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第二章
運悪くこの世界にたどり着いてしまった方へ 11
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反射的に跳ね起きると、煌津は、一瞬自分がどこにいるのかわからなくなった。ダウンライトの部屋。壁に吊るしたバッグ。見覚えのある勉強机。自分がいるのはベッド。自室のベッドだ。
「帰ってきた?」
慌ててスマートフォンを見る。不思議な事に、スマートフォンはいつも通り枕元に置かれ、USBケーブルで充電器と繋がれていた。
九月十一日。土曜日。二二時五分。
『あまり急に動かないほうがいい。異界に触れて精神も肉体も疲弊しているから』
急に聞こえた人の声に、煌津は思わず息を呑んだ。まるでスピーカーを通して聞こえるような籠った声だ。
「九宇時……さん?」
『右にいる』
言われた通り右側を見る。出入口のドアの横。洋服箪笥の前。
「うわっ!」
薄暗い部屋の中に、仏像のような微笑みを浮かべた着物姿の女性がいた。
いや、正確には彼女は女性ではない。あの九宇時那美という巫女がお札から変じさせた〝姫〟だ。名前は確か、ハゼランノヒメ。
『遠隔で監視するのは疲れるから手短に話す』
ハゼランノヒメは口を動かさないまま、九宇時那美の声で言った。
『穂結君が異界から帰ってきてから一日と数時間が経っている。ご両親は、穂結君が風邪で学校から早退して、そのまま寝込んでいると思っている。何か聞かれたら、話を合わせて』
「異界……? あの、あだむの家とかいうのがあった、海の向こうに巨人が見える世界の事か」
『あだむの家?』
那美の声に不穏な響きが混じる。
『記憶はあるみたいだね』
「あそこは一体何なんだ。あの骸骨の犬は……」
『あなたが見たのは……いえ、行ったのは死者たちの世界。ただし地獄じゃない。あの世と呼ばれる異界の一つ。私たちの間では、《あだむの世界》と呼ばれている』
「あだむの世界?」
『宮瑠璃市から繋がった事例が一番多いけれど、滅多にあだむの世界に繋がる事はない。特別な因果がない限りは』
「何もわからない……」
『異界への門は霊的なエネルギーの高まりによって開くけど、門の先にある異界は、人間の数だけあると言われている。あなたがそれと理解していなくても、因果はあなたの中にある。何かが、あなたをあだむの世界に引き寄せた』
意味がわからない。煌津は前髪に指を入れて掻き乱す。
『明日の十時に私の家にきて。そこで改めて説明する』
「君の家? それって……」
『九宇時神社。道中はハゼランノヒメが守る』
煌津は思わず、ハゼランノヒメの顔を見える。相変わらず、仏像のような柔和な微笑み。
「……俺の記憶、消すの?」
那美はすぐには答えなかった。
「九宇時さん」
『……消すのも選択肢のうち』
「そんな!」
『ただし』
那美の声が遮る。
『私は記憶を消すより、もっと大仕事になるんじゃないかと考えている』
「何それ。どういう意味だよ」
『今は説明したくない。遠隔で式神を呼び出しているのは疲れるの。今説明してどうなるものでもないし』
「不安になるだろ!」
『経過は見ていたから大丈夫だよ。変化はない。万が一君が寝ている間に、動きがあればハゼランノヒメが私に知らせるから。じゃ、明日十時にね』
「帰ってきた?」
慌ててスマートフォンを見る。不思議な事に、スマートフォンはいつも通り枕元に置かれ、USBケーブルで充電器と繋がれていた。
九月十一日。土曜日。二二時五分。
『あまり急に動かないほうがいい。異界に触れて精神も肉体も疲弊しているから』
急に聞こえた人の声に、煌津は思わず息を呑んだ。まるでスピーカーを通して聞こえるような籠った声だ。
「九宇時……さん?」
『右にいる』
言われた通り右側を見る。出入口のドアの横。洋服箪笥の前。
「うわっ!」
薄暗い部屋の中に、仏像のような微笑みを浮かべた着物姿の女性がいた。
いや、正確には彼女は女性ではない。あの九宇時那美という巫女がお札から変じさせた〝姫〟だ。名前は確か、ハゼランノヒメ。
『遠隔で監視するのは疲れるから手短に話す』
ハゼランノヒメは口を動かさないまま、九宇時那美の声で言った。
『穂結君が異界から帰ってきてから一日と数時間が経っている。ご両親は、穂結君が風邪で学校から早退して、そのまま寝込んでいると思っている。何か聞かれたら、話を合わせて』
「異界……? あの、あだむの家とかいうのがあった、海の向こうに巨人が見える世界の事か」
『あだむの家?』
那美の声に不穏な響きが混じる。
『記憶はあるみたいだね』
「あそこは一体何なんだ。あの骸骨の犬は……」
『あなたが見たのは……いえ、行ったのは死者たちの世界。ただし地獄じゃない。あの世と呼ばれる異界の一つ。私たちの間では、《あだむの世界》と呼ばれている』
「あだむの世界?」
『宮瑠璃市から繋がった事例が一番多いけれど、滅多にあだむの世界に繋がる事はない。特別な因果がない限りは』
「何もわからない……」
『異界への門は霊的なエネルギーの高まりによって開くけど、門の先にある異界は、人間の数だけあると言われている。あなたがそれと理解していなくても、因果はあなたの中にある。何かが、あなたをあだむの世界に引き寄せた』
意味がわからない。煌津は前髪に指を入れて掻き乱す。
『明日の十時に私の家にきて。そこで改めて説明する』
「君の家? それって……」
『九宇時神社。道中はハゼランノヒメが守る』
煌津は思わず、ハゼランノヒメの顔を見える。相変わらず、仏像のような柔和な微笑み。
「……俺の記憶、消すの?」
那美はすぐには答えなかった。
「九宇時さん」
『……消すのも選択肢のうち』
「そんな!」
『ただし』
那美の声が遮る。
『私は記憶を消すより、もっと大仕事になるんじゃないかと考えている』
「何それ。どういう意味だよ」
『今は説明したくない。遠隔で式神を呼び出しているのは疲れるの。今説明してどうなるものでもないし』
「不安になるだろ!」
『経過は見ていたから大丈夫だよ。変化はない。万が一君が寝ている間に、動きがあればハゼランノヒメが私に知らせるから。じゃ、明日十時にね』
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