6 / 100
第一章
カンナギ・ガンスリンガー 3
しおりを挟む
『宮瑠璃。宮瑠璃。終点です。この電車は車庫に入ります』
「っ……」
ビニール袋を慌てて拾う。心配はない。あの程度なら、こちらに目を付けたわけじゃなさそうだし、蹴りを入れたから向こうの気も済んでいるだろう。経験則だ。粘着されている感じがしない。
電車やバスの中は、今の煌津にとって必ずしも安全ではない。だが、完全に避けて通る事は出来ない。たとえどんな不可思議な目に遭ったとしても、煌津はただの高校生だった。高校生は、当たり前の事だが、高校に通わなければならない。体のない足首が腹を蹴り飛ばしてくるからと親に伝えて、家から一歩も出ないわけにもいかなかった。
煌津は痛む腹をさすりながら、通勤客と通学客で形成された人混みへと紛れていく。
転校して一週間もすれば、以前とは全く違う通学路にも少しは慣れるものだ。改札を出たところにある大きな時計は七時五十分を指している。ここから学校までは歩いて十五分ほどだ。と、後ろから急いだ客の体が、少し肩にぶつかった。今度は痛みなどなかったし、向こうも気づかなかったようだ。住むところが変わっても、ここもまた都会なのだ。人とぶつかるくらいは日常茶飯事である。腹の痛みもそろそろ引いてきた。
S県宮瑠璃市。
首都東京より約一〇〇キロメートルの距離にあり、S県の北東に位置する県庁所在地である。古利弥岳山麓を源流とする伊瑠々川を隔てて恵里道市、宇瑠市に接し、その人口はおよそ二十七万人。市の花はギンバイカ、市の木はアカシア、市の紋章はさながら七つの門が連なったような独特のシンボルである。
観光名所と呼べるほどのものは見当たらないが、民俗学者などの間では、日本神話の中でも宮瑠璃市古来の文献にしか見られない独自の神話、伝承が伝わっている事で有名だった。例を挙げれば、市の名である宮瑠璃という地名は、その昔、かの菅原道真公が、旅の途中立ち寄ったこの地で、瑠璃色に煌めく宮殿を幻視した事に由来する。または、伊瑠々川の起源は、古利弥岳の由来である嵐の女神、布留利弥主と、伊瑠々川の由来である竜神、伊瑠々弥無伽主の激闘の末、敗れた竜神の死体が川へと変じたものであるとされているし、その伊瑠々弥無伽主も元はといえば海で暮らす海神であったが、母恋しさに冥府へ参ろうとする須佐之男命が大暴れした際に海より出で、陸地で暴れ回ったのが乱行の始まりと『宮瑠璃風土記』には記されている。須佐之男命はともかくとして、布留利弥主や、伊瑠々弥無伽主といった神々の名は、古事記や日本書紀などでは見られない。
「っ……」
ビニール袋を慌てて拾う。心配はない。あの程度なら、こちらに目を付けたわけじゃなさそうだし、蹴りを入れたから向こうの気も済んでいるだろう。経験則だ。粘着されている感じがしない。
電車やバスの中は、今の煌津にとって必ずしも安全ではない。だが、完全に避けて通る事は出来ない。たとえどんな不可思議な目に遭ったとしても、煌津はただの高校生だった。高校生は、当たり前の事だが、高校に通わなければならない。体のない足首が腹を蹴り飛ばしてくるからと親に伝えて、家から一歩も出ないわけにもいかなかった。
煌津は痛む腹をさすりながら、通勤客と通学客で形成された人混みへと紛れていく。
転校して一週間もすれば、以前とは全く違う通学路にも少しは慣れるものだ。改札を出たところにある大きな時計は七時五十分を指している。ここから学校までは歩いて十五分ほどだ。と、後ろから急いだ客の体が、少し肩にぶつかった。今度は痛みなどなかったし、向こうも気づかなかったようだ。住むところが変わっても、ここもまた都会なのだ。人とぶつかるくらいは日常茶飯事である。腹の痛みもそろそろ引いてきた。
S県宮瑠璃市。
首都東京より約一〇〇キロメートルの距離にあり、S県の北東に位置する県庁所在地である。古利弥岳山麓を源流とする伊瑠々川を隔てて恵里道市、宇瑠市に接し、その人口はおよそ二十七万人。市の花はギンバイカ、市の木はアカシア、市の紋章はさながら七つの門が連なったような独特のシンボルである。
観光名所と呼べるほどのものは見当たらないが、民俗学者などの間では、日本神話の中でも宮瑠璃市古来の文献にしか見られない独自の神話、伝承が伝わっている事で有名だった。例を挙げれば、市の名である宮瑠璃という地名は、その昔、かの菅原道真公が、旅の途中立ち寄ったこの地で、瑠璃色に煌めく宮殿を幻視した事に由来する。または、伊瑠々川の起源は、古利弥岳の由来である嵐の女神、布留利弥主と、伊瑠々川の由来である竜神、伊瑠々弥無伽主の激闘の末、敗れた竜神の死体が川へと変じたものであるとされているし、その伊瑠々弥無伽主も元はといえば海で暮らす海神であったが、母恋しさに冥府へ参ろうとする須佐之男命が大暴れした際に海より出で、陸地で暴れ回ったのが乱行の始まりと『宮瑠璃風土記』には記されている。須佐之男命はともかくとして、布留利弥主や、伊瑠々弥無伽主といった神々の名は、古事記や日本書紀などでは見られない。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
A happy drive day!
シュレディンガーのうさぎ
キャラ文芸
事故発生件数の多い都道府県、愛知県。
そこでは『車なんでも相談所』を営む関朝陽、警察本部の交通捜査課で働く凪愛昼、自動車学校に勤務する要叶夜が暮らしていた。
また、朝陽と愛昼は『車の声が聞こえる』という少し変わった能力を持ち、車と会話することが出来る。
人間の荒い運転に嫌気がさした一部の車が良からぬことを企むなか、三人はそれぞれの立場から心に傷を負った車達と関わり合いながら『人間と車にとってよりよい社会』を模索していく。
*この話は一部の県名や地名、建造物の名前等を除き、全てフィクションです。登場する人物や交通事故等は架空のものであり、実在のものとは関係ありません。
福沢時計店の思い出旅行『キ』
真
キャラ文芸
とある田舎町の辺鄙な場所に、一つの時計店がひっそりと佇んでいる。
かつて過ごした過去をもう一度見たい。
過去の自分を導いて今を変えたい。
もう一度過去をやり直して、今を変えたい。
「旅行祈」と「旅行記」と「旅行機」。
それぞれの目的を持った人々に、「旅行『キ』」は授けられる。
TAKAMURA 小野篁伝
大隅 スミヲ
キャラ文芸
《あらすじ》
時は平安時代初期。小野篁という若者がいた。身長は六尺二寸(約188センチ)と偉丈夫であり、武芸に優れていた。十五歳から二十歳までの間は、父に従い陸奥国で過ごした。当時の陸奥は蝦夷との最前線であり、絶えず武力衝突が起きていた地である。そんな環境の中で篁は武芸の腕を磨いていった。二十歳となった時、篁は平安京へと戻った。文章生となり勉学に励み、二年で弾正台の下級役人である少忠に就いた。
篁は武芸や教養が優れているだけではなかった。人には見えぬモノ、あやかしの存在を視ることができたのだ。
ある晩、女に救いを求められる。羅生門に住み着いた鬼を追い払ってほしいというのだ。篁はその願いを引き受け、その鬼を退治する。
鬼退治を依頼してきた女――花――は礼をしたいと、ある場所へ篁を案内する。六道辻にある寺院。その境内にある井戸の中へと篁を導き、冥府へと案内する。花の主は冥府の王である閻魔大王だった。花は閻魔の眷属だった。閻魔は篁に礼をしたいといい、酒をご馳走する。
その後も、篁はあやかしや物怪騒動に巻き込まれていき、契りを結んだ羅城門の鬼――ラジョウ――と共に平安京にはびこる魑魅魍魎たちを退治する。
陰陽師との共闘、公家の娘との恋、鬼切の太刀を振るい強敵たちと戦っていく。百鬼夜行に生霊、狗神といった、あやかし、物怪たちも登場し、平安京で暴れまわる。
そして、小野家と因縁のある《両面宿儺》の封印が解かれる。
篁と弟の千株は攫われた妹を救うために、両面宿儺討伐へと向かい、死闘を繰り広げる。
鈴鹿山に住み着く《大嶽丸》、そして謎の美女《鈴鹿御前》が登場し、篁はピンチに陥る。ラジョウと力を合わせ大嶽丸たちを退治した篁は冥府へと導かれる。
冥府では異変が起きていた。冥府に現れた謎の陰陽師によって、冥府各地で反乱が発生したのだ。その反乱を鎮圧するべく、閻魔大王は篁にある依頼をする。
死闘の末、反乱軍を鎮圧した篁たち。冥府の平和は篁たちの活躍によって保たれたのだった。
史実をベースとした平安ダークファンタジー小説、ここにあり。
梅子ばあちゃんのゆったりカフェヘようこそ!(東京都下の高尾の片隅で)
なかじまあゆこ
キャラ文芸
『梅子ばあちゃんのカフェへようこそ!』は梅子おばあちゃんの作る美味しい料理で賑わっています。そんなカフェに就職活動に失敗した孫のるり子が住み込みで働くことになって……。
おばあちゃんの家には変わり者の親戚が住んでいてるり子は戸惑いますが、そのうち馴れてきて溶け込んでいきます。
カフェとるり子と個性的な南橋一家の物語です。
どうぞよろしくお願いします(^-^)/
エブリスタでも書いています。
コンフィズリィを削って a carillonist
梅室しば
キャラ文芸
【フキの花のオルゴールは、たった一つの抑止力だった。】
潟杜大学に通う学生・甘粕寛奈は、二年生に進級したばかりのある日、幼馴染から相談を持ちかけられる。大切なオルゴールの蓋が開かなくなってしまい、音色が聴けなくて困っているのだという。オルゴールを直すのを手伝ってくれるのなら、とびきりのお礼を用意しているのよ、と黒いセーラー服を着た幼馴染はたおやかに微笑んだ。「寛奈ちゃん、熊野史岐って人の事が好きなんでしょう? 一日一緒にいられるようにしてあげる」
※本作はホームページ及び「pixiv」「カクヨム」「小説家になろう」「エブリスタ」にも掲載しています。
ブレイブエイト〜異世界八犬伝伝説〜
蒼月丸
ファンタジー
異世界ハルヴァス。そこは平和なファンタジー世界だったが、新たな魔王であるタマズサが出現した事で大混乱に陥ってしまう。
魔王討伐に赴いた勇者一行も、タマズサによって壊滅してしまい、行方不明一名、死者二名、捕虜二名という結果に。このままだとハルヴァスが滅びるのも時間の問題だ。
それから数日後、地球にある後楽園ホールではプロレス大会が開かれていたが、ここにも魔王軍が攻め込んできて多くの客が殺されてしまう事態が起きた。
当然大会は中止。客の生き残りである東零夜は魔王軍に怒りを顕にし、憧れのレスラーである藍原倫子、彼女のパートナーの有原日和と共に、魔王軍がいるハルヴァスへと向かう事を決断したのだった。
八犬士達の意志を継ぐ選ばれし八人が、魔王タマズサとの戦いに挑む!
地球とハルヴァス、二つの世界を行き来するファンタジー作品、開幕!
Nolaノベル、PageMeku、ネオページ、なろうにも連載しています!
冬の水葬
束原ミヤコ
青春
夕霧七瀬(ユウギリナナセ)は、一つ年上の幼なじみ、凪蓮水(ナギハスミ)が好き。
凪が高校生になってから疎遠になってしまっていたけれど、ずっと好きだった。
高校一年生になった夕霧は、凪と同じ高校に通えることを楽しみにしていた。
美術部の凪を追いかけて美術部に入り、気安い幼なじみの間柄に戻ることができたと思っていた――
けれど、そのときにはすでに、凪の心には消えない傷ができてしまっていた。
ある女性に捕らわれた凪と、それを追いかける夕霧の、繰り返す冬の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる