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第二章
運悪くこの世界にたどり着いてしまった方へ 9
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両手の袖口から白い包帯が幾条も飛び出し、骸骨に絡み付く。自分の体にはなかったはずのものなのに、その包帯の一本一本は肉体の延長のような感覚だった。
「黒い……靄……靄……靄がァ」
――ブウン。
雑音とともに、脳に直接映像が飛び込んでくる。女の子と黒い犬が、ダイニングを呆然と見つめている。部屋の中は暗く、彼女と犬のほかは誰もいない。「お母さん、帰って来てないね」と女の子の声。場面が切り替わる。ブロック塀のある細道を女の子と犬が散歩している。呪。目の前に黒い靄が現れる。煌津は――呪――自分自身が立ち竦んでいるかのような感覚に襲われた。女の子が尻もちをつく。犬が唸り声をあげ、それから、黒い靄が眼前でいっぱいに広がり――!
「やめろっ!!」
夢を夢だと認識して、無理矢理目覚めるのと同じように、煌津は頭の中の幻覚を振り払う。いや、一方で確信している。今のは幻覚などではなく、この包帯が、少女の声で話すこの骸骨に絡んだ事で読み取った、〝事実〟なのだと。幻覚だと思うには、あまりにも生々しい臨場感だ。
「お母さんどこですかお母さんどこですかお母さんどこですかおか、くろ、もや……」
骸骨の眼窩の奥に鬼気迫る気配を感じた。
「ウゥウ……ぐぅるぐぅうう」
唸り声がする。包帯を通して脳に情報が入り込んでくる。敵意。敵意。敵意。敵意。敵意。敵意。
「がぅアッ!!」
包帯の千切れる音がして、骸骨の大きく開けた口が迫る。左の鎖骨辺りに強烈な痛み。骸骨の歯が、煌津の肉と骨を噛み砕く。
「ぁ、ああ――ッ!!」
痛みが脳髄を支配して、自分が叫び声を上げた事さえどこか遠く感じる。包帯が袖口から溢れ続けている。煌津は拳を握った。もの凄い力が内側から湧いて出る。まるで暴力性の奔流だ。押さえつける腕を振り払い、反射的に、骸骨の側頭部を殴りつける。ガン! ガン! 一発殴るごとに怒りが増幅する。がん! がん! くそ、こいつ。放せ。放せ!
「このォッ!」
力任せにのしかかってきている体を蹴り上げる。自分の体ではないかのような力。骸骨の口が外れる。一瞬の隙をついて、煌津は骸骨の拘束から抜け出した。
「はっ、はっ――」
噛まれたところが焼けているかのように熱を持ち痛む。玄関を飛び出し、地面に転げた。立ち上がらなければ。
「ぐるぅっ、がるぁっ」
暗い家の中から、獣の唸り声が聞こえる。行き先を考えている暇はない。とにかく逃げないと。もつれそうな足に何とか力を込めて、煌津は立ち上がった。
「黒い……靄……靄……靄がァ」
――ブウン。
雑音とともに、脳に直接映像が飛び込んでくる。女の子と黒い犬が、ダイニングを呆然と見つめている。部屋の中は暗く、彼女と犬のほかは誰もいない。「お母さん、帰って来てないね」と女の子の声。場面が切り替わる。ブロック塀のある細道を女の子と犬が散歩している。呪。目の前に黒い靄が現れる。煌津は――呪――自分自身が立ち竦んでいるかのような感覚に襲われた。女の子が尻もちをつく。犬が唸り声をあげ、それから、黒い靄が眼前でいっぱいに広がり――!
「やめろっ!!」
夢を夢だと認識して、無理矢理目覚めるのと同じように、煌津は頭の中の幻覚を振り払う。いや、一方で確信している。今のは幻覚などではなく、この包帯が、少女の声で話すこの骸骨に絡んだ事で読み取った、〝事実〟なのだと。幻覚だと思うには、あまりにも生々しい臨場感だ。
「お母さんどこですかお母さんどこですかお母さんどこですかおか、くろ、もや……」
骸骨の眼窩の奥に鬼気迫る気配を感じた。
「ウゥウ……ぐぅるぐぅうう」
唸り声がする。包帯を通して脳に情報が入り込んでくる。敵意。敵意。敵意。敵意。敵意。敵意。
「がぅアッ!!」
包帯の千切れる音がして、骸骨の大きく開けた口が迫る。左の鎖骨辺りに強烈な痛み。骸骨の歯が、煌津の肉と骨を噛み砕く。
「ぁ、ああ――ッ!!」
痛みが脳髄を支配して、自分が叫び声を上げた事さえどこか遠く感じる。包帯が袖口から溢れ続けている。煌津は拳を握った。もの凄い力が内側から湧いて出る。まるで暴力性の奔流だ。押さえつける腕を振り払い、反射的に、骸骨の側頭部を殴りつける。ガン! ガン! 一発殴るごとに怒りが増幅する。がん! がん! くそ、こいつ。放せ。放せ!
「このォッ!」
力任せにのしかかってきている体を蹴り上げる。自分の体ではないかのような力。骸骨の口が外れる。一瞬の隙をついて、煌津は骸骨の拘束から抜け出した。
「はっ、はっ――」
噛まれたところが焼けているかのように熱を持ち痛む。玄関を飛び出し、地面に転げた。立ち上がらなければ。
「ぐるぅっ、がるぁっ」
暗い家の中から、獣の唸り声が聞こえる。行き先を考えている暇はない。とにかく逃げないと。もつれそうな足に何とか力を込めて、煌津は立ち上がった。
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