22 / 100
第一章
カンナギ・ガンスリンガー 19
しおりを挟む
「え、ちょっ……」
「心配しなくていいよ。訓練していない人間が異層にいる間の記憶って曖昧だから。この矢の一発で今の出来事も夢になる。あんな恐ろしい目にあった事、忘れたほうがいいよ」
「いやいやいやいや。勝手に人の記憶消そうとしないでよ!」
「悪霊に関わった記憶は、また別の悪霊を引き寄せてしまう。消せるのなら、消すのが掟。穂結煌津君、君にはわかるでしょ」
忘れもしない。
初めて出会ったあの悪霊。九宇時と一緒に出会った、恐ろしい記憶。
あの出来事がなければ。あるいは、今朝の事だって、今しがたの事だって出くわさなかったかもしれないのだ。
「……記憶を消したところで、寄せるものは寄せてしまうだろ」
「それはそう。でも忘れてしまえば囚われる事もない。嫌な記憶が一つ減れば、むざむざ思い出して苦しむ事もないでしょう」
「そうかもしれないけど……」
脳裏に違和感が走る。仮面のような二人の姫の顔。
「その矢さ、どこまでの記憶を消すの?」
巫女の目はあくまでも冷たかった。
「悪霊に関わった記憶、全てだよ。あの頃、何考えていたんだか知らないけど、義兄さんが仕損じたのなら、私があらためて決着をつけてやる」
ぎりっと、二人の姫が弦を引く手に力が籠る。
「そんな事したら、九宇時の事も――」
巫女の目つきが、一気にきつくなった。
「なければいい。義兄さんとの記憶なんて。義兄さんは逃げ出したんだ。戦う力があったのに、勝手に一人で諦めて。そんな人の事なんて忘れたらいい」
「そんな言い方、やめろ!」
瞬発的に、煌津は怒鳴った。
「事故だって話だろ!」
「いいえ。あれは――」
――助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて――
耳元で囁く声。
皮膚が撫でられているかのような怖気。
「え?」
捩じれた女の顔が、煌津の真横にあった。
「うわっ――!?」
「先輩っ!?」
次の瞬間、幾本も伸びて来た真っ白い腕に全身を掴まれて、煌津は後方へと引き摺り込まれる。
「穂結君!」
二人の姫が矢を放つ。九宇時那美がリボルバーを構える。引き金を絞る。
銃声が聞こえるか否かのその瞬間、煌津の体は闇の中に引き込まれた。
『消そうと思えば消せるけどね。今の俺でも』
あの時の、あいつの顔を思い出す。まるで何でもない事のように言う、あいつの顔を。
『消したほうがいいかい。穂結さん』
「――っ!?」
まるでその瞬間まで息が止まっていたかのように、起き上がると同時に煌津は不格好に息を喫った。
煌津が寝転んでいたのは、草むらだった。さながら青黒い絵具を塗りたくったかのような、草にしては奇妙な色だったが、間違いなく草むらだ。
周囲は真っ暗な森の中だ。振り返れば、後ろは鬱蒼と木々が生い茂っていて不気味だ。
かたや、前方には青い空が見える。夏の一日のような白い雲も。太陽の光が見える。
煌津は立ち上がり、光のほうへと進んだ。
さざ波の音が聞こえる。
森を抜けてすぐのところは崖になっていた。
右手には、どういう構造になっているのか、崖から生えたように、暗い一軒家が建っている。
あとは、海だ。濃い、濃紺の海。
水平線の向こうには、雲のような、巨人のような、白く大きな何かが立っている。いや、まるでこちらに向かって来ているかのような、そんなポーズ。
波の音が聞こえる。
「……どこ、ここ」
煌津は知らない世界にいた。
「心配しなくていいよ。訓練していない人間が異層にいる間の記憶って曖昧だから。この矢の一発で今の出来事も夢になる。あんな恐ろしい目にあった事、忘れたほうがいいよ」
「いやいやいやいや。勝手に人の記憶消そうとしないでよ!」
「悪霊に関わった記憶は、また別の悪霊を引き寄せてしまう。消せるのなら、消すのが掟。穂結煌津君、君にはわかるでしょ」
忘れもしない。
初めて出会ったあの悪霊。九宇時と一緒に出会った、恐ろしい記憶。
あの出来事がなければ。あるいは、今朝の事だって、今しがたの事だって出くわさなかったかもしれないのだ。
「……記憶を消したところで、寄せるものは寄せてしまうだろ」
「それはそう。でも忘れてしまえば囚われる事もない。嫌な記憶が一つ減れば、むざむざ思い出して苦しむ事もないでしょう」
「そうかもしれないけど……」
脳裏に違和感が走る。仮面のような二人の姫の顔。
「その矢さ、どこまでの記憶を消すの?」
巫女の目はあくまでも冷たかった。
「悪霊に関わった記憶、全てだよ。あの頃、何考えていたんだか知らないけど、義兄さんが仕損じたのなら、私があらためて決着をつけてやる」
ぎりっと、二人の姫が弦を引く手に力が籠る。
「そんな事したら、九宇時の事も――」
巫女の目つきが、一気にきつくなった。
「なければいい。義兄さんとの記憶なんて。義兄さんは逃げ出したんだ。戦う力があったのに、勝手に一人で諦めて。そんな人の事なんて忘れたらいい」
「そんな言い方、やめろ!」
瞬発的に、煌津は怒鳴った。
「事故だって話だろ!」
「いいえ。あれは――」
――助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて――
耳元で囁く声。
皮膚が撫でられているかのような怖気。
「え?」
捩じれた女の顔が、煌津の真横にあった。
「うわっ――!?」
「先輩っ!?」
次の瞬間、幾本も伸びて来た真っ白い腕に全身を掴まれて、煌津は後方へと引き摺り込まれる。
「穂結君!」
二人の姫が矢を放つ。九宇時那美がリボルバーを構える。引き金を絞る。
銃声が聞こえるか否かのその瞬間、煌津の体は闇の中に引き込まれた。
『消そうと思えば消せるけどね。今の俺でも』
あの時の、あいつの顔を思い出す。まるで何でもない事のように言う、あいつの顔を。
『消したほうがいいかい。穂結さん』
「――っ!?」
まるでその瞬間まで息が止まっていたかのように、起き上がると同時に煌津は不格好に息を喫った。
煌津が寝転んでいたのは、草むらだった。さながら青黒い絵具を塗りたくったかのような、草にしては奇妙な色だったが、間違いなく草むらだ。
周囲は真っ暗な森の中だ。振り返れば、後ろは鬱蒼と木々が生い茂っていて不気味だ。
かたや、前方には青い空が見える。夏の一日のような白い雲も。太陽の光が見える。
煌津は立ち上がり、光のほうへと進んだ。
さざ波の音が聞こえる。
森を抜けてすぐのところは崖になっていた。
右手には、どういう構造になっているのか、崖から生えたように、暗い一軒家が建っている。
あとは、海だ。濃い、濃紺の海。
水平線の向こうには、雲のような、巨人のような、白く大きな何かが立っている。いや、まるでこちらに向かって来ているかのような、そんなポーズ。
波の音が聞こえる。
「……どこ、ここ」
煌津は知らない世界にいた。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
【R18】僕の筆おろし日記(高校生の僕は親友の家で彼の母親と倫ならぬ禁断の行為を…初体験の相手は美しい人妻だった)
幻田恋人
恋愛
夏休みも終盤に入って、僕は親友の家で一緒に宿題をする事になった。
でも、その家には僕が以前から大人の女性として憧れていた親友の母親で、とても魅力的な人妻の小百合がいた。
親友のいない家の中で僕と小百合の二人だけの時間が始まる。
童貞の僕は小百合の美しさに圧倒され、次第に彼女との濃厚な大人の関係に陥っていく。
許されるはずのない、男子高校生の僕と親友の母親との倫を外れた禁断の愛欲の行為が親友の家で展開されていく…
僕はもう我慢の限界を超えてしまった… 早く小百合さんの中に…
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる