ぐるりぐるりと

安田 景壹

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第二章

運悪くこの世界にたどり着いてしまった方へ 2

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 行方不明者が必ず帰れるのかどうかはわからない。ただ、先輩が話していたところによれば、仮に帰れたとしても、現実世界では十年の時が過ぎている、なんてパターンが多かったはずだ。であれば、煌津が仮に帰れたとしても……
「静星さんは……。それに……」
 辺りを見回すが、静星や、あの九宇時那美という子の姿は見当たらなかった。こちらに来たのは煌津だけなのか。
「む……」
 坂の下方に、大きな物が見えた。崖べりの道に、まるでプラモのパーツでも取り付けたかのように、そこだけぼこっとせり出している。
「家だ」
 駆け足で坂を下る。
 奇妙な事だが、崖に取り付けられたかのように、一件の家が建っていた。軒下は、足場のように組まれた鉄筋や鉄骨が、崖に刺さって家の土台になっているようだった。崖が崩れそうな気もするが、地面にはひび割れらしいものはない。
 家は全体的に影が落ちていた。平屋だった。信じられない事に、家屋の横には小さな駐車場のようなものもある。ただし、車や自転車は見当たらず、埃を被った水鉄砲や浮き輪が棚の上に乱雑に置かれているほかは、何の果物かもわからないが、拳より少し小さいくらいの大きさの実がなった細い木が生えている。
 錆びて黒ずんだ郵便ポストの横に、手製らしい看板が立っていた。表札はないが、これがその代わりらしい。看板には《あだむの家》とペンキか何かで書いてある。
「あだむの家?」
 あの、アダムとイヴのアダムだろうか。それとも、海外の方の、とか……。いや、まともな方法で来たわけではないこの場所に、まともな人間が住んでいるはずがない。
 どうしよう。家があるという事は、誰かがいる、もしくはいたのだ。この世界から帰る手がかりがあるかもしれない。
 だが、危険過ぎる。
 ついさっきまで本物の悪霊に襲われていたのだ。何もわからないこの世界で、防御手段一つ持たずに、こんな怪しげな家に入るのは、あまりにも考えなしだろう。
 悪い事に、『吐菩加美依身多女』が書かれた定期入れはない。ビニール袋に入れた塩も。この家の中で何かに襲われたとしても、反撃も出来ないのだ。
「ほかに、何かないか……」
 ポケットの中を探る。小銭入れ。スマホ。ハンカチ、ポケットティッシュ。制服の胸ポケットにはペンが差してある。そのくらいだ。
「スマホ……」
 電源ボタンを押すと、スマホはまだ電力が生きている。が、奇妙な事に、時計は表示されていなかった。アンテナも圏外だ。ロックを解除する事は出来るが、当然ネットにはつながらない。
「いや、確か……」
 ビデオフォルダを探す。以前、保存しておいたものがあるはずだ。画面をスクロールしていく。見つけた。
『ドン ドン ドン ドドドドドド』
『かんじーざいぼーさつぎょうじんはんにゃー』
 動画の中で、お坊さんの一人が太鼓を叩き、もう一人が火の中に長い箸で護摩木や米やお香を入れながら般若心経を唱えている。以前、九宇時に言われた事を思い出して、大きなお寺が公式動画でアップロードしていた新年祈祷の護摩行を、スマホのカメラで録画しておいたのだ。これを流せば、お守り代わりにはなるだろう。
「よし」
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