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第二章
運悪くこの世界にたどり着いてしまった方へ 6
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『これより、研修ビデオを再生します』
文字が浮かぶ。次々と。ノートにビデオについての記述があったはずだが、もう思い出せない。
『悪を倒さんと願うなら』
『その者の本質を知る事です』
『それが魔を退散させる者の務め』
『それでは』
『終いまで見よ』
シュルルル、と何かが滑るような音。
次の瞬間、画面に映っていたのは、荒い映像の、古びた光景だった。首を少し傾げ、背中をのけ反らせ気味の、白い着物を着た女性が、境内の石畳の上に敷かれた御座の上に正座させられている。
その目は白い布で目隠しされている。女性の体は縄で縛られ、その両端を二人の男が持っていた。神主がカメラに映っていない方向に向かって、誰かに対し、こちらに来るように促す。すると、画面の手前から、ぬっと、鍔広の帽子を被った黒いコートの男が現れた。
いや、正確には、顔も映っていないし、体つきもがっしりはしているが男性とも女性とも断定できるわけではない。脳が勝手にそう認識したかのように、奇妙な確信が煌津にはあった。
『狐か、犬神か』
男の声がした。コートの男が言ったのだ、と煌津は思う。
『遣わしたモノが帰って来たのだ。言え。誰に何を遣わしたのだ』
女性の、ひきつるような声がする。
『許すまじ。許すまじ。謀り。謀った。我を。我を』
『言え。誰に遣わした。誰に遣わしたのだ』
コートの男の叱責が飛ぶ。
『コーーーーーーーーーン!』
唐突に、叫び声が境内に響く。女性の声ではない。縄を掴んでいた男の片割れが、急に天を仰いで叫んだのだ。
『ワン! ワンワン! ワォーーーーーーーーーン!』
縄を持っていたもう一人が、同じように天を仰いで吠える。
神主が慄然とした顔でその様子を見る。コートの男は微動だにしない。
『コーーーーーーーーーン!』
『ワン! ワンワン! ワォーーーーーーーーーン!』
二人の男は縄を投げ捨て、さながら獣のように吠えまくりながら、境内の中を駆け回る。
『ひ、ひひひひ、ひひひはははははは』
目隠しされた女性の口元が、けたたましく可笑しそうに笑う。
『狐! 犬神! 狐! 犬神! 許すまじ! 許すまじ! 我を謀った者! あの娘も、あの男も、狂わせて殺す!』
黒い靄が立ち込める。穢れ。直感する。邪悪なモノが放つ穢れ。縄で縛られているというのに、女性は境内を転がりながら笑い続けている。
『我留羅となりし御魂よ』
コートの男が言った。
いつの間にか、その袖口から包帯のような白い布が溢れ出ている。
『セイ、ジン、チ、ジャ、タイ、ウン、メイ――』
静かに男が呪文を唱える。女性の笑い声は止まらない。冷え切った境内の空気を感じる。
文字が浮かぶ。次々と。ノートにビデオについての記述があったはずだが、もう思い出せない。
『悪を倒さんと願うなら』
『その者の本質を知る事です』
『それが魔を退散させる者の務め』
『それでは』
『終いまで見よ』
シュルルル、と何かが滑るような音。
次の瞬間、画面に映っていたのは、荒い映像の、古びた光景だった。首を少し傾げ、背中をのけ反らせ気味の、白い着物を着た女性が、境内の石畳の上に敷かれた御座の上に正座させられている。
その目は白い布で目隠しされている。女性の体は縄で縛られ、その両端を二人の男が持っていた。神主がカメラに映っていない方向に向かって、誰かに対し、こちらに来るように促す。すると、画面の手前から、ぬっと、鍔広の帽子を被った黒いコートの男が現れた。
いや、正確には、顔も映っていないし、体つきもがっしりはしているが男性とも女性とも断定できるわけではない。脳が勝手にそう認識したかのように、奇妙な確信が煌津にはあった。
『狐か、犬神か』
男の声がした。コートの男が言ったのだ、と煌津は思う。
『遣わしたモノが帰って来たのだ。言え。誰に何を遣わしたのだ』
女性の、ひきつるような声がする。
『許すまじ。許すまじ。謀り。謀った。我を。我を』
『言え。誰に遣わした。誰に遣わしたのだ』
コートの男の叱責が飛ぶ。
『コーーーーーーーーーン!』
唐突に、叫び声が境内に響く。女性の声ではない。縄を掴んでいた男の片割れが、急に天を仰いで叫んだのだ。
『ワン! ワンワン! ワォーーーーーーーーーン!』
縄を持っていたもう一人が、同じように天を仰いで吠える。
神主が慄然とした顔でその様子を見る。コートの男は微動だにしない。
『コーーーーーーーーーン!』
『ワン! ワンワン! ワォーーーーーーーーーン!』
二人の男は縄を投げ捨て、さながら獣のように吠えまくりながら、境内の中を駆け回る。
『ひ、ひひひひ、ひひひはははははは』
目隠しされた女性の口元が、けたたましく可笑しそうに笑う。
『狐! 犬神! 狐! 犬神! 許すまじ! 許すまじ! 我を謀った者! あの娘も、あの男も、狂わせて殺す!』
黒い靄が立ち込める。穢れ。直感する。邪悪なモノが放つ穢れ。縄で縛られているというのに、女性は境内を転がりながら笑い続けている。
『我留羅となりし御魂よ』
コートの男が言った。
いつの間にか、その袖口から包帯のような白い布が溢れ出ている。
『セイ、ジン、チ、ジャ、タイ、ウン、メイ――』
静かに男が呪文を唱える。女性の笑い声は止まらない。冷え切った境内の空気を感じる。
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