ぐるりぐるりと

安田 景壹

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第二章

運悪くこの世界にたどり着いてしまった方へ 8

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 開けなければ。煌津は立ち上がって、取っ手に手をかけた。襖をくくっていた包帯のような白い布は、もうない。
「よいっ、しょ」
 がら、と。つっかえていた襖が勢い良く滑る。
 襖の向こう側の部屋には明かりがついていなかった。手前に人影が見えて、煌津は思わず、うっ、と呟いて身を引いた。ずっと閉じ込められていたせいだろう。黒髪は伸び放題でぼさぼさだった。
「あー、ありがとうございます。やっと外に出られた」
 黒髪の主は顔を下げたまま、息をついてそう言った。
「ああ、いえ。良かったです。無事で……」
 何と言っていいかわからず、煌津は思いつくまま喋る。そうだ。思ったより元気そうじゃないか。
無事で良かった。無事で……
「……っ!?」
 黒髪の主の頭部はやけに下方にあった。さながら這いつくばっているかのようだ。こういうものを見た事がある。大型犬。黒髪の主は両腕を床につけている。では、襖を掴んでいるこの手は何だろう? これでは、まるで……
「本当――助かりましたあ」
 黒髪の主の肩から、さらに二本の腕が伸びて、煌津の肩を掴む。
 これで腕は六本――黒髪の主が顔を上げる。
「ありがとうございまああああああす」
 黒髪の中から顔をのぞかせた骸骨が、おぞましい声で言った。
「うわぁああぁあああっ!?」
 逃げようとして足がもつれる。肩をがっしりと掴まれたまま、黒髪の骸骨がのしかかってくる。
「出られてよかったですわたしもうずっとあの部屋の中にいたからお腹空いたお腹空いたお腹空いたお母さんどこですか探しているんですどこですか知っていますか」
 骸骨が女の子の声でまくしたてる。骸骨の口がすぐそこまで迫っていた。ひどい臭いに吐き気が込み上げる。
「放せっ!」
 骸骨の胴体をどかそうとするがびくともしない。肉体の感触。体毛に触れている。まるで大型犬だ。さらに二本の腕が煌津の足を掴む。
「お母さんどこですかどこに行ってしまったんですかわたしクロと散歩に出たんですクロはもうずっと長生きなんですよお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお母さんどこですか」
「知るもんか! どいてくれっ!」
 残っていた二本の腕が、煌津の首を掴んだ。
「ぁっ……!」
「お母さんどこですかお母さんどこですかお母さんどこですかわたしわたしわたしお母さんもうどこにもいない……」
 声音が少し変わった。首を絞める強さは変わっていない。このままでは窒息させられる。
「黒い……靄が……」
(泣いて……る?)
 ぞわり、と煌津の皮膚の内側で何かが動いた。
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