ぐるりぐるりと

安田 景壹

文字の大きさ
上 下
3 / 100
序章

九宇時那岐 3

しおりを挟む
「噂の《のけ反り》か。こんなところにいるなんて……」

 那岐は動揺した様子もなく嘯く。
 ――りぃん。
 鈴の音が聞こえる。ほの青い光が見えた。
 那岐の声が、静かに、何かを唱える。

「掛けまくもかしこ伊邪那岐いざなぎ伊邪那美いざなみ大神おおかみ大前おおまえに畏み畏みももうさく、もろもろの罪、穢れ、禍事まがごとに囚われ、我留羅がるらと成りし魂魄こんぱくを憐れみたまい、慈しみ給い、導き給え。セイ、ジン、チ、ジャ、タイ、ウン、メイ――」

 那岐の右手が跳ねあがり、掌が女の逆さ顔へと向けられる。

「ぐるりぐるりと」

 瞬間、耳の中に鳴り響いていた重低音が消え、煌津は自分がまるで空の上にいるかのような、静かだが、体の緊張の一切から解き放たれたような気がした。
 赤い服を着た、逆さの顔の女はもうそこにはいなかった。煌津の横で、さながら全力疾走でもしてきたかのような那岐が、ふーっと息を吐いた。

「今のは……?」
「ちょっとヤバめの奴」

 那岐は額の汗を拭った。

「前の方にいるのはわかっていたんだけど、考えていたのよりちょっとレベル高かった。まあでも、祓う事は出来たから……。穂結さんを巻き込むつもりはなかったんだけども」

 それから、那岐はにっと笑った。

「見ちゃったねえ。幽霊」

 とても笑えるような心境ではなかったが、とにかく今見た事の衝撃があまりにも大き過ぎて、煌津は思わずひきつるように笑った。

 ――これが、煌津が初めて出くわした幽霊の話である。
 この日以来、煌津の日常は変わってしまったと言っていい。
 九宇時那岐はそれから少し経った頃、実家の都合で故郷の宮瑠璃ぐるり市に戻る事になった。
 煌津は友人達と企画して、ささやかだが那岐の引っ越し会をやり、東京駅で旅立つ彼を見送った。
 それから、高校二年生になり、春が過ぎ、夏を越え、秋を迎える手前になった。

      ※

 その日、宮瑠璃市、宮瑠璃駅前の渦状に並べられたタイルの上に、人間の体らしき物が置かれていた。
 発見されたのは早朝。ちらほらと通勤客の姿が見え始める時刻だった。最初の発見者は、はじめは寝袋でも置いてあるのかと思ったという。
だがそれが、さながら雑巾のように極限まで捩じられた女性だとわかると、駅前には絶叫が木霊していた。
 七時を過ぎ、通勤通学のピーク時間になっても、駅前は騒然としたままだった。
 宮瑠璃市を象徴する瑠璃色の渦状タイルの上に、冒涜的な形で遺棄された死体。
 それは、まるで街全体にかけられた呪詛のようであった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

瀬々市、宵ノ三番地

茶野森かのこ
キャラ文芸
瀬々市愛、二十六才。「宵の三番地」という名前の探し物屋で、店長代理を務める青年。 右目に濁った翡翠色の瞳を持つ彼は、物に宿る化身が見える不思議な力を持っている。 御木立多田羅、二十六才。人気歌舞伎役者、八矢宗玉を弟に持つ、普通の青年。 愛とは幼馴染みで、会って間もない頃は愛の事を女の子と勘違いしてプロポーズした事も。大人になって再会し、現在は「宵の三番地」の店員、愛のお世話係として共同生活をしている。 多々羅は、常に弟の名前がついて回る事にコンプレックスを感じていた。歌舞伎界のプリンスの兄、そう呼ばれる事が苦痛だった。 愛の店で働き始めたのは、愛の祖父や姉の存在もあるが、ここでなら、自分は多々羅として必要としてくれると思ったからだ。 愛が男だと分かってからも、子供の頃は毎日のように一緒にいた仲だ。あの楽しかった日々を思い浮かべていた多々羅だが、愛は随分と変わってしまった。 依頼人以外は無愛想で、楽しく笑って過ごした日々が嘘のように可愛くない。一人で生活出来る能力もないくせに、ことあるごとに店を辞めさせようとする、距離をとろうとする。 それは、物の化身と対峙するこの仕事が危険だからであり、愛には大事な人を傷つけた過去があったからだった。 だから一人で良いと言う愛を、多々羅は許す事が出来なかった。どんなに恐れられようとも、愛の瞳は美しく、血が繋がらなくても、愛は家族に愛されている事を多々羅は知っている。 「宵の三番地」で共に過ごす化身の用心棒達、持ち主を思うネックレス、隠された結婚指輪、黒い影を纏う禍つもの、禍つものになりかけたつくも神。 瀬々市の家族、時の喫茶店、恋する高校生、オルゴールの少女、零番地の壮夜。 物の化身の思いを聞き、物達の思いに寄り添いながら、思い悩み繰り返し、それでも何度も愛の手を引く多々羅に、愛はやがて自分の過去と向き合う決意をする。 そんな、物の化身が見える青年達の、探し物屋で起こる日々のお話です。現代のファンタジーです。

神に喧嘩を売った者達 ~教科書には書かれない真実の物語~

平行宇宙
キャラ文芸
時は2059年。  世界は平和に包まれていた。  もちろん、世界のどこかでは戦火があがり、また飢餓や貧困、病気に苦しむ者もたくさんいる。しかし、それは概ね21世紀初頭とまったく変わりなく、過去から現代、未来へと永遠に続く、今日と同じ明日が約束された世界。多くの者がそう信じて疑わない。  しかし、それは世界の真実ではない、と知るもの達がいた。旧世紀、いや、そのずっと前から、世界の誰にも知られることのない戦いに身を投じる愚か者達。  これは、そんな彼らの物語である。

【アルファポリスで稼ぐ】新社会人が1年間で会社を辞めるために収益UPを目指してみた。

紫蘭
エッセイ・ノンフィクション
アルファポリスでの収益報告、どうやったら収益を上げられるのかの試行錯誤を日々アップします。 アルファポリスのインセンティブの仕組み。 ど素人がどの程度のポイントを貰えるのか。 どの新人賞に応募すればいいのか、各新人賞の詳細と傾向。 実際に新人賞に応募していくまでの過程。 春から新社会人。それなりに希望を持って入社式に向かったはずなのに、そうそうに向いてないことを自覚しました。学生時代から書くことが好きだったこともあり、いつでも仕事を辞められるように、まずはインセンティブのあるアルファポリスで小説とエッセイの投稿を始めて見ました。(そんなに甘いわけが無い)

神送りの夜

千石杏香
ホラー
由緒正しい神社のある港町。そこでは、海から来た神が祀られていた。神は、春分の夜に呼び寄せられ、冬至の夜に送り返された。しかしこの二つの夜、町民は決して外へ出なかった。もし外へ出たら、祟りがあるからだ。 父が亡くなったため、彼女はその町へ帰ってきた。幼い頃に、三年間だけ住んでいた町だった。記憶の中では、町には古くて大きな神社があった。しかし誰に訊いても、そんな神社などないという。 町で暮らしてゆくうち、彼女は不可解な事件に巻き込まれてゆく。

学園戦記三国志~リュービ、二人の美少女と義兄妹の契りを結び、学園において英雄にならんとす 正史風味~

トベ・イツキ
キャラ文芸
 三国志×学園群像劇!  平凡な少年・リュービは高校に入学する。  彼が入学したのは、一万人もの生徒が通うマンモス校・後漢学園。そして、その生徒会長は絶大な権力を持つという。  しかし、平凡な高校生・リュービには生徒会なんて無縁な話。そう思っていたはずが、ひょんなことから黒髪ロングの清楚系な美女とお団子ヘアーのお転婆な美少女の二人に助けられ、さらには二人が自分の妹になったことから運命は大きく動き出す。  妹になった二人の美少女の後押しを受け、リュービは謀略渦巻く生徒会の選挙戦に巻き込まれていくのであった。  学園を舞台に繰り広げられる新三国志物語ここに開幕!  このお話は、三国志を知らない人も楽しめる。三国志を知ってる人はより楽しめる。そんな作品を目指して書いてます。 今後の予定 第一章 黄巾の乱編 第二章 反トータク連合編 第三章 群雄割拠編 第四章 カント決戦編 第五章 赤壁大戦編 第六章 西校舎攻略編←今ココ 第七章 リュービ会長編 第八章 最終章 作者のtwitterアカウント↓ https://twitter.com/tobeitsuki?t=CzwbDeLBG4X83qNO3Zbijg&s=09 ※このお話は2019年7月8日にサービスを終了したラノゲツクールに同タイトルで掲載していたものを小説版に書き直したものです。 ※この作品は小説家になろう・カクヨムにも公開しています。

処理中です...