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第一章
カンナギ・ガンスリンガー 19
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「え、ちょっ……」
「心配しなくていいよ。訓練していない人間が異層にいる間の記憶って曖昧だから。この矢の一発で今の出来事も夢になる。あんな恐ろしい目にあった事、忘れたほうがいいよ」
「いやいやいやいや。勝手に人の記憶消そうとしないでよ!」
「悪霊に関わった記憶は、また別の悪霊を引き寄せてしまう。消せるのなら、消すのが掟。穂結煌津君、君にはわかるでしょ」
忘れもしない。
初めて出会ったあの悪霊。九宇時と一緒に出会った、恐ろしい記憶。
あの出来事がなければ。あるいは、今朝の事だって、今しがたの事だって出くわさなかったかもしれないのだ。
「……記憶を消したところで、寄せるものは寄せてしまうだろ」
「それはそう。でも忘れてしまえば囚われる事もない。嫌な記憶が一つ減れば、むざむざ思い出して苦しむ事もないでしょう」
「そうかもしれないけど……」
脳裏に違和感が走る。仮面のような二人の姫の顔。
「その矢さ、どこまでの記憶を消すの?」
巫女の目はあくまでも冷たかった。
「悪霊に関わった記憶、全てだよ。あの頃、何考えていたんだか知らないけど、義兄さんが仕損じたのなら、私があらためて決着をつけてやる」
ぎりっと、二人の姫が弦を引く手に力が籠る。
「そんな事したら、九宇時の事も――」
巫女の目つきが、一気にきつくなった。
「なければいい。義兄さんとの記憶なんて。義兄さんは逃げ出したんだ。戦う力があったのに、勝手に一人で諦めて。そんな人の事なんて忘れたらいい」
「そんな言い方、やめろ!」
瞬発的に、煌津は怒鳴った。
「事故だって話だろ!」
「いいえ。あれは――」
――助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて――
耳元で囁く声。
皮膚が撫でられているかのような怖気。
「え?」
捩じれた女の顔が、煌津の真横にあった。
「うわっ――!?」
「先輩っ!?」
次の瞬間、幾本も伸びて来た真っ白い腕に全身を掴まれて、煌津は後方へと引き摺り込まれる。
「穂結君!」
二人の姫が矢を放つ。九宇時那美がリボルバーを構える。引き金を絞る。
銃声が聞こえるか否かのその瞬間、煌津の体は闇の中に引き込まれた。
『消そうと思えば消せるけどね。今の俺でも』
あの時の、あいつの顔を思い出す。まるで何でもない事のように言う、あいつの顔を。
『消したほうがいいかい。穂結さん』
「――っ!?」
まるでその瞬間まで息が止まっていたかのように、起き上がると同時に煌津は不格好に息を喫った。
煌津が寝転んでいたのは、草むらだった。さながら青黒い絵具を塗りたくったかのような、草にしては奇妙な色だったが、間違いなく草むらだ。
周囲は真っ暗な森の中だ。振り返れば、後ろは鬱蒼と木々が生い茂っていて不気味だ。
かたや、前方には青い空が見える。夏の一日のような白い雲も。太陽の光が見える。
煌津は立ち上がり、光のほうへと進んだ。
さざ波の音が聞こえる。
森を抜けてすぐのところは崖になっていた。
右手には、どういう構造になっているのか、崖から生えたように、暗い一軒家が建っている。
あとは、海だ。濃い、濃紺の海。
水平線の向こうには、雲のような、巨人のような、白く大きな何かが立っている。いや、まるでこちらに向かって来ているかのような、そんなポーズ。
波の音が聞こえる。
「……どこ、ここ」
煌津は知らない世界にいた。
「心配しなくていいよ。訓練していない人間が異層にいる間の記憶って曖昧だから。この矢の一発で今の出来事も夢になる。あんな恐ろしい目にあった事、忘れたほうがいいよ」
「いやいやいやいや。勝手に人の記憶消そうとしないでよ!」
「悪霊に関わった記憶は、また別の悪霊を引き寄せてしまう。消せるのなら、消すのが掟。穂結煌津君、君にはわかるでしょ」
忘れもしない。
初めて出会ったあの悪霊。九宇時と一緒に出会った、恐ろしい記憶。
あの出来事がなければ。あるいは、今朝の事だって、今しがたの事だって出くわさなかったかもしれないのだ。
「……記憶を消したところで、寄せるものは寄せてしまうだろ」
「それはそう。でも忘れてしまえば囚われる事もない。嫌な記憶が一つ減れば、むざむざ思い出して苦しむ事もないでしょう」
「そうかもしれないけど……」
脳裏に違和感が走る。仮面のような二人の姫の顔。
「その矢さ、どこまでの記憶を消すの?」
巫女の目はあくまでも冷たかった。
「悪霊に関わった記憶、全てだよ。あの頃、何考えていたんだか知らないけど、義兄さんが仕損じたのなら、私があらためて決着をつけてやる」
ぎりっと、二人の姫が弦を引く手に力が籠る。
「そんな事したら、九宇時の事も――」
巫女の目つきが、一気にきつくなった。
「なければいい。義兄さんとの記憶なんて。義兄さんは逃げ出したんだ。戦う力があったのに、勝手に一人で諦めて。そんな人の事なんて忘れたらいい」
「そんな言い方、やめろ!」
瞬発的に、煌津は怒鳴った。
「事故だって話だろ!」
「いいえ。あれは――」
――助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて――
耳元で囁く声。
皮膚が撫でられているかのような怖気。
「え?」
捩じれた女の顔が、煌津の真横にあった。
「うわっ――!?」
「先輩っ!?」
次の瞬間、幾本も伸びて来た真っ白い腕に全身を掴まれて、煌津は後方へと引き摺り込まれる。
「穂結君!」
二人の姫が矢を放つ。九宇時那美がリボルバーを構える。引き金を絞る。
銃声が聞こえるか否かのその瞬間、煌津の体は闇の中に引き込まれた。
『消そうと思えば消せるけどね。今の俺でも』
あの時の、あいつの顔を思い出す。まるで何でもない事のように言う、あいつの顔を。
『消したほうがいいかい。穂結さん』
「――っ!?」
まるでその瞬間まで息が止まっていたかのように、起き上がると同時に煌津は不格好に息を喫った。
煌津が寝転んでいたのは、草むらだった。さながら青黒い絵具を塗りたくったかのような、草にしては奇妙な色だったが、間違いなく草むらだ。
周囲は真っ暗な森の中だ。振り返れば、後ろは鬱蒼と木々が生い茂っていて不気味だ。
かたや、前方には青い空が見える。夏の一日のような白い雲も。太陽の光が見える。
煌津は立ち上がり、光のほうへと進んだ。
さざ波の音が聞こえる。
森を抜けてすぐのところは崖になっていた。
右手には、どういう構造になっているのか、崖から生えたように、暗い一軒家が建っている。
あとは、海だ。濃い、濃紺の海。
水平線の向こうには、雲のような、巨人のような、白く大きな何かが立っている。いや、まるでこちらに向かって来ているかのような、そんなポーズ。
波の音が聞こえる。
「……どこ、ここ」
煌津は知らない世界にいた。
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