偵の神崎勇也が【人喰い遊園地】に関わった瞬間、闇が静かに蠢きだすーー。
誰もそれには気付かない……。

男性向けフリー台本集
氷元一
恋愛
思いついたときに書いた男性向けのフリー台本です。ご自由にどうぞ。使用報告は自由ですが連絡くださると僕が喜びます。
※言い回しなどアレンジは可。
Twitter:https://twitter.com/mayoi_himoto
YouTube:https://www.youtube.com/c/%E8%BF%B7%E3%81%84%E4%BA%BA%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%83%8B%E3%83%83%E3%82%AF%E6%B0%B7%E5%85%83%E4%B8%80/featured?view_as=subscriber

煌焔〜いつか約束の地に至るまで〜
紫南
キャラ文芸
浄化の力を持つ一族『華月院』
そこに無能と呼ばれ、半ば屋敷に軟禁されて生きてきた少女
華月院樟嬰《カゲツインショウエイ》
世話役の数人にしか見向きもされず、常に処分を考えられる立場。
しかし、いつしか少女は自分を知るため、世界を知るために屋敷を脱け出すようになるーーー
知ったのは自身に流れる特別な血と、人には持ち得ないはずの強力で膨大な力。
多くの知識を吸収し、身の守り方や戦い方を覚え外での立場を得る頃には
信頼できる者達が集まり、樟嬰は生きる事に意味を見出して行く。
そしてそれは、国をも揺るがす世界の真実へと至るものだったーーー
*異色のアジアン風ファンタジー開幕!!
◆他サイトで別名で公開していたものを移動、改稿の上投稿いたしました◎
【毎月10、20、30日の0時頃投稿予定】
現在休載中です。
お待ちください。
ファンタジーからキャラ文芸に変更しました。
限界集落で暮らす女子中学生のお仕事はどうやらあやかし退治らしいのです
釈 余白(しやく)
キャラ文芸
現代日本と不釣り合いなとある山奥には、神社を中心とする妖討伐の一族が暮らす村があった。その一族を率いる櫛田八早月(くしだ やよい)は、わずか八歳で跡目を継いだ神職の巫(かんなぎ)である。その八早月はこの春いよいよ中学生となり少し離れた町の中学校へ通うことになった。
妖退治と変わった風習に囲まれ育った八早月は、初めて体験する普通の生活を想像し胸を高鳴らせていた。きっと今まで見たこともないものや未体験なこと、知らないことにも沢山触れるに違いないと。
この物語は、ちょっと変わった幼少期を経て中学生になった少女の、非日常的な日常を中心とした体験を綴ったものです。一体どんな日々が待ち受けているのでしょう。
※外伝
・限界集落で暮らす専業主婦のお仕事は『今も』あやかし退治なのです
https://www.alphapolis.co.jp/novel/398438394/874873298
※当作品は完全なフィクションです。
登場する人物、地名、、法人名、行事名、その他すべての固有名詞は創作物ですので、もし同名な人や物が有り迷惑である場合はご連絡ください。
事前に実在のものと被らないか調べてはおりますが完全とは言い切れません。
当然各地の伝統文化や催事などを貶める意図もございませんが、万一似通ったものがあり問題だとお感じになられた場合はご容赦ください。
10秒で読めるちょっと怖い話。
絢郷水沙
ホラー
ほんのりと不条理な『ギャグ』が香るホラーテイスト・ショートショートです。意味怖的要素も含んでおりますので、意味怖好きならぜひ読んでみてください。(毎日昼頃1話更新中!)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる