33 / 100
第二章
運悪くこの世界にたどり着いてしまった方へ 11
しおりを挟む
反射的に跳ね起きると、煌津は、一瞬自分がどこにいるのかわからなくなった。ダウンライトの部屋。壁に吊るしたバッグ。見覚えのある勉強机。自分がいるのはベッド。自室のベッドだ。
「帰ってきた?」
慌ててスマートフォンを見る。不思議な事に、スマートフォンはいつも通り枕元に置かれ、USBケーブルで充電器と繋がれていた。
九月十一日。土曜日。二二時五分。
『あまり急に動かないほうがいい。異界に触れて精神も肉体も疲弊しているから』
急に聞こえた人の声に、煌津は思わず息を呑んだ。まるでスピーカーを通して聞こえるような籠った声だ。
「九宇時……さん?」
『右にいる』
言われた通り右側を見る。出入口のドアの横。洋服箪笥の前。
「うわっ!」
薄暗い部屋の中に、仏像のような微笑みを浮かべた着物姿の女性がいた。
いや、正確には彼女は女性ではない。あの九宇時那美という巫女がお札から変じさせた〝姫〟だ。名前は確か、ハゼランノヒメ。
『遠隔で監視するのは疲れるから手短に話す』
ハゼランノヒメは口を動かさないまま、九宇時那美の声で言った。
『穂結君が異界から帰ってきてから一日と数時間が経っている。ご両親は、穂結君が風邪で学校から早退して、そのまま寝込んでいると思っている。何か聞かれたら、話を合わせて』
「異界……? あの、あだむの家とかいうのがあった、海の向こうに巨人が見える世界の事か」
『あだむの家?』
那美の声に不穏な響きが混じる。
『記憶はあるみたいだね』
「あそこは一体何なんだ。あの骸骨の犬は……」
『あなたが見たのは……いえ、行ったのは死者たちの世界。ただし地獄じゃない。あの世と呼ばれる異界の一つ。私たちの間では、《あだむの世界》と呼ばれている』
「あだむの世界?」
『宮瑠璃市から繋がった事例が一番多いけれど、滅多にあだむの世界に繋がる事はない。特別な因果がない限りは』
「何もわからない……」
『異界への門は霊的なエネルギーの高まりによって開くけど、門の先にある異界は、人間の数だけあると言われている。あなたがそれと理解していなくても、因果はあなたの中にある。何かが、あなたをあだむの世界に引き寄せた』
意味がわからない。煌津は前髪に指を入れて掻き乱す。
『明日の十時に私の家にきて。そこで改めて説明する』
「君の家? それって……」
『九宇時神社。道中はハゼランノヒメが守る』
煌津は思わず、ハゼランノヒメの顔を見える。相変わらず、仏像のような柔和な微笑み。
「……俺の記憶、消すの?」
那美はすぐには答えなかった。
「九宇時さん」
『……消すのも選択肢のうち』
「そんな!」
『ただし』
那美の声が遮る。
『私は記憶を消すより、もっと大仕事になるんじゃないかと考えている』
「何それ。どういう意味だよ」
『今は説明したくない。遠隔で式神を呼び出しているのは疲れるの。今説明してどうなるものでもないし』
「不安になるだろ!」
『経過は見ていたから大丈夫だよ。変化はない。万が一君が寝ている間に、動きがあればハゼランノヒメが私に知らせるから。じゃ、明日十時にね』
「帰ってきた?」
慌ててスマートフォンを見る。不思議な事に、スマートフォンはいつも通り枕元に置かれ、USBケーブルで充電器と繋がれていた。
九月十一日。土曜日。二二時五分。
『あまり急に動かないほうがいい。異界に触れて精神も肉体も疲弊しているから』
急に聞こえた人の声に、煌津は思わず息を呑んだ。まるでスピーカーを通して聞こえるような籠った声だ。
「九宇時……さん?」
『右にいる』
言われた通り右側を見る。出入口のドアの横。洋服箪笥の前。
「うわっ!」
薄暗い部屋の中に、仏像のような微笑みを浮かべた着物姿の女性がいた。
いや、正確には彼女は女性ではない。あの九宇時那美という巫女がお札から変じさせた〝姫〟だ。名前は確か、ハゼランノヒメ。
『遠隔で監視するのは疲れるから手短に話す』
ハゼランノヒメは口を動かさないまま、九宇時那美の声で言った。
『穂結君が異界から帰ってきてから一日と数時間が経っている。ご両親は、穂結君が風邪で学校から早退して、そのまま寝込んでいると思っている。何か聞かれたら、話を合わせて』
「異界……? あの、あだむの家とかいうのがあった、海の向こうに巨人が見える世界の事か」
『あだむの家?』
那美の声に不穏な響きが混じる。
『記憶はあるみたいだね』
「あそこは一体何なんだ。あの骸骨の犬は……」
『あなたが見たのは……いえ、行ったのは死者たちの世界。ただし地獄じゃない。あの世と呼ばれる異界の一つ。私たちの間では、《あだむの世界》と呼ばれている』
「あだむの世界?」
『宮瑠璃市から繋がった事例が一番多いけれど、滅多にあだむの世界に繋がる事はない。特別な因果がない限りは』
「何もわからない……」
『異界への門は霊的なエネルギーの高まりによって開くけど、門の先にある異界は、人間の数だけあると言われている。あなたがそれと理解していなくても、因果はあなたの中にある。何かが、あなたをあだむの世界に引き寄せた』
意味がわからない。煌津は前髪に指を入れて掻き乱す。
『明日の十時に私の家にきて。そこで改めて説明する』
「君の家? それって……」
『九宇時神社。道中はハゼランノヒメが守る』
煌津は思わず、ハゼランノヒメの顔を見える。相変わらず、仏像のような柔和な微笑み。
「……俺の記憶、消すの?」
那美はすぐには答えなかった。
「九宇時さん」
『……消すのも選択肢のうち』
「そんな!」
『ただし』
那美の声が遮る。
『私は記憶を消すより、もっと大仕事になるんじゃないかと考えている』
「何それ。どういう意味だよ」
『今は説明したくない。遠隔で式神を呼び出しているのは疲れるの。今説明してどうなるものでもないし』
「不安になるだろ!」
『経過は見ていたから大丈夫だよ。変化はない。万が一君が寝ている間に、動きがあればハゼランノヒメが私に知らせるから。じゃ、明日十時にね』
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
【R18】僕の筆おろし日記(高校生の僕は親友の家で彼の母親と倫ならぬ禁断の行為を…初体験の相手は美しい人妻だった)
幻田恋人
恋愛
夏休みも終盤に入って、僕は親友の家で一緒に宿題をする事になった。
でも、その家には僕が以前から大人の女性として憧れていた親友の母親で、とても魅力的な人妻の小百合がいた。
親友のいない家の中で僕と小百合の二人だけの時間が始まる。
童貞の僕は小百合の美しさに圧倒され、次第に彼女との濃厚な大人の関係に陥っていく。
許されるはずのない、男子高校生の僕と親友の母親との倫を外れた禁断の愛欲の行為が親友の家で展開されていく…
僕はもう我慢の限界を超えてしまった… 早く小百合さんの中に…
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる