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第一章
カンナギ・ガンスリンガー 14
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相変わらず落下する背広の男を見ながら、静星はため息をついた。
「この街には、ああいうの多いから。……退魔屋さんがいればいいんだけど」
「たい……何?」
「退魔屋。魔を退けるって書いて退魔屋。槍を持った魔女とか、宝剣を持ったお坊さんとかの噂、知りません?」
「そういうのは、知らないけど……」
いや、違う。煌津は知っている。ただし、あいつは槍も宝剣も持っていなかった――
「退魔屋さんは、ちょっと前まではこの街にもいたんですよ。……とんでもない悪霊が出てきて、やられちゃったらしいんですけどね」
「悪霊……?」
「ええ。ハサミ女みたいな奴」
また知らない言葉だ。
「ごめん。ハサミ女って何?」
「え? 知らないです? ハサミ女」
「うん」
「え、宮瑠璃市住んでてハサミ女知らないはないでしょ……。先輩、引っ越して来ました?」
「うん。ついこの間だけど」
「あー……それなら――」
―――――ゴト。
硬い音が、近くで聞こえた。
背広の男が、落ちた音ではなかった。聞き覚えがある。
いや、ついさっき聞いたばかりだ。
固い物。人間の頭くらい、重くて硬い物が置かれたような、そんな音。
「先輩、何か黒いの出てますけど……」
静星が、どことなく怯えたような口調で言う。煌津は自分の手を見た。
黒い靄のようなものが、袖の内側から立ち上っている。
「助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて」
「……っ」
声が聞こえる。すぐ近くで、あの声が。
「先輩、あれ……」
静星が目を向けている方向へ、煌津は振り返った。
ずり、ずり、ずり、ずり。
いた。
ちょうど、背広の男が落下してくる辺りに、あの捩じれた女がいた。手だけで、何とかこっちに這い寄ろうとしている。
「そんな。だって、さっき……」
「ね、先輩。あれ、ヤバい奴ですよね……。わたし、その、凄い悪霊は見てみたかったけど、逃げないとまずくないです?」
言いながらも、静星は体が動かないようだった。煌津も同じだ。金縛りにでもあったかのように、体中が硬直して動かない。
「先輩っ!」
「無理。静星さんだけでも……」
捩じれた女の唇が微かに動き続ける。
「助けて助けて助けて助けて助けて助けて――」
ヒュッ――――
異様な目つきでこちらを見つめる捩じれた女の上に、黒い影がかかったかと思いきや、背広の男の胴体が落下した。
ぐちゃぐちゃっ! という気味の悪い音。静星が咄嗟に目を背けた。
煌津は見ていた。二つの幽霊がぶつかった瞬間、どちらも黒い液体のように広がって、地面に闇が広がっていた。
視界が歪曲する。
禍々しいエネルギーを感じる。目がおかしい。いや、おかしいのは気配だろうか。その場の空気が一変していた。空の色は赤に青に緑にと絶え間なく変化し、聞こえて来る音には常時雑音が混じる。煌津と静星と幽霊たちだけが、どこかで世界と切り離されてしまったかのような感覚。
「この街には、ああいうの多いから。……退魔屋さんがいればいいんだけど」
「たい……何?」
「退魔屋。魔を退けるって書いて退魔屋。槍を持った魔女とか、宝剣を持ったお坊さんとかの噂、知りません?」
「そういうのは、知らないけど……」
いや、違う。煌津は知っている。ただし、あいつは槍も宝剣も持っていなかった――
「退魔屋さんは、ちょっと前まではこの街にもいたんですよ。……とんでもない悪霊が出てきて、やられちゃったらしいんですけどね」
「悪霊……?」
「ええ。ハサミ女みたいな奴」
また知らない言葉だ。
「ごめん。ハサミ女って何?」
「え? 知らないです? ハサミ女」
「うん」
「え、宮瑠璃市住んでてハサミ女知らないはないでしょ……。先輩、引っ越して来ました?」
「うん。ついこの間だけど」
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―――――ゴト。
硬い音が、近くで聞こえた。
背広の男が、落ちた音ではなかった。聞き覚えがある。
いや、ついさっき聞いたばかりだ。
固い物。人間の頭くらい、重くて硬い物が置かれたような、そんな音。
「先輩、何か黒いの出てますけど……」
静星が、どことなく怯えたような口調で言う。煌津は自分の手を見た。
黒い靄のようなものが、袖の内側から立ち上っている。
「助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて」
「……っ」
声が聞こえる。すぐ近くで、あの声が。
「先輩、あれ……」
静星が目を向けている方向へ、煌津は振り返った。
ずり、ずり、ずり、ずり。
いた。
ちょうど、背広の男が落下してくる辺りに、あの捩じれた女がいた。手だけで、何とかこっちに這い寄ろうとしている。
「そんな。だって、さっき……」
「ね、先輩。あれ、ヤバい奴ですよね……。わたし、その、凄い悪霊は見てみたかったけど、逃げないとまずくないです?」
言いながらも、静星は体が動かないようだった。煌津も同じだ。金縛りにでもあったかのように、体中が硬直して動かない。
「先輩っ!」
「無理。静星さんだけでも……」
捩じれた女の唇が微かに動き続ける。
「助けて助けて助けて助けて助けて助けて――」
ヒュッ――――
異様な目つきでこちらを見つめる捩じれた女の上に、黒い影がかかったかと思いきや、背広の男の胴体が落下した。
ぐちゃぐちゃっ! という気味の悪い音。静星が咄嗟に目を背けた。
煌津は見ていた。二つの幽霊がぶつかった瞬間、どちらも黒い液体のように広がって、地面に闇が広がっていた。
視界が歪曲する。
禍々しいエネルギーを感じる。目がおかしい。いや、おかしいのは気配だろうか。その場の空気が一変していた。空の色は赤に青に緑にと絶え間なく変化し、聞こえて来る音には常時雑音が混じる。煌津と静星と幽霊たちだけが、どこかで世界と切り離されてしまったかのような感覚。
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