27 / 100
第二章
運悪くこの世界にたどり着いてしまった方へ 5
しおりを挟む
白い布で囲われた襖は、無表情な能面のようで不気味だった。
「ねえ、そこに誰かいますよね!」
今度は確実に聞こえた。女の子の声だ。襖の向こうから聞こえた。
「あの、そっちから開けてもらってもいいですか? この襖動かなくて」
ガタッ、ガタッ、と襖が詰まる。動きに苛立ちが見えた気がした。
出たがっている。それはわかる。だが、中にいるのが善良なものだとは限らない。
「……」
煌津は無言でスマホを炬燵の上に置いた。ロックを解除して画面を操作する。
『ドン ドン ドン ドドドドドド』
『かんじーざいぼーさつぎょうじんはんにゃー』
護摩行の録画を再生する。使える魔除けはこれしかない。これで中にいるものに影響があれば……。
「この襖、何か固いんですよ。動かなくて。ねえ、そっちどうなってます?」
「な……」
ノーリアクションだ。という事は、この部屋の中にいるのは、悪霊やその類ではない、という事だろうか。いや、そもそも録画だから魔除けたり得ない、という事も考えられる。
「ねえ、襖動かないですか? わたし、もうずっとこの部屋に閉じ込められていて……」
嘘だ。そう自分に言い聞かせる。ずっとこの部屋に閉じ込められていて? ずっとというのはどれくらいの事だ。二十四時間で一年なら、中にいる人は何時間ここにいた? 何年? この異様な世界で、たった一人部屋の中に取り残されて、その人は正気を保っていられるのか?
その人は、今もヒトなのか?
「……っ、うっ」
襖の向こうから嗚咽が聞こえる。
「……何で返事してくれないの。何で皆無視するの。お母さんに会いたい。会いたいよ」
胸の中が疼く気がした。
『はんにゃーしん』
護摩行の再生を止める。これはどうやら効果がない。それに、中の彼女が、ただ救出を待っているだけの人なら、勝手に怪物扱いするのは良くない事だ。
襖に手を伸ばす。無造作に走った白い線。布に指先が触れる。
ぞわり、と。
白い布が生き物のように波打った。
「うわっ!?」
思わず手を引っ込める。今のは何だ。目の錯覚か。今さらこんなところに迷い込んだというのに、目の錯覚も何も……。
――ガチャ。ガチャ。ウィーン。
何か、物音が後ろのほうで聞こえる。
振り返ると、ザーザーという音ともに、テレビの画面がついていた。
白と黒の無数の楕円が右から左へ、左から右へと動く。ザー、ザー。これは、確か『砂嵐』だ。
ぶつん、と音がして、青い背景にぐわんと波が走る。白い文字が画面に浮かんでいる。
「ねえ、そこに誰かいますよね!」
今度は確実に聞こえた。女の子の声だ。襖の向こうから聞こえた。
「あの、そっちから開けてもらってもいいですか? この襖動かなくて」
ガタッ、ガタッ、と襖が詰まる。動きに苛立ちが見えた気がした。
出たがっている。それはわかる。だが、中にいるのが善良なものだとは限らない。
「……」
煌津は無言でスマホを炬燵の上に置いた。ロックを解除して画面を操作する。
『ドン ドン ドン ドドドドドド』
『かんじーざいぼーさつぎょうじんはんにゃー』
護摩行の録画を再生する。使える魔除けはこれしかない。これで中にいるものに影響があれば……。
「この襖、何か固いんですよ。動かなくて。ねえ、そっちどうなってます?」
「な……」
ノーリアクションだ。という事は、この部屋の中にいるのは、悪霊やその類ではない、という事だろうか。いや、そもそも録画だから魔除けたり得ない、という事も考えられる。
「ねえ、襖動かないですか? わたし、もうずっとこの部屋に閉じ込められていて……」
嘘だ。そう自分に言い聞かせる。ずっとこの部屋に閉じ込められていて? ずっとというのはどれくらいの事だ。二十四時間で一年なら、中にいる人は何時間ここにいた? 何年? この異様な世界で、たった一人部屋の中に取り残されて、その人は正気を保っていられるのか?
その人は、今もヒトなのか?
「……っ、うっ」
襖の向こうから嗚咽が聞こえる。
「……何で返事してくれないの。何で皆無視するの。お母さんに会いたい。会いたいよ」
胸の中が疼く気がした。
『はんにゃーしん』
護摩行の再生を止める。これはどうやら効果がない。それに、中の彼女が、ただ救出を待っているだけの人なら、勝手に怪物扱いするのは良くない事だ。
襖に手を伸ばす。無造作に走った白い線。布に指先が触れる。
ぞわり、と。
白い布が生き物のように波打った。
「うわっ!?」
思わず手を引っ込める。今のは何だ。目の錯覚か。今さらこんなところに迷い込んだというのに、目の錯覚も何も……。
――ガチャ。ガチャ。ウィーン。
何か、物音が後ろのほうで聞こえる。
振り返ると、ザーザーという音ともに、テレビの画面がついていた。
白と黒の無数の楕円が右から左へ、左から右へと動く。ザー、ザー。これは、確か『砂嵐』だ。
ぶつん、と音がして、青い背景にぐわんと波が走る。白い文字が画面に浮かんでいる。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
マインハールⅡ ――屈強男×しっかり者JKの歳の差ファンタジー恋愛物語
花閂
キャラ文芸
天尊との別れから約一年。
高校生になったアキラは、天尊と過ごした日々は夢だったのではないかと思いつつ、現実感のない毎日を過ごしていた。
天尊との思い出をすべて忘れて生きようとした矢先、何者かに襲われる。
異界へと連れてこられたアキラは、恐るべき〝神代の邪竜〟の脅威を知ることになる。
――――神々が神々を呪う言葉と、誓約のはじまり。
〈第一部完・第二部開始〉目覚めたら、源氏物語(の中の人)。
詩海猫
キャラ文芸
ある朝突然目覚めたら源氏物語の登場人物 薫大将の君の正室・女二の宮の体に憑依していた29歳のOL・葉宮織羽は決心する。
この世界に来た理由も、元の体に戻る方法もわからないのなら____この世界の理(ことわり)や思惑など、知ったことか。
この男(薫)がこれ以上女性を不幸にしないよう矯正してやろう、と。
美少女な外見に中身はアラサー現代女性の主人公、誠実じゃない美形の夫貴公子、織羽の正体に勘付く夫の同僚に、彼に付き従う影のある青年、白い頭巾で顔を覆った金の髪に青い瞳の青年__謎だらけの物語の中で、織羽は生き抜き、やがて新たな物語が動き出す。
*16部分「だって私は知っている」一部追加・改稿いたしました。
*本作は源氏物語ではありません。タイトル通りの内容ではありますが古典の源氏物語とはまるで別物です。詳しい時代考証などは行っておりません。
重ねて言いますが、歴史小説でも、時代小説でも、ヒューマンドラマでもありません、何でもありのエンタメ小説です。
*平安時代の美人の定義や生活の不便さ等は忘れてお読みください。
*作者は源氏物語を読破しておりません。
*第一部完結、2023/1/1 第二部開始
!ウイルスにやられてダウンしていた為予定通りのストックが出来ませんでした。できる範囲で更新していきます。
ブラコンな兄の日記を漁ってみた
下菊みこと
キャラ文芸
ブラコンな兄の思い出と内心を知るお話。
ただのブラコン同士のほのぼのしたお話。
ご都合主義のSS。
もちろんハッピーエンド、ざまぁなし。
小説家になろう様でも投稿しています。
まさか、、お兄ちゃんが私の主治医なんて、、
ならくま。くん
キャラ文芸
おはこんばんにちは!どうも!私は女子中学生の泪川沙織(るいかわさおり)です!私こんなに元気そうに見えるけど実は貧血や喘息、、いっぱい持ってるんだ、、まあ私の主治医はさすがに知人だと思わなかったんだけどそしたら血のつながっていないお兄ちゃんだったんだ、、流石にちょっとこれはおかしいよね!?でもお兄ちゃんが医者なことは事実だし、、
私のおにいちゃんは↓
泪川亮(るいかわりょう)お兄ちゃん、イケメンだし高身長だしもう何もかも完璧って感じなの!お兄ちゃんとは一緒に住んでるんだけどなんでもてきぱきこなすんだよね、、そんな二人の日常をお送りします!
わたしと玉彦の四十九日間
清水 律
ライト文芸
守らなければならない村の『しきたり』
惣領息子様と呼ばれる『玉彦』
そして隔離された村という領域のなかで巻き起こされる『奇々怪々』
中学一年生の比和子は、母親の出産、父親の海外出張のため、夏休みの間だけド田舎にある祖父の家で過ごすことに。
この祖父の家がある村は、日常茶飯事に不可思議な出来事が起こる。
村民に敬い畏れられる名家の、ちょっと世間に疎いおかっぱ頭の惣領息子『玉彦』と出逢ったことで、ド田舎で過ごす人生最大の退屈な夏休みは忘れられないものとなる。
※完結まで予約投稿済です。
※今作品はエブリスタでも掲載しています。
完結特集や現代ファンタジージャンル一位を獲得させて頂いております。
出版社主催『ボーイミーツガール大賞』最終選考作品。
〜祇園あやかし花嫁語り〜
菰野るり
キャラ文芸
完結しました!番外編はまだ載せますので、ぜひお気に入りに登録お願いいたします。
初山塔子は、祇園甲部の置屋〝初つ山〟の一人娘。15歳の中学3年生。父親はいないけれど、元芸妓のママ〝初春〟と、仕込みちゃんと〝初つ山〟の舞妓ちゃんたちと一緒に暮らしている。ママが皆の〝おかあさん〟なのは当たり前。時折さびしく感じるけれど、私は本物の娘だから大丈夫だと思っていた。
しかし4月の〝都をどり〟の公演舞台裏で偶然ママとは血が繋がっていないことを知ってしまう。ショックを受けた私が迷い込んだ枝垂れ桜咲く歌舞練場の庭で、出会ったのは白銀の髪の美しい九尾の狐でした。
※処女作〝祇園あやかし綺譚〜私、妖の花嫁になります〜〟の全ての文と構成を完全リライトしました!
皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜
菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。
まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。
なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに!
この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる