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第二章
運悪くこの世界にたどり着いてしまった方へ 1
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暗闇は、彼女にとって馴染み深いものだった。実に長い間、彼女は暗闇の中にいた。
つけっぱなしのPCの画面が煌々と光っている。画面に映っているのはミュージックアプリで、CDから再生した一時停止中の楽曲が表示されている。喋る相手は必要なかったが、音楽を聴く習慣はあった。彼女にとって、必要なのは外界との接触ではなく、自分の世界への没頭だった。
「そろそろ、補給が必要だね」
暗闇の中で、彼女は言った。
万年床と化しているベッドに背を預け、膝を抱えてうずくまっている。
「心配する事ないよ。君はボクが生き返らせたんだ。だから、君の世話をするのはボクの仕事だ」
言いながら、彼女はまだ片側半分が残っている長髪を指で掬い、右手に持った古めかしい裁ちばさみで適当に長髪の束を切った。伸ばし放題にした黒髪だが、別に髪型に興味はない。
部屋には、彼女以外誰もいない。
「存分にやるといいよ。十年前のように。狙ったものは全て仕留めればいい」
床に、切り離した長髪の残骸を落とす。
暗闇と彼女の長髪が同化する。
「さあ、行って。皆殺しにしてきて」
ぞぶり、ぞぶりと、沼地のような音を立てながら、落とされた長髪が床に飲み込まれていく。
部屋が徐々に明るくなる。暗闇が晴れて、部屋の中は元通り、LEDライトに照らされていた。
自分の血が体の中を巡っているのを感じる。胸の裡から突き刺すような高揚。彼女は笑っていた。
しばらくの間、崖っぷちの手前で座り込んで、煌津は呆然としていた。
波の打ち返す音だけが響き、濃紺の海には魚の影さえ見えない。
「どこ、ここ……」
それしか言う事がない。
後ろは森、前方は崖。その先は海である。煌津が立っているところは、少しばかり傾斜がついていて、舗装はされていない。
海の向こうには、白い巨人のようなものが見える。まるで、こちらに手を伸ばして、やって来ようとするかのようだった。ただし、今のところ動いている様子はない。
「あれは何だ……」
さながら、突然異世界に捨てられたかのようだった。
「神隠し……」
頭の中の知識を探る。そう、これでは神隠しだ。隠されたのは煌津本人。
神隠しは、洋の東西を問わず語られる怪奇現象だ。人が、ある日、何の脈絡もなく忽然と消え失せる現象。昔、町内文化研究会の先輩が教えてくれたところによれば、いなくなるのは子どもも大人も関係ないという。行方不明になった人物は、東洋では神域に連れ去れたと考えられ、西洋では妖精の里に行ったという考え方もあった。が、現代では、神隠しの話はより怪談化され、神秘性よりも恐ろしさや不気味さが際立つようになる。
「神域って感じじゃないよな、ここ」
もちろん、神様の事など何もわからないが、あまり居て楽しい場所ではないようだ。
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